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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第55話 VSブロートホッパー

 朝日に照らされた『巨石遺跡』の内部は、外から見ていた以上の異彩を放っていた。

 人の身の丈をゆうに超える巨大な石柱や、角の丸まった四角い巨石など、様々な形状の石が――まるで何者かが巨大な賽の目を投げ散らしたかのように――無秩序に転がっている。


 石の表面には風化でかすれかけた不可解な文様が深く刻まれ、隙間を通る風が笛のような甲高い音を鳴らしていた。

 巨石が落とす濃い影のせいで、数歩先すら見通せないほどの死角が幾重にも生じている。


 いつ、どの影から魔物が跳び出してきてもおかしくない緊張感が、肌を刺すような空気となって立ち込めていた。


 * * *


 俺は腰の『疾風の剣』の柄に軽く手を添え、左腕に固定した『木の丸盾』の感触を確かめながら慎重に足を進める。

 俺の一歩後ろからは、身をすくめながらついてくるアキラの規則正しい足音が聞こえていた。


「トオル君……ここ、すごく静かだね。モンスターとか、本当にいるのかな」


「油断するな。姿が見えないだけだ。――死角はいくらでもある」


 彼女の問いかけに短く答えつつ、俺は背後に伝わる気配へ意識を向けていた。


 アキラ自身に戦闘能力は一切ない。

 だが、こうして背後を警戒しながら付いてきてくれる仲間がいること――

 それは単独で死線に潜り続けてきた俺にとって、意外なほどの心理的安らぎをもたらしていた。


 索敵のリソースを前方に集中できるというのも大きい。


 遺跡の敷地を百メートルほど奥へと進んだ時のことだった。

 風の鳴る音とは異なる、かすかな甲虫の外殻が擦れ合うような嫌な不快音が、右前方の巨石の影から聞こえた。


 俺は即座に足を止め、左手を後ろへ回してアキラを制した。


「……来るぞ」


「えっ……!?」


 アキラが息を呑んだ瞬間、巨大な石の陰から黒い影が弾丸のような勢いで躍り出てきた。


 * * *


 出現したのは、体長一メートルを軽々と超える巨大なバッタ――

 『ブロートホッパー(膨血飛蝗)』だ。


 その肉体は血を吸い上げたかのように不気味な赤黒さを帯び、発達した前脚は鋸歯状(きょしじょう)の鋭利な大鎌へと進化している。


 巨体からは想像もつかない跳躍力で空間を跳び、鎌状の前脚を音もなく振り下ろしてくる。

 革鎧程度なら容易に切り裂くというその一撃は、明確に俺の首元を狙っていた。


 だが、俺の視界の中では、その不意打ちの軌道は恐ろしいほど的確に捉えられていた。


 『戦士』の耐久(+4)と筋力(+4)の補正が乗った踏み込みと共に、俺は左腕の『木の丸盾』を斜め上方へと突き出した。


 ――ガギィンッ!!


 金属に似た硬質な衝撃音が周囲の石柱に響き渡る。

 丸盾の表面となめし革のクッションが、巨大バッタの跳躍力を殺しながら、鎌脚の刃を受け止めて弾き返した。


 敵の体勢が空中でわずかに崩れたその一瞬の隙を逃すはずもない。


 右手の『疾風の剣』を鋭く引き込み、そのまま敵の柔らかい腹部へと真っ直ぐに突き立てた。


 ――ずしゅっ!!


