ウイルススキャンと強制パージ
「これは…」
「なんとも…」
アナとリーネは開いた口が塞がらないとでも言ったように通された部屋でエルザの後ろに控えながら、言葉に迷っていた。
エルザはと言えば、先程出された紅茶をじっと見ている。
その様子に気付いたジャンが尋ねる。
「…その紅茶が気になるのか?お嬢さん。さっきから口もつけていないが…」
「香り、色からの推測で事足りますが、高価なだけの茶葉のようです」
「…そうかい」
ジャンも何かと察したようだ。
ここはドロシア領の代官であるバッカスの館。
領地の寂れた風景とは対照的に不自然なほど白い大理石で作られた門を通り抜け、見るからに装飾にお金がかけられた館の中に入れば、趣味の悪い金ピカの彫像や出自の怪しい絵画が所狭しと並んでいた。
そして、冒頭に戻る。
そんなことをしている間にバッカスがエルザ達の前に姿を現した。
脂ぎった顔に見え透いた追従の笑みを浮かべている。
「おやおや、これはエルザ様。こんな辺境な土地までお疲れ様でございます」
バッカスは金糸で縁取られた大げさな衣装を揺らし、これ見よがしに部屋を見渡して両手を広げた。
この部屋の壁にも金ピカの彫像が乱立し、床には出所の怪しい極彩色の絨毯が敷き詰められている。
「いかがですか?私のこの館は。王都の洗練された様式を取り入れ、私なりの最高のおもてなしを注ぎ込んだ自慢の邸宅でございます」
自慢気なバッカスにエルザは顔色一つ変えずに率直な感想を述べた。
「…色彩のコントラストが不適切です。視覚情報のノイズが多すぎて、脳の処理速度を低下させる嫌がらせのような空間ですね」
「…は、はい?」
バッカスの笑顔がエラーを起こした画面のように固まる。
エルザはそんな彼を気にも留めない。
エルザの様子を見て、バッカスは動揺を隠すように脂ぎった顔を歪めてわざとらしく肩をすくめて見せた。
「…おやおや。手厳しいですな。ですが、そうやって気高く振る舞えるのも今のうちでしょう」
バッカスは一転して嘲るような笑みを浮かべ、机の上に積まれた埃っぽい書類の束を叩いた。
エルザはその書類へと目を向ける。
「見ての通り、ここには何もありません。痩せた土地とやる気のない領民。そして、山のような“赤字の帳簿”だけです。貴女のような令嬢には退屈な場所でしょうな」
“ここはお前の居場所ではない”と言わんばかりに鼻で笑うバッカスをエルザは瞬き一つせずに見つめた。
[システム:ウイルススキャンを実行中……]
[対象:バッカス]
[検知:虚偽発言。隠し資産(地下金庫)、重度の汚職ログを検出。危険度:高]
「…建前は省略します。リソースの無駄です」
エルザはバッカスの横を通り過ぎ、机に積まれた山のような帳簿の前に立った。
「な、何を…!? 」
バッカスが止めようと手を伸ばした瞬間、ジャンの大きな手がその手首を掴んだ。
掴まれた瞬間、バッカスが小さく悲鳴を上げる。
「…動くな。お嬢さんの邪魔はさせない」
ジャンの声にはかつての騎士団副団長としての威圧感が宿っていた。
バッカスは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「…読み込みの邪魔はしないでください」
エルザは右手の指先を、一番上の帳簿の表紙に添えた。
そのままぱらぱらとページを高速でめくっていく。
[スキャン速度:100ページ/秒]
[解析:全取引データの照合……完了]
エルザはめくる手を止め、バッカスを視線で射抜いた。
「…この帳簿、構文エラーが多すぎて、もはや読み物としても成立していません。私の検索エンジンが“ゴミ”だと判定しています」
「な…な、何をデタラメを! そんな一瞬で中身がわかるはずが――」
「…3年前の雨季、治水工事の名目で引き出された金貨2,000枚。実際には隣国のカジノで消費されていますね。日付は14日、午後3時。あなたの左胸のポケットにある“裏帳簿”との照合も既にシミュレーション済みです」
バッカスがはっとして胸を押さえ、後ずさる。
「…どうしてそれを…!?き、貴様、何者だ!?おい、衛兵!衛兵は何をしている、この無礼者を追い出せ!」
バッカスの叫びに応じて、廊下から数人の私兵が駆け込んできた。
しかし、エルザは表情一つ変えない。
「領主に歯向かうつもりですか?…いいでしょう。ジャン。外部干渉の除去をお願いします。実行時間は10秒以内です」
「承知した。…8秒で終わらせよう」
エルザの指示に、ジャンが動く。
ジャンは先頭の兵が剣を振り下ろすより早く懐に潜り込むと、その手首を掴んでねじ上げ、一瞬で無力化する。
「がぁっ…!?」
悲鳴が上がる間もなく、ジャンは二人目の喉元に掌打を叩き込み、三人目を豪快な投げ技で石床に沈めた。
抜剣すらさせない。
峰打ちと関節技だけで次々と無力化していく。
[経過時間:6秒。対象の戦闘不能を確認]
最後の一人が恐怖で腰を抜かしたところに、ジャンの鋭い一蹴が入り静寂が戻った。
倒れた兵士たちが上げる苦悶の呻き声すら、エルザにとっては作業を妨げない程度のBGMに過ぎない。
「……7.2秒。予定より0.8秒の短縮です。評価します、ジャン」
「…お褒めに預かり光栄だ、お嬢さん」
ジャンが外套の襟を正し、何事もなかったかのようにエルザの背後に戻る。
バッカスは自慢の兵たちが一瞬で無力化された光景を前に、ただ歯をがちがちと鳴らすことしかできない。
そんなバッカスにエルザは冷たく言い放った。
「私はこの領地の新しいOSです。現状のドロテア領はあなたという“ウイルス”によって機能不全に陥っています。システムを正常化するため、二つの選択肢を提示します」
エルザは冷たく微笑んだ。
それはまさに悪役令嬢といった具合に。
「案Aは今すぐ全横領額を返還し、私の下で“無給のデバッグ要員”として働く。案Bはこのまま物理的に消去され、地下金庫の証拠と共に王都へ送還される。…さあ、どちらが合理的か0.5秒で判断してください」
エルザの言葉にバッカスはあわあわとするしかない。
[ステータス:対象の抵抗値が閾値を下回りました]
[デバッグ:成功。クリーンアップを開始します]
エルザはすぐさま指示をした。
「アナ、リーネ。彼の部屋にある金庫へ行き、資産を回収してください。一銭の誤差も許しません。ジャンは彼を地下牢という名の“ゴミ箱”へ」
「はい!」
「承知しました!」
「任せておけ、お嬢さん」
それぞれが動き出す中、エルザは満足気に微笑んだ。
「さあ。再起動の時間です」




