1話
「私、貴方のこと嫌いよ。」
吐き出された言葉とは対照的に、紫乃は爽やかに微笑んでゆっくりと言葉を紡ぐ。
その呼吸に合わせて、蒼白い顔半分を覆っている酸素マスクが上下した。
一定の間隔で点滴の雫が落ちる音が聞こえる。
透明な液体が入ったその袋には「カワセ シノ」と書かれていた。
「だから、もし、貴方が死んだとしても、私は泣かないし、花を供えることもないわ。」
そう言いながら彼女は持っていた小さな砂時計をそっと撫でた。
砂はもう、全部落ちきりそうだった。
「そう。」
たったそれだけ呟くのに時間がかかった。
二人の間に静かな時間が流れる。
規則正しい心電図の音だけが煩かった。
「…もし、ドナーが見つかって、手術が成功して…
外に出られるようになったらどこに行きたい?」
そんな事を聞いても僕にはどうすることもできないのに、口を開かずにはいられなかった。
何かを話していなければ沈黙に押し潰されそうな気がした。
「そうね、あの日行った海に行くわ。けど、今度は私の運転で、一人で行く。」
先程と同様に彼女は口元に笑みを浮かべて言う。
そしてゆっくりと息を吸い込み次の言葉を呟いた。
「もしくは…タイムスリップでもして、あの日の私に会いに行くわ。
それで、浮かれきってる私を、縛り付けてでもデートへは行かせない。」
砂時計が彼女の手の中で上下した。
無くなりかけていた砂がみるみるうちに増えていく。
それを眺める彼女の目は笑っていなかった。




