セトと魔物
鉄の国アベルタの南、これまで南国と表現してきたものの、国主として統治する者はいない。
地図上では国として描かれているものの。数種類に別れる民族がバラバラに暮らしては、時に協力し時に敵対しつつ暮らしていた。アベルタ南部にある付属海と標高の高く険しい山脈にはさまれた森林を抜けた先にあるその広大なサバンナ地帯は土地の広さで言うならばナシュアラとアベルタに次ぐ面積を持つ。その土地は便宜上「ラベンミア」と呼ばれた。
獣と人間の中間に位置する存在、獣人が前期の魔王大戦により絶滅したとされてから、そこに住まう民族は人間のみとなったが、それでも10以上もの一族の里に別れており、今も尚ひとつにまとまる気配はなかった。
そのうち最も北に位置し、アベルタとバーランドの2つの国とラベンミアを隔てる山の麓に里を構える部族、またアベルタと繋ぐ森林付近にいる部族は、4年前にアベルタの侵攻に遭い交戦した過去を持つ。
山の麓に位置する里は、シャニス・ガルシアとセト・ルツリの生まれ故郷であった。
当時偶然に居合わせた1人のとある駆け出し退魔師と2つの部族が協力しアベルタ軍と衝突。森林側の部族がほぼ壊滅してしまったものの、アベルタの軍勢を追い払うことに成功している。
シャニスとセトのふたりはアベルタとの交戦の末、騎士団はじめアベルタの軍部を統べている将軍、ジャック・ハドリーによってアベルタ軍に召し抱えられた。
シャニス・ガルシアは孤軍奮闘し正規の騎士団と対等以上の実力を見せたため、騎士として。
セト・ルツリは当時齢11才にして学識の高さをもってハドリー将軍を出し抜こうとしたため、その才を見込まれ将軍の側近として。
ふたりともはじめは各々の理由で反発していたものの、次第に将軍に忠誠を誓うようになっていった。
4年もの間、ふたりはたまに城内で会っては自身の近況を語り合っていた。それは王妃暗殺事件のあった前日も同様だった。その後、セトが行方をくらませてからというものシャニスとセトは4ヶ月振りに再会した。
「おひさしぶりですね。シャニス」
「セト、本当にお前なのか」
バーランド王国の市壁から離れたところにぽつんと古い家屋があった。
住人が居なくなっていたのを見習い騎士のフレッドが知り、数ヶ月前、騎士団長エリク・オルフォードの許可を得て彼は格安で買い取ったのである。
ゆえに、ここは彼の家だった。
騎士の宿舎を利用せず、わざわざ城内へ通う手間もあるというのにフレッドはこの家を買った。その理由が彼、セト・ルツリの保護のためだった。
フレッドは騎士仲間のルエラ、そしてシャニスを連れてセトの居る寝室に来ていた。
「出迎えることもできずにすみません」
「良い。指名手配の身だものな。いや、それだけはないようだが」
「ええこの体たらく振りは酷いものです。下半身が動きません」
「寝たきりか。治るのか?」
セトは静かに首を振った。
「これが限界みたいです。しかし、これでも最小の後遺症で済んだ方なのですよ。
全てはフレッドのお陰です」
「ふん、あんときゃマジで焦ったぜ」
「……どうやら思った以上になにか厄介なことがあったようだな』
「その日のこともお話しなくてはなりませんね」
「ああ、たのむ。しかし、生きていてよかった」
後ろで見てたルエラが唖然としていた様子だったが、ようやく喋った。
「指名手配されてるセトってこの子なの? まだ子供じゃない」
「何を言ってます。犯罪に子供も大人もありませんよ」
「と言っても、おめえは犯罪なんかしちゃいねーけどな」
「そうだセト。フレッドから少し聞いたのだが、ドッペルゲンガーというのは何だ?
