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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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 番外編 虚飾の勝利

 (佐藤翔太の視点)


 冒険者ギルド系列の安宿の一室には、どんよりとした湿気と、木材が腐敗していくようなカビ臭い匂いが充満していた。


 ギシギシと不快な音を立てる傾いたベットに腰を下ろし、俺――佐藤翔太は、イライラと爪を噛みながら目の前の二人に鋭い視線を向けた。


 部屋の隅で縮こまっているのは、俺の子分である西村と三木だ。


「……で? 常盤の野郎を見失っただと?」


 低く抑えた声で問い詰める俺の言葉に、二人はびくびくと肩を揺らした。


 この世界に転移してきたとき、俺は自分が物語の主人公だと確信していた。


 だが、現実は甘くなかった。

 満足な装備も買えず、こうして日陰の安宿で泥のように眠る日々だ。


 それに対して、あの陰キャだった常盤の野郎はどうだ。

 奴はいつの間にか上等な『業物』を腰に下げ、余裕のある面でこの街を歩き回っている。


 あの剣さえ奪い取れば、俺たちが一気にこの世界の頂点へと成り上がるための強力なカードになるはずだ。


 * *


「あいつから『あの剣』を奪う。それがこの世界で成功するための条件だ。なんとしても探し出してこい」


 俺は床を蹴りつけ、吐き捨てるように二人に命じた。


「そ、そうはいっても、あいつ、どこにいるのか……この宿にはいなかったし」


 役に立たない三木が、語尾を濁しながらそんな間抜けな言い訳を口にする。

 俺の胸の中で、焦燥感と苛立ちが黒く渦巻いた。


「使えない愚図どもが……」


 舌打ちを漏らした俺の横から、爽やかな顔立ちをした健一が口を開いた。


「そうだな。あいつ、ギルドに来てたってことは、冒険者としてやっていく気なんだろ? だったら、そこで待ち伏せしてたら来るんじゃないか」


 健一の言葉に、俺はパッと視界が開けるような感覚を覚えた。


 そうだ、健一は相変わらず気が利く。

 役に立たない二人に比べて格段に頭が回る。


「だな。朝から見張ってれば、向こうから来るだろ」


 俺はニヤリと唇を歪めた。方針は決まった。

 一晩寝て、明日ギルドで目立たないように奴を張り込むのだ。


 * * *


 翌朝の冒険者ギルドは、早朝独特の冷気と、出発を控えた冒険者たちの放つ荒々しい熱気が混ざり合っていた。


 酒と金属の匂いが漂うギルドの片隅で、俺たちは身を潜めるようにして入り口の大扉を監視していた。


 そして、俺の想定通りに奴は現れた。


 常盤は周りの冒険者たちの殺気立った視線など意にも介さず、悠然とした足取りで受付へと歩いていく。


 整えられた革装備、腰に差した『あの剣』の鞘が、差し込む朝日を反射して輝いているのが心底不愉快だった。


 陰キャでボッチのくせに――。


 常盤が受付で何かを確認した後、掲示板の方へ移動し、貼り紙をチェックしたのを俺は見逃さなかった。

 奴はそのままギルドの外へと出ていく。


「つけてこい。チャンスがあれば話しかけて、剣を奪って来いよ」


 俺は背後に待機させていた西村と三木に素早く命じた。


「四人で行かないのか?」


 不安そうに首をかしげる西村に、俺は不快感を隠さずに冷たい視線を向けた。


「奴が何をしているのか確認する。お前らはやるべきことをやれ。今度は見失うなよ」


「ひっ……わ、分かったよ!」


 二人は慌ててギルドの扉を押し開き、常盤の後を追って飛び出していった。


 間抜けな配下二人を使いに出した後、俺と健一は常盤が立ち寄っていた掲示板へと歩み寄った。


 無数の依頼書や貼り紙が並ぶ木製ボードの前で、健一が一枚の羊皮紙を指さした。


「おい、これじゃないか?」


 そこに書かれていた内容を目にした瞬間、俺の頭の中で何かがブチりと弾けた。


 * * *


『パーティメンバー募集――』


(……は?)


