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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第三章

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第81話 這い寄る濁水と、無詠唱の攻撃魔法

 重厚な石階段を一段ずつ踏み締め、俺たちは『白霧の洞窟』の第二階層へと降り立った。


 地下への階段を降りきった先は、粗削りの岩壁に囲まれた、少し開けた円形の石室となっていた。

 日光の差し込まない不気味な洞窟内では、正確な時刻など知る由もないが、この洞窟に入ったのが夕刻だった。

 それから数時間が経過している。


 地上ではとっくに夜が深まっているはずだ。


「よし、今夜はここで野営にする」


 俺の言葉に、疲労の色を隠せないアキラとルミがほっと胸を撫で下ろした。

 ここが完全な安全地帯とは言えないが、見通しの利かない狭い通路で夜を明かすよりは遥かにマシだ。


 俺は【アイテムボックス】からテントを取り出し設置する。

 そして小瓶を取り出すと、魔除けの効果を持つ『聖水』を周囲へ手際よく振り撒いた。

 これで不意の襲撃を受けるリスクを無くすことができた。


 続けて【アイテムボックス】から乾燥した薪と鍋、そして保存食を取り出して焚き火を起した。

 パチパチと薪が爆ぜる心地よい音が静かな石室に響き、冷え切っていた空気が少しずつ温まっていく。


 温めた水に固形スープの素を入れ、干し肉と固いパンをとりだす。


 四人で遅めの夕食をとった。

 温かい汁が喉を通るたびに、体に溜まっていた冷気と緊張がゆっくりと解けていくのを感じる。


 * * *


 食事を終えてしばらくすると、体力の乏しいランが強い眠気に襲われ、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。

 ぼさぼさの若葉色の髪を揺らし、小さな体を強ばらせて耐えようとしている姿がどこか愛おしい。


 俺は彼女を優しく抱き上げ、設営しておいたテントの中へ運び込んで毛布を掛けてやった。

 規則的な寝息を立て始めたのを確認し、そっとテントを閉める。


 焚き火の前に戻ると、アキラとルミが肩を寄せ合い、赤々と燃える炎を見つめながらたわいもない雑談を交わしていた。

 揺らめく火光が二人の整った横顔を艶やかに照らし出し、瞳に妖しい色香を宿らせている。


 ふと、二人のしなやかな身体を強く引き寄せ、抱きしめたいという衝動が胸を掠める……。


 男としての本能と、【女たらし】のスキルがもたらす甘やかな誘惑が理性を揺さぶる。


 だが、ここは危険なダンジョンの真っ只中だ。

 いつ何時、予期せぬ事態が起こるかも分からない。


 俺は深く息を吐き出し、胸の奥で渦巻く熱情を冷静な理性で押さえ込んだ。

 欲求に流されることなく、明日の探索に備えて身体を休めることを優先すべきだ。


 俺たちは焚き火の周りに毛布を広げ、そのまま就寝することにした。


 移動中はアキラの補助魔法『スムーズ』のおかげで足腰への負担が大幅に軽減されていた。

 しかし、未知の湿地帯やダンジョンを一日中歩き回った精神的な緊張と疲労は、着実に肉体の奥底へ蓄積していたらしい。


 硬い石の地面の上に敷いた毛布に体を横たえると、吸い込まれるように意識が深い闇へと沈んでいった。


 * * *


 次に目を覚ました時、焚き火の薪はすっかり燃え尽き、赤い残り火がうっすらと煙を上げてくすぶっていた。

 完璧な熟睡とまではいかないまでも、体感で数時間の深い睡眠をとれたことで、頭の重みはすっきりと吹き飛んでいた。


 眠らないよりは遥かにマシであり、探索を再開するには十分すぎるほど体力が回復している。


 干し肉と水で簡易的な朝食を済ませ、軽く身体を伸ばして関節の硬直をほぐす。

 俺たちが手際よく野営道具を撤収し終えると、アキラとルミが自然な動作で魔法の詠唱を開始する。


「大地の聖霊よ、我らの歩みに恵みと喜びを。その足取りに軽やかな加護を――『スムーズ』」


 アキラが明るい声で唱えると、柔らかな風の帯が俺たちの足元を優しく包み込んだ。

 続いて、ルミが『祝福の杖』を胸前で静かに掲げ、格調高い呪文を滑らかに紡ぎ出す。


「天地を巡る荒ぶる理(ことわり)よ、我が領域を侵すことなかれ。厳冬を殺し、灼熱を押し返し、敵意ある魔力を平伏させよ。断絶の殻をここに成せ――【レジスト・バリア】」


 不可視の結界が張り巡らされ、洞窟の不快な湿気と冷気が再び遮断される。

 万全の支援魔法を受けた俺は、【アイテムボックス】から取り出した新品の松明に火を点けた。


 大人が二人並んで通れるほどの幅を持つ、暗く湿った横穴へと慎重に足を踏み入れる。


 * * *


 第二階層の通路は、第一階層に比べて岩肌の凹凸が激しく、至る所に泥の大きな水たまりが形成されていた。

 十数分ほど歩を進めた頃、前方の薄暗い石床の上に、不自然な泥の塊が盛り上がっているのが視界に入った。


 水と様々な不純物が不気味に混ざり合った、茶褐色のゲル状物質――

 『マッド・スライム』だ。


 そいつがグニュリと微かに体を蠢かせ、俺たちの方へと方向を変えた。


(こっちに気づいたか)


 俺は即座に左腕の『鉄の小盾』を前方に構えて警戒姿勢をとる。


 次の瞬間、予備動作も何もなく、目の前の空間が強烈に歪んだ。


「――っ!?」


 ドッ!

