腕輪と手甲と河港町
握る。ガチリと可動部分すべてをつかって拳を作る。
広げる。金属の擦れる音とともに、まるで自分の手の様に滑らかに開く。
何度試しても違和感などない。多少なりとも体のバランスは傾くにしたって、無いよりはずっといい。
フレッドは己の左腕に付けられてる籠手をかざしたり動かしたりして試している。
天気の良い日、馬に跨り小川沿いの道を行く。
地元の警備を任されていた若手騎士を案内役で先頭に、その後ろをシャニス・ガルシア、フレッド・ラシュトン、ルエラ・アルクインの3人、そのさらに後ろには今回の捜索作戦に参加させられた冒険者や傭兵たちが4人ほど。各々が馬に乗り、列を成して目的地へ向かう。
目的地は大河に面する河港町チルチルタン。都市と呼ぶほど大きくはないが、他の衛星都市と比べても遜色のない賑わいを見せている。
ルウェーノ山脈から隣国アベルタのサドミア海へと流れる河に面し、上流のルウェーノ山脈の麓にある村から硝石やガラス灰(天然のソーダ灰)などの少量の鉱物や、魔力水晶などが船に載せられチルチルタンへと運び込まれる。ここからさらに防腐剤、染料、円形の板ガラスなどの加工品を乗せて、アベルタの首都近くの河港へと輸出していく。首都にも近く、交易の要である町であるため、商人や交易人が集まりやすい土地でもあった。
大河から分岐してきている小川を辿る道であるが、あたりはまだ一面畑や雑木林で町の賑わう声はしばらく聞こえそうもない。
「ね、フレッド……?」
フレッドの横に並んで馬を歩かせているルエラが彼に声を掛ける。蹄の音でかき消されそうなほどの大きさで、彼の耳に届いたのかわからない。
不安が故に小さな声だったのだが、聞こえているのか、もう一度声を掛けるべきかとさらに不安を煽る。
「なんだ?」
フレッドはルエラを見ることなく答えた。
「うん。その……さ。…………ごめん」
「あ?」
最後が聞こえなくてルエラの方を向く、俯いて手綱を握る彼女の姿を見れば、言いたかったことは理解できた。
「ああ。気にすんなって言ったろ。こりゃあ、俺のドジだ」
「でもっ」
フレッドの顔を見るその目は涙が溜っている。それを見て、一度は固まったフレッドは、次の瞬間には指をさして笑っていた。
「かっはっは! 柄じゃねーよお前」
「ええーー……?」
さすがに予想外の反応をされたルエラは顔が引きつるも、強がっているのだと思うと「ごめん、私どうしたら」と口から再び漏れた。
「何度も謝んなよ。それにクレアを呼んでくれたおかげで、ほれ。この通り付いてんだからよ」
「それ、自分の腕なの?」
「生身のってことか? それなら全くの別モンだよ」
「痛みは?」
「あるぜ。くっつけてる部分よりも、一度縫った外側をまた開いたのが痛みの原因らしいが。
まあ、しばらくはしゃーねえ」
言葉に詰まってるルエラに、フレッドはへっと笑い腰に提げてる剣を叩いた。
「ぶっちゃけ諦めかけてたが。まだ剣士として活躍もできるってわけだ。
団長にもまだ勝ってないしな」
「あんた、まだ団長に勝つこと目標にしてたんだ」
「当たり前だ。あ、そうだな。なんかしなきゃ気が済まないってんなら、引き続き、剣術の訓練を付き合ってくれよ。……気が向いたら、……たまにで良いからよ」
「……そう、へへ、殊勝じゃないの。良いわよ、忙しいときじゃなければ。いつだってやったげるわ」
意外だった。最初に会った時のような野犬のような彼はあれからだいぶ変わってきているのかなとルエラは思った。
フレッド自身、自分の発言が想定外で驚いた。話をする直前まで、なるべく関わらないようにして少しでも自分やこの件から遠ざけよう。そう考えていたのに、それが出来ないどころか要らぬ頼みごとをしてしまっていた。これも左腕を付けた日にクレアが自分に向けて言った言葉が効いているのかもしれない。しかしフレッドの性格から素直には認められない。
ばつが悪く、頭をガシガシ掻きながらフレッドは前を向く。一方、ルエラは気を持ち直したかへへと笑って心なしか機嫌が良さそうにしていた。
そんな二人を後ろで眺めて安心したシャニスの横に一頭の馬が並んできた。
並走する馬に乗っているのは、一人の女の傭兵だった。
「よぉ、久しぶりだな。元前線指揮官さんよ」
「マティナ・エンクルスか、まさかこんな所で会うとは奇遇だな」
「全くだ。やっぱり私たちは気が合うんじゃないか。そうだよ、気が合うんだ。騎士なんてやめて私と組めよ。気楽でいいぜ。その陰気臭え顔もぱーっと明るくなるってもんだ」
「余計な世話だ」
アベルタ騎士団にいた頃の知り合った傭兵と他愛のない会話を交わし始めた。
そして馬に揺られてしばらく、一行は日が昇りきる前に河港町チルチルタンへ到着する。
王の勅により商人ギルドの一階を間借りしてこの捜索部隊の本部とした。
シャニス達の班の他にも同じような人数で割り当てられた班が4つ、おおよそ40人ほど集まっている。
町長であるアザール・シッセイは、夜は酒場として賑わうこのフロアに一同を椅子に座らせ。挨拶をした。
アザール。恰幅がよく、穏やかな雰囲気を持つこの初老の男は、チルチルタンをまとめる町長であると同時に、もう一つの理由でその名を知られていた。
アザールの娘アグニスは鉄の国アベルタの第二王妃であり、国を騒がせた暗殺事件の被害者だった。
レヴィ王の意向により、アベルタには暗殺事件の情報を報告することはまだ止められているものの。王妃の父であるアザールには特別に情報が伝えられた。
