0692:口にしてはいけない
「アルヴィスト殿下、おらの立場的に、どうするのが一番いいか、わかりますか?どうすれば、一番行動しやすくなるか」
「そ……それ、は……」
国を出て活動する以上、アルヴィストやメイレインの私兵となるわけにはいかない。
王族の私兵が他国で行動しているなどという話になれば、それこそ問題になる。良いことをしていようと悪いことをしていようとそこは変わらない。
ポロナルグがシータの助けになるように行動するのであれば、一番いいのはオーロックス商会の所属にするか、完全な無所属になるのが好ましい。
支援はオーロックス商会を通して行えばいいだけの話だ。
とはいえ、無職のままで送り出すというのはさすがに気が引ける。
エカンダ皇国内である程度動きやすくするためにも、何かしら繋がりを示唆するものがあったほうが良いように思う。
しかし、あまりに強権過ぎても問題だ。匙加減が難しい。
どうしたものかとアルヴィストは本気で悩んでしまう。
「ポロナルグさんはシータについていくつもりですよね?」
「んん。そうするつもりです」
「………………シータは元々ヒルデ協議国の人だけど、ポロナルグさんはこの国の人だからね。わかった。ちょっと待ってて」
アルヴィストは小走りで別の場所に向かって行く。しばらくしてすぐに戻ってきたアルヴィストには一つの短剣が握られていた。
「ポロナルグさん、これをあなたに預けておきます」
「これは?随分豪華だけども?」
アルヴィストがもってきた短剣は細かな装飾が施されており、ところどころに宝石もちりばめられているものだった。
それはアルヴィストが所有している短剣の中でもかなり豪華な部類のものである。
儀式用とさえ思えるような類の煌びやかなもので、数多くある贈り物の一つだ。その中には王家の印も刻まれており、限られた者しかもつことのできないものだ。
はっきり言って実用的ではないために、アルヴィストは部屋に飾る程度しかできていなかった。置物以上の価値を見いだせていなかったものである。
アルヴィストはそれを恭しく抜き放つと、鞘に納まっていた美しい刃を全員に見えるように掲げる。
その行動の意味を理解したからか、テルンはポロナルグの背後に回り込んで強引に跪かせる。
「え?な?なになに?」
「いいからそのままおとなしくしとけ。アル、いいんだな?」
「うん。事実だけあればいい」
アルヴィストは短剣の刃を跪いたポロナルグの肩に当て、その後もう片方の肩に当てる。そしてその後刃を返して鞘をポロナルグの方に向けると手に取るように促す。
「えと……こ、これで……いい、ですか?」
「はい。大丈夫です」
「その……これは……いったい……?」
ポロナルグは理解できなかった。そもそもそういったことが縁遠すぎたために勉強すらもしてこなかったのが原因でもある。
テルンは知識として、それを知っていた。それは上位の爵位などを持つものが騎士を叙任するための儀式の一種だ。
さらに言えば、通常剣を使うものを王族の紋章が含まれた短剣で行い、最後にその短剣を本人に渡すという行為も含まれている。
アルヴィストほどの王族がそれをやったとなれば、それは王族直属の騎士といっても過言ではない。
この国の中においてはおそらく最上位の騎士といってもいいだろう。ちょっとした貴族よりも大きな発言力を持つことにもつながる。
しかしアルヴィストはそれを口にするつもりはなかった。何せ正式な叙任式を行ったわけでもなければ、正しい手順を踏んですらいないのだから。
だから、事実だけがあればいいのだ。アルヴィストが特別な儀式をして、その短剣を渡したという事実。
テルンはアルヴィストのやりたいことがわかっていた。
表立って、正式に騎士として任命するようなことはできない。そのようなことをすれば国外で活動するときに軋轢を生む。
しかし何か問題が起きた時にアルヴィストが渡した短剣を持っているということは、ポロナルグやシータを守ることに繋がる。
他国で問題を起こした時、特に権力闘争などに巻き込まれた時、その短剣を保有していれば、イルス王国王家との繋がりを示唆できる。
それだけで多少の問題は乗り越えられるかもしれない。相手がエカンダ皇国内に存在しているまともな権力者であれば。
「これは使わずに大事に持っていてください。僕が言えるのはそこまでです。これ以上のことは僕には言えません」
アルヴィストがそれを示してしまえば、それは王族が直接身分を証明したことになってしまう。
そのあたりを曖昧に、濁しておかなければ国際問題に発展しかねない。当事者のみにほんの少し匂わせる程度でいいのだ。
流石に他国の所属であるシータに持たせるわけにはいかなかったが、ポロナルグはイルス王国の人間だ。これがアルヴィストのできる精一杯である。
「えっと……どういう?」
「ポロン、何も言うな。アルの言うようにちゃんと大事にそれもっておけ。これ以上何も聞くな」
