↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/92

第63話 情報の価値と、奴隷商への布石

「詳しく聞かせてもらおうか」


 地響きのような低い声とともに、ガルツは重厚な木製デスクの引き出しから一枚の羊皮紙と、使い込まれたインク瓶、羽ペンを取り出し、卓上に無造作に置いた。


「文字は書けるか?」


「ああ、問題ない」


 口頭で説明させつつ、その内容を羊皮紙に正確に記録させようというわけだ。

 書面としてギルドの記録に残すための合理的な手順だった。


 ――「お前が書けよ」と言いそうになったが、寸前で堪える。

 ここは争う場面ではない。


 * *


 俺は羽ペンを取り、インクを浸すと、羊皮紙に向かい合って文字を走らせ始めた。


 現在設定しているジョブ『遊び人』の技量(+14)補正により、羽ペンを握る指先の感覚は恐ろしいほど滑らかだった。

 羊皮紙の表面のわずかな凹凸を感じ取りながら、一文字一文字を狂いなく、見やすい美しい字体で刻み込んでいく。


「まず、『巨石遺跡』の地下一階最奥にあるボス部屋についてだ。部屋の壁際には、地上にある石柱と同じ並びの石柱と丸石が配置されている」


 俺はペンを動かし、ボス部屋の簡単な構造図を描き加えながら、淡々と口頭での説明を続けた。


「その石の並びを、地上の配置と一致するように揃えると、宝箱前の床に地下へと続く隠し階段が出現する仕組みだ。階段を下りた先は、地下二階の広大な広間になっている」


 ガルツは腕を組み、眼帯のない左目だけで俺の指先と羊皮紙に刻まれる図面をじっと見つめていた。

 その巨躯から発せられる圧迫感は相変わらず凄まじいが、俺は呼吸一つ乱さずに言葉を重ねた。


「地下二階に配置されている敵の戦力は、階層主である『グレイト・スケルトン』が一体。そして、それを補佐する『スケルトン・スクラップ』が約三十体だ。閉鎖された空間での物量戦になる」


 ガルツの眉根が、微かにピクリと動いた。

 通常のダンジョン攻略において、突発的な三十体規模のアンデッドとの遭遇がどれほどの絶望を意味するか、元Bランク冒険者である彼には痛いほど理解できるはずだ。


「俺たちが攻略した際、最奥の宝箱から得られた戦利品は、金貨二十枚と『グレイト・スケルトン』の魔石。そしてボスのドロップ品として、人間用にサイズが収縮したタワーシールド『朽ちた躯の巨盾』だ」


 書き終えた羊皮紙を軽く振り、インクを乾かしてからガルツへと差し出した。


 * * *


 ガルツは太い指で羊皮紙をつまみ上げると、書かれた図面と文章、そして俺が口頭で述べた内容をひとつひとつ念入りに照らし合わせ始めた。


「……話の内容と、紙に書かれた情報は完全に一致しているな」


 渋い顔のまま、ガルツは羊皮紙を折りたたんで懐へと収めた。

 俺に『バザルの卑劣漢』という悪名がついていなければ、ここまで慎重に確認されることもなかっただろうが、この警戒心自体は不合理なものではない。


「よし。では、この紙に書かれた情報に嘘がないか、教会で【神託魔法】を用いて確認してもらう。嘘がなければ規定の情報料を支払うが、もしひとつでも虚偽が含まれていた場合、この街での貴様の冒険者資格は即座にはく奪する」


「そうか。なら――報酬は後払いというわけだな」


 俺が淡々と頷くと、ガルツはどこか不満そうに鼻を鳴らし、さらに顔を近づけて圧迫感を強めてきた。


「……嘘をついているのなら、今のうちに言え。その方が手っ取り早い。この紙に書かれた話が本当かどうかは、女神さまが厳格に判定することになる。どれほど巧みな狂言であろうと、神の前で嘘は絶対に明るみに出るんだぞ」


 俺の顔から動揺を引き出そうとするかのような、強い試すような眼光。

 だが、俺には何ひとつとして隠し立てする必要も、動じる理由もなかった。


「いや、嘘などついていないさ。それに、この情報はギルドにとっても十分に買い取る価値のあるもののはずだ」


 俺は椅子に深く背を預け、冷徹に現状の分析を口にした。


「この仕掛けや隠し部屋に気づいたのは、おそらく俺たちが初めてではない。だというのに、今日までこの情報がギルドに出回っていなかった理由はわかるか?」


 ガルツの片目が薄く細められる。

 俺は構わずに言葉を続けた。


「隠し階段を発見した過去の先行パーティが、地下二階の三十体を超えるアンデッドの群れとグレイト・スケルトンに遭遇し、力及ばず全滅したからだ。この遺跡は初心者用――挑むのも初心者が大半だ。偶然、地下への階段を発見し、深追いして情報の持ち帰りに失敗していたんだよ」


 ガルツの喉が、微かに鳴った。


「この情報の本当の価値は、隠し部屋に宝があるということじゃない。地下二階にどれほどの規模の敵が待ち構えているかを事前に知ることで、後続の低ランク冒険者たちが無謀なボス戦を回避できる点にある」


