第60話 戦果と報酬、そして密やかな芽生え
戦闘を終えた俺たちは、怪我の治療を開始した。
敵がもういないことを再度確認し、装備を外して服を脱ぐ。
「塗るのを手伝ってくれ」
「う、うん……」
少し緊張気味のアキラが、損傷の激しい箇所から順に傷薬を塗っていく。
疲れは残るが、傷自体は数秒で塞がっていった。
「スゴイね、これ……あっという間に傷が治ったよ」
「俺も最初は驚いた。これで銅貨五枚だからな」
この異世界ではありふれた品でも、俺たちから見れば魔法の治療薬だ。
* *
激闘の熱気が冷めやり、再び静寂を取り戻した大部屋の最奥。
俺とアキラは、ゆらゆらと揺れる二つの篝火の間に鎮座する、クリア報酬の宝箱の前で立ち止まった。
見た目は地下一階のものと同じ、重厚な黒鉄の金具で補強された木箱だ。
俺は慎重に【鑑定】を発動させ、罠が仕掛けられていないことを確認してから、重い蓋を押し上げた。
――ギギィ……ッ。
鈍い金属音とともに開いた宝箱の底部で、黄金の輝きが篝火の赤光を反射して眩しく揺らめいた。
箱の中に納められていたのは、山と積まれた金貨20枚。
そして、その横に転がる、禍々しい紫色の光を微かに帯びた二十センチほどの大きな石。
さらに、滑らかな銀の金属に繊細なルーン文字が刻まれた、重厚な腕輪が一握り。
俺は即座に視線を集中させ、固有スキル【鑑定】を起動した。
* * *
『グレイト・スケルトンの魔石』
――階層主の核となり得る、高密度の魔力を孕んだ希少な魔石。
『命の腕輪』
――装備効果:耐久(+3)、HP(+10)。
所有者の生命力を底上げする加護が施された魔導装飾品。
(魔石の用途は現時点では不明だが、これだけの大きさなら魔導具の素材や高値での売却が見込めるだろう。そして……『命の腕輪』か)
耐久(+3)とHP(+10)の上昇補正は、前衛として敵の攻撃を受け止める『戦士』の俺にとって、喉から手が出るほど欲しい性能だった。
俺は迷わず腕輪を持ち上げ、自分の左手首へと装着した。
ひんやりとした金属の冷たさが肌に触れた直後、身体の芯からじわじわと温かい生命力が湧き上がり、全身の疲労がわずかに和らぐのを感じた。
続いて、俺たちは部屋の石畳の上に散らばったドロップ品の回収に取りかかった。
魔物が残していった武具のドロップ率はランダムだが、今回は運が良い。
周囲を埋め尽くしていたスケルトンたちの残骸からは、刃の欠けたサーベルが合計六本、そして錆びついた短槍が五本回収できた。
そして何より最大の戦利品は、討伐された巨魁『グレイト・スケルトン』が消滅した跡に残されていた、巨大な大盾だった。
三メートルを超える骨の巨人が掲げていた巨盾。
だが、主を失ってドロップ品となったことで、所有者となる人間の体格に合わせるように、俺の胸から膝下までをすっぽりと覆うサイズへと最適化されていた。
黒鉄の重厚なフレームに、魔物の骨が幾重にも組み合わされた、禍々しくも美しいタワーシールド。
俺は手触りを確認しながら、【鑑定】する。
『朽ちた躯の大盾』
――分類:タワーシールド(大盾)
装備補正:耐久(+7)、敏捷(-5) / 装備時:【衝撃軽減(小)】
階層主の威厳を宿した黒鉄の大盾。所有者の体格に合わせて形状を最適化する呪導効果を持つ。高い物理防御力と強烈な重量を誇り、敏捷性を著しく阻害する。
(敏捷(-5)か……。かなりのデメリットだな)
素早さと手数を武器にするスピード重視の「剣士」スタイルの時であれば、この巨盾を装備することは自らの足を縛る自傷行為に等しい。
論外の選択肢だ。
しかし、重厚な体幹で敵の一撃を受け止める「戦士」として戦う場合、この耐久(+7)と【衝撃軽減(小)】がもたらす防御性能は、今まで使っていた『木の丸盾』とは比較にならないほどの鉄壁の安心感をもたらしてくれる。
念のため呪いの有無も確認したが、怪しい反応はない。
「これは使い道がある。自分用に確保しておくか……」
俺は『朽ちた躯の巨盾』をそのまま自身の【アイテムボックス】の異空間へと収納した。
* * *
「残りのドロップ品は、アキラのアイテムボックスで回収してくれ」
「う、うん、わかった……!」
俺に指示されたアキラは、かき集めて足元に転がっているサーベルや短槍の山に向かって手をかざし、自身の容量と向き合い始めた。
アキラはアイテムボックスを使い慣れていない。
一本、また一本と武具を異空間へ流し込んでいくたびに、彼女の眉間には薄っすらと汗が浮かび、可愛らしい頬が朱に染まっていく。
「これ全部……入るかな? ん……きっつい……っ」
容量の限界近くまで領域を圧迫され、苦しそうに息を漏らしながらも、彼女は何とかすべてのサーベルと短槍を収納しきった。
俺の役に立ちたい一心で必死に耐えるその健気な表情に、胸の奥がくすぐられるような愛おしさが込み上げてくる。
俺は彼女の前に一歩踏み出し、その瞳をまっすぐに見つめた。
「今回は大活躍だったな、アキラ」
「え……? そ、そんなことないよ。実際に魔物と戦って倒したのは、全部トオル君だし……」
