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しょっぱい能力で滅ぼせ異世界  作者: 池金啓太
十八話「進む先に何があろうとも」

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0699:積みあがる書類

 場所は戻ってイルス王国。アルヴィストは自身も王立学院に向かうために様々な準備に追われていた。


 否、正確には王立学院に向かうための準備というよりも、この王都から離れるための準備といったほうが正しい。


 シータを追うように慌ただしく西方に旅立ったポロナルグとは対照的に、アルヴィストはこの城から出かけるよりも前にやることが山積みだった。


「殿下!報告書完成しました!」


「殿下、当時の村人たちからの意見集約完了しました。ベンゴール殿にお見せする前に内容の確認をお願いします」


「殿下、お茶です」


「殿下、こちらメイレイン殿下への引き継ぎ書の雛形になります。御目通しを」


「わ、わかった!やるから!順番!順番にやっていくから!」


 特に今までこなしてきた魔物討伐の経緯とその報告書。さらには王族として行ってきた公務の引き継ぎ書。姉であるメイレインに頼むことになる公務内容の説明とその仕様。


 国内で方々を駆け回る形でいろいろと実務をこなしてきたアルヴィストだったが、体を動かして活動することが主だったために、書面でそれらを残しておくということが一切なかったのである。


 そのせいで部隊総出で今まで何をやったのかを一から十まで洗いざらい確認している真っ最中だった。


 今までこういった事務仕事をやってこなかったツケとでもいうのか、この数年間行ってきたありとあらゆる出来事や考えなどをすべて書面に起こさなければいけないということもあり、部隊全員が腱鞘炎になりかけるほどに紙とペンに向き合っている状態だった。


「こ、こんなことなら……もっとこまめに報告書書いておくんだった……!なんでこんなに書くことが多いのさ……!」


「そりゃ我々年単位で活動してましたからね。他の貴族の方々とも交流してましたし、仕方がないというものでしょう。はい、追加です」


「おぉう……なんてこっただよ……僕これから学院に行くんだよ……!?なんでギリギリまで書類仕事してるの……!」


「本来殿下の仕事とはこういうものでしょう。先頭に立って戦うのは兵士の仕事。その後方で書類と戦うのが殿下たちの仕事でございます。あ、これにもサインお願いします」


 これなら剣を振っているほうが何倍もマシだと、一向になくならない書類の山にアルヴィストは辟易してしまっていた。


 かつてのメイレインではないが、剣を振るうことに逃げたくなってしまう。体を動かしているほうが何倍も何十倍も楽だった。


 頭を使うことは嫌いではないとはいえ、単調な作業を延々と繰り返していると頭がおかしくなるのではと錯覚してくる。


 そしてそれはアルヴィストだけではない。こうして一緒に手伝ってくれている兵士たちも同様だった。


 本来であれば彼らはこのようなことをしなくてもよいのだ。しかしアルヴィストの人徳故か、文字の読み書きができ、なおかつ記憶力の良い者たちは率先してこの地獄のような書類仕事を手伝ってくれている。


 彼らの指先にも普段だったらできることのないペンダコができてしまっている。


 兵士にあるまじき手の痕に、アルヴィストは申し訳なくて仕方がなかった。


「殿下、一息入れてはどうですか?さすがにこうもぶっ続けでは間違いの元ですよ。適度に休まなければ」


「あー……そうだね。そうしようか。皆少し休もう。一時間……いや、二時間休憩。そしたら再開しよう」


 休憩の指示に兵士たちは大きく体の伸びをしながら執務室から出ていく。大きく体を伸ばした時にバキバキと骨が折れているのではないかと思えるほど大きな音がしたものが何人かいる。


 ずっと同じ姿勢でデスクワークをしていたのだから無理のない話だ。アルヴィストも軽く体を伸ばすとそれだけで体の節々から音が鳴り響く。


「アル君、大丈夫?」


「うぐぅ……さすがに、ここまで書類が多いとしんどいね。こんなにじっとしてたの久しぶりかもしれないや」


 セレネイアがアルヴィストを気遣って甘いお菓子を持ってきてくれる。疲れた脳に甘いものが染み渡る。

 こういう時には本当に甘いものはありがたかった。


「美味しい……甘いものがすごくおいしく感じる……これセレンが作ったの?」


「私だけじゃなくて、ティヘリエラ殿下とも一緒に作ったの。あとで美味しかったって感想を言ってあげてね」


「ティフが……いつの間に来てたの?」


「部屋には入ってないよ。アル君たちが忙しそうにしてたから、邪魔したら悪いって、遠慮してた」


「……そりゃ悪いことしたなぁ……あとで思い切り遊んであげなきゃ」


 妹に気を使わせてしまうというのはなんとも情けない兄だと自嘲気味に笑う。切羽詰まっていることには違いないのだが、家族との時間もしっかりとらなければいけないのは間違いないのだ。もうすぐこの城から出ていく身なのだから、せめて楽しい時間くらいは作ってやりたいものである。



