0698:権威の失墜
「だからこそ我々も困惑しているのです。いえ、呆れていると言うべきなのでしょうか。ミーザ嬢のように大局を見ることができるのであればよいのですが、その者たちは目的を注視するあまり視野が狭まっている……」
大きな目的を叶えるために手段を選んでいられないというのは理解できる話ではあるが、それでもこの国が無事でいられたらの話だ。
結果的にこの国がボロボロになってしまっては元も子もない。廃墟の国で王冠をかぶっても何の意味もないのだと理解できない者もいる。
しかしシータとしては、まだ少し異論を唱えたかった。否、そのようなものがいるとは信じたくなかったのだ。
「しかし、本当にそのようなものはいるのですか?」
「と、申しますと?」
「先ほどのおっしゃりよう、確かにそのようなものがいて、皇族の方々の権威を失墜させることを目的として活動しているのであれば、今の状況があまりに長続きしているのにも納得はできます。しかし、そのような者が本当にいるのでしょうか?どうしてそのように確証を持てるのです?」
先ほどまでの側近の言葉は、あくまで個人の考えという前置きがあったにしてはずいぶんと確信めいたものを感じ取れる内容だった。
何かしらの裏取りができていない限りこれほど強く確信をもって発言はできないはず。
シータはそこが知りたかった。
この国の王族の側近なのだから内部の事情に詳しいのは当然として、どうしてそこまで強く内部の不穏分子の存在を信じられるのか。
もしかしたら今後西方に進むうえでの何か情報を得られるかもわからない。
エカンダ皇国内の情報を得るに越したことはない。相手が教えてくれるかどうかはわからないが、ここは一種の取引だ。
「もし、何らかの情報があり、私に協力できることがあるのなら、バタル王子より受けた恩をお返しする意味でも、力になれればと考えています」
シータはアルヴィストだけではなくバタル王子にも多大な恩を受けた身だ。力になりたいと考えているのは決して嘘ではない。
そしてそれを理由に内情を聞き出すことができるのではという打算があるのも否定はしない。
しかしどちらの得にもなるような提案であると考えていた。
側近からすればシータの行動は国内に蔓延る不穏分子を片付けるためのきっかけになるかもしれない。
シータは個人であり、この国に所属していない。そして難民たちを西方のヒルデ協議国内に戻すという目的のために国内での活動をしていくことになる。
誰の下にもついていない独立した存在というのは、当初の話で言えば害にもなりえるが、時と場合によっては特効薬にもなりえる。劇薬であるというところに変わりはないのだが、それでも賭けるだけの価値を見出せる。
この交渉、シータはある種の手ごたえのようなものを感じていた。むしろこの流れを作ったのは目の前にいる側近その人だ。
恐らくは最初からこの流れに話を持っていきたかったのではないかとさえ思える。
交渉の場において、相手の作った強い流れに大きく逆らえばそれだけ手痛いしっぺ返しを食らうというのはアルヴィストたちの教育から学んでいる。
こういう時は流れに逆らわず、流れに乗りながら自分の考えを通せるような提案を出していくしかない。
「ミーザ嬢にいったい何ができるのです?我が国の問題を、貴女に押し付けようとは思いません」
「押し付けられるのは確かに困ります。しかし力を貸すことはできるはずです。私などでできることはとても少ないでしょうけれど……」
過去、祖国から逃げてきたときは何の力もないただの少女だった。しかし今はただの少女ではない。目の前にいるのは二つの国の王族との繋がりがある少女だ。
そしてすでに滅んでしまったとはいえヒルデ協議国の貴族の末席に名を連ねていた存在でもある。
何もできないかも、などと言ってはいるが、シータはそんな弱気で終わるつもりは毛頭なかった。
何とかしてやる。何とかしてみせるという気概を見せていた。
情報収集でも内偵でも攻略作戦でも何でもやってやるという気持ちだった。この数年間の訓練と実戦は彼女の肉体だけではなく精神も見事に鍛え上げていた。
「……もし力になってくれるのであれば、それはこちらとしても喜ばしいところです。是非とも協力していただきたいところです」
「……では」
「しかし、今のミーザ嬢はあまりにも孤立しています。その状態ではまず何もできないでしょう。ここから西、我らが首都においでになるまでの間に、少しでもご自身を守るための力をお付けください」
「力……ですか」
「言ってしまえば仲間です。これから行う事には恐ろしく人手が必要になるでしょう。私共に協力するにせよ、ご自身の望みをかなえるにせよ、貴女の助力となる人が必要です。それをお探しください」
それは予め必要と考えていたことだ。しかしそれを条件に出されるとは思っていなかったためにシータは少し面食らう。
「首都にいらっしゃった時に、貴女がどれほどの数を集められるか。それによって判断させていただきます。貴女が、バタル殿下の力となれるか否か」
それは側近の彼にとっても一種の賭けなのだろう。何せ国の内情を話すのだ。信用に足る存在でなければならない。
シータの課題は重く、しかし確実に必要なものだ。
ようやく自分は前に進み始めたのだと、シータはこの苦難に立ち向かうつもりでいた。