「この町とその周囲の村々の捜索警備をお願いする前に、王国が付与師に依頼していた道具を各班にお配りいたします」
一同へ配られたのは魔法陣が彫られている鉄の腕輪だった。
どんなものかを知る者達からは「もうできたのか」「本当に見つけられるのか」と声が聞こえる。
各班に一つ。シャニス達の班には、アザールに近かったフレッドに手渡された。
「はーん、これが言ってたやつか。ルエラ、つけてみろよ」
「これが……」
配り終えたアザールが説明していく。
国王が名のある付与師に設計を依頼し、王国に仕える付与師に大量生産させた腕輪。
撃退目標の魔物ドッペルゲンガーそのものを見つけることはできないが。その腕輪の効果はこれまでの魔術にはあまり踏み込まれたことのない「色付きの魔力」を探知するためのものである。
ドッペルゲンガーは魔物であるにも関わらず魔力を持たず。また、色付きの魔力を持った生き物を襲うのだと言われる。
とすれば、魔力検知の魔法陣を改良したこの腕輪を持ってして、魔力の”色”を確かめ、狙われそうな人物を見つけ次第に保護する。そして近辺の人間の魔力を持たぬ者を警戒せよということ。
曖昧さや穴のある探し方ではあるが、現時点での有効な手段でもあると言えた。
数ある不安要素の中、この魔術道具を扱うことに慣れが必要とされることもまた挙げられている。
アザールは腕輪に興味が向かっている騎士達を見渡して、話を一度区切った。
魔術道具は日常的にも扱われているものもある。しかし魔法陣の構成やその効果によって扱いの難易度は上がるし。扱う人間にも適材を要することもある。中には魔術道具を使えない人間がいる。
その例となる一人がこのフレッドだ。
最初に手渡されたフレッドが自分で身につけて試すことなく、すぐにルエラに渡した理由は、魔術道具が使えない体になっているためだ。
「ただはめるだけでいいの?」
「あん? それだけでも動かせるはずだが、動かなければ魔法陣に手を当ててみろ」
ルエラはフレッドに言われるまま、右手首に付けた腕輪に左手を添えた。
ぽうっと腕輪に彫られた魔法陣が弱く光った。
「あ。見える」
それを見ていた、アザールは頷き、説明を続ける。
この腕輪は魔力探知の腕輪を改修して色を見分ける力を付与したものである。
腕輪に彫られている魔法陣は細かい6重の円。つまりその間に描かれる魔術言語は5行だ。そのうち内側から3行がもともとの魔力検知の術式で、その外側を囲むように追加で書かれた2行が色を識別できるようになる配列を組んであるのだとか。
ここまで説明するとついてこられない者達が多い。説明している当のアザールも話していて、理解してもらえているか怪しく思えてきているようだった。流すように話を進める。
騎士達は魔力活性期ならばともかく魔術に関する知識はほとんど持ち合わせない。有って戦闘や工作から身を守るための対魔術くらいなものだ。
魔力検知の魔術道具はもともと魔術に通じていない者が付けるものであるが、その改修型ともなればそうも行かないもので、「慣れ」が不安として挙げられている所以だ。
ルエラの添える手を、一言入れてシャニスがどける。魔法陣の輝く場所は5行の文字列のうち内側3つ。つまり魔力を検知できても色を識別する力は発揮できていない。
「まだ能力を発揮できていないようだな」
「そうなんですか。でもなんか、ぼやっと感じる……」
「検知だけは出来てるみてーだな」
「へえ。これが魔力なんだ。するとこの濃い……というか強いというか。この感じが量の多さでいいのかな」
「おそらくな。空間にもあるが、人体に滞留する方が多いだろう」
「はい。そうですね。へえー、シャニスさんって結構魔力多いんですね。フレッドは……あれ?」
フレッドを見ると魔力がまるで無い。皆無と言っていい。
空間から人体に吸い込まれていることは見て取れるが、体の中に蓄えられてない。
眉毛にシワを寄せて「なんで?」とルエラ。その問いにへっと笑ってフレッドは答えた。
「こっちだろ」
「なるほど、そういうことなのね」
彼が見せたのは左腕。クレアに付けてもらった義手だった。
体内に取り込まれた、あるいは生成された魔力という魔力全てがその手甲に集まっている。
一度気づけばはっきりとわかる。その小手の中には普通の人間が蓄える量の倍くらいの魔力が蓄えられていた。
「これ、指一つ動かすだけでも魔力を使うからな。蓄えられる量が多いし、供給分を差し引いても日常で使う分には使い続けることができるらしいから、心配はねえって話だが。その代償として俺の体には魔力がねえ……。」
「そうなんだ……」
「あまり分かってなさそうだな」
「なんにせよ。ドッペルゲンガーと間違えて捕まえようとするなよ」と付け加えて笑った。
アザールは腕輪に関する説明を終えたあと、班の割り振りを行った。
この街に1班。近くの村々にはそれぞれ1班ずつ割り振られた。
シャニス達はここよりあまり離れていない農村へ向かうことになり、町長であり荘園差配人を兼任するアザールも業務の関係上シャニスに同行することになった。
夕暮れ時に町を経つ。
初めて魔力道具を触れシャニスとフレッドに質問をするルエラと答えつつ横から茶茶をいれるフレッド。
シャニスならば魔力道具の扱いにも長けているので色の識別まで簡単に使いこなせるであろう。
しかし「一人でも多く使えるようになった方がいい」という考えからルエラに預けようと考えていた。
それがいけなかった。
もうちょっと書くペース上げたいですね