 という重厚な水圧音が洞内に爆音となって響き渡る。


 思考が状況を認識するよりも早く、俺の構えた小盾に高圧の水の塊が凄まじい速度で激突していた。


 水属性攻撃魔法『ウォーター・ショット』。


 衝撃波は凄まじく、腕を通じて全身へ強烈な震動が駆け抜け、足元の泥が四方に吹き飛んだ。

 思わず体勢が崩れかけたが、高められた自身の耐久値と、ルミの『レジスト・バリア』による魔法ダメージ半減効果が、この土壇場で耐え切らせてくれた。


(喋ることのできない魔物だから当然だが、一切の言葉や身振りがなかった。……『無詠唱魔法』か。思った以上に厄介だな)


 * *


 事前の知識でマッド・スライムが無詠唱の遠距離魔法を使うことは知っていたが、実戦での不意打ちの圧力は想像以上だった。

 だが、どれほど強力な魔法であっても、魔力の再充填(クールタイム)が存在するため連続発射は不可能なはずだ。


「――その前に、始末させてもらう」


 俺は即座に粘土質の床を力強く蹴り、泥を跳ね返してスライムとの間合いを一気に詰めた。

 『疾風の剣』を滑らかに抜き放ち、身体の軸をブレさせずに真上から斜め下へと一閃する。


 ザシュッ!

 湿った快音が暗闇に響いた。


 本来、不定形の身体を持つスライムに対して物理的な斬撃は効果が薄い。

 しかし、俺の剣には常時【斬撃付与】の特性が宿っている。

 鋭利な不可視の刃は、不純物の混ざった茶褐色の肉体を何の抵抗もなく真っ二つに切り裂いた。


 核を探し出すのが困難な魔物だが、これだけの体積を一撃で分断してしまえば、核を直接破壊せずとも生命維持構造そのものが崩壊する。

 二つに割れたマッド・スライムは不気味な泡を吹き、そのままただの泥水へと還元されていった。


 * * *


「大丈夫だった……!? トオル君!」


「怪我はないですか、トオル君……!」


 後ろからアキラとルミが青ざめた顔で駆け寄ってくる。

 ランも不安そうに俺を見つめていた。


「ああ、問題ない。ルミの補助魔法のおかげで無傷だ。この先も警戒を緩めずに進もう」


 俺は二人に安堵の微笑みを向けると、再び先頭に立って歩き始めた。


 * *


 第二階層の構造は、第一階層のような分岐やループ回廊ではなく、一本の道が延々と奥へ続く構造となっていた。

 途中で何度も大きく曲がりくねってはいたが、迷う余地がないのは精神的にかなり楽だ。


 俺は一階層の地図とは別に用意しておいた二枚目の羊皮紙を取り出し、移動した距離と曲がり角の角度を大雑把に書き足していった。


 この一本道の回廊はどうやらマッド・スライムの生息域になっているらしく、その後も一定の間隔で一匹ずつ姿を現した。


 だが、無詠唱の『ウォーター・ショット』に対する初動の警戒を徹底し、間合いを詰めて【斬撃付与】で切り伏せるパターンを徹底したことで、苦戦することなく討伐を重ねた。


 道中で合計三匹のマッド・スライムを撃破し、着実にダンジョンを踏破していく。


 * * *


 ぬかるんだ足元に注意を払いながら四時間ほど歩き続けた頃、長かった一本道の通路がようやく終わりを告げ、少し開けた小部屋へと出た。


 アキラが俺の隣に来て松明の明かりを高く掲げ、部屋の奥を照らし出すと、そこには予想外の光景が存在していた。


「あ……トオル君、見て! 階段があるよ!」


 アキラが指差した先――石室の奥壁には、地下へと深くなるのではなく、あきらかに「上の階層へと登る石階段」が静かに刻み込まれていたのだ。


「上へ昇る階段……ですか? 下に降りるんじゃないんだ。不思議ですね」


 ルミが首をかしげ、不審そうに階段を見つめる。


 地下深くへ向かっていたはずの第二階層の行き止まりに設置された、『上り階段』。

 立体的な構造設計で探索者を惑わすつもりのようだ。


 俺は手元の羊皮紙に上り階段のアイコンを書き加えると、腰の剣の柄に手を置き、静かに思考を巡らせながら階段の先を見据えた。

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