第二十七話 派閥 ②
次の日、綾瀬センパイが来た。
「朽木〜こっち(池野高校)きたなら顔出せよ。」
「あ、綾瀬センパイ、こんにちは。無事受かったっす。」
「きのう牧村につきあったんだろ?今日は、あたしに付き合ってもらうからね。」
手をひらひらさせながら、私を呼んだ。
「え〜なんですか〜?」
「ぶつくさいわすに、ジャージ持ってついて来いよ。」
まただよ、綾瀬センパイって、何部だっけ?
グラウンドのすみに、コンクリ造りの小さな部室が並ぶ。
「テニス部?」
「そうだよ。」
「良かった〜相撲部だとか言われたらどうしようかと思った〜」
「ナ・ニ・が・いいたいのかな?」
「あ、いえいえ」
綾瀬センパイは、肩の肉が盛り上がったがっちり体型だったので。
「そこで着替えて、え〜っとこれでいいかな?」
ラケットを選んでいる。
ごく普通のタイプでよかった。
「テニスするんですか〜」
「そうだよ。テニスコート来て柔道するやつがいるか?」
「そりゃまあいないですね。」
「だろ、靴はふつうのスニーカーか、ナイキかよ、おごったな。」
「歩くの楽なんですよ。」
「そだな〜」
テニスコートは、高いネットで囲われていて、中に入ると緑と赤で舗装されていた。
「ほ〜え〜」
「授業でやってるから、やり方はわかるな。」
私は、クビを縦に振る。
たまにテレビ中継とかやってるのは見てる。
日本人は、ほとんどイースタングリップだな。
これをぐっと直角に近く持ち上げる。
ウエスタングリップで、ラケットを持つ。
「最初は軽くな〜」
パシっと軽い音がして、硬式テニスボールが地面をたたいた。
「ホイ」
「おう」
だんだん玉が速くなった。
音もバシバシ言う。
「センパイ、速くない?」
「そうか?」
明らかに早いよ。
「こいつでどうだ!」
ばしい!
「ほいほい」
「なんでそこにいる!」
「センパイが打ちそうだったから。」
「これで!」
「うにゃ」
「なんてやつだ!」
「ほい、スキあり!」
「ああっ!」
ボールはセンパイの逆サイドに決まった。
「お前、テニスやれよ!」
「またあ?私はピアノやりたいんです!」
「それだけ才能があるのに!」
ピアノに全フリで行きたいんですけど。
たまにコッツウォルズにも行きたいし。
「そいじゃまた、遊びましょう。」
センパイは悔しいような複雑な顔をしていた。
みどりが外から見ていたらしい。
「小夜ちゃんすごいね。」
「ええ〜?たまたまだよタマタマ。」
「後半の発音がおかしい。」
「そう?うひゃひゃ」
「最近よく笑うね。」
みどりは嬉しそうな顔をする。
「そうかな?」
「前はむちゃくちゃ下を向いてたもん。」
みどりはよく見ているな。
「問題抱えてたからなあ、借金とか。」
「へえ〜」
「全部解決したから、いまは毎日が楽しいよ。」
「よかったね。」
「うん、みどりたちのおかげだよ。」
「そんなことないよ。」
私は慎二たちと自転車通学に切り替えた。
自由にできる時間がもったいないから。
朝は駅で待ち合わせて、一緒に登校する。
『サヨ一人だと危ないからな。』
数吉は、わけのわからんこと言ってるし。
牧村センパイは、約束通り過去問を持ってきてくれたので、こいつをコピーしてみんなでやるのだよ。
直線になった農免道路を全開で走る。
信号二個めを左折すると、五〇〇メートルくらいでゲンキーさんに着く。
今日の食材を買い込んで自宅へ戻った。
この辺で午後四時くらいだったので、ちょっとヴィラ=ホーネルにやってきた。
『おや、今日は遅いね。』
うん、覗いてみただけだし。
『そう?春になって花が咲いたね。』
うわあ、すごい。
森は一面白い花が咲き乱れている。
なんの花?
『うん、ほとんどリンゴの花だね。』
おお!さしずめあの木は『雪の女王』か?
正面に大きな木が立っている。
そのすがたは、まさに雪をかぶったように真っ白だ。
余計なトウヒなんかは切ってはダメ?
