第75話 乗り合った冒険者パーティ
バザルの冒険者ギルドをあとにした俺たちは、まず広場の雑多な露店へと足を向けた。
立ち並ぶ露店のひとつで、頑丈に編み込まれた釣り竿のセットを三つ買い揃える。代金は銅貨六枚。
『白霧の洞窟』最深部で『桃脂ナマズ』を獲るという目的がはっきりしている以上、道具の準備に抜かりがあってはならない。
目的のダンジョンがある『白霧の洞窟』は、このバザルの町から南東へ徒歩三日ほどの距離に位置していた。
俺たちは時間を節約し体力を温存するため、街道口に停められていた乗合馬車の御者と交渉し、途中の『ダルム村』までの乗車賃として銀貨五枚を支払って乗り込んだ。
* * *
木製の車輪が石畳を叩く重々しい音とともに、乗合馬車はバザルの東門を抜けて平原の街道へと滑り出した。
初日の道のりは、見渡す限りの緑が広がる平原を進むルートだ。
本来であれば、舗装の甘い街道を進む馬車は激しく揺れ、乗っているだけで腰や体力を削られる。
だが、俺たちの席は恐ろしいほどに快適だった。
「大地の聖霊よ、我らの歩みに恵みと喜びを。その足取りに軽やかな加護を――『スムーズ』……っと。トオル君、揺れはどうかな?」
隣に座るアキラが、得意げな笑みを浮かべながら小声で尋ねてくる。
彼女が唱えた生活補助魔法『スムーズ』の膜が俺たちを覆い、地面から馬車の座席に伝わる不快な突き上げをほとんど打ち消していた。
「完璧だ、アキラ。おかげで全く疲れないな」
俺が短く褒めると、アキラは「えへへ」と嬉しそうに胸を張り、反対側に座るルミも小さく微笑んだ。
快適な車内だったが、俺はふと漂う微かな違和感に気づき、対面に座る先客の冒険者パーティへと視線を向けた。
彼らもまた、バザルの街道口から一緒に乗り込んできた四人組のパーティだ。
このタイミングで『ダルム村』行きの馬車に乗っているのだから、恐らくは領主の告げたナマズの件を聞きつけ、同じ目的地を目指している者たちだろう。
(領主が現れお触れを出した時に、運よく冒険者ギルドにいた者ほど先行できる。運も実力の内というわけだ)
だが、その四人の車内での様子は、明らかに常軌を逸していた。
茶色の前髪で目を完全に覆った、気弱そうな男――リーダーらしき荷物持ちの男の隣で、紫色のロングヘアをなびかせた女戦士が座っている。
露出度の高い豪快なビキニアーマーからは、鍛え上げられつつも豊かな胸元と張りのある太ももが惜しげもなく晒されていた。
そして、その女戦士の身体を、前髪の男と、隣に座る白髪の老魔法使いが、平然とした顔で慈しむように撫で回していたのだ。
男たちの粗野な手がビキニアーマーの隙間に潜り込み、柔らかい肉を揉みしだくたび、女戦士は小さく熱い吐息を漏らしている。
その足元には、ぼさぼさの若葉色の髪で痩せこけた、革の首輪を嵌められた奴隷の少女が小さく丸まっていた。
(男女混合のパーティなら、そういう関係性や割り切りもあるのかもしれないが……乗合馬車の中で見せつけるような真似をするとはな)
アキラとルミもその異常な光景に気づいたようで、頬をぽっと赤く染め、気まずそうに視線を窓の外へ泳がせていた。
俺は彼女たちの動揺を察しつつも、深入りするつもりはなかった。
余計なことに首を突っ込んでエネルギーを消費するのは愚の骨頂だ。俺は軽く目を閉じ、背もたれに身を預けて体力の温存に専念することにした。
* * *
馬車は順調に進み、夕刻過ぎにバザル南東の足掛かりとなる『ダルム村』へ到着した。
湿地帯特有の生ぬるい風と、湿った草の匂いが漂う小さな村だ。
ここから『白霧の洞窟』までは、徒歩で一日かかる。
俺は村長と速やかに交渉し、村の広場の一角を借り受ける許可を得た。
手際よく自分たちの大型テントを設営し、荷物の整理をしていると――同じく広場にテントを張り終えた例の男が歩み寄ってきた。
