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「お主ら、商業地区へはもう行ったか?」
「いえ、まだ行ってません」
「それはもったいないのう。今から二人で行ってきたらどうじゃ?」
「授業は?」
「これも授業ということにしてしまえばよい。わしらにとって規則なぞあってないようなものじゃからな」
「学長先生、大変そうですわね」
まったくだ。でも、商業地区へ行くのは楽しそうなのでありがたく先生の提案を受けることにした。ちなみに先生は人の多い場所が苦手なので行かないとのこと。
学院は王都の中心部にあるため、王都の各地域への接続が良好だ。商業地区は活気のある地域で、様々な店舗が所狭しと並んでいる。
内容も千差万別で、飲食店や服飾店など分かりやすいものから店なのかも分からない建物まで様々だ。
「デートですわね、お姉様!」
でえとというのはよく分からないが、ノアの機嫌は良さそうだ。私達ははぐれないように腕を組んで大通りを歩いていく。
「どこへ行きますか、お姉様? 私、主要な店舗の位置は全て把握しておりますわよ」
「頼もしいね、ノア。それも物語の知識?」
「そうですわ。私としてはお姉様に似合う装飾品を物色したいところですが」
「そうだね、今日はノアに任せ……あっ」
「お姉様?」
そこには、クリーム色の小さな建物があった。周りと比べるとこぢんまりとした建物の窓には、様々なお菓子が宝石のように並べられている。
「先にそのお店を見てみましょうか」
「ありがとう、ノア」
私はお菓子が大好きなのだ。ノアもそれを心得ており、しばしば私はノアの作る未知のお菓子で懐柔されている。
店舗に入ると甘く香ばしい香りが出迎える。お菓子の並ぶ机や棚は明るい色で統一されており、夢のような空間を演出している。
「お菓子に夢中になるお姉様も最高ですわ。でも、今日はあまり買いすぎないでくださいませ」
「えっ」
「絶望した顔のお姉様も可愛らしいですけれど。お姉様、家から持ってきたお菓子がまだ沢山残っておりますわよね? いくら保存ができるといっても、まずそちらから食べるべきですわ」
「ちゃんと全部食べるから」
「そう言って木箱三箱分のお菓子を積み上げた事件を私は忘れていませんわよ」
痛いところをつかれてしまった。しかし、積んだお菓子も最終的に全部食べたんだからいいと思う。お菓子はいくらあってもいいのだ。
結局、今日のおやつの分と先生へのお土産にケーキをいくつか買ってお店を出た。
「魔法を使えばケーキを数時間持ち歩いても冷たいまま……便利な世界ですわ」
「ノアのいた世界では違ったの?」
「魔法がありませんでしたわ。その代わりに氷なんかで保冷しておりましたの」
「それは不便そうだね」
「まあ、魔法には勝てませんわね」
装飾品店に入ると、お菓子とは違った物理的な輝きが視界を満たした。様々な色や形の装飾品が天井で煌々と光るランプに照らされ、反射で店内を彩っている。
そんなお店には、一部だけ輝いていない空間があった。店の端の方のそこは見るからに怪しく、ちらりと見ると、幼く可憐な女の子が熱心に何かを物色して……
「……ノア、何やってるの?」
ノアだった。あまりに自然といたから気づくのに遅れてしまった。
珍しいことに、ノアは夢中になっていて私の声が聞こえていないようだ。ああなってしまえばしばらく放っておくしかないので私は私で商品を見ることにした。
ノアは装飾品を好んでつけたりはしない。しかし、『お姉様が私の左手の薬指に指輪をはめてくれたらいいのに』という呟きを聞いた覚えがある。
左手の薬指というのは分からないが、もしかしたら指輪は好きなのかもしれない。そう思って、私は指輪を見繕っていく。
『やっと、やっと見つけましたわ。店主様、こちら買わせて頂きます』
こういう時は自分の持つ色を相手に贈るのがいいのだろうが、私達は同じ色を持っている。それに、あまり豪奢なのは好きではないので石の入っていない白金の指輪を選んだ。
『ありがとうございます。包装はいたしますか?』
私達の手の大きさはほぼ同じなので、自分の指を使って左手の薬指の大きさを合わせられた。
『いりませんわ、ここで付けていきますの』
ノアにこういった贈り物をするのは初めてだけど、私からのものなら多分喜んでくれるだろう。いつも一緒にいてくれる事への感謝として贈ることにする。
「お姉様、こっち向いて下さいませ」
「なに、ノア?」
「失礼しますわ」
ノアはそう言うと、私の頭と腰に何かをつけた。見てみるとそれは猫の耳と尻尾のようだ。
さっきはこれを探していたのか。
「ふおおおおおおおお姉様……猫の鳴き真似を……してみて下さいますか……?」
ノアはこういうのが好きなんだろうか? 私は、猫の手を作って首を傾げる。
「にゃんにゃん?」
「ミ゜ッ」
死に際の鳴虫みたいな声を出して倒れてしまった。どうしよう。慌てて抱きかかえると、涙を流しながら気絶していた。
仕方ないので、指輪を買って箱に入れてもらってから帰ることにした。転移魔法はこういう時にも役立つようだ。
☆
「……ってことがあって、ノアは今寮の部屋で寝てます」
「なるほどのう、よく似合っておるぞ。お主の妹が卒倒するのも無理はない。しかし……ふむ……」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないぞ。気にするな」
先生はお土産のケーキを食べつつ新しい遊びを思いついた子供のような顔をしていた。




