村開発支援
クレアがセトと会い、アベルタ北区の城塞に投獄されているハーマンから情報を聞き出す約束をした次の日。バーランド王国騎士団長エリク・オルフォードがバーランド城に戻ってきた。
「よかったじゃねえか」
フレッドは目の前で嬉しそうにしているルエラに言った。
「こんな埃まみれの資料館とはもうおさらばよ」
「……おそらくはその仕事が終わったらまたここに戻ることになるかもしれんがな」
シャニスは手元の紙を見ながら言う。
帰還したエリクはアベルタから仕事を貰って帰ってきた。
内容は、アベルタ領内の南国ラベンミア国境付近にある村の開発支援とのこと。
長らく資料整理を押し付けられていたルエラはようやく人の役に立てることが出来るのだと大喜びだった。
「開発支援ったって、ただの建築の手伝いじゃねぇの。そんなに嬉しいもんかね……。シャニスさんオレにはなんか無いっすか」
ルエラの派遣を知らせたシャニスは、コホンと軽く咳をして、フレッドにも伝える。
「フレッド・ラシュトン。私と君も同じ仕事が回ってきている。彼女と同じで明日からだ」
「まじかよ……」
「ふっふ〜ん」
肩を落とすフレッドを尻目に、シャニスから渡されたエリク直筆の依頼書を両手で持ちながらくるくると回るルエラだった。
午後の訓練、久しぶりに騎士団長エリクと訓練用の剣を交えるフレッドも、ルエラほどではないが内心喜んでいた。
初心者のルエラを相手にしていた憂さ晴らしとばかりに強めに打ち付けるフレッドだったが、エリクはフレッドの動きに驚いていた。
「おお、どうしたんだい。剣技が綺麗に決まっているじゃないか……」
それまではがむしゃらに剣を振り回し、素早く強く打ち付けるのみで、バーランド騎士団が採用している剣技の型など覚える気は毛頭ないような態度をとっていたフレッドだったが。久々に打ち合ってみると基礎の型を全てマスターしているようで、エリクはまるで別人を相手にしているような気分になった。
「ふん……」
フレッドは事情を話す気にはならなかった。
ルエラとシャニスとの一件で、彼はきちんと練習するようになったのだが、件の話をするのが野暮ったかったのだ。
「よし、ここまで。 ……フレッド、明日からアベルタ領のホーンネットという村に行ってもらうが、くれぐれも問題を起こさないようにな」
フレッドは「ふん」と不満そうな息をつき。
「わかってるよ」
そっぽを向きながら言った。ただし。「オレは良いんだけどよ」とボソリと言うも、それはエリクの耳には届かなかった。
アベルタ領南部、ラベンミアの国境となる森林を目の前に、そこそこ発展している村がある。ホーンネットと名を持つその村の住人は、ラベンミアの人間の血が割合多く混じっている。褐色の肌や、ラベンミア人独特の背の高い体格だったりと、純粋なアベルタ人とは違った姿をしている。
フレッド、シャニス、ルエラをはじめ、他10名近くにわたる騎士と30名以上の現役で建設業を営むバーランド各地の大工と城内の調理人の半数が集められていた。
「どれどれ、家屋の増強は梁の増設と壁の補強……。
サドミア海付近の川に橋を渡す。……へえー」
ルエラは計画書を読む。その後ろからシャニスがルエラの持つ計画書を指差していう。
「調理係も要る、泊まる宿は人数分もないから、テントを張る作業もきっと私達だ。
それに、時折ルウェーノ狼が山から下りてきては住人を襲っているようなのでこれの撃退命令もでている。撃退には参加したいところだが、私はここでも監督役を任されているため難しいな」
「あ、それはフレッドにやらせましょう」
「ちっ、端からそのつもりだけどよ。そう言われるとなんかムカつくんだよな」
「あっはっは。いいじゃないのー」
すっかりご機嫌なルエラに、フレッドはため息をつきながら一言いう。
「お節介かも知んねーけどよ。あんまり期待してはしゃぎ過ぎんなよ……」
