第二十五話 入学式
長いような短いような春休みを過ごして、池野高校の入学の日を迎えた。
補足説明をすると、ウチのクラスからも結構たくさんの受験者があったらしいが、二割は落ちた。
彼らは慌てて私立の二次募集に引っ掛かった。
しょうがないよね。
田舎高校も定員割れを起こして、二次募集を言ってきたが間に合ったのだろうか?
私立なんて入っても入らなくても寄付金寄越せとか言うんだよな。
私は落ちる気はなかったけど、落ちても浪人する気でいたからそんなもんには気持ちはいかなかった。
ま、みどりもさやかも幸太郎もそこそこの成績で合格したらしいし、数吉はトップレベル馬淵伸二も中堅で受かったそうだ。
そりゃあ成績発表なんかはしてくれないけど、みんなで問題を再検討したから間違いあるまい。
幸太郎パパの骨折りもあって、ウチの母親も入学式に参加できた。
なかなかシフトがむずかしいからなあ。
総合病院あるあるだな。
びっくりしたのは式典後校長室に呼び出されて、校長の賛辞を受けたこと。
なんでも、県下で満点を取ったのは五人いて、私もその一人だと言われたんだ。
残りの四人は、みんな井ノ口高校受験者だったそうだ。
シラなかったけど、県下の公立高校の受験内容は同じなんだってさ。
「是非東大を目指してほしい。」
と言われて、まさか目指しているのが京大だとは言えず、あいまいに笑ってその場を濁しておいた。
担任は興奮していたようだが、絶対クラスでしゃべらないようくぎを刺した。
当たり前だろう、高校で目立って変なやつに目ェ付けられたくはないさ。
大立ち回りもしたくないけどさ。
高校のクラスは六クラスあるらしい。
私は一組で、みどりと数吉と馬淵伸二がいる。
二組にさやかと数名。
三組に中島恵と幸太郎がいた。
ウチのクラスって、意外とできるやつが多かったんだお。
「サヨ~、お前がいると安心だよお。」
数吉がそばにきて泣き言を言う。
「アホかいな、あんた南ケッてなにしてんのよ。」
「それは言うな、電車に乗るのに早起きなんざごめんだ。」
「ああそう。」
「それは俺も賛成だ。」
馬淵伸二もそばに来てぼやく。
それだって、駅にケッタマシーンで来て、電車に乗るらしい。
「最初からケッタマシーンで来た方が早くね?」
「まあ、慣れたらな。」
「ブチ、俺もそうするわ。」
なんだかんだで、すでに派閥ができそうだ。
私たちの並びもグループ化してるみたいだし。
午前中で式と説明は終わったので、教科書なんかを詰めたエコバッグを持って電車に乗る。
駅ではなじみのメンバーが集まっていた。
「幸太郎は?」
「幸太郎パパの車で帰ったみたいよ。」
さやかは目聡いな。
「メグたん、あんこ買える?」
「何キロ?」
「ニ~三キロほしいな。」
「アンパン何個作るのよ?」
「あはは、一部冷凍する。」
「やめなよ、味がダダ下がる。」
「わかった~、じゃあ二キロで。」
「あいよ、明日持ってくる。」
「今日の分は売り切れ?」
「たぶん。」
「さすが菓子慶のあんこだなあ。」
お母さんはみどりママとさやかパパとしゃべってる。
さやかパパは、かなり深刻な顔をしていた。
「やはりあの子たちは、矯正施設と少年鑑別所に送られたらしいです。」
「全員ですか?」
「全員です。矯正施設が八人鑑別所が五人。」
私の『聞き耳スキル』にも拾えるくらいの小声だが、内容はわかる。
田舎町本郷中学の私たちのクラスだけ、卒業式にも十三人は出てこられなかった。
つまり、二〇人そこそこしか並んでいなかったんだ。
