第67話 四人組への鉄拳制裁
バザルの町へと戻った頃には、太陽はすでに頭上を少し過ぎ、昼過ぎの傾きを見せ始めていた。
空腹を感じないわけではなかったが、この異世界の庶民にとって一日二食という生活習慣は至極当たり前のものだ。
街を行き交う人々の喧騒に混じりながら、俺とアキラは足を止めずに歩を進めた。
「まずは冒険者ギルドに寄っていくか」
「うん、情報料の受け取りだね。ちゃんと支払われるといいんだけど……」
アキラが少し不安そうに首を傾げる。
先日、俺たちがギルドに提供したダンジョン攻略に関する情報――その真偽は、ギルド経由で教会へと持ち込まれ、厳密な判定を受けているはずだった。
* * *
冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けると、特有の雑多な匂いが鼻腔を突いた。
酒と汗、それから金属磨きの油が入り混じった独特の熱気だ。
受付の女性に用件を告げると、彼女は確認のために書類を少し繰った後、真摯な面持ちで奥の別室を指し示した。
指定された部屋に入り、用意されていた木製の椅子に腰を下ろしてしばらく待つ。
重い足音とともに扉が開いた。
姿を現したのは、大きな体躯を揺らす男――
ギルドの新人指導員であるガルツだった。
身長一九〇センチを超える肉体は鎧の上からでも筋骨隆々であることが分かり、顔の右半面に刻まれた古い傷跡と右目の眼帯が、彼が修羅場を潜り抜けてきた元Bランク冒険者であることを無言で物語っている。
(……また、こいつか。――ひょっとして、俺たちの担当なのか?)
内心で少しばかり嫌だなと感じていると、ガルツの方も隠そうともせず、不機嫌そのものの不快感を顔に刻んでいた。
彼は眼帯のない左目で俺を鋭く射抜くと、乱暴に腰の鋼鉄メイスを鳴らしながら歩み寄ってきた。
「確認の結果、貴様が提供した情報はすべて真実であると判明した。規定に則り、情報提供料を支払う」
低い声で吐き捨てるように言うと、ガルツはズシリと重い音を立てて金貨の入った革袋を机の上に置いた。
枚数は金貨十三枚。
(高ランク冒険者パーティが隠し部屋のボス戦をクリアすれば、最低でも金貨二十枚は手に入る)
こちらが提供した情報の対価としては、妥当な金額だと思う。
ガルツは俺のことを忌々しげに一瞥すると、一言の雑談も交わすことなく、背を向けて部屋を出て行った。
* *
「……相変わらず、ものすごく態度の悪い人ね」
パタンと扉が閉まった後、アキラが溜息をつきながら呆れたように呟く。
「気にするな。金が手に入ったんだ。相手の態度なんてどうでもいいさ」
本当は『嫌だな』とは思っていたが、わだかまりを引きずっていても良いことはないだろう。
俺は机の上の革袋を持ち上げ、重みと手応えを確認してから【アイテムボックス】へと格納した。
これで財布の金貨は三十枚から四十三枚へと膨れ上がることになる。資金の余裕は、そのまま冒険者としての選択肢の広がりを意味していた。
ともかく金は手に入れた。
もうここに用はない。
* * *
ギルドの建物を後にし、石畳の街道へと踏み出した直後のことだった。
「……ん?」
視線の先に、見覚えのある集団の姿を捉えた。
バザルの町で冒険者として活動しているはずの、俺たちの元クラスメイトである男子生徒四人組だ。
リーダー格の佐藤翔太、その側近である木村健一、そして常に彼らの後ろに控えている手下の西村と三木。
(――どれ、こいつらも少しは成長したかな?)
俺はそんな好奇心から、相手に悟られないよう軽めに『鑑定』を発動させた。
名前と職業だけなら問題ないだろう。
それに――
気づかれて因縁をつけられたところで、簡単に武力制圧できる相手だ。
【鑑定結果】
佐藤翔太:荷物持ち Lv3
木村健一:荷物持ち Lv3
西村繁 :荷物持ち Lv3
三木宗則:荷物持ち Lv3
頭の中に浮かび上がった情報を見て、俺は小さく眉をひそめた。
全員のメイン職業が『荷物持ち』へと変わっていたからだ。
おそらくは、既存の冒険者パーティの雑用や荷物運搬を日常的に手伝っていた結果、システムによって行動に即した職業へと自然に移行・変更されたのだろう。
(佐藤と木村は『軽業師』という初期ジョブだったはずだが、それは綺麗さっぱりと消えている。ジョブは使っていないと消える仕様なのか?)