『いいよ、好きにすれば。』
そうか~、ちょっとトウヒは切ってみる。
ヴィラ=ホーネルの前庭から外に出て、結界も通り過ぎる。
もう、魔物が来ても怖くないからさ。
「ウインドカッター」
ばしゅっと空気の刃が飛んで、直径一メートルもあるドイツトウヒがブチ切れた。
すかさず倒れないようアイテムボックスに入れてしまう。
白い花が散ってはいけないからね。
ヴィラ=ホーネルのまわりにあるリンゴの木がよく見えるように、針葉樹を切り倒して回った。
黒い森と言われているが、本当に暗いのよ。
ドイツトウヒは平均三〇メートルになるから、地面に陽の光が差さなくなる。
対して、リンゴの木は二〇メートルもないから陰になってしまう。
ほぼ一〇〇メートルくらいはぶった切っただろうか?
リンゴの木がすっきりと見えるようになった。
『見違えたねえ。』
だよね、私も意地になっちゃったよ。
私は笑いながらオスカルを振り返った。
明日は有機肥料をまいてやろうか。
『肥料を?』
そうだよ、水はけも好くして、肥料を上げればいいりんごになるよ。
『へえ』
ま、私は農家ってわけじゃないけどね。
『なんでも好きなようにすればいいさ、君の家だもの。』
かたじけねえ。
私は早速ホームセンターに行って、有機肥料・特に窒素とリンが入っているやつを三〇袋買ってきた。
もちろん配達だよ。
さすがにこっちの世界では、アイテムボックスに入れて運ぶわけにもいかないからなあ。
土魔法開墾
ずっざざざざざざざ
リンゴの木の下を土魔法で耕して、肥料を混ぜ込む。
あまり深くしちゃダメ。
だいたい深さは十センチくらいにしてよくなじませる。
起こしておくと、草も生えなくて便利よね。
これ、農村豆知識。
放置するとまた草だらけになるので注意。
自分にブーストがかかっているから、かなり広範囲に肥料をまいたけど平気なんだね。
秋にはりっぱなリンゴが実るといいね。
『ゴブリンが食べにくるよ。』
それアカンやつやん。
『結界の広げ方を教えよう。』
たのむし。
それから、棚の資料と首っ引きで結界をリンゴの向こうまで広げた。
かなり魔力持ってかれたねえ。
こっちの蜂はリンゴの花粉を付けてくれるのかな?
『蜂か~、その分は結界の上の方に穴でもあけておけばいいんじゃない?』
そう?
『オークだって、一〇メートルも跳べるわけじゃないよ。』
なるほど。
受粉できないと、花が咲いただけで終わってしまうからなあ。
惜しむらくは、この景色をお母さんに見せてあげられないことだね。
『むずかしいなそれは。』
ねえ。
「小夜~、過去問見せて~」
さやかたちが教室にやってきたのは昼休みだった。
「どこから聞いたの?」
「伸二が教えてくれたよ。」
「幸太郎も?」
「あたしも教えて。」
「メグたんまで。」
「しょうがないな、あとでコンビニにコピーに行こうか。」
牧村先輩は、真面目に三年の先輩から過去問を入手してくれたのだ。
もちろん袖の下にモンブランを用意した。
都合十枚のテスト用紙をみんなで回していたのだが、他クラスの分まではない。
早いところコピーが必要だね。
そしたら東中の遠野凪子が聞いて来た。
「朽木さん、それってなんなの?」
「え?先輩からお借りしてきた過去問だよ。」
「ええ~!」
「し~、大声出さない。」
「ど、どうしてそんな…」
「だって、みんな実力テストが心配だって言うから。」
「それにしても、昨日の今日で過去問を手に入れたの?」
「ちょっとしたネットワークがあったのよ。」
「そう言えば、柔道部の人が来てたわね。」
「そ、牧村先輩にお願いした。」
「あの人、全国大会に出たんでしょう?」
「そうらしいね。」
「すごいなあ。」
「スポーツ推薦ねらってるからね。」
「それで、過去問分けてくれない?」
「コピー代百円でいいよ。」
「がっちりしてるわね。」
「だって、この情報は高いよ~。」
「確かに、千円ぐらい出してもいいわ。」
「しまった、値上げしよう。」
「ちょ!」
私は放課後コピーしてくる約束をしておいた。
中学の実力なんて、入試でわかってるだろうに、無駄な労力を使って無駄な作業をするものだ。