「ええ、余計なお世話よ。いいじゃない」
「……節度を持って臨むようにな」
フレッドにもシャニスにも窘められるルエラだったが。
先日のアベルタでの出来事もあり、ようやく自分の望んだことが巡ってきた今、とても落ち着くような状態ではなかった。
しかし、彼女の期待はことごとく外れていく。
「きゃっ」
「おい、騎士の嬢ちゃんそこに居られると邪魔だ。あぶねえぞ」
家屋の増築、現役の大工が取り仕切り、騎士はといえば、ルエラどころか他の騎士達も邪魔者扱いされていた。これが自国の城壁の増強や市壁の拡大ならば取り仕切る騎士達にその場の利はあるのだが、この場所では勝手が違うようだった。
橋の建設現場も同様であり、そこに居る騎士達は大工たちの雑用しか手伝えないようで、遠目で見るルエラには一目で荷が重く感じられた。
「えっと、テントの設営はたしか……あれ、もう出来てる」
「おや、ルエラちゃんひさしぶりだね。元気してた? ここはもう終わってるから大丈夫だよ。他行くか、もし疲れてるなら俺と一休みしない?」
テント設営はすでにベテランの騎士達が完璧に終わらせていて、暇を持て余した騎士がルエラを休憩に誘ってくるが、まだ何もしてないルエラは休む気にもなれず、誘いを断ってその場を離れた。
「おいおいおい。なんだよこりゃあ、包丁も上手くつかえねぇのかよ。よこせ!」
「あ、まだ全部皮が」
「皮だぁ? 剥き終わるころにゃ芋がまるごと無くなっちまうよ。もうここは良いから、これに井戸水入れてきてくれ」
「はい……」
調理場は戦場だった。調理に追われる人達のなかで、ひとりだけもたつくルエラの姿は周りを苛立たせた。水を井戸から汲んでいる時に、現地の幼い子供が2人、たまたま現れて、他意も含みも無い、何気ない疑問を投げかけてきた。
「おねーちゃんは何しに来たの?」
ルエラも解っていた。その質問は他の人にもしていて、大工や料理人と人それぞれの仕事の内容をただ聞いていたのだ。それで自分にもその質問が来ただけだ。
しかしルエラには堪えた。そして思わず口にした。
「そうね、何しに来たんだろうね」
「あはは、わかんないんだってー。変なのー」
ふたりの子供は走っていった。トタトタと砂を蹴る音が遠くなる。桶の水に映る自分の顔を見ながらルエラはそれを聞いていた。
そのあと、ざっざっざっ。と、砂を蹴るような怠そうに歩くような音が近寄ってきた。
「ったく、言わんこっちゃねえ……」
フレッドだった。背中に弓を背負い、右手には血の付いた剣をもち、左手には血にまみれた狼の首の皮をもち、自分の身長と同じくらいあるその獣の体を引きずっていた。
「どんな自分を想像してたかは知らねぇが。今は理想を叶えてるって面にゃ見えねえな」
「働きがいが無いわ……」
フレッドは舌打ちした。
「上手く出来ねぇってだけでそれかよ。甘えんなよ」
「なによ……」
「ろくに出来てないのに働きがいが感じられるわけがねぇ、っての」
「知った口を言わないで」
「出来ねーとか、邪魔になるってのは仕方ねえだろ。初めての支援活動なんだからよ。もっと喜楽に構えてていいんだよ。無理に何かしようって考えてねぇで、もっと細かな雑用をしてから周りを見て——」
「——偉そうなこと言わないでよ!」
ルエラはやけになっていた。
フレッドは、これ以上はやめとくべきだ、と判断した。
「……水、使わせてくれ。血を洗い流してーんだ」
ルエラは黙ってその場をどいた、桶を特設の調理場へ持って行くも「遅いぞ!」と怒鳴られた。
一言も口から出さずにその場から離れるルエラはシャニスが目の前に居ることに気付かなかった。
「ルエラ。暇か? 私の仕事を手伝って欲しい」
「え……はい」
「これだ、この在庫のリストに数をかぞえて記入していって欲しい。これがこの村の備蓄庫、2枚目のこれが荷馬車で、最後の紙が教会だ。焦ることは無い。書き終えたら、その場にある持ち出しリストに重ねておいてくれれば良い」