 常時【斬撃付与】の青い光を帯びた刃が、赤黒い外殻を容易く貫き、粘稠な体液を噴き出させながら腹部へ深々と刺さる。

 刺突の感触が手元に伝わると同時に、俺は剣をひねりながら横へと引き抜いた。


「ギチチチッ……!?」


 悲鳴に似た異音をあげる敵に対し、俺は追撃の手を緩めない。

 死に瀕した魔物が放つ不意の反撃こそが、こちらの命取りになることを知っているからだ。

 返す刀で流れるように一閃を放ち、その首筋を正確に跳ね飛ばした。


 頭部を失った巨大バッタの巨体が、石畳へ激しく叩きつけられ、数回足を痙攣させた後に動かなくなった。


「すごい……! トオル君、あっという間だったね! 楽勝じゃん!」


 背後で見守っていたアキラが、興奮混じりの安堵の声を漏らす。

 俺は血刀を軽く払い、動かなくなった魔物の死骸を見下ろしながら冷静に告げた。


「まあな――だが油断すれば、あの鎌で首を飛ばされるのはこちらだ。手痛い傷を負う前に殺し切る、それだけの話だ」


「う……うん、えっと、ごめんなさい」


「謝る必要はない。緊張感を切らさずに行こう。背後の警戒は頼んだぞ」


「わかったわ!」


 俺は膝をつき、死骸の前脚――

 鋭利な鎌状の部分を『疾風の剣』で手際よく切断した。


 冒険者ギルドの情報によれば、このブロートホッパーの鎌脚は刃物や武具の素材として買い取られるらしい。

 切り落とした二本の大鎌を【アイテムボックス】へ収納し、俺たちは再び歩き出した。


 * * *


 その後、遺跡の中央部へ向かう道中で、同様に死角から急襲を仕掛けてきたブロートホッパーが三匹現れた。

 しかし、地形の死角を頭に入れ、先手を取られてもカウンターで反撃して立ち回る俺の敵ではなかった。


 すべて単発の処理で、被弾することなく各個撃破を完了した。


 やがて、巨石群の配置が円状に開けた遺跡の中央広場へと到達した。

 その中央には、地下へと続く重厚な石造りの階段が、ぽっかりと黒い口を開けていた。


 風化に耐えうる強固な石組み、幾何学的な階段の傾斜。

 それはオルト村の北西にあった『微睡の洞窟』と同じく、この世界の「試練の女神」によって設計・構築されたダンジョンの構造だった。


 地震などの外力で容易に崩落するような、生半可な造りではない。


「よし、じゃあ降りるか」


「う、うん……なんか、いよいよって感じで緊張するね」


 アキラが手首の小盾を握り直し、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「まあ、心配はいらない。冒険者ギルドの情報によれば、ここはバザル周辺で最も難易度の低いダンジョンだ。落ち着いていけば問題ない」


「そうだよね……あっ、でもトオル君」


 階段の一歩手前で、アキラが思い出したように脚を止め、不安そうに顔を上げた。


「どうした?」


「この地下に……もし、他の冒険者がいたらどうしよう?」


 彼女の瞳には、明確な怯えの色が浮かんでいた。


「冒険者ギルドにいた人たち、トオル君のことすごく嫌そうな目で見てたでしょ?  もし地下の狭い場所で鉢合わせしたら、あの人たちともめ事になったり、いきなり襲われたりしないかなって……」


 なるほど。

 彼女が危惧しているのは魔物ではなく、対人トラブル――いわゆるPK(プレイヤーキラー)のような脅威か。


 俺の称号【バザルの卑劣漢】が及ぼす強烈な悪評は、一般の住人や冒険者に不快感と敵意を植え付ける。

 無法地帯である町の外で敵意を持った人間に遭遇すれば、不当な襲撃を受けるリスクがあると考えたのだろう。


 だが、俺は彼女の不安に対し、即座に首を横に振った。


 * * *


「その点は一切心配いらない」


「えっ……? なんで??」


「この『試練の女神』が作ったダンジョンは、冒険者のパーティごとに空間が個別生成されているんだ」


「個別生成……?」


 難解な概念に首を傾げるアキラに、俺は噛み砕いて説明を続けた。


「つまり、俺たちがこの『巨石遺跡』に入った時点で、俺たち専用の『ダンジョン』に入場したことになる。後から別のパーティがこの遺跡に入ったとしても、彼らは彼ら用の別の空間へ送られるだけだ。内部で遭遇することは構造上あり得ない」


「えっ……じゃあ、他の冒険者と鉢合わせすることはないの?」


「そうだ。だから宝箱も、枯渇するということが起きない」


 そこまで口にして、俺は頭の中で構築していた独自の仮説をさらに整理した。


 なぜ、この世界の人間たちの間では、「ダンジョンの宝箱は運次第で、出たり出なかったりする」などという曖昧な俗説が広まっているのか。


 おそらく、宝箱の獲得権には、『一つのパーティにつき一回まで』という明確な仕様(システムルール)が存在するのだ。


 一度、どこかのパーティの下働きとして宝箱を獲得した者が、後から独立してチームを作り、同じダンジョンに潜った場合――

 そのパーティには宝箱が出現しなくなる。


 あくまで俺の仮説ではあるが、仕様を知らない人々は宝箱を得られなかった時に「運が悪かった」「宝箱が消えていた」と解釈したのだろう。


 冒険者たちが経験則で解釈を重ねた結果、『宝箱があるかは運しだい』という俗説が定着したのだと推察できた。


 * *


「システム的な制約がある以上、他のチームとの不毛な奪い合いも、背後からの襲撃も存在しない。安心していい」


 俺の説明を聞き、アキラは目を見張った後、ほっと胸を撫で下ろした。


「そっか……トオル君って、本当になんでも知ってるんだね。すごい!」


 彼女の瞳に、感嘆と信頼の色がさらに深く宿っていく。

 俺は【アイテムボックス】から準備しておいた木製の松明を取り出し、火打ち石で火を点けてアキラへと手渡した。


「前衛は俺が務める。アキラは後で松明を持ってくれ。手放すなよ」


「うん、まかせて!」


 温かな炎の揺らめきが、地下へと続く石階段の暗がりを赤々と照らし出す。

 俺は『疾風の剣』の柄を握り直し、アキラを背後に従えて、未知の地下迷宮へと一歩を踏み出した。

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