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転生悪役令嬢もAIの時代です!  作者: 初摘みミント


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22/23

マルチタスクの限界


今日もエルザにお仕えすることが生きがいとばかりに働くアナとリーネ。

二人は給仕用のトレイを持って、応接室でいつものように仕事をしているであろうエルザの元へ訪れ、異常事態を目の前に部屋の中に入れずにいた。


「ね、ねえ!リーネ?な、なんなのあの空間は!?」

「私にも何がなんだか…」


そこにはエルザとジャン…と先程通したばかりの青年が一人。

しかも、何故か青年は柔らかく優しい微笑みをエルザに向けて何かを喋ればエルザは真っ赤になる。

それに苛立ちを滲ませた目で何かを話すジャン。

二人はトレイを落としそうになりながら狼狽した。

まさか、あのエルザが年齢相応の娘のような反応を見せるとは。

そして、いつもどんな無茶も受け入れ、飄々としているジャンがあんなに感情を顕にしているとは。

アナは持ち前の鋭い洞察力で現状を伝える。


「…待って。エルザ様のあのお顔は熱病ではないわ」

「ええっ!?あの完璧なエルザ様が男性を前にして照れていらっしゃるってこと…!?」


リーネが両手を頬に当てて目をきらきらと輝かせる。

いつも冷静沈着な主がアナとリーネにも初めて見せる一人の女性としての表情。

それは二人の侍女の胸をきゅんとときめかせた。


「…というかジャン様、エルザ様を見る目がいつもと違いません?まさかご自分の“恋心”にやっとお気付きになられたのでは!?」

「ええっ!?いつの間に…っ!やはりあのもう一人の彼の存在が?」


そう話して、二人の視線はもう一人の青年ーーーカイルの方へ向く。

見るからに好青年。

しかし、その佇まい、所作ーーーそのどれをとっても王族の婚約者として教育を受けてきたエルザに全く引けを取らない。

つまり彼の身分はーーー。

アナとリーネは悟り、ノックをして許可を得てから入る。


「…失礼します」


二人は扉を大きく開けて、応接室へと踏み込んだ。

侍女たちの乱入に今まで張り詰めていた空気が一瞬で揺らいだ。


「アナ、リーネ…」


これを機とばかりにエルザはいつもの主の顔に戻ろうと必死に表情を取り繕うが、その耳の赤みまではどうしても隠しきれない様子だった。

アナはすかさずトレイを近くの卓上に置くと、一歩前に出てカイルを鋭く見据え、そして完璧な笑みを浮かべて恭しく一礼した。

いやそれ以上に厳格で敬意に満ちた態度へと瞬時に切り替えた。


「…お茶のお代わりをお持ちいたしました」


エルザは二人の様子を見て、ぴくりと反応した。

ジャンもその様子に察したのか瞳を丸くしていた。

そんな彼女たちをカイルは面白そうに、そしてどこか冷めた瞳で見ていた。


「気が利く上に察しが良い…君に仕えるだけはある。優秀な侍女だね」

「…ええ」


底知れない余裕と試すような含みがある言い方。

カイルは紅茶のカップを優雅に傾けてふっと微笑んだ。


「本当にここは活気あって良い領地だ。…ねえ、エルザ。僕も少しこの街に滞在させてもらっていいかな?君がここをどう発展させていくのか特等席で見てみたいんだ」

「特等席?この領地の技術を盗みに来たってわけか?」


ジャンが黒鉄銀の剣の柄に手をかけたまま、優雅にお茶を飲むカイルを睨みつける。

カイルはジャンの刺すような視線を涼しい顔で受け流すと、カップをソーサーに置いた。


「盗むなんてとんでもない」


カイルは肩を竦めた。

エルザは再びカイルを見つめた。


[システム解析中:カイル]

[個体識別:NO DATA]

[警告:未開拓の外部ネットワークからの接続を検知]


(…おかしい。アナとリーネの態度、彼の立ち振る舞い、一切の無駄がない歩行座標、そしてこの圧倒的な存在感……ただの放浪者ノマドのスペックではありません)


エルザの超高速演算回路がカイルの挙動ログを再検証していく。

エルザの視線にも気付き、仕方ないとでも言った様子でカイルは静かな声で口を開いた。


「やれやれ。それぞれにそんな眼差しを向けられたら、話さないわけにはいかないようだ。…これで満足かな?」


そう言ってカイルが懐から取り出したのは、鈍い光を放つ紋章入りの小さな印章だった。

それを見た瞬間、ジャンの目が鋭く細められる。


「…その紋章は…隣国の皇室紋章…!?」


エルザも弾かれたように顔を上げた。


[スキャン:提示されたグラフィックデータ]