井戸に居た時からルエラを見ていたシャニスは、自分の仕事量が多い訳ではなかったが、ルエラのために自分の仕事の半分を彼女に割り振った。
(私、何してるんだか)
気がつけばため息が止まらないルエラは、リストに数を記入しつつ備蓄庫の中を歩きながら、またため息をついた。
汚れで曇った窓の外を見れば、屈強な体をした大工の男達が橋の資材を運んでいて、その周りには現地の人がまるで英雄を見るかのような顔つきで応援していた。
ルエラが、備蓄庫からでると現地の人達は彼女に目を向ける。ルエラには「あの人は何をしているんだろう」という目をこちらに送っているような気がしてならなかった。
「なんだかバカバカしいわ」
ルエラは、シャニスから与えられた仕事を終わらせたあと。派遣団のいる場所には戻らず、逆方向にある果物から作る飲み物を販売している店へ寄った。
彼女はグラス一杯の果物のジュースを買い、店内にある席に座って飲んでいた。
「……はぁ」
いっそこのままどっか行ってしまおうか。騎士なんて辞めてしまおうか。と良くない思考がぐるぐる回っていき、つまらない顔をしながらジュースの入ったグラスを回すルエラ。
そんな彼女にひとりの男がルエラの前に現れた。
「お嬢さん。応援に来てくれた人? 可愛いね」
現地の人間だった。褐色の肌に現地生活で鍛えられた体は大きく、顔は左頬に縫った痕があるがさわやかな顔つきだった。
「どうも」
「暗いね。どうしたの。ひとり? 僕も一緒に座って良い?」
気さくに話しかける現地住人の男は片言だが、やさしく話しかけてきた。
落ち込むルエラにとって彼の片言の喋りは可愛く感じて、癒されていた。
彼は暖かみのある表情でルエラを励ます。
肩に手を添え、オーバーなアクションでユニークな話を繰り出す。
「ふふ、変ね」
ルエラの落ち込んだ気分は幾分か立ち直ってきたようだった。
外を見れば気がつけば日が落ちそうだった。
どれだけこの横に座る男と話していたんだろうか。ルエラは驚いていた。
日没が就寝となる。騎士には宿が個人個人に割り振られているので日が落ちたら各々の宿の部屋へ入ることになる。
しかし、彼女は躊躇った。
そのルエラが空を見る姿を見た現地住人の男は、意を決して自分の住んでいる部屋へ来ないかと誘った。
騎士指定の宿に行くには後ろ暗く、今自分を励ましてくれている男の好意に甘えたかった。
ルエラは男に付いていき、夜を2人で過ごした。
翌日も、またその翌日も、ルエラは大して支援作業に参加しないまま、男の部屋に通った。
外で左頬に縫い目のある現地住人の男が迎えにきては一緒に歩いていくルエラの姿を、狼を撃退してきた泥だらけのフレッドが見つけるも、咎めることはせず。
「あのバカルエリィ……!」
そう一言悪態をつくだけだった。
ルエラの遊びは最終日まで続いた。
支援作業最後の日、ルエラは男の部屋から出て、派遣団と合流していく傍ら、彼女の見えない場所で、左頬に縫い目のある男はさっそく別の女を口説いていた。
フレッドはルエラが何処かへ行っていたことは知っていたが、シャニスには上手くごまかしていたようで、なにもルエラには言ってこない。
バーランド王国へ帰還した一行。騎士団長の意向により資料館での業務を終えて今騎士団に来ている依頼を好きに担当させるとルエラに話すも、「いえ、資料館に戻ります」とやる気無さげに拒否し、彼女はどことなく気の抜けた歩き方で資料館へ向かっていった。
人事のミスだった。
それまでは団長補佐ザードック・モリスが受け持っていた分野であり、人員の調整は人心を把握するザードックにかかれば問題なく進行していた。しかし経験の浅い現騎士団長エリク・オルフォードの采配は、ルエラ・アルクインの志を折る結果を生んでしまった。