「う、うん……」
テルンの鬼気迫る言葉に、ポロナルグは有無を言わさずに貰った短剣を大事に布でくるんで懐にしまう。
今のやり取りをどれだけの人間が見ていただろうか。少なくとも城の中にいる何人かはその光景を目にしていた。
何故アルヴィストがあのようなことをしていたのか。疑問を持つものは多い。だがその光景を見ていたものの数人はアルヴィストの考えに気づくことができていた。
「アル、本人には教えておいた方がいいんじゃないか?せめて使い方くらい」
「いいや。これ以上は危ない。本人に自覚がないくらいがちょうどいいよ。誤った使い方をすれば、それはそれで目隠しにもなるし」
王家の紋章まで刻まれた短剣で王太子が直接行った叙任の儀式もどき。その意味を知る者なら、アルヴィストが意図的にそれを渡したということを気づくことができる。
そしてその背景を説明するうえで、ポロナルグでは多くを伝えることはできないだろう。彼の知識はあまりにも欠如してしまっている。
それでいいのだ。
あまりその力に頼られすぎても問題だし、他国での活動においてはむしろあの短剣に頼る行動そのものが危険にあたる。
その短剣に気づかせるにあたり、ポロナルグの意図があってはいけないのだ。
そうすることで彼の素性が疑惑を呼び、その身を守るための時間を生む。
聡い貴族たちであれば彼を厚遇することだろう。イルス王国における王族との繋がりを持つ男。シータの傍にそのような人間がいるということは、シータにとっても大きなプラスに働くだろうと考えていた。
「あとは、シータがあの剣をポロナルグさんに持たせた意味をちゃんと理解してくれるかなんだよなぁ……察してくれるといいんだけど」
問題視するべきはあの短剣を持たせたことをシータが気づけるか。そしてシータがアルヴィストの考えに気づいてくれるかどうかだ。
シータにはちゃんと教育を施したつもりだったが、何分時間が足りなかった。必要な知識をどんどん詰め込むのはよくとも、それが実践で活かせるレベルに至っているかというのが疑問である。
「いま、あのシータってのはどのあたりにいるんだ?」
「出て行ってから三カ月は経ったからね。もうとっくにエカンダ皇国入りしてるとは思う。もしかしたらジュニラック卿のところで足止めを受けてるかもしれないけど」
「足止め?でもさっきの話じゃ、手紙書いたんだろ?向こう側に渡せるように」
「一応僕の名前を出しているから、向こう側への手配はしてくれると思うんだけど……ノイル曰く、たぶん最低でも十日以上は足止めを受けるっていうんだ」
「なんだってそんな……?」
「ノイル曰く、今のシータじゃ実力不足なんだとさ。だからエカンダ皇国側へ渡るための準備をするっていう名目で足止めして、シータを鍛えるつもりなんだって」
ノイルーガの言はあくまで彼の考えによるものだ。
実際にその通りになっているかはまだわからない。だが彼曰く、かなり高い確率でシータはアルルゴウンで足止めを食らうというのだ。
実力面でもシータの戦闘能力は申し分ない。それが魔物相手であれば一騎当千の働きをする。
しかしノイルーガが感じているシータの実力不足というのはそういう部分ではないのだろう。
それはある種の経験だ。戦う事だけではなく、人として、人を従えるものとして必要な経験値とでも言うべきか。
彼女は貴族として生まれ育ってきながら、そういった経験をほとんどできなかった。何せ生まれてから十年と経たない間に故郷が滅ぼされ、難民のように別の国に逃げた。
この国にやってきたのは彼女が十歳の頃。まともな経験などできるはずもない。
「ジュニラック卿はシータに足りないものを埋めようとするだろうっていう事なんだと思うんだ。僕も頑張っていろいろと教えたんだけど、たぶんいろいろ足りないと思うんだよなぁ……少なくとも難民全部を国に戻すなんてことを考えたら足りない知識が多すぎると思うんだ」
「最悪、実務とかやらされてるかもしれねえってことか?」
「実体験に勝る授業はないからね。そういう意味では貴重かな。他国との境だからあの辺りにはいろんな知識が入ってくる。シータに必要なものをちゃんと追加してくれると思うよ。問題は、どれくらい拘束されるかってところなんだけど……」
「…………さすがにもうエカンダ皇国に入ってるよな?」
「…………たぶん。入ってると思いたいよ。入ってなかったら……ちょっとその……もうちょっと勉強させてから行けばよかったかな……?」
さすがにそんなことはないと思いつつも、その可能性が頭によぎる。
アルヴィストが直々に手紙を書いてシータの世話をお願いとまで書いてしまったために、もしかしたらものすごく頑張って教育してくれているかもしれない。
シータの最終目標を考えればむしろ良いことなのだろうが、彼女としては非常にやきもきしているかもしれない。
今どこにいるかもわからないシータのことを想いながら、アルヴィストは遠い目をしていた。




