第45話 選別と法外な査定
「残った男子四人は、冒険者として稼いで、必ず私たちを買い戻しに行くって……そう、言っていたけど……」
恐怖と絶望に苛まれながらも、微かな希望にすがるような渡辺の震える声。
その痛々しい響きを聞き流しながら、俺は冷徹に、そして極めて合理的な計算を脳内で弾き出していた。
(……買い戻す、か――まあ、到底不可能な話だな)
異世界という過酷な現実において、まともな戦闘訓練も受けていない素人が銀貨百枚という大金を稼ぎ出すことが、どれほど至難の業か。
俺自身、命懸けで魔物を狩り、偶然遭遇した盗賊団を制圧して、ようやく今の資産を築き上げたのだ。
索敵もろくにできず、たった二匹の犬に陣形を崩されて仲間を見殺しにするような連中が、四人で高額な依頼をこなせるはずがない。
今回の場合は、利息と商人側の利益も上乗せされる。
あいつらがそれだけの金額を稼ぐなど、期待できる話ではなかった。
彼らがどんなに足掻こうとも、待っているのは路地裏での餓死か、無謀な討伐依頼による惨死。
あるいは、再び金を借りるしかなくなり返済に追われて犯罪に手を染め、結局は彼ら自身も奴隷として売り飛ばされるのがオチだろう。
そんな俺の内心の冷ややかな分析など知る由もない渡辺と高橋は、ただ縄に繋がれたまま、小さな身体を寄せ合って震えている。
その張り詰めた静寂を破るように、商会オーナーであるドノヴァンが、不躾に探るような視線を俺に向けてきた。
* * *
「……おや、随分と心を痛めておいでるご様子。同郷の誼というやつですかな?」
たっぷりと脂肪のついた顔に、狡猾な商人の笑みを張り付けたドノヴァンが、身を乗り出してくる。
彼は俺の沈黙を『かつての仲間に対する情』だと都合よく解釈したらしい。
「良ければ、残りの五名の女も、待機部屋からこちらへ連れてきましょうか? トオル様がまとめてお買い上げになるというのであれば、特別に少し値引きをして差し上げても構いませんよ」
まるで果物でも売るような手軽さで、命のまとめ買いを提案してくるドノヴァン。
その提案に対し、俺は表情筋を一切動かすことなく、短く、そして明確に切り捨てた。
「いや、いい。そいつらは不要だ」
俺の即答に、ドノヴァンだけでなく、下を向いていた渡辺と高橋も弾かれたように顔を上げた。
冷酷な決断に聞こえたかもしれないが、俺にとってこれは極めて論理的な選択だった。
* *
俺がオルト村で盗賊を討伐した後のことだ。
クラスの男子たちから「仲間をおとりとして使ったクズ野郎」だと非難された。
佐藤や木村といった男子が中心となってそう言い立てていたが、男子だけでなく、女子の中にも彼らに同調し、俺を蔑むような目で見ていた者が多数いたのをはっきりと記憶している。
そんな連中を、なぜ俺の身銭を切ってまで助けてやる義理がある?
ただ、今、目の前で震えているこの二人は違った。
社交的だった渡辺も、大人しかった高橋も、当時から俺に対する非難の輪には加わらず、ただ沈黙して距離を取っていた。
直接的な危害を加えてこなかった彼女たちまでも見捨てるのは、「忍びない」と感じるだけの良心は持ち合わせている。
(それに、俺にヘイトを向けていない分、奴隷として購入した際の心理的な反発も少ないはずだ。どのみち、高価な戦闘用奴隷を買う資金はない。ドノヴァンに侮られないように適当な奴隷を買うのであれば、この二人でもいい)
合理的な言い訳を盾にして、俺は自身の選択を正当化する。
* * *
「残りの五名に興味はない。だが……この二名であれば、買ってもいい」
俺がそう告げると、ドノヴァンは太い指で顎を撫で、ねっとりとした視線で二人の少女を舐め回した。
「ほう……この二名をご希望ということでよろしいですかな?」
「ああ。それで、値段はいくらだ?」
俺はソファーの背もたれに深く寄りかかり、余裕のある客を演じながら問いかけた。
(ドノヴァンは銀貨百枚に利息を付けたと言っていた)
大雑把に計算しよう。
借金のかたに、七人まとめて銀貨百枚で売られた。
金貨に換算すれば十枚。
そこに利息を付け――
買取金額は、一人あたり金貨二枚以内といったところだろう。
(となると、売値は金貨四枚。二人合わせて八枚か……)
今の俺には金貨十枚がある。
これだけあれば、十分にお釣りがくるはずだ。
しかし、ドノヴァンの口から滑り出た数字は、俺の想定をはるかに超える異常なものだった。
* *
「そうですな。先ほどの歴戦の戦闘奴隷とは違い、まだ未調教の粗削りな素材ではありますが……。この二人――合わせて、金貨百枚でいかがでしょう?」
(……は?)