そりゃあ、まわりのクラスではひそひそ話で持ちきってた。
私たちのクラスは、お尻をもぞもぞさせている生徒が大半だったさ。
そう仕向けたのは私だが、まわりは後味が悪そうだ。
幸太郎と私にしてみれば、ざまあみろだけどね。
ああ、幸太郎は人がいいから、自分んがされた理不尽も忘れてかわいそうだねなんて言ってるんだろうな。
お坊ちゃまくんだからな、純粋培養と言いますか、素直と言いますか。
私みたいにスレてないんだよな。
馬淵伸二が駅のホームで近寄ってきて私に小声で聞いた。
「サヨ、付き合ってるやつとかいなかったよな。」
「なんだよ急に、いないよそんなの。」
「いや~クラスのやつが、やたらと聞いてくるんだよ~」
「はあ?そんなもん邪魔だから蹴散らしとけよ。」
「そうはいっても、おな中でも聞くんだぞ。」
「あいつはデブだったとか言っておけばいいじゃん。」
「おまえ、自分を鏡で見て見ろ、口開かなきゃとびきりかわいいんだからよ。」
「ああ?うぜえなあ。」
「その残念な口調がアカンわ。」
「みどり~」
「あ、あたしのクラスでも聞かれたよ、女の子だけど。」
「さやか~」
せっかく地味にしてるのに、なんだよそれは。
「数吉と伸二がそばにいればいいじゃん。」
メグたんが言う。
「ああ?俺たち防波堤かよ?」
「サヨちゃんのそばなら役得じゃない?」
「うげげ、三年間それとか言われたくないぞ。」
「伸二~、オレもかわいい子と付き合いたいぞ。」
「だよな~、サヨなんかのそばに居たら、だれとも付き合えない。」
「もてないズがなんか言ってるよ。」
「メグたん、それはキッツイわ~(笑)」
「さよと一緒にいたら、それだけで勝ち組みたいに言われてな。」
数吉は、うんざりしたような顔になる。
「そうそう、オレは大人しくてかわいい彼女がいい。」
慎二は情けなく眉毛を下げた。
「ああ?私が乱暴でかわいくねえだと?」
「そうは言ってねエが、お前がいたらふつうの女子は近寄ってこねえよ。」
「そうだよ〜、この際メグたんに紹介してもらおう。」
「メグたん言うな。」
メグたんはオコだった。
ここの電車は一時間に二本しかないので、下校時間は、上りも下りもけっこうツメツメなんだわ。
ホームで話しているうちに、なんだか時間が過ぎて行った。
馬淵に言われたせいか、電車に乗ってもちらちら見られているような気がする。
くっそ~前髪切りすぎたか。
明日から黒ぶち眼鏡復活だ。
オサレ眼鏡は家だけにしよう。
近鉄の田舎町駅でみんなと別れて母親と家に向かう。
「小夜、いじめられていたんなら、行ってくれないとアカンよ。」
「ごめんなさい、借金とかいろいろあって、お母さんに余計な心配をさせたくなかたんだ。」
「アンタ派手にやったわね。」
「あ・バレた?」
「校長に言われたわよ、先に相談してほしかったって。」
「アホくさっ!先に突き放したのは学校の方じゃん、担任が頼りにならんから、実力行使に出たんだろうが。自分の管理能力と部下からの信頼がなかったんだろうさ。」
「そりゃまた辛辣だね。」
「あたしが担任に相談したら、面倒起こすなって言ったんだよ。あのクサレ担任は。」
「はあ…」
「この貧乏世帯から、彼奴等いくら盗ったと思うんだ?そのたびあたしがどれだけ苦労したか!それをあいつは面倒と言いやがった、私以上の地獄に落堕とさなきゃ気がすまない。」
「小夜…」
「だがもういい、全員地獄に堕としてやったさ。梨沙の親父からも慰謝料取ってやったしな。あとは、忘れるよ。あんな奴ら、この世にはいなかったことにして。」
