国王の勅
バーランド王国の王城に隣接するように建つ聖堂。大司教をはじめとする聖職者の者たちは治癒者としての役割も担っている。
聖堂の奥にならぶ病室の一室にてフレッド・ラシュトンはベッドに横たわっている。
「ってぇ…………」
応急手当を施され、痛み止めも打ったようだ。ここに運び込まれて半日が立つ。
運び込まれてからは気絶したのか、記憶が無い。
いつだろうか。兵士に担架に乗せられ、左腕の痛みを耐えながらたまたま見かけたルエラに一言伝えて……そこから覚えていない。
奇妙なもので、左手の親指が軋むような感覚がある。肘の少し上からばっさりと無くなっているはずなのに、動かそうとしてもあるはずが無いその手の感覚。なぜか親指が軋むような感覚。
「くそっ」
夢か悪い冗談なのではないか。そうフレッドは度々思う。
もし現実ならば、英雄になるという彼の願いは叶う事がなくなる。
それまで慎重に戦って来たというのに、要らぬことをしてこの様だ。
フレッドは、ただ悔いた。
「……くそ」
自身の一瞬の愚かなミスを悔いる思いが幾重にも幾重にも伸し掛かる。
瞳には涙があふれはじめ、右手で顔を抑える。
コンコン!
ノックが2回、フレッドの病室に響いた。
フレッドは急いで涙を拭いて。誰かその先に居るであろう扉に向けて言う。
「だれ……ど、どなたか」
「クレアよ。アベルタから来た付与師のクレアなんだけど」
「……面会謝絶だ。帰れ」
「入るわね」
「いや、聞けよ」
鍵など無いその木の扉を開けて、付与師クレア・ノバルは部屋に入って来た。
彼女は一度、セトに会うためにフレッドの家に訪れた。その際に会っているのだが。それが初対面だったわけではない。4ヶ月前の死霊事件の折に一度、少しだけだが顔を合わせている。
「元気かしら」
そう言ってベッドの隣にある椅子に座るクレア。
「はぁー……俺の事はいいから」
「良くは無いでしょう。片腕無くしておいて。ルエラちゃんだって心配してるわよ。でも元気そうね。さすがバーランド国の医療技術」
ちっ、と舌打ちするフレッド。
(あいつめ、変に気にしやがって)
負傷は自分の責任だと考えるフレッドにとって、ルエラの自責の念は的外れとすら思えて腹立たしかった。
ただでさえ、悔しくてダサくてどうしようもないほどの負の感情が溢れてくるのに、ルエラが悲しむことを考えるのは、とても面倒であり、嫌気がさし、不愉快だった。
「アイツは今どうしてる?」
自分は艱難辛苦の生活を強いられて、周りが言うようにまるで野犬のような生き方をしてきた。泥水をすすり飢えに耐え、生活というだけで九死に一生を得た思いをしたことも一度や二度ではない。そんな自分と比べれば、ルエラは年上とはいえ、普通の町娘なのだ。町娘には町娘の苦労があって、今に至るまでにも彼女なりの努力もあったのだろうが、自分とはまるで住む世界が違う。彼女は運悪く自分の劣悪な日々に巻き込まれてしまっただけだ。
いつだか、「もう関係ない」と言われて少しムッとしてしまったが。彼女の言う通り。関係なんかない。
だから。願わくばもう騎士団の保護を受けるなり、自分から離れるなり、今まで嫌な思いをしてきたんだ辞めたって仕方が無い。むしろそれが良いと思う。
フレッドは内心そう思っていた。
「エリクの質問に答えてる頃じゃないかしら」
「そうかよ」
「念話はしないの? 彼女、ネックレスつけてるわよ?」
