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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第三章

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第77話 足手まといの奴隷

 立ち枯れた樹木が複雑に絡み合う陰に身を潜め、俺たちは息を殺して前方の開けた泥地を見下ろした。

 湿った風に乗って、水蒸気と重苦しい焦げ臭い匂いが漂ってくる。


 視界を覆う深い白霧の向こうで、巨体が泥を削る重厚な音が響いていた。


 そこに鎮座していたのは、直径八メートルにも及ぶ巨大な陸亀――『グレイト・ツリーズタートル』だった。

 甲羅にはびっしりと苔が生い茂り、低木すら根を張っているため、動いていなければただの小さな小山にしか見えないだろう。

 だが、その太い首からは蒸気が上がり、固い嘴(くちばし)は濡れた泥を噛み砕きながら不気味に開閉していた。


 前衛で刃を構えているのは、露出度の高いビキニアーマーを纏った女戦士ミランダだ。

 彼女は豊かな紫色の巻き毛を泥と汗で濡らしながら、荒い息を吐いていた。

 そして、彼女の左腕には、ぼさぼさの若葉色の髪をした痩せこけた少女――奴隷のランが小脇に抱えられていた。


 * *


「ゾモンじいさん、早くしろ! もう一発だ! こいつの甲羅は生半可な斬撃じゃ傷一つ付かないぞ!」


 ミランダが叫びながら、片腕だけで大剣を振るい、巨大亀の巨足から繰り出される泥の飛沫を払う。

 片腕が塞がっているため動きは明らかに精緻さを欠いており、巨亀の鋭い嘴がかすめるたびにヒヤリとさせられた。


 後方では、白髪の老人ゾモンが長い杖を両手で握り締め、深く低い声で呪文を紡いでいた。

 杖の先端に収束していく赤蓮の炎弾が、周囲の湿気を一瞬で蒸発させ、重苦しい熱波を吹き散らしていく。


「――穿て、『ファイヤーボール』!」


 ゾモンの短い喝声とともに、圧縮された炎の球体が空気を切り裂いて放たれた。

 赤熱した火球は曲線軌道を描き、ツリーズタートルの頑丈な甲羅の中央へと激突する。

 轟音とともに炸裂した炎は、岩石のごとき甲羅の表面を易々と破壊し、その内部の肉組織へと灼熱のダメージを叩き込んだ。


「グオォオオオン……ッ!」


 巨亀が鼓膜を揺らすような苦悶の声を上げ、長い首をのたうち回らせる。


 その隙を逃さず、ミランダが地を蹴った。

 少女を抱えたまま躍動した彼女の紫髪が宙を舞い、動きの鈍った巨亀の無防備な首筋へ、渾身の斬撃が振り下ろされる。


 分厚い皮膚が断ち切られ、大量の黒濁した血が泥中に噴き出した。

 巨体は短く身震いすると、そのまま地響きを立てて泥の中へと沈み込み、動かなくなった。


 * * *


(最初の一撃でダメージは与えたが倒しきれなかったため、同じ個所にもう一撃を叩き込んだのか……攻撃魔法使いは希少な上位職だと聞いていたが、あの火力を目の当たりにすれば納得だな)


