番外編 ザードックが残したもの
かつて魔王と対峙した一人、重騎士ザードック・モリスの葬儀は密かに行われた。
不名誉なその死因であるため、表沙汰を避けることが彼を敬愛していた騎士団の面々の配慮であった。
しかし騎士団の中には彼の性分を知る者は居ない。その事実はザードックにとって幸か不幸か定かではないことであるが。遺された家族にとってせめてものという程度の救いではあったのかもしれない。
彼が仕えた王、バーランド王国の国王レヴィ・バーランド。レヴィ王はわずか数年前に王位を継承した身であり、その名前も偽名であるという。かつて、この小国はバーランド一族の悪政によって人々は苦しい生活を強いられてきた。しかし隣国にして大陸随一の大国、鉄の国アベルタの同盟国という名の傀儡国家という立場で、なんとか侵略や併合を免れ良好な関係を保てているのは、現在の王になって統治が改善されてきたからだ。これまでのバーランドの王族を排し、今のレヴィと名乗らせている男をその玉座に座らせたのはザードック・モリスその人だった。
故か、モリス家が有する所領は、王が直接管理する領地と大修道院長に次ぐ広さを持っていた。修道院長をはじめとする聖職者の所領、つまりは聖界領主を除く世俗領主のなかで一番多く土地を持っていたのである。
しかし、ザードック・モリス亡き後に統治を託された若き息子、ハイラム・モリスの手には余った。
「お暇を頂きとうございます」
モリス家の屋敷からまた1人、男が重要な役職を手放していった。
家宰。執事と呼ばれる者である。
執事は元来は家の中での使用人であったが。この家に限らず、ほとんどの文明国家ではその立場を高くしていったという。
執事選びはとても慎重に行われた。何故ならば、屋内での雑務に留まらず、領地や金庫の管理をそのまま託すのであり。優秀かつ誠実な人間を求められていた。1度雇うまでとても気を配るものである。
ザードックからハイラムに領主が変わった後にすでに2度、人が入れ替わっている。
荘園それぞれの現地に居る責任者である荘園差配人から、農奴たちの起こす問題が絶え間ないという知らせが届くようになって、その激務は執事の仕事としてはあまりにも割に合わなくなったのだ。
執事という仕事はこの世界のこの時代においては決して悪くない職であったが。モリス家では事情が変わる。
不名誉な死。女を手篭めにしようとし失敗、挙句に自刃した。そんな死に様を良しと聞く人はいまい。噂は千里を走るもので、誰が広めたか。王城内だけの話は領地内にもいつしか広まり、治安に影響していた。問題を起こすのはなにも農奴だけではない。荘園差配人や農奴監督官をはじめとする荘園ぐるみでの悪事もちらほらと起こっていた。ただ、現領主のハイラムの耳にその事実が届くことなく、管理者の私腹を肥やす爛れた環境を招いた。
雇ったばかりの新しい執事が言う。
「やむを得ません。領地を3割ほど隣の領主へ売り払いましょう」
「そんな、父上の大切な領地だぞ。できるかそんなこと」
ハイラムは頑なに反論するも。この新人の執事は騎士の中でもひときわ勉学が達者だったので。その合理的な意見にハイラムも無視はできなかった。しかし、冷然なこの執事の態度はハイラムの苛立つ今の心境を逆なでしてくるので。もしも何か不快極まりない態度をとれば即座に解雇をしようとも考えていた。優秀な人材は他にもいる。この一大事にわざわざこの男一人に拘ることもない。そう考えていた。
「現在はあなた様の領地ですハイラム様。帳簿を拝見させていただきましたが。この短期間でこの状況、あまりにも酷い」
「言ってくれるじゃないか。執事の分際で。来たばかりの執事に何がわかると言うんだ」
「ええ、存じません。ただ解るのは今後も今のように領地の管理が行き届かなければ、このお屋敷はすぐに傾くことになるということだけです」
「ぼ、僕が悪いのか……」
ハイラムの書斎。背もたれが無ければ倒れていたであろうほどに、椅子に我が身を落とした。
落胆している姿に、執事は容赦なく言葉を向ける。
「民に舐められているのは確かでしょう。しかし恐らくはお父上の悪評のせいでしょうね」
「父上を悪く言うな!
