0696:国の中が荒らされる
「私と個人的につながりのある商会から支援を受けるつもりです。現時点でも多大な支援を受けておりますが、今後も支援してくれると約束をしてくれています」
実際にはオーロックス商会を介してのアルヴィストからの支援だが、それを口にすることはできない。
イルス王家が直接支援するという形をとらないためにわざわざこのような形をとっているのだ。
「なるほど。ミーザ嬢はイルス王国内でかなりの人脈を作られたのですね。素晴らしいことです」
バタル王子たちもそういう事情をおおよそ把握できているだろう。なんとなくわかっていてもそれを口には出さないようにしてくれているという感はある。
とはいえ、支援を受け続けることがどれだけアルヴィストたちの負担になるかというのもわかっているつもりだ。
今後万単位の難民を移動させるとなればそれだけでは足りなくなるのは明白。今のうちにエカンダ皇国内でのつながりを作っておかなければいけないというのもまた課題の一つではある。
「商会による支援をこの国でも得られるということは、この国の中でも活動している商会なのでしょうね。なるほど商会の個人への援助であれば、我々がとやかく言うことはできませんね」
ここで先手を打ってきたかと、シータは内心顔を引きつらせていた。
つまりは貴族たちに援助を申し出るつもりならそれは止めさせてもらうという事だろう。
貴族は今は選挙活動のせいで活動がかなり制限されてしまっている。いつまで続くかわからないような選挙活動に辟易しているものも多いだろう。
貴族としての活動の中に選挙という今後の皇帝を決める大きな問題がやってきている状態で、さらに外的要因を増やすのは避けてほしいという事だろうか。
この国の貴族への援助関係の話をしようと考えていたところだったが、先に牽制されてしまった。
実際にこの国の人間の協力を得ることは難しいかと言われればそうではない。
実際に彼も言っていたように、商会から個人への援助に関してはどうこう言うことはできないのだ。
であれば、貴族から直接ではなく商会を介して間接的に支援をもらえればいいだけの話である。
もちろん、その支援にこぎつけるためには貴族に直接支援を申し出なければいけないのだが。
「一つこちらとしても懸念があります。可能な限りで構いません。今のエカンダ皇国の現状を知りたいのです。そのあたりをお教えいただくことは可能でしょうか?」
「それは、国内における難民の方々の状況、ということでよろしいでしょうか?」
「はい。そうです」
実際は国そのものの状況も知りたいところではあった。難民が国に与えている状況を詳しく知りたいというところもあった。
イルス王国内では得られなかった情報。生の情報がここにはある。難民がどのような状態にあり、どの程度の被害がこの国に出ているのか。
それを知らなければ、難民たちを救うことなどできないとさえ思っていたのだ。
「国政に関わることでありますので、あまり踏み込んだ部分までご説明することはできませんが、その点はよろしいですか?」
「構いません。無理を言っているのは承知の上です」
あくまで知りたいと思っている情報が得られなくとも構わないというスタンスでシータは臨んでいた。
実際国の内情を教えてくださいなどと簡単に言えることではない。そして簡単に答えられるものでもない。
ある程度の信頼関係ができて初めて行えるやり取りだ。これに関してはシータとしても少し賭けに近い部分はあった。
「現状、旧ヒルデ協議国との国境沿いの領地には難民たちが押し寄せている状態です。さらに言えば、当該領地はほぼ壊滅……失礼、治安維持能力を失っている状態になります。そして徐々にその状態は広がってきています。一つ二つ、国境沿いの領地を起点に、東の方に向けて」
それはもはや侵略といっても過言ではないような状態だ。何よりも厄介なのはそれをやっているのが難民であるという事だ。
衣食住すべてを失った人々はもはや失うものがない。そのせいもあってある種自暴自棄というか、どうなってもいいと思ってしまっている節さえある。
危険だ。
これほど危険な状態は外にない。国家そのものが難民になった状態で押し寄せてくるなど悪夢以外の何物でもない。
領地に押し寄せ、その領地の食料や道具など、欲しいものを奪って東へ向かう。遊牧民族と略奪民族を足したようなことをやっているのだ。
もはや国家にとっては害悪でしかない。
「何よりも問題なのは、元々あった領地に住んでいた者たちも、普通に生活することができなくなり東へ逃げてきているということです。つまり、ここにきて難民が増えているという状態ですね」
難民たちが通過していった領地もまた治安維持能力を失い、さらには生活能力さえも失って、領民たちも難民となって逃げているというのだから笑えない。
蝗害などであれば通り過ぎるのをただ待つこともできた。しかし知能のある人間は奪いつくすまで止まることがない。
なんと醜悪な状態だろうと、シータは歯噛みしていた。
「西部からやってくる難民の数は?おおよそで構いません」
