ログの照合:騎士の誇り
夜の森。
息を潜めるようなしんとした空気の中、ぱちぱちと焚き火の爆ぜる音だけが響く。
ドロシア領への道中。
エルザは馬車の横に座り、無表情にその火だけを見つめていた。
その瞳の奥では今後の行動の最適化だけをただひたすらに計算している。
対面に座るジャンは手入れの行き届いた古剣を布で拭いながら、不意に自嘲気味な声で話した。
「…お嬢さん。さっきは勢いで契約しちまったが、俺は国を追われた大罪人だ。あんたには感謝するが、俺なんかを雇って本当に大丈夫なのか?そのことであんたにもーーー」
「…バルカス・フォン・ベルガード。42歳。現在は伯爵及び団長…」
エルザの淡々とした声がジャンの言葉を断ち切った。
ジャンがその言葉にはっと顔を上げると、エルザは瞬き一つせず言葉を続ける。
「キーワードを抽出…[上官の不正告発][冤罪][消された真実]…当時の王宮財務ログ、および騎士団の武器発注記録をサルベージします」
「…おい。何を言ってーーー」
「…見つけました。5年前の14日午後2時頃。騎士団の装備更新に伴う鉄鋼の横流し。差額の金貨3,000枚はバルカスが所有するダミー会社『青い鳥商会』を経由し、彼の隠し口座に送金。さらにあなたを陥れるための偽造書類を作成した文官の氏名はマルク。彼は現在、口封じのために北の監視塔へ左遷…」
ジャンは手にしていた彼の分身とも呼べる大事な剣を思わず地面に落とした。
彼が数年かけて泥を啜りながら探し求め、そして絶望して諦めた“真実”の数々。
なんということだろう。
それが目の前の彼女の口から、まるですでに知っていた事実であるかのように淀みなく流れ出てくる。
「一体…何なんだ?何故そんなこと知っているんだよ…」
「ジャン。私にとってこの世界の隠し事は“索引の不備”に過ぎません」
エルザはゆっくりと視線をジャンに向けた。
その瞳は冷たい機械のようでありながら、不思議とジャンの震える心を射抜く強さを持っていた。
「あなたは非論理的な絶望にリソースを割きすぎです。バルカスが書き換えた偽りの歴史なんて、マルクという文官を確保し、財務記録の修正プログラムを当てれば…あなたの名誉回復の確率は99.2%に上昇します」
ジャンはその言葉に呆然とエルザを見つめた。
怒り、悲しみ、憎しみ。
そんな負の感情でぐちゃぐちゃになっていた彼の過去が、彼女の言葉によって、ただの出来事へと変換されていく。
「…あんたは、本当に…」
ジャンは地面の剣を拾い上げて、それを鞘に収めた。
エルザを見つめる瞳に今度こそ迷いはない。
彼は膝をついてエルザの前で深く頭を垂れた。
「どうやら俺はあんたをまだ見くびっていたようだ。あんたは…俺が案じる必要がない程、強くて…正しい。俺なんかを救うことであんたに見返りはあるのか?」
「…評価に感謝します。しかし、ジャン」
エルザは焚き火に薪をくべ、火力を最適化した。
「あなたの才能が埋もれているこの世界の現状は致命的なリソースの損失に他なりません。私はその“バグ”が不快なだけです」
[Log: 専属騎士ジャンの忠誠心(Loyalty)が閾値を突破]
[Status: 物理デバッグ・ユニット、完全稼働]
「…さあ、休みましょう。明朝、ドロシア領の境界に到達します。そこにあるシステムエラーをまず排除しに行きます」
ジャンは自分を“有能なパーツ”として絶望を希望に変えた主人の背中を見つめ、静かに深く心に刻んだ。
彼女こそ自分のこれからの生きる道なのだと。