 常盤の奴は――

 生意気にもこの街で、一緒に冒険する仲間を募集していたのだ。


 自分だけで一人前に冒険者気取りをするだけでも腹が立つのに、パーティのリーダーとして仲間を従えようとしていただと?


「許せねぇ……陰キャの分際で仲間を募集とか……殴り殺してやりてぇぜ! 誰の許しを得て、こんな真似をしてやがる」


「ほんとにな。何様のつもりなんだ、あいつは……」


 健一も憤怒に顔を歪ませている。

 俺たちの胸に燃え上がったのは、凄まじい正義の怒りだった。


 被害者である俺たちがこんな泥臭い生活を強いられているのに、奴だけが順風満帆に仲間を集めて冒険に出るなど、断じて許されるはずがない。


「奴の予定を、徹底的に叩き潰してやる」


 俺たちは持ち前の高いコミュニケーション能力を駆使し、ギルド内にいる冒険者たちへ次々と話しかけていった。


 酒を飲む強面の戦士や、手持ち無沙汰にしている荷物持ちの元へ笑顔で近づき、親しげに会話を交わす。

 そして、会話の端々に毒を混ぜ込んだ。


『トオルって名の冒険者を知ってますか? この町に来たばかりの新人なんですけどね――あいつ、オルト村で自分だけが助かるために、仲間を捨て駒に使って見殺しにした酷い奴なんですよ』


 さらに、自分たちの好感度アップも忘れない。


『俺たちはあんな卑劣な奴とは違って、この街で生き残るために必死に努力してきたんです』


 冒険者たちは、この手の情報に敏感だ。

 悪評は酒場の噂好きどもを通じて一気に広まっていった。


 * * *


 昼過ぎ――

 冒険者ギルドに戻ってきた西村と三木の顔は暗かった。


「あいつ、予想以上に用心深くてさ。隙がなかったんだ」


「俺たちが親切に話しかけてやったのに不愛想でさ。喜ぶどころか、煽るような態度を取ってきたんだよ。それで、カッとなっちゃって……」


 結局、プランAである『剣の強奪』は上手くいかなかったらしい。


 だが、俺は苛立つどころか、口元に笑みを浮かべていた。

 俺と健一が進めていたプランBは、想像以上の成果を上げていたからだ。


「剣のことは一旦保留だ。それよりも、お前たちも手伝え」


 俺たちは四人総出で、常盤の悪評をギルド中に振りまき続けた。

 常盤がいかに陰湿で仲間を犠牲にする悪人であるか、そして俺たち四人がいかに前向きで有能な期待の新星であるかを、事あるごとに言い触らしたのだ。


 その結果、ギルドの空気は劇的に変わった。


 常盤の名前が聞こえるたびに冒険者たちは不快そうに顔を歪め、逆に俺たちが通りかかると「頑張っている新人たち」として温かい視線が向けられるようになった。


 そしてついに、俺たち四人のステータスウインドウには【頑張り屋の新人冒険者】という称号が刻まれたのだ。


 俺の心は、久々に喜びに満ち溢れていた。


 圧倒的なコミュ力とカリスマによって、生意気な陰キャ・常盤は皆から卑怯者として嫌われ、俺は正当な評価を得ることができたのだ。


 自分の策略が完璧にハマり、世界を思い通りに動かしているという絶頂感。


 脳髄からあふれ出す快楽と興奮が、全身の血を熱く滾らせて止まらない。


「気持ちぃい~! 最高だぜ!!」


 俺は安宿の薄汚い天井を見上げ、腹の底から歓声を上げた。


 奴の鼻を明かしてやったのだ。

 俺こそが、この異世界の真の主人公だ。


 * * *


 次の日の昼前――。

 活気あふれる冒険者ギルド。


 俺たちは柱の影から、受付に立っている常盤の背中を観察していた。


 受付嬢が申し訳なさそうな、しかしどこか冷ややかな表情で常盤に告げる声が聞こえてきた。


「先日出していただいたパーティメンバー募集の件ですが……大変申し上げにくいのですが、現在志願者は一人もおりません」


「……そうですか」


 常盤の静かな返答が響く。

 その瞬間、俺の胸に溜まっていた暗い快感が最高潮に達した。


 絶望したか?