俺がそんな分析をしていると、奴らもこちらに気が付いた。
* *
「あっ、渡辺じゃないか! 奴隷商から出られたってのは、本当だったんだな!」
佐藤と木村が俺の存在を完全に無視し、弾けたような声を上げてアキラへと駆け寄ってきた。
アキラはあからさまに嫌そうな表情を浮かべ、一歩引くように距離を取りながら、「まあ、ね」と短い返答を返した。
彼女が借金のために奴隷商に売り払われた経緯を思えば、快く思えるはずもない。
だが、その借金自体が自分たちを含めたクラス全員の生活費を賄うためのものだったという事実があるため、強く糾弾することもできず、複雑な胸中が窺えた。
一方、後ろに控える西村と三木は、俺と目が合うなり無言で顔を強張らせ、忌々しそうに睨みつけてくる。
以前、理不尽な要求をしてきた際に拳で分からせてやったのだが、どうやら反省したわけではないらしい。
佐藤や木村という「盾」が前にいることで、気が大きくなっているのだろう。
かなりの重傷を負わせたはずだが、既に回復しているようだ。
『傷薬』という便利アイテムが銅貨五枚で売っている世界なので、大怪我がたちどころに治っていても不思議ではない。
* *
話しかけられた以上、無視するわけにもいかない。
アキラは溜息を呑み込み、彼らに問いかけた。
「そっちはどうなの? 奴隷商にいる他の皆を買い戻す目処は立ちそうなの?」
その問いを受けた瞬間、四人の顔が一気に曇り、不満と徒労感に満ちた表情へと変わった。
「そんな甘いもんじゃないんだって、この異世界での生活は……! 他のパーティの傘下に入って荷物持ちとして必死に働いて、レベルだって3まで上がったのに、ステータスが全然伸びないんだよ。くそっ!」
木村が吐き捨てるように言う。
続けて佐藤が、自身の能力に対する苛立ちを隠そうともせず声を荒らげた。
「俺のスキル『アイテムボックス』だって、まったく使い物にならなかったしな……!」
「一応、物は入るんだけどさ。入れるのにすごく時間がかかるし、めちゃくちゃ疲れるんだよ。長く保存もしておけないし……ぶっちゃけ欠陥スキルだろ、これ」
三木が同調するように肩をすくめる。
「レアスキル持ちだって最初は周りから持ち上げられてたけど、この前なんて散々だったんだぞ。狩りの最中に『プラトー・ブル(平原大牛)』って魔物の群れから一匹を引き剥がして、先輩冒険者が倒したんだ。でも、佐藤のスキルがあるから荷車を持っていってなくて……そしたら……」
「途中で力尽きて、吐き出しちまったんだよ! 獲物の死体がそのまま転がり出てさ、もう一回入れようとしたけど無理で……結局持ち帰れずに肉は放置する羽目になった。きつかったんだから仕方ないだろ!? なのに、ポテドンの奴にめちゃくちゃぶん殴られてさ……」
佐藤たちが口々に『ポテドン』という人物への愚痴と悪口をぶちまけ始める。
* *
(……なるほどな。こいつらは、俺がオルト村でクリアしてきた課題に、今まさに直面しているわけか)
俺は彼らの愚痴を聞き流しながら、冷静に事象を分析していた。
佐藤は『アイテムボックス』を欠陥スキルだと断じていたが、それは早計というものだ。本質はそこではない。
スキルそのものに性能差があるわけではなく、単に『使い慣れているかどうか』の違いに過ぎない。
俺自身、最初から巨大な獲物を収納できたわけではない。
まずは小さなアイテムや獲物から徐々に容量と感覚を掴み、魔力の消費速度と限界を身体で覚えていった。
魔法使い職で潜在的に魔力操作に長けているアキラは、例外的に上達が早いようだが、基本的には使い慣れるまで時間がかかる。
対して佐藤は、ろくに練習も熟練度も上げないまま、いきなり数百キロもある巨牛『プラトー・ブル』を丸ごと格納したらしい。
結果、急激な魔力消費と負荷に耐えきれず、身体が悲鳴を上げて吐き出す羽目になったのだ。
使い手の無知と過信が生んだ、当然の失敗と言えた。
* * *
「ポテドンのやろう、マジで生意気だよな。俺たちの苦労も知らないでさ」
「金払いも悪いし、ケチなんだよ。ドケチ! こんなに頑張って働いてるのに、分け前が四人で銅貨四枚って、ふざけてるだろ」
ポテドンというのは、彼らを受け入れているC級冒険者パーティのリーダーなのだろう。
どんな男かと思えば、きっと頭の禿げ上がった、肉付きの良い巨漢に違いない。
なぜそこまで具体的に想像できるのかと言えば――
「おい、お前ら……」
その頭の禿げ上がった肉付きの良い巨漢が、いつの間にか木村たちの真後ろに仁王立ちしていたからだ。
地獄の底から響くような地声に、元クラスメイト四人の顔色が瞬時に土気色へと変わった。
「ひ、ヒィッ……! ポ、ポテドンさん……!?」
「人の陰口を叩くなって、何度も言ってるよな? なあ、おい……何度も、何度も、何度も、何度も。文句があるなら、この俺に直接言えって――来い、後ろでじっくり話を聞いてやる」
ポテドンと呼ばれた巨漢は、太い腕で佐藤と木村の首根っこを掴むと、まるで仔犬でも扱うかのように、そのままギルドの建物脇の路地裏へと引きずっていった。
西村と三木も青ざめた顔で、その後を追わざるを得ない。
「ちょ、待ってください、ポテドンさん! 誤解なんです!」
「暴力は、暴力は駄目です! 俺たち、話せば分かりますから!」
間もなくして、路地裏からドカッという鈍い打撃音と、「ぎゃあぁっ!」「すみません!」という悲痛な悲鳴が響き渡った。
打撃音は何度も続き、「安心しろ、後でちゃんと傷薬で治してやるからな。歯を食いしばれ!」という声が重なる。
ポテドンという男の表情には、単なる理不尽な怒りではなく、礼儀や厳しさを叩き込もうとする指導者としての熱がこもっていた。
生意気な態度が抜けない新人を、なんとか鉄拳制裁で叩き直そうとしている最中なのだろう。
* *
「……行こうか」
「う、うん……そうだね」
俺とアキラは一瞬だけ路地裏の方へ視線を向けたが、深入りする気は毛頭なかった。
自業自得の悲鳴を背景に聞き流しながら、俺たちは次の目的地へと向けて、静かに歩みを進めた。




