第二十二話 バルジャック
なんだかんだで、夕方にはバルジャックに着いた。
コッツウォルズの城壁には負けるが、こちらもけっこう堅固な城壁が立っている。
コッツウォルズよりも、石っぽい家が多い。
さすがに栄えているようで、往来に人の行き来が多い。
にぎやかな街だ。
「サヨさん、またあの料理を食べさせてくださいね。」
ウルト=ザクスは、両手を合わせて懇願した。
「そりゃまあ、大したものでもないので、次にお会いしたら出しますよ。」
「よかった、よろしくお願いします。」
「サヨさん、私もお願いしますよ、カバンもね。」
「キルツさんも、機会がありましたらどうぞ。」
私は、ロンにうなずいた。
「それじゃあ、みんなちゃんと修行しなよ。」
「おう、サヨに負けないようがんばるよ。」
ロンは快活に笑う。
オリバーが手を振る。
「サヨ、またケーキ食べさせてね。」
「待ってるにゃ。」
「あんたたちも、気を付けて行くんだよ。」
「この先は、耕地が続くからよほど大丈夫さ。」
「油断は禁物、モリー火炎玉は遠慮なく使いな。魔法のつなぎに使うんだよ。」
「わかった、ありがとう。」
商人たちも口々に礼を言って宿屋に向かう。
困っているのはヘタレどもだ。
「お前ら素直に謝って、リヨンまで連れて行ってもらえ。こんなところで放り出されても困るだろう。」
「へい。」
「キルツさん、なんとかこいつらの面倒を見てあげてください。」
「しょうがないですね、ほかならぬサヨさんの頼みですから。」
「ロン、悪いがあんたにも頼むよ。」
「ダメだと思ったら逃げるぞ。」
「それはしょうがない。」
「わはは」
「ほいじゃあね。」
城門の前で、飛行機を出して一気に飛び上がった。
「すげえ!」
フリッツが、興奮して手を振っているのを尻目に、ぎゅんと加速した。
あっという間にバルジャックの街は点になった。
「私もたいがいおせっかいだな。」
仲の好いやつらがいなくなるのはご遠慮申し上げたい。
まっすぐ、ヴィラ=ホーネルに戻り、オスカルとお茶にした。
『もうオークぐらいでは、ランクアップしないねえ。』
しょうがないよ、そんなに強い魔物ばっかしだと、私以外がみんな死んでしまう。
『それもそうか。』
このヴィラ=ホーネルの周りは特に強力な魔物が多いけどね。
『ソルジャーとかジェネラルとか、化け物は多いね。』
あんたがわざわざそうしたんだろう?
『おや、そうかな?』
ヴィラ=ホーネルに人が近づかないようにさ。
『あら、ばれた。』
私はあんたの記憶も継承してんだよ。
『忘れてた。』
じゃあ、また来るよ。
オスカルは、手を振ってくれた。
家に帰ると、珍しく母が台所にいた。
「早いね。」
「おかえり、なんか作ろうかと思ってさ。」
「めんどくさい、好きやに行こうよ。」
「あらま、金持ちが行くとこそこ?」
「あはは、長年の癖は抜けないよ。」
母の車で一〇分ほど走る。
「ピアノいつくるの?」
母が紅ショウガを乗せながら聞いた。
「あさってくらいに来るらしいよ、調律もそれに合わせてくれるんだって。」
「調律?」
「ピアノは移動するごとに調律が必要なんだってさ。」
「めんどうだね。」
「手術した後は、定期検診が必要じゃん、それと同じだよ。」
「なるほど。」
「あ~、やっぱこの味だわ。」
「なによ、小市民的にひたっちゃって。」
「いいじゃん。」
「明日から夜勤だからね。夜遊びするんじゃないわよ。」
「しないしないしたこともない。」
「だれがルパンしろと?」
「あ、みどりんとこ行くかもしれん。」
「そう?向こうのお母さんによろしく言っといてね。」
「わかった。」
バイオレンスな一日の終わりが、牛丼っつうのも人生なにがあるかわからんのよ。
お母さんが仕事に出かけたので、私もヴィラ=ホーネルに向かうことにした。
看護師なんて、ほぼ二十四時間戦えますかだよ。
特に田舎町総合病院は、慢性的な人手不足で、毎日てんてこ舞いらしい。
お母さんは、朝から晩まで働いてる。
そういうの、どうしたら改善できるんだろう?
