少年の秤事
「ねえ、フレディ?」
「…………なんだい、ルエリィ」
「私達、付き合って3年よね」
「……そうだねルエリィ」
「もうそろそろ頃合いだと思わない、ねえフレディ?」
「……チッ、…………そうだねルエリィ」
「……相づちしか打てないのフレディ?」
「バカじゃねえの、ルエリィ」
ダン! とルエラが掌で机を叩く音にて終幕。
机に座り、作業をしつつもがっくり肩を落すフレッド。
「ちょっとぉ、フレッドさー、せめてさぁ。もっとさー」
「なんだようっせぇなあ。遊びに付き合ってるだけ良いだろー?」
「付き合ってるうちに入んないわよさっきのは」
「なんだよ、ルエリィって。なんだよフレディって。痒いったらねぇよ。もうやめろよ」
端的に言えば、ルエラ・アルクインは業務に飽きてきていた。
真面目な彼女ではあったが、隔離された職場で終わりのない仕事量、騎士団長が帰るまでとはいえあまりにも退屈な日々が続き、彼女はいよいよ集中が途切れてきていた。
若き新人が押し付けられる事態としては無理もない事でもあった。
「もー! わかった……。じゃあ次は、新婚の——」
「——なんっも解ってねえよな。続けんなよ」
「はい、いくよ。ちゃんとやってよね。はいスタート」
そのタイミングで、資料館の扉が開き、シャニスが入ってきた。
フレッドは見えたものの、ルエラの座る場所からは見えるのが遅れる。
「ねえ、フレディ——」
「シャニスさんが来てるぜ、ルエリィ」
「ハイ、シャニィ。ご機嫌いかが?」
「って、おい!」
「あわぁっ!?」
「シャニィとは……私のことか?」
「なんでもないです。失礼しました。お疲れさまですシャニスさん!」
「おつかれっす」
「ご苦労様、ふたりとも」
平静を装いはしたものの、完全にアウトな状況に耐えられず顔を突っ伏すルエラ。
シャニスはそれを見て、ひとつ息を置いて言う。
「別に業務に支障が出るわけではないだろうし、少しくらいの遊びも悪くないだろう」
「恐縮です……」
「迷惑っすよ、支障でてるんで止めさせてください」
「——そ、そうだ。シャニスさん、シャニスさんの郷土料理ってどんなのがあるんですか?」
「ふむ……私の故郷では……そうだな、一番はスープだ。ルウェーノ鹿の肉といろんな豆をじっくりと煮て————」
軽い会話が続いた。
シャニスはその毅然とした態度を崩さないまでも、最近は2つ3つならルエラの話題に乗ってくれる。
フレッドは内心認めたくない気持ちがあったものの、ルエラの話を聞く姿のシャニスを見るのはどことなく楽しそうな気がして、悪い気はしなかった。
ルエラを中心に会話をしたあと「さてと」と区切り、フレッドを見るシャニス。口元が絞まっている。
「……なんすか?」
「君に質問がある」
「質問によっちゃ答えなくても良いっすか?」
「ちょっとフレッド!」
「構わない。聞きたいことは2つだ」
「どうぞ」
シャニスは机越しに、座っているフレッドの腰あたりを指差して訊ねた。
「その自在帯はどこで手に入れた?」
「…………べつに、どうでも良いものっす。忘れました」
「それを少し触らせてくれないか」
「遠慮願いたいっすね」
「どうでもいいんだろう。ほら、帯の先でいい。触れさせてみろ」
「勘弁してください」
「…………それがバンブルビーと、知っているな?」
そもそも隠し事が苦手な性格である。フレッドは容易く表情に出た。
「だから何なんすか?」
「繰り返す、それをどこで手に入れた?」
「答えたくねえっすよ」
「……2つ目の質問だ」
シャニスは思わず体に力が入っていた。どうしても聞き出したいという気持ちが現れている。
ルエラはその後ろ姿を見ていても、怖いと感じた。今は、何を知っていようとも自分は立ち入らないでおこうと彼女は思っていた。
