女付与師の戦法
この人気の無い道、我が物顔で道の端におかれている木箱に座って話していた彼ら。
その装備からして傭兵か盗賊か、なんにせよ優雅な中央区のイメージとはかけ離れた風体の男ふたりとルエラ・アルクインは会っていた。
バーランド王国騎士団の採用試験に挑戦する1ヶ月前のこと。ルエラはアベルタ騎士団の採用試験に挑戦し、落ちた。その帰り道に2つ国を離れた場所からお使いに来ていた少女が財布を落とし、たまたま一緒に居た傭兵らしき男と財布を探すことになったのだが、その少女の財布を拾ったのが今目の前に居る男たちだった。
財布を返すどころか武器を構えられ、向けられたルエラは竦み上がってなにもできなかったし、傭兵らしき男も諸手を上げて許しを請う。しかし予想外にも自分より年下であろう財布の持ち主である少女が無類の強さを発揮してはふたりを打ちのめし自らの手で財布を取り戻した。(前作『Horse Nose North』22話と23話「削られた記憶の観測」)
「ほっ……あのガキはいねぇようですぜ」
「へっへ……、そっりゃ、——残念だぜ、借りを返せると思ったのによぉ」
「ほんと、マジ残念。ひっひっひ」
明らかにその時同行していた少女を警戒していたようだが。ルエラひとりだと知ると態度が変わる。
「先を急いでるんだけど?」
余裕を見せるルエラ。しかし、内心は声が震えないぎりぎりのところまで気が迫っていた。
上着の裏、背中の部分に帯でくくられている騎士団支給の短剣をいつでも抜けるように気を集中させているルエラは、一度は歩みを止めたものの、再び道なりに歩き出した。
「おい、待てって言ってるんだ」
「娘ぇ! オレッたちに逆らってただで済むと思ってんかテンメェ!」
「……と、……盗賊団と話す口は持たないわ!」
「なぁっ!? なんでオレたちが盗賊団だって——いてっ!?」
「バラしてんじゃねぇ馬鹿野郎!」
盗賊か傭兵か迷った挙げ句に一か八かかまを掛けたが、当たっていたようだ。
(盗賊団だったのね……)
「ちっ、しゃーねぇ! 嬢ちゃん、その威勢の良さを改めるべきだったな」
太った方の盗賊は木箱から飛び降りて、ルエラに抜いた短剣を向けた。
背の小さく細い、子分と思われる男も続いて降りて、両端に玉の付いた紐を取り出してブンブンと振り回し始めた。
(どうなるの……、どうしてくる……、どうする?)
ルエラは考えがまとまらないなか、背中の短剣を引き抜き、自分のスカートをももから下へスリットを入れて動きやすさを確保する。
小刻みに左右へ体を揺らす。
ルエラ・アルクインは城で習った短剣術をフラッシュバックさせる。
短剣術は騎士団で習う項目の1つだ。
短剣に明確な構えは無く、常に動き回るもこちらからは距離を詰めてはならない。
相手の間合いの外をキープし、自身の間合いに入ってきた相手の部位を攻撃する————。
シミュレートする。しかし、どう考えても不利である。1対2である。今は私服で、装備と言えるものがない。戦いは下策。
ならば、逃げるが上策。いまから振り返って全力疾走で逃げられるだろうか。振り切るには……?
ルエラは短剣を構えながらも、じり、と靴が鳴る。
しかし見ていた太った方の盗賊はわずかに後ずさったルエラが逃げるための算段を思案中であるのを見抜いた。
「逃がすか、ワンツーキャッチでいくぞ!」
「へぃ!」
「……!?」
何かしてくる。危機を感じたルエラはとっさに反転、すると。
キィィン!