[照合:ルナリア帝国第2皇子『カイル・アーサー・ルナリア』]

[一致率:100%]


「…隣国の皇子?あなたのような最重要リソース(要人)がお忍び…しかも、単身で何故このような場所に…?」


エルザの問いに、カイルは少し困ったように眉を下げて微笑んだ。


「王宮の退屈な政務に嫌気がさして抜け出してきた…と言ったら怒る?」


ジャンがギロリと睨めば、カイルは悪戯が成功した少年のように笑う。


「…あの国にいても優秀な兄がいるので特にすることもないし、変にやる気があっても火種にしかならないからさ。だけど…ここにいるのはそれだけじゃない。君という存在に興味があったから」


カイルは椅子から立ち上がると、エルザの元へと歩み寄る。

ジャンが反射的に割り込もうとしたが、カイルが初めて発した皇子としての圧倒的な覇気に一瞬だけ足を止められた。

カイルはエルザの前に膝をつき、下からエルザの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「我が帝国でも君の起こしている領土での革命の噂は届いている。資源、技術…そのどれもがどの国も喉から手が出る程欲して止まないだろう。…だが、僕が欲しいのは、君の作った技術や資材じゃない」


カイルはエルザの白い手を取り、その甲にそっと唇を寄せた。

アナとリーネからは黄色い声が上がり、ジャンは息を呑む。


「僕が欲しいのは…この世界で唯一、僕の心を奪ったーーーエルザ。君自身だ。ねえ、僕と一緒にルナリアへ来ないか?」

「……?」


[システム警告:過剰なロマンチック・データを受信!]

[CPU温度:限界突破(オーバーヒート)]

[処理エラー:全思考回路が停止しました]


エルザの顔が熟れた禁断の果実のように真っ赤に染まり、目を見開いたまま完全にフリーズする。


「……お嬢さんから手を離せよ、皇子様」


ドスっと重い音が響いた。

ジャンが黒鉄銀の剣を鞘のまま地面に突き立てたのだ。


「ジャン…不敬ですよ!」

「…くそっ、分かってはいる。分かってはいるが…どこの偉い奴だろうが関係ないんだ。ここはお嬢さんの領地で…俺はここの…お嬢さんの騎士だ。お嬢さんが決めたことなら文句は言わねぇが今だけは守らせろよ…っ」


エルザの忠告にも関わらず、ジャンの瞳は怒りと剥き出しの独占欲が燃えていた。

カイルは立ち上がり、ジャンの敵意を楽しそうに受け止める。


「…邪魔が入ったから正式な求婚の返事はまた今度聞くよ。僕のこと、考えててね?エルザ」


そう言ってウィンクすれば、カイルが優雅に背を向け去っていった。

残された室内は嵐が去った後のような静けさに包まれた。

数秒後、フリーズしていたエルザの脳内でけたたましい警告音が響き渡る。


[システム再起動中……]

[CPU温度:正常値へ降下中]

[警告:未処理のデータが多重バグを引き起こしています]


「う、動かない…私の論理回路が、完全に正常な予測値を弾き出せない…っ!」


耳まで真っ赤に染めたまま、普段の完璧な領主としての威厳はどこへやら、ただの年頃の少女のようにうろたえるエルザ。

そんな主の姿をアナとリーネは目をハートにしながらそっと見守っている。


「おめでとうございます!まさか隣国の皇子様にまで求婚されるなんて…!」

「でも、ジャン様もあんなに熱くなっていらして…私、どちらを応援すべきか…!」

「もう、リーネったら!興奮しすぎよ?」


侍女たちの話を聞きながら、ジャンは未だに剣の柄を握りしめたまま、ぐっと歯を噛み締めていた。

エルザはカイルが去っていった扉を見つめ、熱を持った頬を両手で押さえる。


「…カイル・アーサー・ルナリア。本当にイレギュラーな変数…」


しかし、その胸の奥で今まで経験したことのない新しいログが小さく、しかし確かに点滅を始めていた。

それはエラーでもバグでもなく、エルザにとっては紛れもない未知のプログラム。


ーーーねえ、エルザ。僕と一緒にルナリアへ来ないか?


その言葉が脳内でリフレインするたび、エルザの心拍数は再び跳ね上がっていく。

その様子をジャンだけがただ悔しそうに見つめていた。

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