「セト・ルツリが今どこにいるのか知っているか?」
フレッドは目をつむった。
考えていた。
何を考えているのかシャニスにも、ましてルエラにも解るはずがなかった。
しかし、何か決断を、あるいは策を練っているような真剣な顔をしていることだけは解る。
フレッドは何かを決めたか、目を開き、シャニスを見据えた。
その様子を見てシャニスは静かに訊ねた。
「それはセトが持っていたものだな?」
「そうっす」
「……どうやって手に入れた?」
「————無理矢理に奪った」
シャニスの瞳孔が開く。
左足を後ろに下げて、腰の剣に手をかける。
「あああ、シャニスさん! 抜剣は規則違反です。ダメですよ!」
ルエラが慌てて止めるも、その声がシャニスの耳に入ってるかは疑わしかった。
「いつだ?」
フレッドはわずかに顔を前に傾け、睨んだ顔でシャニスに言う。
「質問は2つだったはずです」
「これからは尋問だ。答えろ、さもなければ……」
「ずりぃっすよね、そういうの」
「お前はっ……!」
一度下を向き「へっ」と笑ったあと、フレッドは野獣の様な鋭い眼光をシャニスに向ける。
ぴりぴりとした雰囲気がこの部屋に張りつめる。
「それっすよ。それ」
「……!?」
「じゃあ、条件っすよ。1つお願いを聞いてくれたら、明かします」
「なんだ?」
「シャニスさん……。シャニスさんが俺を呼ぶとき、“君”なのか“お前”なのかどっちか1つに絞っちゃくれませんかね」
唐突に出されたその条件は、想像以上に些細なことだった。
聞いてるルエラは訳がわからなくなっていた。
「……」
「俺ぁ、嫌いなんすよ。前んときの訓練もそうっしたが!
日頃は紳士淑女みてーな振る舞いをしていて。いざ自分より弱いと思える奴が悪いことをしたのを見つけた途端にゃ、なり振り構わねぇ態度を平気でとるような奴が!」
ルエラは少し理解した。
たしかに、そういう人間は少なからず見かける。
ただ、見かけるからといってそこまで気にしたことはなかった。
きっと、フレッドの内に持つ“許せないところ”なのだろう。
「もっとも、もっともっすよ。俺だって、会う人会う人に全て同じ対応ってわけじゃねぇんす。
それは誰だって、人によって態度は変わるもので、変わらないことが平等か、正しいことかと言われても正直答えられねえっす。たぶん、そいつもまた違うんだと思います」
「けれど」と続く、シャニスは先日にフレッドが彼女から言われてた時のように、じっと動かず聞く。
「いや、だからこそ。同じ人が、どういうことをしたからと言って、すぐ態度を変えちまって。挙げ句、自分は正義だから相手は悪だからっていう理由で許された気分になって、そんで好き勝手言っても良いだとか、その背負ってる正義って安っぽく思えませんかね。そこ、シャニスさんなかではどうなってんすか?」
シャニスは添えていた手を剣から離した。
彼女はわずかに俯く。
シャニスの内心は、少なくともセトの話題の時とは違い、怒りのみが満ちている状況ではなかった。
驚きだった。まさか、このタイミングでそんなことを言われるとは思ってもいなかった。
なにより、言われたそれは、アベルタ騎士団のころに自分も痛いほどに感じたものだった。
これまで反感を持っていたことを、知らず知らずのうちに自分がやっていた。そんな認めたくもない現実を、この少年に指摘されるとは思いも寄らなかった。
「で、どうなんすか。なおしてくれますか。呼び方、どっちかに決めてもらえますか?」
入った時期がほとんど同じだからといって、シャニスの場合はアベルタ騎士団のキャリアがある。上司という立ち位置と思っても差し支えないのだ。
この話、いざ整理してみれば、フレッドの性格からくる些細なわがままでもある。笑って一蹴したところで、何もおかしくはない。
