第46話 屈辱の検品とドノヴァンの狙い
「ふむ……トオル様は、商品の価値に疑問をお持ちのようですな」
俺のハッタリと理屈による反論を聞き終えたドノヴァンは、怒る風でもなく、分厚い唇の端を吊り上げてそう呟いた。
その脂肪のついた顔に浮かんだのは、冷酷な商人が獲物の逃げ場を塞ぐ時に見せる、どこか愉悦を孕んだ微笑だった。
ドノヴァンが短く指を鳴らすと、控えていたミレイユが壁際の鈴の紐を静かに引いた。
直後、室内に重々しい足音が響き、扉が開かれる。
入ってきたのは、タイトな黒い革鎧を身につけた、二人組の屈強な私設用心棒だった。
彼らは無言のまま、熟練の動きで並んで立っている渡辺と高橋へと近づいていく。
危険を察知した二人が怯えて身を縮めようとしたが、大木のような男たちの太い腕が、容赦なくその華奢な肩を掴み上げた。
「えっ……ちょっと、何すんのよ……っ!?」
「いや……っ、やめて……っ!」
渡辺の悲鳴と、高橋の消え入りそうな泣き声が、香木の匂いが漂う静寂の部屋に虚しく響き渡る。
男たちは眉一つ動かさず、二人の少女の腕を背中に捻り上げ、無理やり絨毯の上に組み敷いた。
「これより、商品の『検品』を行わせていただきます。トオル様、どうぞその目でお確かめください」
ドノヴァンはソファーに深く身体を預けたまま、煙草の煙を吐き出しながら優雅に指示を出した。
* * *
男たちは二人の上半身を床に押し付け、腰を高く突き出させるような不自然で屈辱的な姿勢を固めさせた。
ちょうど俺の座るソファーから、二人の後姿が正面に見える位置だ。
バリリ、と粗悪な衣服が裂ける不穏な音が室内に響く。
男の手が、渡辺の短めのスカートと、破れかけた高橋の衣服の裾を無造作に捲り上げた。
露わになったのは、生々しい少女の脚と太ももだった。
さらにもう一人の男が、躊躇することなく彼女たちの下着のウエストゴムをつかみ、膝のあたりまで一気に引き下ろした。
渡辺の小さく丸みのある部位と、高橋の白い肌が、容赦なく部屋の明かりの下に晒される。
「ひっ……ああぁ……っ! 嫌、見ないで……っ、常盤君、見ないで……っ!」
「ううっ……ひっ、ひぃぃ……っ」
渡辺は懇願しながら、己の惨めさに全身を激しく震わせている。
高橋は屈辱に顔を真っ赤に染め、床に頬を押し付けながら号泣した。
男の手指が容赦なく二人の秘部へ伸び、両手でその裂け目を左右に押し広げた。
粘膜の湿った赤と、奥のやわらかな肉芽が、隠す術もなく俺の視界へ露骨に提示される。
* *
生々しい肉の匂いと、屈辱の汗の匂いが鼻腔を突いた。
俺の脳裏を、男としての本能的な性衝動と、同郷の知り合いが目の前で凌辱されているという人間味のある動揺が、一瞬だけ激しく駆け抜けた。
ドクンと胸が跳ね上がり、血が沸騰するような錯覚を覚える。
(くっ、落ち着け……。冷静になれ――)
俺は奥歯を強く噛み締め、全身の細胞に指令を出して動悸を力ずくで押さえ込んだ。
拳を握りしめそうになるのを耐え、表情筋を完全に殺す。
相手の思惑に乗って怒りや狼狽を見せれば、その瞬間にこの交渉の主導権は完全に奪われる。
俺は眼前の屈辱的な光景を、あたかも精肉店に吊るされた肉塊でも見るかのような、冷ややかで客観的な視線で見つめ返した。
* * *
(ドノヴァンは、なぜこんな暴挙に出た?)
