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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第47話 切り札の提示と、想定外の現実

(……レア装備を売ってしまえば、この先の生活が立ち行かなくなる)


 俺は心の中で冷たく呟き、自らの身につけた『疾風の剣』や『風のマント』から意識を切り離した。

 どれほど眼前の少女たちが惨めな姿を晒され、同郷の者としての動揺を誘われようとも、冒険者としての戦闘能力を直接下げる選択だけは絶対に呑めない。


 俺が狙うべきは、自らの戦力を削ることなく、相手の強欲を満たす第三の選択肢だ。


 俺はソファーの背もたれから緩やかに身体を起こし、ドノヴァンの強欲な瞳をまっすぐに見据えた。

 そのまま右手を無造作に差し出し、空間の歪み――【アイテムボックス】の領域へと意識を集中させる。


「金貨百枚になるかは分からんが……ダンジョンで手に入れたこれでどうだ?」


 虚空から取り出したものを、黒檀の重厚なローテーブルの上へ、静かな金属音とともに滑らせた。

 チャリ、と重みのある澄んだ音が静寂の室内に響き渡る。


 テーブルの上に並べられたのは、五枚の古い金貨だった。


 現行の王国金貨よりも一回り大きく、分厚い。

 表面には現代では使われていない古代文字と、滅びた王国の象徴である意匠が深々と刻み込まれている。


 * * *


 オルト村の近くにあった試練の洞窟の宝箱の奥底で見つけた品――使い道が分からずインベントリの底で眠らせていた『古代王国の金貨』だ。


 その金属光沢を目にした瞬間、ドノヴァンの分厚い瞼が大きく跳ね上がった。


「ほう……これは……」


 ドノヴァンはソファーから身を乗り出し、太い指輪のはまった手で慎重に金貨の一枚を持ち上げた。

 顔の脂肪を震わせながら、目の前にかざし、角度を変えて光の反射や彫刻の精度を検分する。


 分厚い肉に埋もれた瞳に宿ったのは、先ほどまでの露骨な金銭欲や威圧感ではなく、純粋な鑑定家であり商人としての鋭い眼光だった。


「素晴らしい……実に素晴らしい。合金の比率、表面の摩耗状態、そしてこの独特の鋳造様式。間違いなく、千年以上前の古代王国の真正な金貨ですな」


 ドノヴァンはうっとりとした吐息を漏らし、金貨をテーブルに戻した。


「現行の通貨としての額面価値はありませんが……好事家や古物収集癖のある高位貴族にとっては、喉から手が出るほど欲しい逸品。権力者への強力なコネを作るための“手土産”として、金貨以上の価値を持ちます」


 ドノヴァンは指を三本、そして一本と立てて見せた。


「そうですな……我が商会のリスクと転売の労力を差し引いても、この古代金貨五枚で“現行の金貨四十枚分”の価値として査定させていただきましょう」


 金貨四十枚。


 アイテムボックスの肥やしになっていた謎の古銭が、一瞬にしてまとまった巨額の資金へと化けた。


 俺の目論見は当たった。

 ドノヴァンにとって、これは“手に入れたい物”だったようだ。


 狙い通り、自分の装備を一切手放すことなく、かなりの大金を用意することに成功した。

 しかし、それでも一人分の金額にも届かない。


 * *


(手持ちを足せば金貨五十枚にはなるが……)


 俺が悩んでいると、ドノヴァンは奸計に満ちた笑みを深めた。


「トオル様。こちらの古代金貨の引き取り金額、金貨四十枚で……我が商会の商品――この『アキラ』一人であれば、お買い上げいただくことが可能です。いかがなさいますか?」


「なに?」


 俺が短く眉をひそめると、横に控えていたミレイユが、静かに説明を引き継いだ。


「当商会における査定による内訳は――『アキラ』が金貨四十枚、『ルミ』が金貨六十枚分となっております。古代金貨は四十枚の査定でしたので、『アキラ』一人であれば購入可能です」


(どういうことだ?)


 渡辺が四十枚で、高橋が六十枚。

 

 二人ともタイプは違うが、甲乙つけがたい美少女だ。

 容姿で金額に差が出たとは思えない。


 おそらく、「付与魔法」の使える高橋の方に高い値がつき、魔法の内容がいまいち分からないが「移動魔法」の使い手である渡辺が安く設定されたのだろう。


(付与魔法の方が、移動魔法よりも市場価値が高いのか……)


 俺の全財産は、手持ちの金貨十枚と銀貨が約七十枚分(金貨七枚相当)、そして古代金貨五枚(四十枚分)。


 合わせて約五十七枚分――

 金貨六十枚は射程内だ。


 選択肢は二つ。


 手持ちの現金をすべて吐き出せば、高橋瑠美(六十枚)にも手が届くかもしれない。

 あるいは、古代金貨だけを使って渡辺明楽(四十枚)を購入し、現金をそのまま手元に残すか。


(……手持ちの現金をすべて使い果たすのは愚の骨頂だ)