フレッドは意外に思った。何故今、彼女はネックレスをつけているのか。
しかし、今付けたところ何も話すことは無いのだ。
「しない。アイツはもう関係ないんだ。俺だって、もうまともには戦えない。終わりだ」
「終わってないわ」
「終わったよ」
「終わってない」
その余裕そうな口調に苛立ち、フレッドは自分の考えの根拠を見せる。
「この腕を見ろよ! もう俺はこんなんじゃ……気休めはやめろ……。」
「じゃーん!」
「ああ……?」
感情をぶちまけた瞬間にフレッドは肩透かしを喰らう。
クレアはカバンから取り出して彼に見せたのは1つの左の篭手。
重鎧の篭手だった。
「なんだよ」
「篭手よ」
「知ってる。それをどうしろってんだって話だ」
「これを付けてみろって話だ?」
(なんだよ……なんだこの女、むかつくぜ)
フレッドはバカにされているのではないかと思えて来た。
彼は頭を右手でぐしぐしと掻いて、ドンとベッドを叩く。
「付けたらなんだよ。飾りでも付けてろってのかよ。それとも、それを付けたら元の腕みたいに手が動かせるとでも言いてぇのか!?」
「その通り!」
「そうかよ!」
……まじかよ。
と、フレッドは思うがここまで感情の勢いに任せているので流石に言わない。
「魔力を使って、動かすのか……?」
「そうね。もっともこれはまだなにも施してないただの手甲だけどね。これで寸法を測りにきたのよ」
「付与師ってすげーな」
手を振るようにカラカラと篭手を両手で振るクレア。
フレッドは気落ちした心の内に喝を入れ、「貸してくれ」と目の前の希望を受け取る。
左腕の断面の先に合わせるように篭手を置いた。
「肘の部分がまるっきり足らないぞ」
「……ふむふむ。なるほど。ちょっと良いかしら」
クレアは腰に提げてる小さなポーチから白い石を取り出してから、両手でつまんで伸ばした。
「なんだそれ」
「定規」
端的に答えつつ、彼女はフレッドの左腕と籠手との間の長さを測るため、身を乗り出す。
ベッドに横たわるフレッドの胴の上に彼女の上半身がくる。
フレッドも男である。男であるがゆえに女の胸部に自然と目が行く。
例えそれまでに疚しい心が無かろうと見てしまうものだ。
「お、おい……?」
「ごめんごめん。あ、ちょっと動かないでもらえる?
……こんくらいかぁ、よし。あれ、顔赤くない? 熱出てるんじゃない? バーランド王国の治癒者は魔術医療と薬術医療の両方とも優秀だって聞いてたけど、さすがに片腕落としたんだもんね無理もないわ」
測り終えて姿勢を戻すクレアは、困った顔でクレアと反対側の壁を見ているフレッドの心境など察すことなど無かったし、またさらりと刺さることを言った。
くそっ、と悪態をついたあとフレッドは「かもな」とだけ答えた。
窓越しに小鳥のさえずりが聞こえる。天気は良い。
クレアは伸ばした白い小石を、先ほど測った箇所で折って、ポーチにしまった。
その間、クレアのタイトドレスの胸元から緑色の光が漏れている。
念話のネックレスだ。
「……結構深刻みたいね」
腕、の話ではないようだ。とフレッドは察する。とすると、ドッペルゲンガーにまつわる状況のことだ。
「こうなっちまえば、どうしようもねぇ。シャニスさんもルエラも国王や団長には全部話すだろ。セトはアベルタに引き渡すしかないだろうな」
「そうね。……けど、それ以外はそれほど悪くはないんじゃない?