 誰も仲間になってくれない恐怖に怯えたか?


 俺は勝ち誇った笑みを浮かべ、柱の影から堂々と足を踏み出した。

 そして西村と三木をけしかける。


「ハハッ! 当たり前だろ! お前みたいな奴と組む物好きが、この街にいるわけねえだろ!」


「残念だったな、常盤。俺たちがギルド中の冒険者に触れ回ってやったんだよ」


 俺の合図通り、西村と三木が常盤の前に立ちふさがり、高らかに勝利宣言を叩きつける。


「こいつはオルト村で仲間を捨て駒にして自分だけ生き残った酷い奴だってな。お前がどんなに良い条件で募集を出そうが、誰も応募なんてしてこねえよ。ひゃははははっ! ざまぁ!!」


「お前に殺されたクラスメイトが何人いると思ってる! 仲間を犠牲にして良い装備を着込んで気取ってんじゃねーぞ!」


 俺と健一は腕を組み、少し離れた位置からその光景を冷笑しながら眺めていた。


 格下の陰キャと直接言葉を交わす必要などない。

 奴の相手など、配下の二人で十分すぎる。


 俺が待ち望んでいたのは、奴が顔を真っ赤にして泣き叫ぶ姿だ。


 自分の企みが打ち砕かれ、みっともなくキレて俺たちに怒鳴り散らし、跪いて許しを請う惨めな負け犬の姿だ。


 さあ、見せてみろ。

 お前の絶望したツラを――!


 しかし。


「……そうか」


 常盤は、一切の感情を削ぎ落とした声でボソリと呟いただけだった。


 * *


 怒るでもなく、動揺するでもなく、悲しむでもない。


 まるで足元に転がる小石か、羽音を立てる羽虫でも見るかのような、完全に無関心な視線を一瞬だけこちらに向け――そして、そのまま興味を失ったようにギルドの出口へ向かって歩き出した。


「……は?」


 俺の脳内が一瞬で真っ白になった。


 なぜ泣き叫ばない?

 なぜ怒らない?


 なぜ、俺たちに突っかかってこないんだ!?


 俺が仕掛けた完璧な罠によって、お前はすべてを失い、この街で孤立したんだぞ!?


 なのに、なぜそんな「お前らなど最初から視界に入っていない」と言わんばかりの態度が取れる!?


「なに、すかしてんだ、てめぇええええっ!!」


 気づけば俺は、格下と直接喋らないという矜持すら忘れて、喉がちぎれんばかりの怒号を張り上げていた。


「大声で泣きわめいて、跪いて許しを請えよ! それがお前の分際だろうが! 偉そうに仲間なんか探してんじゃねーぞ、おら! 何とか言えや、こら!!」


 ギルド中に俺の大声が響き渡り、周りの冒険者たちが不審そうな目でこちらを振り返る。

 だが、常盤は一度も振り返ることなく、重厚な扉を開けて外の光の中へと消えていった。


 残されたのは、静まり返ったギルドの空気と、大声を張り上げて息を切らせている俺だけだった。


「くっ……くそっ……! くそ、どうして……っ!」


 俺はぎりりと奥歯を噛み締め、震える拳を握りしめた。


 俺たちは勝ったはずだ。

 悪評を広め、奴の募集を台無しにし、称号まで手に入れた。


 完璧な勝利だったはずなのだ。


 なのに――なぜだ。


 なぜ俺の胸の中には、言葉にできないほど冷たく、吐き気を催すような猛烈な「敗北感」だけが渦巻いているのだ。


 去っていく常盤の背中が焼き付いた視界のまま、俺は得体の知れない苛立ちに苛まれ、ただ立ち尽くすことしかできなかった。



(第42話 風評被害と合理的な解決策へと続く)

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