0668:事業主というには悪辣な
三人はそれぞれ別の村で生まれていた。全く別の村で生まれ、それぞれが自分たちの才能を信じてこの町にやってきて、町でしばらくは働いていたそうだ。
しかし、どういう訳か彼らは働くうちに問題に巻き込まれ、あるいは問題を起こし、仕事をクビになった。
あるいは働いていると別にそこまで役に立つこともなく仕事を辞めさせられた。
彼らは普通に働いたつもりだった。普通に生きていたつもりだった。しかしそれではダメだったのだ。
町の中のある種完成している、割って入る余地のない空間に無理矢理入ろうとした結果がこれだった。
若さを武器にして動き、働き、その結果最後に行きついたのはここだったのだという。
住んでいた村に戻るという選択肢ももちろんあっただろう。
しかし働いて得たほんのわずかな金は酒などに消費してしまい、馬車に乗る金もなく村には歩いて帰らなければならなくなる。
意気揚々と村を飛び出し、その結果がこれだ。彼らは戻ることはできなかったのだ。
まだチャンスがあると考え続け、この路地裏で情報を集めながら耐えていたのだ。もっともその情報を集めるというのも、井戸の周りにいる人間が話をしているのを聞いている程度のものなのだが。
「まさに若様が言っていた通りの人間性ですね。なんというか……こういうのをおめでたいというのでしょうか?」
「いいじゃんいいじゃん。こういうやつが良いんだよ。自分の身の程をわきまえずに進むでも戻るでもなくそこに居続けることができるやつ。こういうの嫌いじゃないよ俺」
役に立つかどうかよりも、和平の琴線に引っかかっているというのがこの場では重要だった。
この三人は先ほど和平が話していたような人間にまさに適合している。
「んじゃ三人とも、このスラムで若い奴がいるところに案内してくれ。たぶんこういうところには必ずいるだろうから」
「……わかりました。こっちです」
「けど、あいつらは……その、危ないですよ?」
「へぇ、そいつは強いのか?」
「この裏路地の元締めみたいなやつですから」
「だってさクーラン。問題は?」
「ありません。この身に代えても若様はお守りいたします」
巨大な魔物だろうと相手にできるクーランにとって、路地裏を支配している程度の人間に負けるようなことは万に一つもあり得ない。
そもそも相手にしようとすらしないような小物だ。和平からすればそんな小物を相手にする必要すらない。
和平が欲しいのは人手だ。そしてもっと言えば、こういうスラム街にいる子供だ。
まだこの裏路地のあたりで子供に会っていない。つまり子供はまた別のところでグループを作っているのだ。
裏路地を仕切るという程度のことをしているのであれば、そのあたりを知っていても不思議はない。
使えるやつは即戦力として。使えないものは使い捨てとして。和平にしてみれば人間は皆使い捨てのようなものだ。思わぬ拾い物をした方が嬉しいというだけの話である。
「ここ、です」
案内されたのは扉もない、布を扉代わりにたれ下げてある廃屋のような場所だった。
元々はちゃんとした建物だったのだろうが、壁には穴が空き、屋根も半分壊れているように見える。
これでは建物というのもおこがましいレベルだ。
「んじゃ行くか。クーラン、何かあったら頼んだぞ」
「承知しました。お任せください」
「失礼しますよっと。どなたかいますか?」
和平が布を手で払いながら廃屋もどきの中に入ると、鼻が曲がりそうな悪臭と共に、何人もの男がいた。
周りにいる浮浪者に比べれば屈強な男だ。しかし普段兵士をよく見ている和平からすれば鍛え方が足りない。せいぜいが力自慢程度の男たちだ。
ぼろ布を纏いながら悪臭をまき散らす男たちは、和平が入ってきたのを見ると不快そうに顔をゆがめていた。
「なんだてめえ……ガキがこんなところで何してやがる」
「ここいらを仕切ってるやついる?ちょっと話があってきたんだけど」
「ぁあ?てめぇ、何の用だ?調子づいてるとガキでも容赦しねえぞ」
和平の外見は少年のようにしか見えない。実際中身はもう中年と言われても仕方がない年齢に達しているのだが、そのあたりは本人は気にしたことはなかった。
「お前じゃないのはわかってる。とっとと呼んできてくれるか?この路地裏にいる若い連中を全員、とは言わなくとも、半分くらいは連れて行きたい」
「……この……痛い目見ないとわからねえらしいな!」
この男としても和平が子供の外見をしているということで、最初から暴力に訴えるつもりはなかったのだろう。
しかし和平の態度に我慢ができなくなったのだろう。拳を振り上げて殴りかかろうとする。しかしその拳はクーランによってあっさりと受け止められてしまう。
「クーラン、案内をしてもらえるように、ちょっと教育してやってくれ」
「承知しました。皆様、この勉強代は高くつきますよ」
クーランによって男が投げ飛ばされるのと、他の男たちが声を上げて襲い掛かってくるのはほぼ同時だった。