なぜお前の姿をした偽物がいた。あの王妃殿下を殺めたのがドッペルゲンガーなのか?」
シャニスの質問は、すでにセトが犯人ではないことを前提に話していた。
何かしら確かめるようなことを聞いてくるのだろうと言葉を用意していたセトにとってそれは予想外であり、嬉しかった。
彼は目頭が熱くなるのを悟られないようにするのがやっとだった。
「はい。ドッペルゲンガー。これは私たちの部族の間でも伝承としても残されている、極めて特殊な魔物です」
魔物。モンスター。余程の辺境の地や、人の立ち入らないような場所でなければ今はお目にかかることもない生き物だ。例外的に今も魔物退治が行われているエムレシアという国もあるにはあるが、他国ではそう見る事はない。
フレッドとルエラに至っては見たことすらない世代で。シャニスでも故郷にて指折り数える程度、弱い魔物を狩ったことがあるくらいだった。
ルエラにとっては存在すら怪しく思えてしまうような生き物の名前がセトの口から出た。
しかし、王妃暗殺事件の直前。アベルタの地下水路にて、セトとフレッドは確かにその化物を見ていた。
「困ったものです。同郷ならば名前くらいは知っていると思っていました。
シャニス、あなたはラベンミアにいた頃というもの、少しも大人達の話を聞こうとしなかったのですから」
「そうなんだ」
「へぇ」
「そんな話は今はすべきではない。ドッペルゲンガーについて話してくれ」
セトは穏やかに笑ったあと、話し始めた。
伝承に残る魔物、ドッペルゲンガー。
普通、魔物が跋扈する時代。つまり魔王が現界している時は存在しないとされる。
魔王が消え、魔界とこの世界とを通じる門が閉ざされ消え去った時、ドッペルゲンガーは現れる。そして世界を彷徨い、生き血をすするがために人に化けては人の魂を食らい、ひたすらに他者の命を欲し続けるのだという。
伝承自体はそれきりであるが、セトは不明瞭な点が多かった部分をアベルタでハドリー将軍の御付きをしながら資料を漁っていた時にたまたま関係した情報を見かけていた。資料室の片隅に放られていた本、元官吏のハーマン・ゾエが記したものに、その詳細は書かれていた。ただ、雑に置かれていたために水気を含み、インクが滲んで読めない部分が多かった。理解できたのは以下のとおり。
ドッペルゲンガーは、他の動植物と違い、自ずから魔力を生成することができない。
また、空間中の魔力を吸収することも出来ない。
この魔物が何かであり、その目的のために姿を何者かに成り済まし生き物を殺す。
欲しているのは命ではなく魔力。
“色付き”を優先して欲する傾向がある。
変幻自在の実体を持ち、表面を硬化する力も持つ。
さらにその記されていたページの最後には、数人の人名が記載されていた。
そのなかのひとりに、アグニス王妃とソフィア王女の名前があったと話す。
アグニス王妃は暗殺され、アグニス王妃の娘であるソフィア王女は専属の侍女とともに姿を消していて、未だ見つかっていない。
フレッドは目をつむって聞いている。ルエラは半信半疑というのが正直なところであったが、理解しようと傾聴していた。シャニスは真剣な面持ちでセトを見て聞き続けていた。
「私が知るのはここまでです」
「人に化けるだなんて、そんな恐ろしい生き物が、アベルタにいたのね……」
「化けるだけじゃねぇ、斬ろうとしても剣が効かねぇ……」
シャニスは腕を組んで呟いた。
「ハーマン・ゾエか」
「ええ、数年前から行方不明の人物だそうですね」
「何を言ってる、死霊事件の犯人だったじゃないか。セトが連れてきたのだろう」
「……そうでしたか」
「……!」
シャニスとセトは話しているうちに気付いた。
フレッドが入る。
「その死霊事件の現場に俺とセトは居たんすよ。
で、出てきた大量のゾンビを斬りまくってたんすが、一緒に来てた剣士がおそらく——」
「ドッペルゲンガーで間違いないでしょう」
「んで、死霊事件の犯人捕縛は依頼してた……何たら師——」
「——退魔師ですよ、助っ人に付与師もおられました」
「そう、そいつらに任せて俺たちは城に戻ろうとしたんすが」
「剣士の姿に偽っていたドッペルゲンガーが攻撃を仕掛けてきたのです」
その後、セトは腹部を刺され、傷口にゾンビの肉片と汚水が付着したのを危惧したフレッドは、ドッペルゲンガーを一時的に離し、フレッドはセトを担いで地下水路から逃げ去った。
そこから城は遠く、先に最寄りの治癒者の家を訪ねたのが幸いし、半身不随になったものの一命はとりとめることができた。
翌日、治癒者の家でフレッドの目が覚めたころにはアグニス暗殺の知らせが都市中にまわっていた。
容疑者の名前が公表されるすんでのところ、嫌な予感がしたフレッドは処置を終えて寝ていたセトをまた担ぎ上げては、バーランドへと向かう交易者に乗せてもらい、アベルタから逃れた。
そのあと、バーランド王国内にある、本来ならば犯罪者をマークするために野放しにしていた、裏の世界では顔のきく治癒者の元へいき、今の家を買うまでセトをみさせた。
フレッドはそれまでさしたる金子の使い道がなかったのが幸いし、なんとか貯金の範囲内で収めることができた。
