0670:巨大な魔物と小さな魔物
「はい、という訳で、森の奥にいる魔物に対処しようと思います。よろしくお願いします」
和平たちはトゥーに教えてもらった位置に向かうべく移動を開始していた。
和平に同行しているのはクーランのみだ。トゥーとサナトラには念のために村で警護をしてもらっている。
村一つを守らなければいけなくなってしまったために人員の分配が必要なのはその通りなのだが、今回に関してはちょうどいい機会でもあった。
「若様、その魔物に対処するということは、魔物を処分するのですか?」
「いや、ちょっと実験したいことがあってさ。こいつを使おうと思う」
和平が取り出したのは芋虫をさらに細く長くしたような虫だ。
それが一体何なのか、そもそも虫なのかすら勘違いしてしまいそうな外見をしているその虫にクーランは眉を顰める。
「草?……ではなく、虫ですか?」
「そうそう。ハリガネムシみたいなやつを魔物化したんだ。要するに寄生虫の魔物だな。こいつをちょこっと改良して作った新種なんだよ。これを魔物に埋め込みたい」
魔物に寄生虫を埋め込むというなかなか恐ろしいことをやろうとしている和平だが、これもある種苦肉の策だった。
もともと強い魔物を操ることは和平にはできない。和平の身体能力を超える魔物を従えることができないのだが、それでは戦力を増やすことがどうしても難しい。
そこでどうにかして強い魔物を操ろうと考えた結果生まれたのがこの寄生虫だ。
「これを埋め込んで、魔物を疑似的に操るという事でしょうか?」
「そういう事。ちょっとした効果として、こいつらが所謂脳内物質的なものを分泌できるようにしてるんだよ。それで特定の行動をとるようにコントロールする。とはいえ、ざっくりとしたコントロールしかできないけどな」
寄生虫の元々保有する能力の中には特定の物質を作り出して宿主を操作するというものがある。
例えばカタツムリに寄生するロイコクロリディウムなどは、本来であれば日陰やじめじめした場所に住まうカタツムリを屋外の高いところに連れ出すことができる。これは終宿主である鳥にカタツムリを食べさせるためだ。
今回使おうとしている魔物、ハリガネムシに似ていると和平は称したが、ハリガネムシに寄生された虫、カマキリなどは自ら水の中に飛び込んで自殺するような行動をとる。
このように宿主を操る寄生虫というのは自然界には割と存在する。
「大きな動物の行動そのものを操作すると……具体的にはどれくらいの操作が可能なのですか?」
「今まで試した感じだと、どこに行くとか、どこを攻撃するとか、そういう何かの行動を誘発させる操作がとらせやすいかな。これをやると気持ちいいぃぃぃぃ!って感じにさせるわけだ」
寄生虫が作り出す快楽物質で特定の行動をとることによって強い快楽を得るようになると、その行動をとりやすくなるのは他の魔物などで実践済みだ。
しかし、逆にこの行動をとってはいけないという面で行動を制限することは難しい。
何せ倫理などで縛るのではなく快楽を与えて誘発するのがこの寄生虫のできる操作方法なのだ。
宿主の中で蠢いて痛みなどを与えることはできるだろうが、その分宿主へのダメージを与えることになるために危険である。
「なるほど……しかし若様、どうして今までこのような手段を使ってこなかったのですか?この魔物を使えるならもっと早くから仕込んでおけば強い魔物を一斉に操作できたのでは?」
「……残念ながらそうもいかんのよ。この魔物にも欠点がある」
「欠点ですか」
「こいつの欠点は二つ。一つ目は、こいつを仕込まれた魔物は特定の行動しかとらないようになっちゃうんだ」
「…………寄生虫で操るからでしょうか?」
「いや違う。寄生虫で特定の行動をとることで快楽物質を与えると、その魔物は率先してその行動をとろうとする。いわゆる学習するわけだ。また気持ちよくなりたいいいぃ!って感じでな」
「はぁ……」
「例えば、特定の町を攻撃しろって命令をこなすように操作すると、その行動が終わった後も同じように別の町を攻撃しだしたりするんだよ。快楽物質が出てなくても」
「なるほど。一度指定した行動に似ているものを繰り返すようになるという事ですね」
「この寄生虫は行動を誘発することはできてもそれを止めることは難しいんだ。魔物はある程度学習はしても知性があるわけじゃないから、行動制限を完全に行うことはできないんだよ。やりすぎを防止できない。それはかなり致命的だ」
和平が魔物を操るときに特に気を付けているのは、被害を出しすぎないという点だった。
食糧に関してもそうだ。全ての人間が餓死するほどに食料を壊滅的にするのではなく、飢えて飢えてまともに動けなくなる程度に留めるような加減をしなければならない。
人類を絶滅させるのは和平の能力をもってすれば簡単な話だ。しかしそれをすれば和平の負けに繋がってしまう。
今回の寄生虫の魔物も同様で、一度指令を与えたところで、その指令を延々と繰り返すような魔物が出てしまった場合、予期せぬ被害をまき散らす可能性が出てくる。