アキラは照れたように視線を泳がせ、手を振って謙遜した。
だが、俺は首を横に振った。
「いや、この隠し部屋を見つけてくれたのはお前だ。それに、最後の最後、スケルトンの攻撃を防ぎ切った。よくやったな」
「そ、そうかな……? えへへ……」
俺からの真っすぐな評価と賞賛を受け、アキラの表情がパッと華やぎ、照れくさそうに目尻が下がる。
「ご褒美をやらないとな」
「え……? ごほうび……?」
アキラが首をかしげた瞬間、俺は静かに間合いを詰め、彼女の華奢な腰を片腕でしっかりと引き寄せた。
「ひゃっ……!?」
不意に密着した体温に、アキラが短い悲鳴をあげる。
俺はもう片方の手の指先で、彼女の滑らかな顎を優しく持ち上げた。
至近距離で交わる視線。
アキラは俺の瞳に宿る熱量と、これから行われる行為の意味を即座に悟ったのだろう。
ブラウンの瞳がまん丸に見開かれ、瞬く間に涙を含んだように潤む。
そして、頬が熟れた果実のように赤く染まっていった。
やがて、彼女は戸惑うような目で俺を見つめた後、覚悟を決めたようにそっと長いまつ毛を伏せ、瞳を閉じた。
俺は彼女の可憐な桃色の唇に向かって、静かに自身の唇を重ね合わせた。
湿った地下の冷気の中で、互いの柔らかい唇の感触と、熱い息遣いだけが重なり合う。
ほんの数秒間の甘美な交感。
唇を離すと、アキラは真っ赤になった顔を隠すように、俺の胸元に額を押し付けて上気した息を漏らした。
主従としての支配と、明確な所有権の誇示。
そして彼女自身の内面に芽生えた、俺への抗えない好意。それらが心地よく噛み合っていく感覚を噛み締めながら、俺は彼女の柔らかい髪を静かに撫で続けた。
* * *
探索を終えた『巨石遺跡』からの帰り道は、以前攻略した『微睡の洞窟』と同じだった。
ダンジョン全体の階層主が倒されたことで魔物のリスポーンが一時的に停止し、途中で敵に遭遇することなく、俺たちはスムーズに地上へと脱出することができた。
重厚な石造りの通路を抜け、地上の眩しい太陽の光を浴びたとき、時刻はちょうど昼前を迎えていた。
早朝からダンジョンに入ったため、およそ半日ほどの時間を地下で過ごした計算になる。
俺たちは遺跡の木陰に腰を下ろし、アイテムボックスから取り出した干し肉と白パンで、手短に昼食を済ませた。
乾燥して硬い肉を噛み締め、水を流し込む。質素な食事ではあったが、死線を潜り抜けた後の身体には十分な養分となった。
腹を満たした俺たちは、バザルの町へと戻るべく街道を歩き始めた。
道中の平原では、再び野生の魔物がちらほらと姿を現した。
だが、運よく危険な群れや強敵に出会うことはなく、道中で遭遇したホーンラビット一匹と、ゴブリン三匹を『疾風の剣』の一撃で難なく処理した。
茜色の夕暮れ空がバザルの街並みを赤く染め上げる頃、俺たちは無事に城門を潜り抜けた。
* * *
町に帰還し、馴染みの宿へと向かう。
今夜の宿として選んだのは、混雑する冒険者ギルドや市場の喧騒から少し離れた、静かな職人街に佇む石造りの宿『銀貨の止まり木』亭だった。
一泊・銀貨二枚(食事付き)という価格は、駆け出しの冒険者にとっては少々張り込む設定だ。
だが、無口で仕事の早い初老の女将は客の素性に一切干渉せず、何よりこの宿には「鍵付きの共同浴場(湯が出る魔導具付き)」という極めて貴重な設備が整っていた。
分厚い石壁に守られた静かな客室に荷物を置くと、俺たちは一緒に浴場へ向かい、地下迷宮で身にまとった汗と血の匂いを綺麗にお湯で洗い流した。
温かい湯に浸かり、激闘で強張りきっていた筋肉を弛緩させる時間は、何物にも代えがたい贅沢だった。
浴場から上がると、香草で臭みを消した魔獣肉のローストと、焼きたての香ばしい白パンという、栄養価の高い清潔な夕食が用意されていた。
アキラと二人で静かに食卓を囲み、温かい料理を胃袋へと収めていく。
食後、防音性の高い清潔な客室に戻ると、部屋の中には静寂が満ちていた。
ベッドの端に腰掛け、濡れた肩上のウェーブ髪を布で拭いているアキラの横で、俺は自身のステータス画面を思考の中で呼び出した。
(さて……今回の激闘で、どれくらい成長しているか)
視界に浮かび上がる青い半透明のウィンドウ。
俺の現在のステータスを確認すると、『戦士』のレベルが「5」から「7」へと上昇していた。
さらに、『剣術』のスキルレベルも、ついに「10」の大台へと到達している。
着実なスキルの熟練度の高まり。
冒険者としてこの厳しい異世界を生き抜くための基盤が、強固なものへと組み上がっている手応えがあった。
俺は満足感を覚えつつ、視線を隣のアキラへと向けた。
(次は、アキラのステータスか……)
俺はアキラを壁際に立たせて、その背に手を添える。
鑑定するのに接触する必要はないが、こうした方が相手の情報を読み取っている感じがする。
「アキラ、鑑定させてもらうぞ」
「う、うん。……いいよ」
一応の了承を得てから、スキルを発動した。
俺は彼女のステータス画面を呼び出し、そこに提示された数値へと目を走らせた。
そこには、俺の待ち望んだ変化が刻まれていた――。