 俺は冷徹に状況を整理する。

 バザルでの生活費、宿代、ポーションの補充、装備のメンテナンス費用……。

 資産をすべて失って無一文になれば、これからの生活に大きな支障が出る。


 奴隷を買うために自分が破産しては、本末転倒もいいところだ。


 手持ちの現金を一分たりとも減らさず、古代金貨五枚の価値だけで買える選択肢は、最初から一つしかなかった。


(上手いことドノヴァンに誘導されている感はあるが――この町に来たばかりの素人が、大商会のトップと交渉して、これだけできれば上等だろう)


 * * *


 俺は床の上に組み敷かれ、屈辱に震えている二人の少女へと視線を向けた。


 ボロボロの衣服から素肌を晒し、助けを求めるように俺を見つめてくる渡辺明楽。そして、その横で完全に光を失った瞳をし、絶望に沈んでいる高橋瑠美。


 二人とも救ってやりたいという感情が、胸の奥で微かに疼く。

 だが、俺は己の感情を優先してリスクを冒すような甘い人間にはなれなかった。


「……分かった。渡辺明楽の方を、この古代金貨で購入する」


 俺の冷酷な決断が、静寂の部屋に響き渡った。


「常盤……君……?」


 渡辺の瞳に、信じられないという驚愕と、地獄から救い出されたという安堵の光が同時に広がっていく。


「でも、待って――じゃあ、瑠美は……?」


 小さくそう言うが、どうにもならない状況なのは彼女もわかっていた。

 それ以上は何も言わずに、悔しそうに口をつぐんだ。


 一方で、残された高橋瑠美の顔からは完全に血の気が引き、蒼白な唇が小刻みに震えた。

 自分が見捨てられたという現実が、彼女の精神を完全に打ち砕いていた。


 その視線から逃げるように、俺はドノヴァンへと向き直った。


「成立だな?」


「もちろんですとも。お買い上げ、ありがとうございます」


 * *


 ドノヴァンは満足げに古代金貨を懐へと収め、ソファーから巨体を起こした。


「いやはや、見事な交渉でした。残された高橋瑠美につきましては、当商会の待機部屋にて厳重に保管しておきましょう。トオル様が再び迷宮で珍しいお宝を手に入れられた際には、優先してお売りいたしますよ」


 最後までしたたかに次の商機を狙う悪徳商人の言葉を、俺は鼻で聞き流した。


 用心棒たちによって拘束を解かれた渡辺明楽は、乱れた衣服と下着を慌ただしく整え、震える足で俺の後ろへと這い寄ってきた。

 その顔は屈辱の涙と泥で汚れきっていたが、俺の服の裾をすがるように掴む手には、確かな生への執着がこもっていた。


 ミレイユから差し出された奴隷所有権の羊皮紙に、俺は提示された手順通りにサインを済ませる。

 これで手続き上、彼女は完全に俺の所有物となったわけだ。


 * * *


 書類を仕舞いながら、俺は以前から気になっていた疑問を確認のためにミレイユへと投げかけた。


「……手続きはこれで完了か? 奴隷契約の魔法や、服従の刻印といった儀式は必要ないのか?」


 異世界物語では当たり前のように存在する、主人の命令に絶対服従させ、裏切りを防止するための魔法的な契約――。

 それがあれば、今後の管理が格段に楽になるはずだ。


 しかし、俺の問いを聞いたミレイユは、銀縁の眼鏡の位置を指先で直しながら、心底不思議そうに首を傾げた。


「……奴隷契約の魔法、ですか? 服従の刻印と申されましても……トオル様、一体何のお話をされているのですか?」


「何……?」


「そのような、人の精神や身体を強制的に拘束する便利な魔法など、この国には存在いたしませんが? ……外国にはそのような魔法技術があるのでしょうか? ですが、残念ながら、当商会ではそのようなサービスは提供しておりません」


 ミレイユの平然とした回答が、俺の脳内に冷たいショックとなって突き刺さった。


 存在しない。

 この国だけではないだろう。この世界には、服従を強制する魔法の契約など、ハナから存在していなかったのだ。


 つまり、俺が買い取った渡辺明楽は、ただの「法的な所有権が俺にあるだけの、意志を持った生の人間」に過ぎない。

 隙を見せれば逃亡する可能性もあり、夜中に刃を向けられるリスクすらゼロではないのだ。


 魔法という都合の良い縛りがない以上、俺は彼女を暴力を背景とした恐怖か、あるいは絶大なお恩義と利益による心理的な懐柔によって、自らの手で御さなければならない。


 俺は後ろで震える渡辺の気配を感じながら、これから始まる「生身の人間関係」という重く複雑な課題に、静かに思考を巡らせていた。

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