そうなると和平が思っていたよりも被害が広まり、結果的に大きな問題に発展する可能性がある。
今まで寄生虫の魔物を使ってこなかったのはそういう背景があるのだ。
「ちなみにもう一つの欠点とは?」
「これも単純。脳に近い部分で寄生虫が活動するってことは当然脳に悪影響が及ぼされるわけだ。そうすると他の魔物と比べて寿命が短くなる。いや、寿命が短くなるっていうのは表現が違うな。他の魔物に比べて死にやすくなる」
脳というものは非常にデリケートな部位だ。それこそちょっとした欠損で肉体の操作に影響を及ぼす。
そのため、そう簡単に触れてはいけない部分なのだ。
「さっきも言ったけど魔物には学習できるだけの知能はあっても知性はない。自分の快感に従って行動するから、基本的に気持ちいい方を優先する。そのせいで食うとか寝るとか、生きるために必要なものを無視して行動する場合があるんだ」
「そんなことあるんですか?」
「前に実験で小さな魔物で試した時そういう風になったんだよ。まぁ、大きな魔物で試すことができてないから、今回試したいんだ」
生物の大小によって脳の構造もまた異なる。有している知能もまた異なる。もしかしたら自らの快楽に抗ってでも生存を優先するかもしれない。
もっと大きな魔物を和平が操ることができればこんな苦労もしなかったのだろうが、こればかりは仕方がないと言うべきだろう。
「ですが若様、オーナーの所有する魔物であれば実験できたのでは?」
「今回試したかったのは野生の魔物なんだよ。そりゃ魔王の魔物を使って実験してもよかったんだけど、何の影響も入っていないやつで確認したかったんだ。こればっかりは実際にやってみないとわからないしな」
「なるほど。遭遇できるかどうかは運によるところが大きそうですね……それで今までできなかったと」
「そう。一番大きくて俺と同じ程度のサイズだったから、俺の三倍くらいのサイズとなるとなかなかだ。もしかしたら面白い反応を示してくれるかもって期待してる」
身体能力もそうだが大きな肉体になればそれだけ大きな脳を保有している場合が多い。特に今回の魔物は人型だという。獣ではなく人型だと明言している以上、かなり大きな人型。少なくとも猿などの類ではなさそうだ。
仮に猿の類だったとしても高い知能が期待できる。そのような相手にこの寄生虫がどれだけ役に立つかは気になるところだった。
「若様、お下がりください」
森を進んでしばらく経過した頃、クーランが和平の前に立って周辺を警戒し始めた。
「お?なんかいたか?」
「……はい。しばらく行った先に、いますね。大きい何かが」
「おぉ、地図の場所ばっちり。流石トゥー。いい仕事するぜ」
上空から見て位置関係を確実に記載できるのは鳥人族ならではの強みだ。
のんきにそんなことを言っている和平に対してクーランはその存在から視線を外さない。否、外せない。
そこにいる存在の強大さを理解できている彼女からすれば、この状況でいかに和平の願いを叶えながら、和平を守ることを考えていた。
寄生虫を植え付ける必要があるということは、つまり相手を完全に押さえつけなければいけないという事だ。
最低限動けないように痛めつけるか、あるいは気絶させる必要がある。
相手が今寝ていてくれたら、こっそりと寄生虫を侵入させるだけで済んだのだが、そういうわけにもいかないようで、相手はこちらの存在に気づいている。
「若様、その寄生虫はどこから侵入させることができますか?」
「鼻か耳か目か……頭に近い穴からだったらどこからでも。その時適当に脳までの道を食い破る様にしてある。耳の方が支障は少ないかな?」
どこにしろ頭部を和平の下に引きずり降ろさなければいけない。しかも相手を殺してはいけない。
なかなかに厳しいことになりそうだと、クーランは内心苦笑する。
しかし、それをしなければならない。それをするのが自分の仕事だと、クーランは拳を合わせる。
「若様、私が相手を押さえつけますので、その際にその寄生虫を」
「了解。頼んだ」
クーランが数歩前に進むと、森の木々を押しのけながら大きな影が和平たちの前に現れる。
巨大だ。大きさは四メートルから五メートル程度。巨大な肉体は浅黒い緑色の肌をしており、その肉体を支える巨大な足と屈強な腕がついている。
腰布のようなものを巻いているが、衣服というよりは体毛のそれに近い。
巨大な人型の魔物。亜巨人と呼ばれる魔物がそこにはいた。
筋肉質で野性味のあふれる肉体。大きな体はそれだけで相手を威圧する。
相対した瞬間、和平は笑っていた。
「いいな、お前」
和平の笑みと共に放たれたその気配に、亜巨人は僅かに警戒したようだった。しかし一瞬だけの気配に勘違いかと思ったのか、その視線を和平からクーランの方へと移す。
危険なのはむしろクーランの方だ。まったくもって戦力にならない和平よりもそちらの方に意識を向けるのは仕方のない話だった。
唸りを上げ、唾をまき散らしながら吠える亜巨人を前にクーランは一歩たりとも引くことはしない。
クーラン目掛けて振り上げられた太い腕が振り下ろされると、あたりに鈍い衝撃と振動が駆け巡る。