脳内で弾き出していた計算式が、粉々に砕け散る音がした。
金貨百枚。
この世界の物価の安さを考えれば、明らかに異常な金額だ。
俺の全財産をすべて注ぎ込んでも、十分の一にしかならない。
ぼったくり、法外な価格だ。
「いくらなんでも、高すぎるだろ」
焦りを悟られないよう、声のトーンを極限まで低く抑え、冷たい怒気を孕ませてドノヴァンを睨みつける。
戦闘では役に立たない少女二人に、そんな値段がつくはずがない。
明らかに俺の足元を見て、ふっかけてきている。
俺の抗議に対し、ドノヴァンは動じることなく笑みを深め、隣に控えるミレイユへと視線を送った。
「そうでもありませんよ、トオル様。この二名は、ただの奴隷ではございません」
ドノヴァンの意図を汲み取ったミレイユが、銀縁の眼鏡の奥で冷ややかな光を宿しながら、淡々と説明を補足する。
「こちらの二名は、魔力持ち……つまり、魔法使いでございます。希少価値を考慮すれば、決して法外な値段ではございません」
* * *
魔法使い。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内で急速に情報が処理されていく。
確かに、この異世界において魔法が使える人材は貴重だろう。
オルト村の村長も、そのようなことを言っていた。
だが、それはあくまで『戦局を単独で覆せるほどの攻撃魔法』の使い手に限った話だ。
これまでの経験上、俺はそう考えている。
(もしこいつらが強力な炎や雷を自在に操れるなら、たかが犬二匹に仲間を殺され、自分たちも奴隷に落ちるような事態にはなっていない)
この世界に来たばかりの頃、鑑定したことがあった。
渡辺と高橋が使える魔法は、補助魔法に過ぎなかったはずだ。
(一応、確認してみるか)
スキル鑑定を使うと、渡辺と高橋はそれを感じ取ったのか、訝しむような目を俺に向けたが――今は無視だ。
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名前:アキラ・ワタナベ (渡辺 明楽)
職業:魔法使い レベル:1
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HP:30 / 30 MP:55
主要ステータス:魔力18 / 精神15
固有スキル:【アイテムボックス】
スキル:【移動魔法:Lv.1】
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名前:ルミ・タカハシ (高橋 瑠美)
職業:魔法使い レベル:1
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HP:35 / 35 MP:50
主要ステータス:魔力14 / 精神18
固有スキル:【鑑定】
スキル:【付与魔法:Lv.1】
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移動魔法に付与魔法。
軽く鑑定しただけなのでこの程度の情報しか開示されなかったが、十分だ。
必要な情報――
二人のスペックは分かった。
二人とも、戦闘では役に立ちそうにない。
(金貨百枚だと……馬鹿にしやがって。……いや、でも――安く仕入れて高く売るのは商売の基本だ。二人が魔法使いなのは事実だし、それだけの値がしてもおかしくはない、のか……? イマイチ正確な相場が分からんな)
少し探りを入れながら、交渉を継続することにした。
* * *
「……魔法使いだから貴重だ、と? 冗談を言うな」
俺は鼻で笑い、ミレイユとドノヴァンを交互に見据えた。
「俺も魔法の知識に明るいわけではないが、重宝されるのは強力な攻撃魔法の使い手だろう? 俺は補助魔法に頼らずとも、一人で魔物と戦えている。――価値の低い商品を、言葉巧みに高く売りつけるのが商人の常套手段だとは知っているが……俺を素人だと舐めない方がいい」
俺はハッタリと理屈を織り交ぜながら、相手の提示した価値を根底から否定してみせた。
ここでペースを握られれば、手持ちの金貨十枚では到底太刀打ちできない。
冷や汗が背中を伝うのを感じながらも、俺は眼前の海千山千の悪徳商人に対し、一歩も引かない態度で応じる。
だが、ドノヴァンの瞳の奥でギラリと光った貪欲な光を見て、俺は自分の言葉が相手にとって“想定内の抵抗”でしかないことに気づき始めていた。