母親は、自分の娘がこれほど思い詰めていたことに済まない気持ちでいっぱいになった。
「ごめん、ごめんね、私がもっとしっかりしてなきゃいけなかったんだ。」
「お母さんはちゃんと働いていたじゃない。だからいいんだよ。」
「サヨ〜」
「わ!抱きつくなって。」
二人は並んで家に入った。
「幸太郎んちは、今夜はどんなごちそうだろうねえ?」
私が気軽に言うと、お母さんはちょっと詰まった。
「あそこは…お母さまが亡くなってしまったからねえ。」
「亡くなった?」
「乳がんでねえ、この夏に」
「あらまあ、幸太郎はそんなそぶりは見えなかったけど。」
「芯の強い子なんだろうね。」
「はあ…少し見る目が変わりそうだ。」
「ま。今まで通り仲良くしてあげなよ。」
「そうだね〜」
『こんにちは。』
「あれ?幸太郎だ。」
「小夜ちゃん、なにかごちそう食べに行こう。」
「はえ?」
「こんにちは朽木さん。」
「不破先生、どうされたんですか?」
「幸太郎がご一緒してはどうかと言うんですよ。」
「はあ」
「もうなにかめしあがっていますか?」
「いえ、いま帰ったところで。」
「じゃあ、お昼はなにか食べに行きましょう。」
「オッケーです‼️ステーキ行きましょう!」
「小夜」
「元気でいいですね。」
「あっ!小夜ちゃんピアノ買ったんだ。」
「そうなの、すごく嬉しい!」
「どんな感じ?」
「弾いてみる?」
「いいの?」
「どうぞ。」
幸太郎は優雅にブラームスを弾き始めた。
「おお、うまいね。」
でも幸太郎には、ブラームスは重いな。
「ま、小夜ちゃんよりは長くやってるからね。」
「そりゃあ、まだバイエルだもん。」
「いま何番?」
「先生んとこでは五番、家ではどんどん進んでるよ。」
「ええ〜?」
渚のアデリーヌを弾いて見せる。
「ちょっと、それは!」
幸太郎も狼狽する。
「けっこうイケてる?」
「うん…」
私たちは幸太郎パパに連れられて、水郷市北のでっかいステーキハウスに来た。
「お〜このサーロインの二〇〇がいい。」
「ボクは、がんこなやつ。」
「あら、お肉いやなの?」
「特には、気分によるよ。」
「へえ〜、さすが幸太郎くん。」
「なにがさすがなんだか?」
二人でサラダバーに野菜を取りに行く。
野菜だよ。
パスタじゃね~よ。
「サヨさんは大学はどこを目指すの?」
唐突に幸太郎パパが聞いてきた。」
「ええ、目標は京大医学科です。」
「ちょっと小夜、聞いてないわよ。」
母が目を丸くして聞いた。
まだ話してはいないからおどろいたかな?
「最近決めた、目標ないと勉強する意味がないから。」
私が言うと幸太郎パパは、面白そうに笑う。
「へえ〜、東大じゃないんだ。」
「東京はいやです。水がまずいし。」
「みずう?」
修学旅行では、水のまずさに何食ってもおいしくなかった。
「そうですよ、あんな水飲んでたらアタマ悪くなりそう。」
「…そうなんだ。で?京大?」
「あはは、井ノ口大学でもいいんですけど、京大のほうがかっこいいかもと思って。」
「ふうん、それで医大。」
「できるだけむずかしい試験を受けてみたいんです。」
「それは?自分の実力を試してみたい?」
「そう!さすが幸太郎パパ、ご理解いただき光栄でございます。」
どうかすると、私と幸太郎パパばかりが話している。
「母の職業が看護師で、医療方面に興味があります。」
幸太郎パパは、鷹揚にうなずいて笑った。
「なるほど、幸太郎はそっちに興味がなくてね。」
「そうなんですか?」
蛙の子は蛙じゃないのか?