進行方向の石床に投げナイフが叩き付けられる。全力疾走を決めようとして、行く方向からなる金属音に驚き、体勢を崩したルエラ。その瞬間を狙われた。
「なっ!?」
ルエラは倒れる。思い通りに動かない足を見れば。球体が両端に付いた紐が足に絡まっている。
細い方の盗賊が持っていたもので、投げナイフによって足が一瞬止まることを見越して投擲したのだろう。しかしルエラは把握できていなかった。
「捕まえたぜ嬢ちゃん!」
背中から服を掴まれ男に持ち上げられるルエラ。
手に持つ短剣を2度3度振るも相手に当たらない。
「あぶねぇモン、持ってんじゃねぇ!」
「なにを! アンタたちに言われたぐっーー!?」
ルエラが喋っているうちに掴んだ太い方の盗賊は、思い切り道ばたの木箱の横にある樽に向かって彼女を投げつけた。
樽の組んである木の板が半壊した。ルエラの背中に樽の金属枠へ強く打ち付け、咳き込んだ。
「ごほっ、ごほっ!」
背中が激しく痛み、呼吸もままならない彼女は、横たわりながら、片目を開けて、相手を見ようとする。
右手にはなんとか短剣を握れているものの、彼女自身、もはや上手く使えるとは思えていない。
「さっきの動きは、戦闘経験は怪しいが、素人ってわけでもねーな」
「ひっひっひ、今のは軍兵の動きですぜ」
「いんや、歩き方から出てる。ありゃあ、騎士だ。嬢ちゃん、まさかアベルタ騎士にでもなったか? え、おい?」
近寄ってくるふたりから逃げようとするも、立ち上がれない。
両手でなんとか体を支えるのがやっとだ。
ルエラの短剣の間合いにふたりが入ってきたので彼女は力を入れられる限りに横へ振るうも。
「諦めろよ嬢ちゃん」
簡単に振るう右手を蹴られ、短剣を飛ばされる。
(ここまでなの……?)
ルエラは諦めざるを得ない状況に、落胆する。
気が保てなくなり、意識も薄れていって倒れた。
「へっへ、さてどうするか。西区へ連れて行って売り飛ばすか」
「ひっひっひ、その前にオレッたちで————アニキ右!」
「ちっ!」
盗賊ふたりは素早く反応した。
ふたりはバックステップしてそれと距離をとる。
木箱の横に現れたそれは、空中に描かれた魔方陣だった。
「その子から離れなさい。悪党ども!」
掌くらいの大きさのカードが5枚、空中で円を描くように回転しては発光し、魔方陣を形成していた。
その向こうにはひとりの女性が居り、さらにカードを複数枚手に構えている。
「へっ、付与師かよ。邪魔すんじゃねぇ。おい、対魔術だ」
「へぃ!」
太った盗賊の命令を受けて、腰から2つの巻物をとりだして、そのうち1つを太った方の盗賊になげる小さい方の盗賊。
「スクロール1枚程度で、アタシの攻撃が防げると思ってるの」
「付与師ぃ。てめーこそあんまり魔術を過信するんじゃねぇぜ」
「いいわ、やったろうじゃないの!」
付与師と呼ばれた女は左手を横に振り、空中で回転している魔方陣を作動させた。
魔方陣から太い稲妻が盗賊ふたり目掛けて奔った。
その先、盗賊は開いた巻物をかざしている。
バリバリと音をたてながら周囲に青い光りをまき散らす。
電撃は盗賊に届かないまま、見えない球体の壁によって弾かれた。
「へっへっへ。こんなもんかよ。おい、次だ」
「へぃ。アニキ、女の上ですぜ!」
「わぁってる!」
付与師の女の頭上、10枚のカードが道幅いっぱいに回転している。
次第に光りが線を描き、魔方陣を描いていく。
魔方陣には8つの円が中心から広がって、それぞれの円の間に魔術言語が刻まれていく。
「ち、受け止めるつもりでいたがよ……」
「6、7、……8行ですぜ。ありゃあ大魔法級ですぜアニキ!」
「狂ってやがるぜあの女。くそ、行くぜ! カードからの発現で10枚となりゃまだ時間がある。今のうちにやっちまえば良い話だ!」
攻めの構成にでる盗賊。短剣を持ち、付与師の女のところへ走る。