一分も経たずに、この廃屋にいた荒れくれ達はクーランに制圧されてしまっていた。
いくらこの裏路地を支配しているとはいえ、屈強な兵士だって複数人相手でも倒すことができるクーラン相手に勝てるはずもない。
まともに訓練もしていない男など有象無象とそう変わらないのだ。
「よし、それじゃあこの裏路地の奴ら適当に連れていくな。大体この裏路地のまともそうなやつ半分くらい連れていくんでよろしく」
「ぁ……ぅう……」
返事もできないような状況にされている男たちはもはやうめくことしかできていない。裏路地の元締めといっても力に物を言わせていた者たちがこのような状態では誰も文句を言う人間はいない。
碌に治安維持もできていない者たちは、強いものに従うのだ。
和平は男たちを転がした状態で路地裏を物色していく。
目の光が未だ強く残っている者は連れて行き、既に眼の光も失った者たちは放置していく。
路地裏にいるものたちはほとんどが生きる気力を失いつつあるものばかり。まだまともに動くだけの活力を持っているのは和平たちが引き連れて街の外へ連れ出すことになる。
連れ出した者たちは二十人程度。
和平の持つ権能で魔物化できたものはおよそ半分程度だ。それ以外のものは魔物化することができない程度に身体能力が高かったためにそのままだ。
半分程度魔物化できたのなら御の字。そして二十人程度の人手を確保できたのであればなお良し。
あの村の復興のための人材としては十分すぎる人員が集まったと言える。
「さぁて皆さんお集まりいただきありがとう。君たちには心機一転!滅びかけた村の再開発に従事してもらいます!拒否権はないのでよろしくお願いします!」
和平はバイトに説明するときのような気安さで気軽に村の復興などと言っているが、実際のところそんなに簡単にできるはずもないことはわかっている。
しかし半分近くが和平の手駒となった今、反対意見を出そうにも賛成意見の方が多くなってしまうだろう。
さらに言えば裏路地を締めていた男を倒したクーランがこの場にいるということもあり、力でも敵う気がしないのだ。
彼らはそもそもあの場所にいても何もできなかった。それが新しい環境になり、ある種新しい地位を得ることができるのではないかと期待している部分もある。
思わぬ出会い、どういう事情でこのような状況になっているのかなど彼らにとってはどうでもよいのだ。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「再開発って……いったい、何をするんだ?」
「農業。薪割。道具を作る。もう何でもやることがあるぞ。村の建物自体はあるんだけど村人ほとんどいないからな」
「どうして村人がいないんだ……?何か、あったのか?」
「うん。人攫いの連中が皆殺しにしちゃったんだよね。だからその分の人手が欲しくて君らをスカウトしたんだ。村長とかそういう人も死んじゃったから君たちに頑張って村を維持してほしい」
和平に魔物化されていない人間は不安に満ちていた。
どうして村人が皆殺しになってしまったのか、彼らには想像もできなかっただろう。
ただそんなことは今はどうでもよいのだ。和平にとっては重要なことではない。
「ひとまずこの三人をチームリーダーに、三つの班に分ける。農業、薪割やら建築、道具作成の三つの班に分ける。それぞれ皆協力して事にあたりましょうね。適性によってローテーションしたりするんでよろしく」
軽い説明の中、地面に座った状態の男たちを見て和平は少し思うところがある。
「とりあえず、全員痩せすぎだから飯を食わせよう。んでもってちゃんとした服を着させよう。ついでに風呂!臭いんだよこいつら!」
「若様、浮浪者なのですからそれは仕方がないかと思われます。川で体を洗い流させればまだましになるかと」
「その間に服用意して着替えさせるか、村に行くのにこんなやつらが来たら生き残りがビビっちゃうからな」
浮浪者をそのまま連れてきたからと言われても、まともな人間だったら受け入れようとは思えない。
いくら人手が足りないとはいえ限度がある。
せめて最低限の身だしなみくらいは整えないとまともな生活はできない。
臭いだの汚いだの言われて彼らの心はボロボロになっているが、今更砕ける心などあってないようなものだ。
「んじゃお前らは近くの川で体洗ってこい。綺麗になって体が臭いのがなくなるまでな。その間に俺らはお前らの服を用意してくるから」
川で体を洗うといっても、碌に匂いなど落ちるだろうかと疑問を抱いている者たちはさておいて、和平たちは近くの村で衣服を買うことにしていた。
人を雇うというのは本当に金がかかるものだ。
「ついでに馬とか牛とかそのあたりの必要そうなものも買っていくか……本当にあの馬鹿ども徹底的に殺していったからな」
あの人攫いたちは村で運用する家畜たちも殺していったために、今後村が発展していくためには家畜も必要不可欠だ。
本当に面倒なことをしてくれたと、和平は頭が痛かった。