「数えることも難しい、というのが正直なところではありますが……数十万は確実であるかと。戦争を経験している諜報員に調べさせましたので、最低でも、というところではありますが」
大量の人間の数え方というのは専門の人間でなければ難しい。数百というレベルならばまだ自力で地道に数えることもできるだろうが、数万、数十万という単位の話となれば話が違ってくる。
特別な数え方をでき、なおかつそれらを確実に記録できるような人間でなければならない、ある種の専門技術を要する専門職だ。
戦争などの時には重宝する斥候役。そんなものが動員される状況になっている時点で、やはり状況は極めて悪いと言わざるを得ない。
「ミーザ嬢。一つお願いが」
「は……なんでしょう?」
「…………ここからは、バタル殿下の側近としてではなく…………大変申し訳ありませんが私個人としての対話とお心得下さい」
「はい。なんでしょう?」
主の言葉を告げに来ているはずの彼が、あえて主の意向を無視してでも自分の言葉を告げたいと願っている。
これは吉兆と思うべきか。あるいはその逆か。どちらにせよ今回の会話における一つの転機となるだろうことをシータは察していた。
「今回の旧ヒルデ協議国の難民騒動……本来であればもっと初期の段階で抑え込むことができていたはずなのです。様々な要因が重なり、このような酷い事態へと発展してしまいました」
皇帝の崩御から始まる選挙。そしてその選挙によってより明確になってしまった皇国内における権力及び派閥争い。ヒルデ協議国の崩壊に加え、そこから溢れるが如くやってきた万単位の難民。
どれか一つだけならば十分に対処できる内容だった。しかしそれら全てが連鎖的につながってしまったからこそ、今この状況が生まれたといっても過言ではない。
「私は……この事態を想定し、この事態を起こすべく動いたものがいるのではないか……と考えています」
「……この状況を、ですか?」
「はい。何者なのかはわかりません。帝国か、あるいは我が国の中の何者か、あるいはイルス王国か、もしかしたら旧ヒルデ協議国の中にいたのかもしれません。ですがその何者かが、これを引き起こした……いえ、引き起こそうとしたのではないか……と……」
これらの説明を聞いてシータはなるほどと納得してしまう。彼がこの言葉をバタル王子の代理としてではなく、あくまで個人的にという前置きをしたのは、この考えがあまりにも危険だからだ。
なにせ自分たちの国政の失態、それに重なるように起きた他国の崩壊、それらによって生まれるすべての被害をどこかの誰かのせいだと言っているようなものなのだ。
為政者の責任転嫁と言われても仕方がない。
しかしシータは知らないことだが、イルス王国にいるジスカル老もまた、今回の一連のことに対して何者かの意図を感じていた。
国外にいるジスカル老さえも、その何かを感じ取ることができていたのだ。
国内にいて情報をつかみやすい立場にあるバタル王子なども、恐らくは同様の考え、ないし近しい考えを抱いているのだろう。
だがあえてそれを個人の考えとすることでバタル王子とは切り離した。それは先にあげた責任転嫁という部分から逃れるためなのだろう。
「何者かがいたとして……いったい何の目的をもって?」
「それはわかりません。この事態そのものが目的なのか、あるいはその先にあるものが目的なのか……我々としても、その何者かの尻尾を掴むどころか見つけることもできてはいないのです」
我々、と彼は言った。
先ほどは個人的な意見だと前置きしていながら我々という言葉を出したことでシータは確信する。バタル王子たちも同様の意見を持っているのだと。
しかし、となると話が少し変わってくる。
今まで得られていた情報ではただ難民たちを何とかすればいいと考えていた。しかしこうなってくると考え方を大きく改める必要がある。
その何者かとは、いったいどこの誰なのか。何を目的としているのか。次は何をしてくるのか。どこまでその力が及ぶのか。
わからないことが多すぎるために対策など取りようがないが、何者かがいるという前提で物を考えることはできる。
シータがその者の立場だった場合、難民を使って何かをする、それこそエカンダ皇国の内部をぐちゃぐちゃにかき回すのであれば、一番利益を得るのはエウロス帝国かイルス王国だろう。
新天地を得るという意味ではヒルデ協議国の難民も同様だが。
「エウロス帝国の動きはどうなっていますか?イルス王国にいた時は大きな動きはなく、むしろ帝国内に引き上げていったという話を伺っていますが」
「ミーザ嬢が得ている情報は正しいです。現状帝国の軍の多くは自国に戻り完全に沈黙を保っています。ヒルデ協議国内にいる巡視隊のようなものを除き、大きな活動は見受けられません」
ヒルデ協議国内にはまだ多少の帝国軍がいるという情報が得られたのは大きい。しかし今回の目的を帝国のものとしていいのかは少し疑問が残る。
もちろん難民を押し出したのは帝国だ。最も怪しいところではあるのだが、妙な違和感は残っていた。