「おいアル、いるか?……ってなんだここ……ひでえ有様だな」


「あ、テルン。いらっしゃい。どうしたの?」


 アルヴィストが茶菓子をつまんでいるとやってきたのはテルンだった。彼はオーロックス商会に正式に紹介するまでの間、今はこの城の中で客人待遇として好きなように生活しているのである。


「どうしたもこうしたもねえよ。ティフの指導が終わったから様子見に来たんだ。あいつどんどん腕上げてるぞ。王女にしておくのがもったいないくらいだ」


「あぁ……それは……なんというか……」


 普段彼は好きなように動いているが、主にティヘリエラの相手をしている。彼の指導の賜物か、第二王女の弓の腕前はめきめきと上がっているらしい。


 最近ではティヘリエラはテルンのことを師匠と呼び始めているのだとか。


 いつの間にか友人が妹の師匠になって、本職の兵士さえも超える実力を身につけようとしている妹を前に、アルヴィストとしては弓の道を止めるべきか否か本気で迷っているほどである。


 とはいえティヘリエラとしてはちょうどいい息抜きにもなっている。剣を振り回されるよりはよほど良いだろうかと、比較対象がメイレインの時点で感覚が壊れている自覚はあった。


「随分とまぁ書類書類書類……王太子殿下はお忙しそうですなぁ」


「うん……本当に……もう代わってくれないかな誰か……なんで僕こんなに書類と格闘しなきゃいけないのさ……引っ越しの準備だってしなきゃいけないのに……!」


「そりゃ今までやってなかったのが悪いんだろ?」


「ぐぅの音も出ない正論やめてよ……ずっと魔物討伐やら貴族との調整で忙しかったんだよ……書類やる暇なんていつあるのさ……」


「そりゃ知らねえけどよ。今まで動きっぱなしだったんだろ?ちょうどいい休暇だと思えばいいじゃねえか。これから王子らしい仕事だってやっていかなきゃいけないなら、その準備だと思えよ」


「言ってることはわかるけどさぁ……あぁ、魔法の練習したい。剣の訓練したい……体動かしたい」


 これではメイレインのことを笑えない。まさかここまで体を動かすことができないのが苦痛とは思ってもいなかった。


 これから書類に向き合うのが仕事とわかっていても、これほどまでに窮屈なのは本当につらいの一言である。


「アルヴィスト、いいかしら?」


 そんなことを考えていると書類を何枚か持ってメイレインがやってきた。


 先ほど作ったメイレインへの引き継ぎ書の一部だ。そしてメイレインの表情は決して励ましに来たのでも応援しに来たのでもないことがわかる。


「ここ、相手の名前を間違って記載しているわ。書類で相手の名前を間違えるなんて失態以外の何物でもないわ。改めなさい」


「うぇ……?どこですか?」


「ほらここ。子爵家の長男の方の名前。綴りが違うわ。これから関わっていく人の名前を間違ってどうするの」


「姉上良く気づきましたね……」


「名前を軽視するものは同様に軽視されても文句は言えないわ。アルヴィストも、アルビストとか書かれたらいやでしょう?」


 まさかメイレインに書類の関係で叱られることになるとは思ってもみなかった。こうしていると普通の姉と弟の関係なのだろうが、今までの彼女を知っているだけに違和感が非常に強い。


「おうおう、メイレが一丁前に姉っぽく見えるわ」


「あらテルン、それは褒めているのかしら?」


「あぁ褒めてるよ。お前らしくないっていう意味でな。書類に向き合ってるところなんて王女殿下の姿そのものだ」


「褒め言葉と受け取っておくわ。少しは王女らしさも板についてきたということでしょう?」


「似合わないことに変わりはねえけどな。今のアルと同じだよ。無理すると体の方に不調が出てくる。その前に軽く気晴らしでもした方がいいと思うぞ?」


 テルンの気遣いを二人ともわかっている。


 今までのメイレインの調子から、いきなり王女らしく清廉潔白になろうとしたところで無理があるのだ。

 少しずつ慣れさせるにも、多少羽を伸ばすことが必要不可欠なのである。


 もっとも、メイレインの覚悟はそのような生半可なものではない。多少の無理ならば通してしまうだろう。


 そういう性格を分かっているから、テルンもあえて軽口を告げているのだ。


「気晴らしは適度にしているわ。少なくともアルヴィストのように、書類程度で悲鳴は上げません」


「姉上……僕だって別に上げたくて悲鳴を上げてるわけじゃ……」


「そういうことは間違いをなくしてから言ってくれるかしら?ここの説明も文章だけだと何が何やら分からないのよ」


「あーあ……始まったよ」


 彼女は頑固で、一度決めたらそう簡単には考えを改めることはない。


 不器用というか真っすぐ過ぎるというか、そういうところを理解しているが故にテルンは接し方を変えなかった。


 その思いやりと気遣いが、あえて無神経さを装う彼の優しさが二人からすれば心底ありがたかった。


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