 俺は樹陰からその光景を冷徹に観察し、心の中で思考を巡らせた。


 物理攻撃をほとんど寄せ付けない高耐久の魔物に対し、極めて高い決定力を持つ遠距離火力。

 詠唱中のスキを前衛が護る必要はあるが、パーティにおける魔法使いの存在価値を再認識させられる見事な一撃だった。


 だが、戦闘が終わり緊張が解けた直後、ポリッツの冷ややかな声が静寂を破った。


「……ミランダ。なぜ、その囮をかばって戦ったのですか?」


 茶色の前髪で目を隠した荷物持ちの男は、巨亀の死体には目もくれず、不快感を隠そうともせずにミランダへ歩み寄った。


「あなたの片腕が塞がってしまったせいで、我々は負わなくても良いリスクを負ってしまった。万が一あなたが負傷すれば、我がパーティの戦力は大幅にダウンするのですよ?」


「……見殺しにはできなかったんだよ。こんな小さな子を、目の前で噛みちぎらせるなんて真似はさ」


 ミランダは大剣を鞘に納め、抱えていたランをそっと地表に降ろしながら、苦い表情で言い返した。


「なるほど、くだらない母性本能という奴ですか。……はぁ、これは困りましたね、完全に想定外です」


 ポリッツは溜息を吐き、心底呆れたように首を振った。


「安いからという理由でこんな幼い少女の奴隷を買うべきではありませんでした。情が移らないよう、もっと醜悪で不快な見た目の男の奴隷にしておくべきだった」


 * *


 盾持ちの奴隷――

 それは冒険者間における極めて残酷な『使い捨ての消耗品』だ。


 戦闘では敵の狙いを分散させ戦いを有利に運ぶためのデコイ。

 強敵と対峙した際に、相手の最も強力な攻撃を被弾させれば大助かりだ。


 敵を消耗させる肉の壁。

 それが彼らに買い取られた奴隷の本来の用途だった。


「ミランダ、その奴隷を置いて行きなさい。買い与えた安物の盾も泥の中に沈んで紛失した以上、もう使い道はありません。ここで捨てていきます」


 ポリッツは冷淡にそう言い捨てると、返事も聞かずに歩き出そうとした。

 盾を失い、戦力としても価値を削ぎ落とされたランを、この魔物が徘徊する危険な湿地帯へ置き去りにするという宣告だ。


 葛藤に顔を歪めたミランダは、ふと視線を泳がせ、俺たちが潜んでいた樹陰の方角へと顔を向けた。


 * * *


「なあ……そこのあんた! 頼みがある! この子を拾ってやってくれないか!?」


 彼女の必死な叫び声に、ポリッツも足をとめ、前髪の奥からこちらを振り返った。


 彼らと接触する気はなかったが、これ以上隠れ続ける理由もない。

 俺はアキラとルミに手短に合図を送り、ゆっくりと木の陰から足を踏み出した。


 ぬかるんだ泥を踏みしめる音が、湿地帯の重苦しい空気の中に響く。


「その子の引き取りか? 俺は別にかまわんが……そっちのリーダーはそれで良いのか?」


 俺はポリッツの顔を覗き込みながら、静かに問いかけた。


 これは単なる人道上の問題ではない。

 この世界のシステムにおいて、他人の所有物である奴隷を勝手に連れ去れば、罪人として『盗賊』という不名誉な職業が強制的に付与されるリスクがある。


 所有者であるポリッツからの明確な『所有権の放棄』を宣言させることが絶対条件だった。


「……別にかまいませんよ。私が捨てたゴミを誰が拾おうが、こちらが干渉する筋合いはありません」


 ポリッツは関心なさそうに手を振った。


「それに、この戦闘能力のない足手まといをあなた方に押し付けられるなら、我がパーティにとっても好都合ですしね。ふふっ、行軍速度は落ち、食料の消費も増え、戦闘での足枷になる。……ははっ、これはいい、戦略的に極めて理にかなっています。――昨日観察させていただいた限り、あなたは噂ほど冷酷な人間ではないようですし」


 ポリッツの目が、前髪の奥で不気味に細められた。

 彼は俺たちにランという『重荷』を背負わせることで、今後の探索における競争相手の『速度』を削ごうと計算しているのだ。


「あんたは思った通り、かなりの策士のようだな。……だが、ここは敢えてその策に乗ってやろう」


 俺は短く鼻で笑い、申し出を受け入れた。


 ポリッツの計算は合理的だが、俺たちには【アイテムボックス】による物資保管能力があり、少女一人分の食料の消費分など痛くも痒くもない。

 何より、こちらのパーティのアキラとルミは最初から非戦闘員――戦闘における足手まといが一人増えたところで、許容できる範囲内だ。


 * * *


「この子のこと……お願いね」


 ミランダが安堵と申し訳なさが入り混じった複雑な表情で、ランの小さな体を俺の方へと押し出した。

 泥に汚れた若葉色の髪の少女は、怯えたように肩を震わせている。


「ああ。昨日はあんたの素晴らしい身体を楽しませてもらったからな。その分の借りはこれで帳消しだ」


 俺が淡々と告げると、ミランダは一瞬で耳まで真っ赤に染まり、「な、何を言って……っ」と絶句して明後日の方向へとそっぽを向いた。


 その後、俺はポリッツと短く言葉を交わし、彼らを先行させる形で合流を避ける合意を取った。

 強敵を倒した彼らに先を行く権利を認め、俺たちはここで十分な休憩を挟んでから出発することにしたのだ。


 背後から同じルートを追う形になるが、こうして時間を置けば狭い沼地での無用な諍いやギクシャクしたトラブルを回避できる。


 急いて事故を起こすより、時間を置いて追尾する方が遥かに合理的だ。


 * *


「大丈夫だよー、怖くないからね。ほら、お水飲む?」


「干し肉もあるよ。お腹空いてるでしょ?」


 少し離れた乾いた倒木の上で、アキラとルミが怯えるランに寄り添い、優しく声をかけていた。

 竹筒の水と柔らかく解した干し肉を渡すと、少女は最初こそ警戒していたものの、空腹に耐えかねたように小さな口で食らいつき始めた。


 アキラの社交性とルミの穏やかな空気感のおかげで、ランの強張っていた表情が少しずつ柔らかくなっていくのが見て取れる。

 精神的なケアや身の回りの世話は、彼女たち二人に任せておくのが最も効率的だろう。


 俺は『疾風の剣』の柄に手を置き、湿地の深部から吹いてくる冷たい風を感じながら、ポリッツたちの気配が完全に遠ざかるのを待った。


「さて……そろそろ出発するぞ」


「うん! 一緒に行こう、ランちゃん」


 俺の短く短い号令に、アキラとルミがランの手を優しく引いて立ち上がる。

 薄い白霧が漂う不気味な沼地の中を、俺たちは静かに奥へと足を進め始めた。

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