アベルタ屈指のエンチャントレス
ルエラ・アルクインが泣き止むには時間がかかった。
己の不甲斐なさに涙していた。
数ヶ月前に盗賊と相対し、はじめは威勢良く声をかけたものの、いざクロスボウを向けられると声すら出なくなってしまったあの時を、ルエラは心の何処かで悔いていた。
騎士に成り困った人を助けるんだ。という半ば気迫だけでバーランド王国騎士団に受かるも、いざ騎士団ではろくな仕事を任せてもらえない上に、訓練は他の正規とは別の場所で、一緒に資料館へ飛ばされている野犬のような少年騎士と2人で行っている。それでも彼女は真面目に訓練をし。槍を振り、剣術はロングソードとショートソード&バックラーそれぞれ真剣に学んでいた。弓と馬術と水泳は免除されていて、後々習うことになるのだが。宿舎に帰っては本から学び、馬術は休みの日にひとりで練習もしていた。
そんな日々を重ねて3ヶ月。体つきは見た目に代わりがあるようには思えないものの、歩き方から剣の持ち方、知識に至れば他の新人に引けを取らないほどなのだと自負していた。自信が沸いていたのである。
そして今、やっと誰かの助けになれると動いた矢先に、ふたたび盗賊と対面した。
あの時と比べて、少しはやれる人間になっている自信があったがために、手も足もでなかった自分がとても不甲斐なく、惨めで辛かった。
盗賊に敗れるも、通りかかった付与師の女クレア・ノバルに助けられる。
恐怖からの安堵、そして自分の弱さが自身の心を締め付け、クレアの腕の中で泣いた。
クレアの部屋に連れてこられてどれくらい経ったろうか。部屋の中央にあるテーブルの席に座るルエラは腫れた目を隠すように俯きながら、出された紅茶をちびちびと飲んでいた。
「美味しいでしょ。この前、知り合いに会うためエムレシアに行ったんだけどね。行く途中、セレンティアにも寄ったのよ」
クレアは火の弱い暖炉に掛けてある金属のポットを棒で取り出して、ティーポットへと湯を注いでいる。
「セレンティアの紅茶は大陸イチだからさ、思わず買いだめしちゃったわ。そしたら荷物が多くなっちゃって、乗せてもらってた荷馬車がぎゅうぎゅうになっちゃって、それでセレンティアの都市まで同行してた退魔師のおっさん達から顰蹙買っちゃってさぁ、そのひとりがまたウザくてウザくて。あははー!」
話の内容は全てを理解できないでいたが、クレアが落ち込んでいるルエラを元気づけようとしていることはしっかりと伝わっていた。
クレアは自分のティーカップに紅茶を注いで、テーブルの4つある席のうちルエラの座る位置からはす向かいの位置にある椅子に座った。
「ずずっ、うん。上出来。おかわりあるから欲しくなったら言ってね」
ルエラは頷いて、ゆっくりと顔を上げた。
クレアが紅茶を飲みながら、街で配られていたと思われる広報紙を手に持って読んでいるのが見えた。
周囲を見渡すと、棚から机やら、あらゆる家具に、得体の知れない道具が無数に置かれている。お面のようなものが壁に掛けられ、様々な形や色をした宝石が棚に並べられ、妙な形の釜は火にかけられてぽこぽこと何かが静かに沸騰している。
「あの……。助けて頂いて、……ありがとうございます」
「うん」
目も向けず、そのまま紅茶をすするクレア。
素っ気ないような態度は、クレアなりの気遣いだった。
「まぁー。あの道は危ないからね。中央区はもっとも安全な場所ではあるけれど、所々通っちゃいけないところもあるから。……どうしてあの道を通ったの?」
「……」
ルエラは気持ちを落ち着かせてから口を開く。
「1つ手前の道は、その、通りたくなくて」
「そう。どこへ向かおうとしてたの?」
「ここです」
「へ?」
クレアはルエラを見る。ルエラはバツが悪そうにもじもじしていた。
「ここ? ここってアタシの家?」
ルエラは頷いた。
「どんなご用件かしら」
「……セトって子のことを知ってますか?」
「城中の? ハドリー将軍にくっついてる? わからないか。黒人の少年かしら?」
「はい」
「……そうね、何度か頼まれ事を引き受けたことがあるわ。今は行方不明だとか」
「そのセトって子が助けて欲しいようで、会って話をしてもらえないでしょうか」
「へぇ……」
ずずっと紅茶をすすりながらクレアは考える。
「あなたは?」
「私はルエラ・アルクインといいまして。その……バーランド騎士団に所属しています」
ルエラは不甲斐ない自分のことを騎士と名乗るのに抵抗を感じた。
「バーランドの騎士さんだったのね……」
ルエラは俯く。
「じゃあセトはバーランドに保護されてるってこと?」
「いいえ、えっと。王国や騎士団にも内緒で、男の子がひとりで匿っていたみたいです」
「へぇー、そうねぇ、騎士団長があのオルフォードだもんね。人ひとりの事情よりも国のために動く、そこは絶っっ対に崩さないような人だからね。セトを匿うなんて性格上できない人でしょうもの」
「団長のこと、よくご存知なんですね」
「……まあね。それで、どんな話なのかは教えてもらえるかしら」
ルエラは少し考えたあと、首を振った。
「おおまかな話は聞いてるんですが、セトって子が自分でお願いしたいと言っていて——」