「初めまして。あなた方も、あの領主様が公募された『桃脂ナマズ』を狙いに行かれるのですか?」
前髪の間から覗く口元に、気弱そうな、どこか貼り付けたような笑みを浮かべたポーターの男だった。
「ああ、挑戦してみようと思っている」
俺が短く答えると、その男はどこか親しげな態度で、自らのパーティメンバーを指し示しながら紹介し始めた。
「私はポリッツ。このパーティのリーダーで、スキル『アイテムボックス』を持つ荷物持ちです。こちらが女戦士のミランダ、火魔法使いのゾモン。そして最近、死んでしまった前の盾持ちの代わりに買い直した奴隷のランです」
ポリッツが一通りの情報を自ら開示してきた以上、こちらだけが無言を貫くのは不審を買い、無用な警戒を生む。
俺は相手の情報を吟味しながら、こちらの情報を適切に秘匿しつつ口を開いた。
「俺は『剣士』のトオルだ。で、残りの二人は――『アイテムボックス』を持っている『荷物持ち』と、『特殊魔法』の使い手だな」
嘘は言っていない。
アキラの『アイテムボックス』も、ルミの特殊な補助魔法適性も事実だ。
しかし、パーティの真の戦力やスキルの詳細までは絶対に明かさない。
* *
「へぇ……白霧の洞窟の推奨ランクは『B』なのですが、三人で挑むのですか? 新人のわりには凄い自信ですね。噂通りだ」
ポリッツが感心したように息を吐く。
冒険者ランクはSからGまで存在し、巨石遺跡を攻略した俺たちのランクは現在『F』に上がったばかりだった。
ランクはあくまでギルドへの貢献度や実績の目安であり、個人の真の強さを正確に表すものではないが、相手から見れば格下に映るのだろう。
「まあな。だが危険があれば無理はしないつもりだ。……ところで、俺のことを知っていたのか?」
「ええ、何かと有名人ですからね。ふふっ、バザルの冒険者であなたを知らない者はいないでしょう」
ポリッツの目が、前髪の奥で妖しく光った気がした。
悪名がここまで浸透しているのは不快ではあるが、交渉上の手札としては利用できるかもしれない。
「では、事前の取り決めはどうしますか? 通常であれば『戦闘中の手出し厳禁、危機的状況での要請に応じた協力』がセオリーですが……今回はどのような状況であれ、一切の手出し・干渉なしで行きませんか?」
(へぇ、事前の取り決めなんかがあるのか。他のパーティと目的がかぶると、どうしてもトラブルは発生するからな。未然に防ぐ知恵だろう)
ポリッツの提案の意図は明白だった。
俺の『バザルの卑劣漢』という不名誉な称号を警戒し、背後から刺されるリスクや、法外な協力金の要請を排除したいのだ。
こちらにとっても、怪しげなC級パーティと不必要な連携を組むリスクを避ける絶好の口実になる。
「それで構わない。お互い完全不干渉でいこう」
「話が早くて助かります」
ポリッツは満足そうに頷くと、左右を見渡し、少し声を落として本題を切り出してきた。
* * *
「……では、ここからが本題なのですが」
「本題?」
「ええ。うちの女戦士ミランダをそちらに貸し出しますので、そちらの可愛い女の子を一人、私に貸し出していただけませんか?」
突拍子もない提案に、俺は眉をひそめた。
アキラやルミをこんな不気味な奴に渡すなど、思考の選択肢にすらない。
「なかなか魅力的な提案だが、お断りするよ。……連れを差し出す気はない」
俺が即座に拒絶すると、ポリッツは気分を害した様子もなく、むしろニヤリと歪んだ笑みを深めた。
「そうですか。では提案を変えましょう。こちらが無償で、一方的にミランダを貸し出します。ただし、体を触って楽しむだけ、『挿入』は厳禁です。避妊具をお持ちでしたら別にかまいませんが――ふふっ、どうですか?」
「……どういう意図だ? 何の得があってそんなことをする」
見返りなしの貸し出し。
タダより高いものはない。
俺が鋭く問い詰めると、ポリッツはうっとりとした表情で己の胸に手を当てた。