そんなことを考えながら、ヴィラ=ホーネルに出る。
『おはよう、今日は早いね。』
うん、ちょっと気になるもんだから、早く来ちゃった。
『きみのお気に入りの冒険者がかい?』
そうだよ。
面倒ごとを拾っちゃったからね。
今日は、夜まで時間があるし。
『そう、経験値が貯まるなら、がんばってみるさ。』
そうする。
ヴィラ=ホーネルの結界から出て、すぐに飛行機に乗る。
ばびゅんと飛び出して、一気に加速して行く。
前方に、透明なシールドを貼ったから、風も気にならない。
バルジャックまでの数十キロなど、なにほどもなく飛び越えた。
「はやっ」
自分自身の速度に驚いたわ〜(笑)
バルジャックに着いたのは、日本時間で言えば九時頃かな。
下手したら、もう出勤してしまったかと思ったら、彼らはまだ冒険者ギルドにいた。
「なにしてるの?」
ロンをつかまえて聞いてみた。
「追加の冒険者が見つからないらしい。」
バルジャックは、けっこう大きな街なんだけど。
冒険者のレベルが低い。
ロンみたいにDクラスならいいんだけど、Dクラスは外に出てる。
その下Eクラスも出払っている。
「どうするんだ?」
「どうしたもんかね?フリッツがEクラスで、ほかのやつらはその下らしいからな。」
クラスって言うのはそれほど明確ではないんだ。
ギルドが認めて、実績で割り振る。
ただ、クラスが上がると、受ける仕事がいいもんになるから、上げたいやつが多い。
実績もないのに、ポイントだけ貯めて偉くなったつもりらしい。
いい気なもんだ。
まともにオークと戦ったこともないやつが偉そうにしてる。
Fクラスなんて、ドブ掃除くらいしかやってない。
外に出ても、ゴブリンぐらいしか狩ってないし。
ホブゴブリンとかシャドウウルフになると、一人じゃなにもできない。
仲間でなんとかしている。
バルジャックでは、周辺の街への行商が盛んで、護衛の仕事が多い。
「クレルモンフェランに回って、そっちで賄うかな。」
「ロン、クレルモンフェランって遠いの?」
「いや、ここからならギリギリ一日の距離だ。」
「じゃあ、今日は多少遅くなってもいいから、付き合うよ。」
「いいのか?じゃあザクスさんに聞いてくる。」
ロンはすぐに駆けて行った。
お母さんが夜勤で助かった~
「サヨさん、クレルモンフェランまで護衛をお願いできると聞きましたが。」
「ええ、ご希望であれば、あちらで護衛を雇ってはいかがでしょうか?」
「地獄に仏とはこのことではないですか。よろしくお願いしますよ。」
「わかりました、すぐ出発なさいますか?」
「はい、仕度はできておりますから、いつでも出られます。」
「承知しました。ロン、いいかい?」
「がってんだ。」
こちらの都合に合わせてくれるので、さっさと出かける。
バルジャックの中をみるのは、またこんどだね。
コッツウォルズより綺麗でもないしな。
空から見たら、教会の尖塔は立派だったが。
バルジャックを出たのは九時半ごろで、街道は少し曇り空。
気温が落ちて、肌寒いより素直に寒い。
「ちょっと西風がきついね。」
「そうだね、なにか着込んだ方がいいかな?」
モリーも肩が寒そうだ。
「思ったときに出さないと、風邪ひいて泣くことになるよ。」
「ほんとにサヨは、母さんみたいなこと言うね。」
「そうかい?」
風邪ひいてつらいのは、本人だからな。
門前の小僧は習わぬ経を詠むってんだよ。
うちのお母さんの口ぐせが、ついつい出ちゃうんだ。