教師なんて職業は、無駄ばかりだな。
「サヨちゃんここは?」
みどりがさっそく数学でコケてる。
「あ~これはねえ。」
「朽木さん見ただけでわかるの?」
「わかるさ、このくらい。」
言ってはっとした。
「あ、いまのナシ、生意気だったね。」
「いいけど、すごい頭の回転が速いのね。」
「いちおう大学も目指してるしね。」
凪子は驚いて聞き返した。
「あう、もう受験のハナシ?」
「高校入る前から大学の準備はしてる。」
「すごいわね。」
「すごかないよ、ほかの東大目指してるやつなんか、小学校からやってるさ。」
「ほえ~。」
突然さやかが手を上げる。
「ねえねえ、ゴールデンウイーク明けにもう一回京都行こうよ。」
「日帰りで?」
私も相槌を打った。
「だめ?」
「だめじゃないけど、あまりたくさんは見られないよ。」
「いいじゃん、一件をじっくり見るのもいいよ。」
「とか言って、限定スイーツ狙いなんじゃないの?」
「バレテ〜ラ」
さやかは楽しそうだ。
「それも楽しみのひとつだねえ。」
「でしょ?」
「京都駅から近いところだと、東寺か本願寺だね。」
遠野凪子が口を挟む。
「それって、子どもだけで京都旅行に行ったってこと?」
さやかは笑っている。
「だって、日帰りだよ。」
「旅行は旅行じゃん。」
凪子が言うので、私は意外に思った。
「ま・遠足みたいなものよ。」
「すごいね〜」
「たまたま、私が見たいところがあって、それに便乗したのがこの子らってことよ。」
「へえ〜、どこ行ったの?」
「清水寺」
「まんま遠足だね。」
「でしょ?」
「それがさー遠野、サヨちゃんったらお昼は王将だって言うのよ。」
さやかがブチる。
「だって、お金ないもんさ。王将だって十分じゃん。」
「ボクは王将好きだよ。」
「ほら、幸太郎だってそう言ってる。」
さやかがブチる。
「幸太郎はサヨちゃんの味方じゃん。」
「そうなの?」
幸太郎も不思議そうな顔をしている。
「ああもう、このふたりは。」
さやかのブチブチに真っ向から答えた。
「だいたいね、京都でらしいもの食べたらおいくら万円だとおもってるのよ。」
「万円?」
「そだよ、時価とか言われたらべらぼうなんだよ。」
一同酢を飲んだような顔になった
「うな丼一杯七八〇〇円とかだしね。」
「それはちょっとご遠慮したいわね。」
遠野凪子は苦い顔をしている。
「だから、王将とかサイゼとか、お値段がちゃんとわかっているお店がいいのよ。」
ラーメン一杯二五〇〇円以上するお店があるのは事実。
「むかしからのお店なら、多少はお安いかもしれないけど、新しくてきれいなお店は見るだけにしといてよ。パン一個五〇〇円なんて平気でつけてるところもあるよ。」
「へえ〜」
「パンを買うなら進々堂くらいにして。」
「サヨちゃんよく調べてるねえ。」
「さやかが調べてないだけだろ。」
「うへ〜」
「あと、お店に入ったら『こんにちは』って言うの。」
「それなに?」
遠野凪子が聞く。
「一見さんお断りじゃないけど、黙って店のものに触られたら気分悪いでしょ。『みせてくださ〜い』くらい言わないと嫌われるよ。」
観光地あるあるで、よく外す人が多い。
「そうだね。」
「じゃあさ、こんどは『寧々の寺』に行きたい。」
みどりが手を上げて言う。
「いいよ、ただし混んでるからね。」
「混んでるんだ。」
みどりが苦い顔をする。
「そりゃまあ行楽シーズンだもの。」
実力テストはどうなった?
「私も見たことないから行ってみたいけど、行列に並ぶ覚悟はしといてね。」
「わかった、またテストのあとに相談しよう。」
みどりが離れた。
遠野凪子は、それを見送ってからこっそり言う。
「私も行きたいから、計画教えてね。」
「じゃあ、ラインに登録して。」
「はいこれ。」
凪子は、ラインのQRコードを出してきた。
「了解。」
「えへへ~」
「あと、電車代は水郷市から片道一九八〇円で、往復必要だよ。」
「かしこまりっ」
べつにあたしゃツアーコンダクターじゃないんだけどね。
近鉄の水郷市までの四三〇円もお忘れなく。