「なに、私の趣味ですよ。自分のパーティの女が他人に触られ、弄ばれている姿を鑑賞するのが、堪らなく好きなのです」
「……いい趣味をしているな」
どうやら、歪んだ性癖の持ち主のようだ。
だが、ここで完全に突き放して拒絶すれば、「卑劣漢のくせに、女の体に怯えたのか? ――せっかくのチャンスにビビって逃げたぞ」と舐められ、今後の探索で不要なマウントを取られる可能性がある。
相手の牽制と不気味な探りに対し、こちらの手腕を見せつけて分からせるのも悪くない判断だ。
(ジョブを『遊び人』に切り替えて能力を特化させたいところだが……胡散臭い相手が側にいる中で、戦闘能力を落としたくはない。それに、短時間での頻繁なジョブチェンジは体に余計な負荷がかかる。――剣士のままでいくか)
現在の『剣士』状態でも、ステータスには技量(+5)の補正がかかっている。
さらに、固有スキル【女たらし】による技量(+2)の補正が加われば、計(+7)の技量補正だ。
女の体を弄り、快楽を与える技術としては、これだけでも十分すぎるお釣りがくる。
* * *
「分かった。そこまで言うなら、お前の趣味に付き合ってやろう」
俺はポリッツたちのテントの手前、かがり火の明かりが仄暗く照らす影へと移動した。
差し出されたミランダは、こちらを睨みつけながらも、甘い匂いを漂わせながら俺に身体を預けてくる。
(ポリッツの趣味に付き合わされることに慣れている感じだな)
俺は躊躇することなく、ミランダのビキニアーマーの上から、そして肌の露出した滑らかなウエストや太ももへと手を滑らせた。
これまでの経験から、どこをどのように圧迫し、どのような速度で撫で上げれば女性が最も心地よい快楽を得られるかが、手に取るように理解できる。
「あっ……んぁっ!?」
指先でツボを正確に捉え、絶妙な力加減で肉を揉みほぐすと、ミランダの口から甲高い歓声が漏れた。
彼女の引き締まった腹筋が痙攣するように震え、豊かな胸が激しく上下する。
俺の洗練された指使いと手圧の緩急に、ミランダは瞬く間に瞳をトロリと濡らし、俺の肩にしがみついて腰を浮かせ始めた。
「くっ……! は、はぁ……すごい……何これ、指が……っ!」
バックで見守っていたポリッツと老魔法使いゾモンが、息を呑む音が聞こえた。
「ほう……むふぉふぉふぉ」
「これは素晴らしい手つきだ……ミランダがここまで一瞬で落ちるとは」
相手の男たちが感心と興奮の混ざった吐息を漏らし、完全に俺の技術に圧倒されているのを確認すると、俺は引き際を見極めてミランダの身体からスッと手を離した。
解放されたミランダは膝から崩れ落ち、熱い息を吐きながら地面にへたり込んだ。
「約束通り、堪能させてもらったぞ」
言葉少なに告げ、俺は余韻に浸る彼らを置いて、自分たちのテントへと戻った。
* *
テントの入り口をくぐると、中で待機していたアキラとルミの冷ややかな視線が一斉に俺へと注がれた。
「トオル君……サイテー。ぶーぶー」
「私たちが目と鼻の先にいるのに……浮気なんて……、む~」
味方からブーイングされてしまった。
二人は両頬をふくらませ、あからさまに不満気な表情で抗議してきた。
かがり火越しに漏れていたミランダの吐息や切なげな声は、当然この狭いテント内にも丸聞こえだったのだ。
「あそこで断ったら、あいつらに下に見られて舐められるだろ。売られた喧嘩は買わないと臆病者として侮られる。――仕方なかったんだ」
俺は波風を立てないよう適当な理由を並べて二人をなだめると、毛布を引っ張り上げて横になった。
「さあ、明日は朝から『白霧の洞窟』の攻略だ。無駄な体力を使わずに早く寝るぞ」
不満げに鼻を鳴らすアキラとルミを横目に、俺は目を閉じ、明日対峙することになる湿地帯のモンスターへのシミュレーションへと意識を切り替えていった。