ドッペルゲンガーの存在が公になれば、騎士団あげての捜索に成るでしょう。
変にこっそり動く必要もなくなるわ」
それを聞いて思わず睨みそうになったフレッドは、目を閉じてため息をする。
「…………セトはな。俺の友達なんだよ」
孤独な時間を多く過ごしたフレッドにとってセトの存在は決して小さくはない。
匿っていた間、少なからず二人は話した。
人種や身体の障害などのペナルティなど関係のない絆が芽生え始めていたのだ。
「そう、よね。ごめんなさい」
「いいよ。確かにあんたの言う通りだ。状況に流されて奇妙な事態になってたのは確かだからな」
ため息のあと、もう一度大きく息を吸い、深呼吸をする。
「そーいや、なんで俺なんかにそんな魔術道具を作ってくれるんだよ」
気を取り直すために、手甲の話に戻すフレッド。
「ああ。ルエラちゃんと約束してたのよ」
それを聞いてフレッドは、ひとたびルエラに対し感謝の念で溢れたのだが ”してた” というのが昨日の今日という期間の間でする話であったにしてはおかしいので引っかかった。
「どんな約束だよ」
ルエラに対して感謝するべきなのは確かであるが、念のために聞くことにした。
「”今度魔術の実験に付き合ってほしい”って、以前にハーマンに会えってお願いに来た時にしたわ」
(実験台の約束だったのかよ。結果的にはありがてえんだが、あいつなんて約束してんだ)
「……で。いくらかかる?」
「え? あ、ああー。代金。代金ね。そうねー。金貨3枚くらいかしら」
目が泳いでるクレアの素振りに、なんか的外れな事を言ったのかと思ったフレッドだったが、とりあえずは質問を続ける。
「で、いつできる?」
その質問に対してのクレアの反応は遅かった。
ただ、期日を考えていたというわけではなく、別の何かに集中している。胸元の谷間から微かに光る緑のネックレス。光が収まると同時にクレアはフレッドの目を見て、楽しそうにいう。
「ふふん。出発の日までには間に合わせるわ」
わずかばかり時間は遡る。
玉座に腰をかけているのは他でもない、バーランド王国の国王であるレヴィ・バーランド。
その横には妃が座っており、その二人を挟むように司祭や家宰が立っている。騎士団長エリク・オルフォードの姿もある。
王の前で跪き、頭を垂れているのはシャニス・ガルシアとルエラ・アルクインの二人である。
それまでは皆、視線は経緯を話していたシャニスとルエラに向けられていたが、今は違う。その場にいる者は皆はレヴィ王を見ている。
各々の表情はそれぞれだったが。騎士団長のエリクは、驚いていた。
「恐れながら……。陛下。先ほどの御決断は些か無理があるのではないでしょうか?」
エリクの言葉に国王はハッハと笑って。
「何言ってんの。オルフォード君さぁ。もうちょっと柔軟に対応しないと駄目だよ。
正しいことは良いこと。これは確かにその通りだよ。けど外交ってのはそんなヒャクパー誠実に対応してたら、簡単に足元掬われるんだから。だれだっけ、そのさっきの子。……セト? そうセト。うちの人間が匿ってたってのも事実なんだし、今度そこから付け入られるんだよアベルタにさ。
君の采配力不足もこの一件の原因だってことわかるよね。でしょ? うん。いいんだけどさ、状況が状況だしね。人員もまだまだ募集しないといけないようだしね。
こちらとしても新しく王様勤めさせてもらってる身分だからさ、あんまりアベルタの良いように動きすぎるのもイケないわけよ。
君たち騎士団の失態は王様の失態。王様の失態はニッポ……じゃなかった、バーランド王国の失態。ね。
そのセトって子はとりあえずそのまま、関与なし。知らんぷりで。
だから、もう一度言うけど、アベルタへの報告は一切なし。こっちのメリットなんもないもの。
んで、ドッペルゲンガーって奴はしょうがないね。バーランド王国で解決するっきゃない。
だから、さっき言ったように ”アベルタ国への派遣してる者達以外の騎士団員の八割を捜索隊として編成” でもって、首都、衛星都市、港町、はじめ、その周囲の村まで隅々探してもらうよ。
都市は宿舎、町なら宿屋があるからいいだろ。村は貴族騎士たちから自身の所領の荘園差配人に部屋を提供するように通達してよ。日取りはそうね。4日後から取りかかってもらおっかな。
おっけーかな、騎士団長さんよ。うん。よろしい。
え? ああ、いいでしょ、この子たちは。事情もあったわけだし。アベルタからの資料とも照らし合わせて、証言と一致してたんでしょ? 捜索部隊に入れてよ。あの君が拾ってきた少年も、って、彼怪我したんだっけ。
でもこの事態が収まったらそれなりの罰則は覚悟しててね。もっと早くきちんと、そしてうまく報告してくれないと、もっと大事になるよ。
その、色付きの魔力だとかどうとかって、まだこっちはあんまり理解できてないんだけどさ。そこから見つけ出せるわけでしょ。早いところ探し方も考えないと。
あ、そうだオルフォード君、ちょうどいい。君の元カノ、今こっちに着てるらしいじゃんーーーー」