すると。木箱の横、彼らの死角だった場所から、走るふたり目掛けて火の玉が飛ぶ。
「くそっ!」
「あっしが!」
細身の男が巻物を掲げて、先ほど電撃を防いだように見えない障壁を発現させて火の玉を直前で弾き消した。
壁をみると、3枚のカードが回転し、それらから描かれた魔術言語2行の魔方陣が小さく回っている。
「姑息なんだよ!」
「死にやがれぇ!」
ジャンプして飛びかかろうとする盗賊ふたりを、余裕そうに笑っている付与師の女は、体よ横にずらして、彼女のすぐ後ろで回転している5枚のカードからなる魔方陣を彼らに見せた。
4行の魔術言語に囲まれたペンタクルと神獣の絵、彼女の後ろにある魔方陣は完成していた。
発動。
彼らに避ける暇も喋る時間も与えず、ただ驚くふたり目掛けて突風が駆けた。
障壁を発動させるが、障壁ごとふたりは吹き飛ばされる。
ルエラが倒れている場所を越えて、不格好に床を滑っては倒れた。
「アニキ、防げてあと1発。あの上にある大魔法は無理ですぜ」
「ち、クロスボウを置いて来たのは失敗したな……。だが」
「これっすね」
「おうよ。これは仕事中に使いたかったが、仕方ねぇ」
ふたりが取り出したのは奇妙な模様が描かれた投げナイフである。
盗賊たちは勝利を確信した顔で構える。
上で回転する大きな魔方陣は8割がた終えているものの、まだ発動はできない。
それを見て、ラストチャンスと考える太った男は走りはじめる。——が。
「アニキ上っ!!! 災害っす!!!」
細身の盗賊は気付いた。太った盗賊の足下の影に。
この裏通りにわずかに入る日差し、建物の影と日向の境に、人間と思わしき影が形作られている。
影は、なにか棒をもち、鍔の大きい三角帽子、女性と思える細身を形作る、太った盗賊は影を見てまさかと思い影を作っている人物を見上げる。
確認したあとはこれまでのどの動作より早かった。
「っ……!? 使えぇ!!!」
返事と同時にふたりはそれぞれ胸元にある魔術道具を発動、跡形も無く消えた。
脱兎のごとく。その屋根の上にいる人物を見て、どんな考えや行動よりも優先させて逃げたのだ。
「ほー、随分遠くへ逃げたな」
屋根の上から声が聞こえた。災害と呼ばれた人物、女の声だった。
ひらひらと先ほどまで魔方陣を形成していた10枚のカードが力を失い、付与師の女の足下へと落ちてくる。
付与師の女は両手を腰に手を当てて頬を膨らせて言う。
「師匠、来てたんならちゃっちゃとやっちゃってくれて良かったのに」
「今来たばかりだ。それに、弟子がどこまでやれるか見守るってのも師匠の大事な役目だよ」
「まったく。おっと、そんなこと言ってる場合じゃないわね」
付与師の女が倒れているルエラへと駆け寄った。
ルエラは、横たわり、動かなかったが。意識はあった。
「なんだよ、その子を助けてたのか」
「通りかかったらこの状態だったんですよ」
「どれどれ」
屋根からふわりと降りる人物は付与師が抱くルエラに手をかざし、手から青白い光を放ちはじめ、光りがルエラの体を包み込んでいった。
わずかな時間でそれは消える。
「こんなもんだろ」
「ほら、しっかり。目を覚ますのよ」
「う……うん……」
「んじゃ、アタシは王城に用があるから、そろそろ行こうかね」
「いってらっしゃい師匠」
災害と呼ばれた女はふわりと浮いては、空へ飛んでいった。
「さて……うーん、どうしたものかね」
見上げては、飛んでいった女を見送った付与師の女は倒れるルエラの上半身を抱えていたのだが、ルエラを見れば付与師の腕の中で彼女はぐしぐし泣いていた。
「あーよしよし。……そうね、一度、家へいらっしゃいな。
さ、立てる? オッケー。じゃあこっち。
……えっと、私はクレア・ノバルっていうの。付与師をしているわ。あなたは?」