ガタゴトとサスペンションもゴムタイヤもない馬車は、路面の衝撃がダイレクトに伝わる。
荷物が悪くならないか、心配だよ。
御者席にはザクスさんと、ロンが乗っている。
後方の馬車は、オリバーが監視している。
ジニーとモリーも警戒は解かない。
バルジャックからは、耕地の中を進むため、魔物の出現は少ないと言うから、私は
のんびり景色を楽しんでいる。
とは言え、あまり代わり映えのしない景色だけど。
私は、あいかわらず農業フォークを持って、馬車に揺られている。
麦わら帽子は、もはやカラダの一部のようだ。
別に麦わらの一味ではない。
「なんだよ、チラチラ降ってきたぞ。」
「あ〜、西風がきつかったからなぁ。外套きとこう。」
私は、ダウンコートを着込んだ。
ロンも、厚手の革コートを羽織る。
「サヨの言うこと聞いて、コート着といて正解だね。」
モリーは、ウサギの毛皮を着込んでる。
ちょっと馬が可哀想だよ。
雪がきついので、休憩入れずに進む。
下手に休むと、クレルモンフェランの手前で雪に閉じ込められたりする。
みんな、携行食をかじりながら進む。
私は、ふよふよ飛んで、馬に塩をなめさせた。
私がとんでも、馬はこわがっていない。
クレルモンフェランは、東に峻険な山があるから、どうしても天候が安定しない。
その山岳に、しっかりした修道院が建っていて、坊さんが修行しているんだそうだ。
ナムナム
不始末した貴族とかもいるらしいけど、そう言うのは外に出てこないからな。
山の裾からなだらかな斜面が続き、一面ブドウが植えてある。
ワイン造りは、坊さんが始めたらしいね。
うちと違って、こっちでは坊さんも酒を呑む。
女神さまも粋なはからいをする。
こちらは、女神サマの一神教だそうだよ。
こちらとの扉を開いてくれたのが女神さまだったら感謝するよ。
スサノオさまかもしれんけど。
馬の顔が白くなるころに、クレルモンフェランの城門に着いたよ。
早く厩に入れて、カラダを拭いてやってくれ。
馬のカラダから、湯気が出てる。
ロンとオリバーは、馬車を宿屋の裏に運ぶ。
厩舎もこちらだ。
「ロン、オリバー」
ふたりは振り向いた。
「ほら」
私は、二人に焼きそばパンを放り投げた。
ぱっとつかんで、破顔する。
「ハラへったろう、夕飯までのムシ押さえだ。」
二人は、すぐに口にはこんだ。
手ェ洗え!
ザクスさんは、宿帳に入念に書き込んでいる。
ロンとオリバーは、厩で荷物番らしい。
しょうがないよ、積み荷はだいじだから。
キルツさんも、遅れて入ってきた。
フリッツを、荷物番に置いてきたらしい。
あいつら、コート忘れてきたそうだよ。
アホだな。
今も震えながら馬を厩舎に入れている。
さすがに私も男性のコートなんてもってないよ。
ザクスさんは、宿の部屋に落ち着いてから、私に声をかけてきた。
「サヨさん」
「はい?」
「あの肉を食べさせてください!」
「は・はあ?」
「この口が忘れられんのです。」
「いやでも宿の食事が」
「そんなものは、護衛にでも食べさせればいいのです。私はあの肉が食べたいのです。お金なら倍払いますから。」
「倍って…そりゃまあ大した額じゃないものな。」
「せっかく来てくださったのだし、お願いしますよ。」
「わかりましたけど、裏庭の隅でかまど出してもいいか聞いてくださいよ。」
「わかりました、聞いてきます。」
ザクスさんは勢いをつけて宿屋に飛んでいった。
ほどなく許可を取り付けて戻ってきた。
私はまた焼肉係をする羽目になった。