今から4ヶ月前のことだった。次の日にシャニスの左遷が下された合議に出ることになり、ルエラはその半月後にバーランド王国騎士団の採用試験に挑戦する。
「ええと、どうなってるんだろ。死霊事件だっけ? その犯人を城につれて来たセトがドッペルゲンガーってことでいいの?」
「よくわかったな。それで正しいはずだぜ」
「おそらくは、私の姿をしたまま城内に入り、王妃殿下のもとへ向かったのでしょうね」
事の真相が解ってきたシャニス。
セトの動きは知れた、しかし問題の魔物はまだ謎を多く抱えてる。
「アグニス王妃殿下を狙った理由か」
「“色付き”という言葉が気になりますね」
「だとすれば、ハーマン・ゾエに直接訊くしかないだろう」
その情報を書き記した本人、ハーマン・ゾエに訊ねれば、あるいは魔物の全容が知れるかもしれない。
死霊事件の犯人ハーマン・ゾエは、アベルタ首都北部にある城塞の地下に幽閉されている。
「でも誰が行けるんだ?」
アベルタへ行き、牢の中まで行かなくてはならない。面会はそれなりの理由があれば良い。
しかし、この死霊事件の場合は、アベルタ王城内の官吏や王室内の軋轢、末端では知らぬ顔でいる教会までもが関わってくるものであり、いかなる理由でも面会は至難であろうと思われた。
しかもこのメンバーが絶望的だった。
指名手配のセトは当然の事、アベルタから左遷されたシャニスにアベルタ軍や城内に対しての発言力はほとんど持たない。フレッドは外出禁止。
あとはルエラだけなのだが、彼女に達成させられるかどうか考えてみると、満場一致で不可だ。
「そうですね……。では、ひとつ案があります。ルエラさん」
「ええ!? 私は無理よ。仮にそのパーマンとかいう人に会えたって、訊ける自信が無いわ」
「ハーマンだバカルエリィ」
「うっさいフレディ」
「静かにしろ、ふたりとも」
「……いいですか? ルエラさんが直に会うのは無理だと思っています。なので他の人に助けを求めようと思います」
フレッド、シャニス、ルエラは顔をそれぞれみては「だれ?」という顔、見当もつかないようだ。
国に助けを求めようとしても、前述同様の理由から相手にされない可能性が高い。
「フレッドは一度お会いしてます。シャニスはアベルタにいた頃は何度か名前は耳にしているはずです。たしか、魔力で動く時計の開発にも協力して頂いてました」
フレッドは解らないようだったが。シャニスは思い当たった。
「なるほど、彼女なら……」
「ええ。ルエラさんから彼女へ話を通して頂けたなら、あの方の功績と……なにより噂では彼女には、かの災害魔女との繋がりもあるとか」
「そうだな。彼女ならば面会のチャンスはあるかもしれん」
フレッドと、きっとアベルタのその人のところへ行く事になるんだろうなと察し始めたルエラは置いてけぼりを食らっていた。
「おいおい、さっきから彼女彼女って誰の事だよ」
「失礼フレッド……。彼女はアベルタ屈指の付与師で、たびたび国の助けになってもらっています。名前はクレア・ノバルとおっしゃる女性の方です」
「付与師か、たしか地下水路んとこで、一人女の付与師が居たな……」
「そう彼女です」
「私がそのクレアさんって人に会って、えっと、ハーマンって人に会うようお願いすればいいのね」
「いえ、会うには会ってほしいのですが。ハーマンに関する話はそこでせず、一度ここへ来てもらい、私からお願いをした方が良いでしょう」
ルエラの思っていたほど難しい用件ではなかった様で、ほっとしたようだ。
「じゃあ付与師のクレアさんをここへ呼んでくれば良いのね。私、明日はちょうど休みだし。アベルタは早馬なら一日かからず往復出来る距離だし、いけそうだわ」
この一件では一番関係の無い立場であるはずのルエラは、渋るどころか快諾したので3人は意外に思った。
「やる気じゃねえか」
「そのドッペルゲンガーって得体の知れない魔物がまだどっかに潜んでるんでしょ。だとしたら一大事よ。ほっとけないわ。それで、私しか出来ないのなら、私がやらなきゃいけないじゃない」
フレッドは「そうだな。なら頼んだぜ」とうなずいた。
彼女が資料館でいつだか話してた時に「人を助けたい」と言っていたのを思い出した。
理由をもうひとつ挙げるとすれば。
(言えねぇ事だろうけど、こいつ相当暇そうだったもんな……)
と、彼女の鬱憤を察していたフレッドだった。
かくして翌日の早朝、付与師クレアに会わんと、彼女は馬を借りアベルタへと向かった。
お疲れさまでした。
シリーズの前作にある外伝「不穏の種(セト編)」と、前作の全体的な捕捉が含まれる形となりました。
どちらかを先に、というのであれば前作の3章後半を読んでもらっていた方がすんなり入ってくるかと思います。が、怪しいところです……。
なるべく、作品単体で楽しめるようにするのがセオリーだと理解していますが、「こっちも知っていればより楽しめる」という作りも憧れであり、挑戦したいと思いました。
結果、まだまだ技量が足りてないのが露呈してしまいましたね。
ようやく話が動いてきたのでより一層励みたいと思います。
読んで頂きありがとうございました。またお見かけするようでありましたらよろしくお願いします。