「——うーん……ごめんねルエラさん。実は今のところまだ貴女を完全に信じているわけではないのよ。確証とまではいかなくても、せめてバーランドにセトが居ると思えて、私がそこへ向かおうと思うような、納得できる情報がほしいのよ。だからさ、知っていることでいいから、教えてくれない?」
教えなきゃ行かない。ルエラはその通りだと思った。
「アグニス王妃暗殺事件のことらしくって」
「ああー、あの子、王妃殺したんだってね」
(なんだろ、軽く言うなこの人)
「その犯人が、セトって子を装った魔物らしいんです」
「どうなんだろ、実際はセトがそのまま犯人で、魔物のせいにしようとしてるだけなんじゃ?」
「……そういわれると」
「困っちゃうわね。あはは。……それで?」
「で、たしか。パ……違う、マーマン・ゾイ。とか言う人がアベルタに投獄されてるらしくって」
「……たぶん、ハーマン・ゾエのことね、あの呪術師なら知ってるわ」
「その人に会って話を聞き出したいとか……」
「面倒くさそうね」
これは断られるかも。そうルエラは思ったが。
「わかったわ。行きましょう、セトの居るところ」
あっさり承諾した。
ルエラはセトの居るフレッドの家の場所を伝えた。
そのあと雑談を多少したあと、外を見てルエラはそろそろ頃合いだと判断し、席を立つ。
「お茶美味しかったです。ありがとうございました」
「どういたしまして。明日には向かうと思うけど、ルエラさんはどうするの? もしよければ一緒に行く?」
「私の休日は今日だけなので」
「そう。わかったわ。そうそう、これ、エムレシアの知り合いと一緒に作った魔術道具なんだけど、もしよければ持って行って。数も在るし、あとでセトにも持って行くつもりだけど」
そういって、クレアは席を立って、棚に置いてある箱を取り出し、中から緑色の宝石が付いたネックレスを取り出してはルエラに手渡した。
「掛けてみて」
クレアの言われるまま、ルエラは渡されたネックレスを首につける。クレアも同じように同じ形のネックレスを自らつけた。
すると。
『どう、聞こえる? ぎゅっと握って魔力を込めるの』
頭にクレアの言葉が響く。声はわからないが、言葉からクレアのものだと判断できる。
ルエラは宝石を握りながら、よくわからないという顔をしてクレアを見る。
「これは?」
『これは?』
(……あれ!?)
『……あれ!?』
発した声も、思った声もなんだか口からではなく、頭の奥で発したかのように言葉が浮かぶ。
クレアは笑いながら喋ること無く続ける。
『最初はちょっと戸惑うかもしれないけど、慣れると便利よ』
「これはなんですか?」
『これはなんですか?』
『テレパシーが使えるようになる道具ね。便利だろうけど、悪用もされるだろうから、これは大量生産するべきじゃないわね』
声というより、言葉が流れてくるようで。クレアとルエラの思考に浮かぶ具体的な言語のみが相手に伝わっているようだった。
クレアは魔術道具を作っては売りに出して生計を立てていた。その技術は他の付与師の群を抜いていて、アベルタにその技術力を認められては、魔力時計の設計を頼まれたほどである。
『バーランド王国一個分の距離なら、言葉は相手に届くと思うわ』
『すごい……』
クレアはネックレスを外した。それを見てルエラも外す。
「最初は失敗して、感情を全部相手に流しちゃったり、大変だったのよ」
「うわぁ」
感情を相手に流す。もしルエラが泣いていた時にそれをつけていたら悲惨な目にあっていただろう。
「だいたい人の蓄積される魔力に左右されるから一概には言えないけど。そうね、ルエラさんのもつ魔力量だと、半日……は無理か、四半日くらいなら使い続けられると思うわ」
「いいんですか、こんな凄いものを」
「良いのよ。代わりにこんど魔術道具の試用を頼むわ」
「構いませんけど……」
とは言ったものの、さりげなく危険な話に乗ってしまったような気がしたルエラだった。
「同じネックレスをつけた人間にしか言葉は発しないから安心して。今日はアタシこれ付けっぱなしにするから、もし何かあったら呼びなさいな」
「ありがとうございます。何から何まで——」
クレアは「大した事じゃないわ」と手を振って笑った。
その後ルエラは挨拶をし、部屋を出て、階段をおり、建物を出る。外はわずかに赤み掛かっていた。
用事が日暮れまでに終われば、南区に居る家族に顔を合わせてから帰ろうと考えていたが、そんな時間は無いようだ。
今度は大通りを通って東区へ抜ける、置いてある馬に跨がってはバーランドへ帰った。
次の日の昼。クレアは約束通り、セトの居る家へと赴いた。
セトとの会話の末、クレアはアベルタ北区の城塞に幽閉されているハーマン・ゾエと会ってドッペルゲンガーに付いて訊ねることを承諾した。
お疲れさまでした。
当初は4章が最終章にするつもりでしたが。没にしようと考えていたエピソードも添えて5章まで伸ばしたいと思います。話数からして予定に無い新しい話も考えつつになりますが、楽しんで書けたらと思います。
読んでもらえて光栄です。ありがとうございました。