「妻に似たのか、ピアノばっかり弾いているよ。」
「あらまあ、それであの成績なら、だいじょうぶじゃないですか?」
「そうかな?」
「ボクを塀の外にして、好きなこと言ってるね。」
「で?あんたは芸大を狙うの?」
「いまから?」
「だって、音楽やりたいんだろう?」
「まあ…」
「じゃやってみればいいじゃん、時間はいっぱいあるよ。」
「あるの?」
「言いたかないけど、真面目にやってるやつに時間くれないような社会は不純だよ。」
「また小夜ちゃんは、むずかしいこと言うなあ。」
「とにかくがんばれ。」
「は〜そうくる?」
「でも先生も、芸大につながりがないと、合格できないらしいよ。」
「それは言うね。」
「じゃあ、詳しいことは千恵子先生に聞いてみよう。」
「あれ?さやかちゃんと同じとこ?」
「そうだよ。」
「あの先生、界隈じゃ厳しいって言われるよ。」
「そう?どうってことないよ。」
「それは君が真面目だからさ。」
「ふうん。」
「礼儀には厳しいひとだからね。」
「たしかに。」
「それでやめちゃった人もいるくらいだよ。」
「根性ねえなあ。」
「きみに比べれば、たいていの人は根性なしだと思う。」
「ひどい言い草ね。」
「そうかな?きみの根性と我慢強さはみんなが知ってるよ。」
「ふうん。」
じゅうじゅうと音が響く鉄板の上。
赤みの強いサーロインが眼の前に置かれる。
「うひょ〜、いっただきま〜す。」
「美味しそうに食べるねえ。」
「食べ物の大切さは、身を持って知ってますからね。」
幸太郎パパは、一瞬目を見張った。
「毎日お昼抜きで、水だけで過ごせばわかりますよ。」
担任・校長・大人たちの汚さを身を持って知っているしね。
むしろ死ねと思ってた。
あのとき、六地蔵でオスカルに会わなきゃ、いまだにやられていたかもしれない。
思考に沈んだ私をどう見たのか、幸太郎パパはまっすぐ私を見た。
「学校のことについては、私たち大人がしっかりしていなかったことが原因だと思うよ。幸太郎を助けてくれたのが君で本当に良かった。改めてお礼を言わせてもらうよ、ありがとう。」
「ふえ?」
幸太郎パパは、頭を下げるもんだから、私は変な声が出てしまった。
「いやだって、あれは…」
「あの担任は胡散臭いと思っていたんだが、私も行動が遅かった。校長はあの通りことなかれ主義だしね。」
「大人の事情を話されてもねえ。」
「子どもの社会は、大人には見えにくいものだよ。たまに、大人を出し抜くような子もいるが、どこか抜けているのは子どもだからかもしれないね。」
「幸太郎には、ショッキングだし屈辱だったと思いますよ、女の私には推測するしかできませんが。」
幸太郎の肩がピクリと動いた。
「あまり早く大人にならないでくれないか。」
「家庭の事情が複雑だもんで、しょうがないです。」
「小夜…」
「お母さんたちを責めるつもりはありません。すべてはクソ親父が悪いんだし、お母さんは被害者なんだから。」
幸太郎パパは、複雑な顔をしている。
「それを外の人(部外者)に助けてくれと言っても、無理な話です。いっしょに地獄まで付き合う気があれば別ですけど。」
幸太郎パパは、複雑な顔をしている。
「今回は、たまたま良い弁護士に巡り会えましたから、円満解決でした。」
幸太郎パパは、なにか言いたげに口をパクパクさせている。
「幸太郎パパ、私に許可を求めるのは卑怯ですよ、ちゃんと筋道通して、大人同士で納得してから私に話してください。」
「…降参です。」
「それと、私が医者になるかどうかは未知数です。なれるかどうかもわかりませんから。」
「おみそれしました。」
幸太郎パパに私はにっこりと笑ってみせた。
それからピアノの話とか、お母さんのベッド転落事件とかで笑って過ごした。
いえにかえってからお母さんが聞いてきた。
「ねえ、小夜の許可ってなに?幸太郎くんと付き合うの?」
アホかこのひとは。
「なに言ってるのよ、幸太郎パパはお母さんと付き合いたいって言ってるの。」
「は?はああああ!」
まったく、自分のことにはむとんちゃくなんだから。
「今日の機会に私が気にしてるか探っていたのよ。」
「いや!あの!アノ人もうじき内科部長よ!私はしがない看護師なんだから。」
「男と女にそんな肩書が必要なのか?」
「いやでも!」
小娘じゃあるまいし、真っ赤になってナニ言ってるんだか?」
「あんたが冷静すぎるのよ!」
「ヒトの恋愛ごとに興味はないわよ。」
「ひどい!」
「幸太郎パパなら、押出はいいし顔も悪くないむしろいい、収入も人並み以上、いい物件じゃないかと思う。」
「物件て…」
「うまくやんなよ、デートはちょっと遠いところに行くんだよ。このへんじゃ噂のタネだ。」
「小夜〜」