考えた結果、シャニスは、重く捉えることにした。
「わかった。改めよう。すまなかった」
「あざっす。ちゃっちいことで…………すんませんす」
ルエラはフレッドの意図が解った気がした。
純粋に、彼が述べたままの主張が本意でもあったのだろう。
確かにフレッドの人間的小ささがどうとかと言われればそうなのかもしれないが。
内容こそ小さなことなれど、高潔を体現したようなシャニスの器の実態をはかるようなものだった。
きっと一蹴しても、逆に軽く安易な返事で承諾してもダメだったのだろう。
考えた結果肯定した、シャニスだったが。そもそもその些細な内容を考えるということ自体が鍵だったのかもしれない。
また人や状況によりけりではあるが、8つも離れた年下の言葉に折れるというのは歳を重ねれば重ねるほど抵抗が生まれる。
そこも込みでフレッドはシャニスを認めざるを得なかった。
「そんじゃあ、条件飲んでくれたんで、明かします」
そういって、フレッドは帯に手をあてる。
すると、帯が光りだして、フレッドの左手に巻き付いていく。
シャニスの後ろの方でじっと見ていたルエラは、「すごっ!」っと小声で漏らした。
「シャニスさんが察してる通りっすが、これはバンブルビーで。セトから借りてるんすよ」
「借りている……?」
フレッドは頷いた。
シャニスの目はわずかに輝いた。
「じゃあセトは……無事なのか」
「無事、とは言い難ぇっすが。生きてます」
次々とシャニスの問いに答えていく。
フレッドはこれまで、シャニスはセトの命を狙っているかもしれない、と疑っていた。
騎士団長補佐の一件ではないが、人は与えている印象とは別の一面を持つものだと、フレッド自身も身を以て知っているため。シャニスの心の内を知るために「奪った」と言った。
セトのことで逆上したシャニスの様子を見て、まずは敵でないことを理解し。
次に課した条件で、信用していいのか確かめたのだった。
敵でないにせよ、もし不用意に味方にして敵を寄せてしまえば元も子もないからだ。
そして、そのどちらもフレッドは得心したので、今は隠さずに話すことに決めたようだった。
脇で聞いているルエラには、実のところ雑談に交えてセトのこと、本当の犯人について知っていることをそれとなく伝えていた。雑談のつもりだったようで、ルエラの方はそこまで重く捉えていなかったようだが。彼女はなんだかんだでうっかり他の人に喋ることはしないだろうとフレッドはとりあえず信用していた。
「知り合いなら、今日にでも会ってやってくださいよ。きっとセトも喜ぶ」
「ああ、是非に頼む」
「そうねー、じゃあ私も」
「なんでだよ」
「いーじゃないの。あれでしょ、ドッペルゲンガーとかいうの、そいつに謀られたって例の話でしょ?」
「そうだけどよ……」
「ドッペルゲンガー、とはなんだ?」
「余計なことを……」と心底鬱陶しそうに、ルエラを見たあと。シャニスを見て頷いた。
「そうっす、ドッペルゲンガーってセトは言ってます。
まあー、あとはセトと会ってっから話しますが。
簡単に言っておくとっすね、アグニス王妃を殺した奴らしいっす」
アベルタの上層も知らなかった事実である。
シャニスが驚かないはずがなかった。
「なんということだ……。わかった。何より先ずセトに会わせてくれ。彼は今どこにいるんだ?」
フレッドは椅子の背もたれに体重を掛けて、軽く答えた。
「俺ん家っす」
お疲れさまです。
この小説はいろいろと込入った話題を扱ってしまっていて、「これっていいのかな」とか思いながら書いてます。スリリングです。マゾいです。
おどおどしながらお送りしてます今回、読んでくださりありがとうございました。 次も、お見かけするようでしたらよろしくお願いします




