未知の外部接続
それはとある何気ない一日のはずーーーだった。
「やあ、忙しそうだね」
エルザに何の躊躇いもなくかけられた静かな聞き覚えのある声。
エルザはその声に振り返る。
そこには黒い旅装に身を包んだあの時の青年ーーーカイルがまるで旧友と再会したかのようや親しげな笑みを浮かべて立っていた。
「………誰だ?」
エルザが反応しないことを不審に思い、ジャンが瞬時に腰の黒鉄銀の柄に手をかけてエルザの前に割り込もうとする。
だが、カイルはジャンの凄まじい威圧感を風のように受け流し、ただエルザだけを見つめていた。
「…ジャン、待ってください。…攻撃行動は無意味です」
エルザはすっとカイルと対峙した。
[スキャン:カイル]
[解析結果:測定不能(NO DATA)]
[ステータス:心脈の乱れを検知。処理速度が15%低下中]
そこでエルザは無意識に胸をおさえた。
(…おかしい。なぜ彼の顔を見ただけで…内部温度が急上昇するのですか…?)
エルザが戸惑っている間、カイルは緩やかな足取りでエルザへと歩み寄る。
ジャンは柄からは手を離さない。
そんな彼に説明するかのようにカイルは口を開いた。
「…実は噂を聞いてね。ここ、呪われた死地だったドロテア領が領主が変わっただけで天国に変わったって。…まさかいつかの君だったとは」
一歩、また一歩。
普段のエルザなら正確に間合いを測り、ジャンを行動させるか、自ら退避行動をとるはずだった。
しかしーーー。
(…逃走ルートの検索結果:0件…これはエラー?)
気付くとカイルはエルザのすぐ目の前に立っていた。
そして、更に戸惑うエルザの頬に長くてしなやかな指先をそっと触れさせる。
「っ!?」
驚くエルザにカイルは心配したかのように目を細めて尋ねた。
「少し…痩せたかな?無理ばかりはいけないよ」
「……っそ、そのような根拠のない定性的データに基づく判断は……非合理的です…っ!」
エルザの口から出たのはいつもの彼女らしい論理的な言葉。
しかし、その声は微かに震え、真っ白だった彼女の頬は誰もが初めて見たといっても過言ではない程に熱く朱に染まっていた。
[システム警告:CPU温度が上限を突破]
[処理エラー:言語出力機能に障害が発生中]
[原因:過度の【バグ】データの読み込み]
「ふふ、そんなに顔が赤いんだ。熱があるんじゃない?やっぱり君は面白いな」
カイルは目を細めて笑えば、エルザの胸の内部で処理不能なシステムエラーが盛大に爆発した。
(あ、あり得ません…!私の検索エンジンに…このノイズの対処法が存在しないなんて…っ!)
赤面して完全にかたまったエルザの横でジャンは呆れたように盛大な溜め息をついた。
ジャンはカイルとエルザの間に割り込むと、エルザを庇うように背後に隠した。
「…おいおい。その辺にしといてやってくれないか?」
「やあ、元騎士団副団長殿。…良い剣をもらったようだね」
そのカイルの言葉にジャンはぴりっと空気を放つ。
しかし、対するカイルはジャンの発する圧倒的な威圧感を涼しい顔で受け流す。
「どこで知ったかは知らねえが、そういうのをひけらかすのはどうなんだ?」
「そう?ひけらかせる程、僕は重要なことを言ったかな?」
その不敵な笑みにジャンの胸の奥で嫌な音が鳴った。
(なんだ…?なんか腹が立つ…)
ジャンは自身がもやもやとしていることを素直に認めていた。
そして、その原因もすぐに検討がついた。
ーーーそれは、いつも冷静沈着で感情という不確定要素をバグと言う自分の主人が、この目の前の男の一挙一動で自分には見せたこともないような赤い顔をして、言葉を詰まらせていたことに対してだ。
そこまで認めて、ジャンはふと冷静になった。
(…待て。それじゃあ、俺は“何”に苛立っている?)
ジャンは己の感情の整理をした。
エルザはジャンにとって冤罪で追われ、絶望の淵にいた自分に騎士としての誇りを取り戻してくれた主。
己の騎士として全幅の信頼を寄せ、自分専用の剣まで用意しててくれた。
そこでジャンは今更ながら気付いた。
(忠誠心だと思っていたが…まさか、俺はお嬢さんを…?)
胸の奥で湧き上がる熱い感情の正体に気づいた瞬間、ジャンの心拍数は跳ね上がった。
[ステータス:ジャン(物理デバッガー)]
[感情ログ:主従関係から【404Error(not found)】への書き換えを確認]
[エラー:胸部の不快感が最大値に達しました]
ジャンは剣の柄を固く握り直し、カイルを鋭い眼光で睨みつけた。
「どうぞ、今日のところはお引き取りを。おたくの言う通り、お嬢さんも調子が悪いみたいなんでな」
カイルはジャンの瞳の奥にあるただの敵意ではない“敵意”を感じ取り、満足そうに口角を上げた。
「やっぱりそうか。…今日はどうぞゆっくり休んでね」
カイルはエルザに向け、優しく微笑む。
そして、思い出したかのように尋ねた。
「そうだ。君の名前は?今度から呼ぶときに困るだろう?」
「…名前も知らない仲なのに今度があるのか?」
「ふふ、君はただの忠実な護衛かと思っていたけれど、どうやらーーーそうだな。彼女の言い方で言うなら、特別なバグを植え付けられているみたいだね?」
「…黙れ」
エルザの前で二人の男の視線が空間で激突し、火花が散る。
[警告:サーバー内で競合状態コンテンションが発生中]
この展開に完全にフリーズしたエルザを置き去りにしたまま、ドロテア領は未知のプログラムを強制実行し始めていたーーー。