思考のギアを切り替え、冷徹な分析を開始する。
この男は無意味な嫌がらせをするような愚者ではない。
すべては計算された商業的パフォーマンスだ。
理由は明白だ。
ドノヴァンは商談の最中に、俺が“同郷の知り合い”に惹かれることになるだろうと見抜いたのだ。
(これまで碌に話したこともない相手だが――こうして“金さえ払えば手が届く”位置で二人の姿を見せられると、自覚させられてしまう。クラスメイトの異性というのは地味だが、確かに“希少価値”のある属性だったんだ)
そして悪徳商人は、この屈辱的な“検品”を見せつけることで、俺の同情心や庇護欲、あるいは歪んだ所有欲を極限まで煽り立てようとしている。
『このまま買い取らなければ、この少女たちは他の客にも同じように扱われ、惨めな肉奴隷として潰されるぞ』という無言の脅迫。
だが、ドノヴァンの真の狙いはそれだけではなかった。
* *
俺はソファーの背もたれに深く体重を預けながら、視線だけを僅かに動かし、ドノヴァンの表情を観察した。
ドノヴァンの目は、俺の顔を見ていない。
彼の太い指輪が光る手が指し示している視線の先――
それは、俺が身につけている“装備品”だった。
腰に下げた、常時【斬撃付与】の青い風を纏う『疾風の剣』。
背に羽織った、敏捷性を跳ね上げる『風のマント』。
そして指に光る、魔力を高める『精神の指輪』。
さらには、ルークからもらった『大地のブーツ』。
(そうか……そういうことか)
腹の底で、すべてのパズルがカチリと音を立てて組み合わさった。
ドノヴァンは、最初から手持ちの金を狙っていたわけではない。
彼が欲しているのは、一介の新人冒険者が持っているはずのない、強力な魔法効果が施されたレア装備群――
そのレアアイテムと、二人の少女との物々交換だったのだ。
普通に査定すれば、『疾風の剣』だけでも金貨五十枚以上の価値がある。
『風のマント』や他の防具を合わせれば、余裕で金貨百枚に届く超高額アイテムだ。
そこらの店で売っている品ではなく、販売価格は天井知らずになる。
ドノヴァンは最初から法外な値段をふっかけ、二人の少女を“質”に取り、
俺に「装備を差し出すから、この二人の身柄を引き渡せ」と言わせるよう誘い込んでいたのだ。
(新人冒険者との商談に自ら出てきた理由はこれか。どこまでも抜け目がないな)
俺は内心で冷や汗をかきながらも、ドノヴァンの強欲さと知性に薄寒い感心を覚えていた。
* * *
確かに二人の少女は魅力的だ。
俺は「欲しい」と思ってしまっている。奴の手のひらの上で、良いように転がされてしまっている。
だが、交渉の答えは最初から出ている。
これらの装備品は、俺がこの過酷な異世界で生き延びるための、文字通り“生命線”だ。
剣を失えば攻撃力を失い、マントを失えば機動力を失う。
手ぶらの剣士など、森に入ればただの魔物の餌に過ぎない。
いくら同郷の知り合いを買い取るためとはいえ、己の生存確率を直接削るような真似は、合理的な思考からすれば論外中の論外だった。
装備を売って奴隷を手に入れたところで、その後、魔物と戦って死ねば元も子もない。
(装備は絶対に手放せない。だが、金貨十枚では二人は買えない。このままでは足元を見られたまま交渉が決裂するか、最悪の条件での取引を呑まされる……)
思考が高速で回転する。
ドノヴァンの意図を見抜いた上で、その上を行く“切り札”を提示しなければならない。
奴の強欲を満たし、かつ自分の冒険者としての面目と生命線を傷つけない、第三の選択肢――。
* *
俺は意識を己の内面――【アイテムボックス】の空間へと向けた。
半透明のインベントリ画面が脳裏に展開され、収納されているアイテムのリストが目まぐるしくスクロールしていく。
傷薬、ヒールポーション、食料、水、ロープ、煙幕弾、聖水……。
どれも有用だが、交渉のテーブルに出せる代物ではない。
さらに奥の領域を探る。
【財布:金貨10枚、銀貨69枚、銅貨79枚】
【避妊薬】
【魔導石(アメジストの原石)1個】
そして――その横に静かに鎮座する、異質の輝きを放つグラフィック。
【古代王国の金貨 5枚】
オルト村の近くに存在した、あの『微睡の洞窟』の奥で手に入れた古銭。
現行の貨幣としては流通していないが、純度の高い金と、歴史的な価値を秘めているだろう品。
(これだ……これに賭けるしかない)
この金貨にどれほどの価値があるのかは分からないが、プレミアの付いた貨幣のコレクターは元の世界にも存在した。
(ドノヴァンがこれに食いついてくれれば……)
俺の口元に、誰にも気づかれないほどの微かな笑みが浮かんだ。
これならば、冒険者としての俺の戦力を損なうことはない。
アイテムボックスの肥やしになっていた使い道のない古銭が、この難局を打破する鍵となるかもしれない。
俺は静かに眼前の惨劇から視線を外し、ドノヴァンの強欲に満ちた瞳をまっすぐに見据えた。
交渉のテーブルに、新たなカードを叩きつける時が来たのだ。