 危険度を正しく評価し、無謀な特攻を防ぐ。

 冒険者ギルドという組織の存在価値そのものに関わる指摘だった。


 だが、俺の正論を聞いたガルツの表情は、どこまでも苦虫を噛み潰したように歪んだ。


 * *


「……そんなことは言われずとも分かっている。仲間を捨て駒にして生き残った貴様のような奴が、偉そうに語るな」


 ガルツは吐き捨てるようにそう言い放つと、重い足音を響かせて応接室を後にした。

 乱暴に閉められた木製ドアが、バタンと高い音を立てて揺れる。


「んもう! 何よあの人! こっちは本当のことしか言ってないのに、失礼すぎるじゃない!」


 部屋に取り残された途端、アキラが立ち上がって不満を爆発させた。

 肩上のブラウンの髪を揺らし、眉をひそめて扉を睨みつけている。


「まあ、そう怒るな。俺が『バザルの卑劣漢』という看板を背負っている以上、相手がそういう態度を取るのも計算内だ。感情的になっても得はない」


「トオル君は悔しくないの……? 命がけで戦って持ち帰った情報なのに……」


「事実さえ正しく伝わり、金が手に入ればそれでいい。気を取り直して、次の目的地へ向かおう」


 俺は立ち上がり、身なりを整えた。


「どこに行くの?」


「奴隷商だ」


 俺の言葉に、アキラの表情がはっと引き締まった。


 * * *


 冒険者ギルドを出て、賑わう大通りを歩く。

 バザルの街の中央街は、露店から漂う香辛料の匂いと、馬車の車輪が石畳を叩く硬い音で満ちあふれていた。


 今回の目的地である奴隷商『ドノヴァン商会』には、アキラの親友である高橋瑠美が商品として捕らわれている。

 俺たちの当面の大きな目標は、彼女を奴隷商から買い取り、その身柄を確保することだ。


 だが、以前奴隷商が提示してきた瑠美の販売価格は「金貨六十枚」。


 現在、俺の財布にある手持ち資金は【金貨30枚、銀貨83枚、銅貨421枚】。

 先ほどの情報提供で報奨金は入るだろうし、それ以外のドロップ品売却で多少の現金は増えたものの、六十金貨という巨額にはまだ遠く及ばない。


 * *


 奴隷商の重厚な石造りの店舗が見えてきたところで、不安そうに隣を歩いていたアキラが声をかけてきた。


「ねえ、トオル君……お金、まだ足りないよね? 今日は何をする気なの……?」


「事前交渉と、現状の確認だ」


 俺は足を止めずに、冷静に自身の意図を説明した。


「資金が貯まるまで一切顔を出さないでいると、相手に『買う意思がない』と判断され、別の買い手に瑠美を売却されるリスクがある。定期的に顔を出し、資金の調達が順調に進んでいることを示すことで、彼女を『キープ』させる」


 さらに言えば、買い手としての存在感を定着させつつ、こちらが彼女にどれほど固執しているかを悟らせすぎないブラフも必要だ。

 足元を見られれば、土壇場で販売価格を吊り上げられる危険性もある。


「そっか……買い取りの意志は見せつつ、焦っていないフリをするんだね」


「そういうことだ。合わせろよ」


「うん、分かった!」


 奴隷商の豪華な扉をくぐると、外の喧騒が嘘のように遮断され、高級感と無機質な冷たさが同居する独特の空間が広がっていた。


 * * *


 受付の男に「以前下見に来た者だ。追加で商品を閲覧したい」と伝えると、手際よく奥の応接室へと案内された。


 格式高い革張りのソファが配置された室内で待つこと数分。

 洗練された足音とともに、一人の女性が室内へと入ってきた。


 赤茶色の髪を隙なく後頭部でシニヨンにまとめ、知性的な銀縁の眼鏡を光らせた女性――ミレイユだ。

 タイトな黒の事務服を寸分の乱れもなく着こなした彼女は、奴隷商ドノヴァンの右腕であり、現場の接客と管理を一身に背負う責任者だった。


「お久しぶりでございます、トオル様。本日はどのような奴隷の下見でしょうか?」


 ミレイユはビジネスライクな完璧なお辞儀をし、静かな声で問いかけてきた。

 眼鏡の奥にある鋭い瞳が、こちらの身なりや表情を微細に観察しているのがわかる。


 俺はソファの中央に深く腰掛け、堂々とした態度で腕を組んだ。

 そのすぐ背後には、奴隷身分としての立場を示すように、アキラが直立して静かに控えている。


「ええ、ダンジョン攻略の成果が出ましてね。資金調達も至極順調に進んでいます。そろそろ二人目の奴隷購入を具体的に視野に入れようと思いましてね」


 俺は口元に余裕のある笑みを浮かべ、あえて瑠美の名前を直接出さずに探りを入れた。


「例えば……前衛を補助できるような、攻撃魔法のスキルを持った女奴隷などの在庫状況を確認したいのですが」


 ミレイユの銀縁眼鏡が、室内の光を受けて小さく反射した。


「左様でございますか。順調に資金を得られているようで、何よりでございます。攻撃魔法を扱う素体につきましては、当商会でも特に厳選した高品質な商品を揃えております」


 彼女は表情一つ変えず、淡々と事務的な微笑を返してきた。


「そうですか。では、実際に商品を見学させてもらえますか?」


「ええ、もちろんでございます。どうぞこちらへ」


 ミレイユは淀みない動作で席を立ち、部屋の奥にある地下へと続く重厚な扉へと向かって歩き出した。


 俺は不敵な笑みを崩さぬまま立ち上がり、静かに従うアキラと共に、ミレイユの後に続いて地下の商品保管エリアへと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。