それに、いくら不名誉だからと、僕が力不足だからと、こうも乱れるのはおかしいではないか」
「ええ、おかしいですね。理解できません。生まれも育ちも市壁のなかであった我々貴族騎士には、農奴や荘園差配人たちの気持ちなど分かり得ません」
執事は淡々と応える。
どうしろというのだ。とハイラムはぼそりと言う。
「運営方法に問題はありません。ならば態度を見せるべきでしょう。
一意専心にまっすぐ伸びる大木のように毅然と。
清冽な小川の水のように質実で。
燦然と照らす太陽のように明瞭に。
乱れた環境はお父上の不名誉のもの。お父上が国王から拝領なされた御領地。
しかし先ほども申し上げましたが、現在はあなた様の領地で、立て直すのはあなた様の名誉です。
まだまだ、軌道修正など容易いはずでございましょう」
ハイラムは背もたれから背を離し、両手を組んで机の上に置く。
「ふん。言ってくれる、本当に。簡単に……。
しかし具体的な策はあるのか。態度だと? どう示せというのだ。
そこまで高言ぬかすのだから、さぞ良い腹案があるのだろ?」
ハイラムと執事は齢20前後の若者であり、焦っているハイラムは冷静に話す執事との温度差だけでも苛立ちを覚えてしまう。
執事は表情を変えずに言う。
「成案は今の所、3つほど」
「ほう、とりあえずひとつだけ言ってみろ」
「ではひとつだけ。領地を3割ほど売ります。これは国王の許しを得てからとなりますが。管理が悪化した土地を別の領主へと任せ、細かな解決法を伺います。
「成案と言ったが。対策を知るための算段ではないか」
「はい。私とて学びはしておりますが、実践は初めてです。
いかに策を考えていてもそれは現地を知らぬ机上の空論に過ぎません。」
「……ノウハウが必要ということか。しかしその代価として土地の3割は広すぎるのではないか?」
執事は頷く。それまで彼の言うことが信用できないでいたハイラムだが。話を聞く態度に熱を帯びてきた。
「仮に順調に譲渡の話が進み、隣の領主おそらく中流のワイズマン家の領地へと渡るでしょう。ワイズマン領はきちんと裁判が管理されておりますし。なにより農奴の問題の報告が最も多いと言われてます。ですのーー。」
最後の最後の言葉でハイラムは思わず手のひらを見せて止めた。
「待て待て、なぜ報告が多いことが理由になるのだ。普通は逆ではないのか、問題が少ないところに渡して教えを乞うべきだろう?」
「農奴が起こす問題の実態は、農奴たちが魔力活性期の頃に冒険者だった者がほとんどであるためです」
魔力活性期。魔王が君臨している時代のことだ。その名称は聞きこそすれ、二人の年代にはギリギリ記憶されない時代だ。魔王が倒されて20年が経つ。町に点在する冒険者ギルドを介しての人々の依頼をこなして生計を立てる彼らも、魔力減衰期に入れば仕事が減る。魔王が倒され、時期魔王が現れるであろう40年という年月の間、冒険者はさまざまな生活を強いられるのである。現在でも冒険者ギルドには依頼はあり、それで生計を立てる冒険者は居る。しかし、冒険者の半数以上は、農奴や商人、狩人、職人と別の職業へと移り、安定した生活を選ぶのである。
農奴という言葉に反して、その立場には自由がある。そのために、我が強い冒険者は個人の意見を通してしまいがちで、度々裁判沙汰になるのだという。裁判所や農奴管理官、領主や領主代行となる執事たちは、そんな元冒険者たちの際限のない小さな揉め事には大抵蓋をしてしまうのだ。
「ーーーーなるほどな。わかってきたぞ。
報告が多いということは、解決した量が多い。
報告が少ないということは、問題を蔑ろにして放置した量が多い。ということか」
「一概には言えません。問題を水面下で解決する自浄作用のある者達であったり、本当に問題の少ない土地であることも当然あります」
「ふむ、どちらにせよ、報告が行き届くということは、きちんと裁判から領主、さらには国へとその情報を伝えられていることだものな。納得いった。…………いや、いってない。それでも3割の土地というのは広すぎる、説明しろ」
危うく鵜呑みにするところだったが。根本的な答えになってないことに気づいたハイラムは聞き直す。
「はい。御もっともと存じますが。それは治安の改善と、その対策を学ぶ授業料だけを見た見方です。3割という広さを捨てるという態度こそが改善の第一歩となるのです」
「態度、たしかさっきも言っていたな」
「ええ、管理の方法それ自体に不備はなく。一部の懸念を除けば、不名誉な噂でのみ悪化したのです」
「態度を示せばある程度は緩和されると? そんなものなのか」
「それも断言はしかねます。しかしただでさえ収支で管理費用が上回ってしまっている今、そのくらいの意気込みで望むべきかと」
ハイラムは何も言わず椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。
執事はドアの横に立つ侍女に主人へ出す紅茶を小声で頼んだ。
「父上は、質実剛健の清廉潔白なお人で通っていたのだ。騎士団の中にはまるで自分の父親と同じ位に慕うような者もいたそうだ」
「存じております。私も首都での奉公は少ないしろ、バーランド騎士団の一員ですので、お父上の高明はかねがね耳に入ってまいります」
「ふふ、しかしな。皆知らんのだ。父上はもともと、酒癖や女癖が悪い。かの魔王退治の時ですら、ひとの女を横取りしたのだと言う。それだけに留まらず太々しくもこりない父上の手グセの悪さを母上は僕によく愚痴をこぼした」
「初耳ですな」
「そんな父が今更、かのようなことで自刃するとは……とても思えん」
かすかに首をかしげる執事。
「お噂は正しくないと?」
「わからん。……わからん」
その声から、執事は外を見るハイラムの表情を想像し得た。
「……なあ」
「なんでしょう」
執事は一歩前へ出る。
ハイラムは屋敷の庭にある手入れされた木々を窓越しに眺めながら言う。
「さっき、傾いたは父上の不名誉で立て直すはこの僕の名誉、そのようなことを言ったな」
「はい。そのように申し上げました」
「改めろ。この僕の手で父上の名誉を取り戻す。忘れるな」
「はい」
ハイラムは振り向き、執事を見た。
「ワイアット」
執事ワイアット・リックマンはこのモリス領に仕えてから初めてその名を呼ばれた。
「なんなりと」
「続きだ。残りの案を聞かせろ」
次から農村を舞台にするので、それにまつわる話を分岐させておこうと思い書きました。
次回作ではありませんが、いつか書けたらと思います。




