第42話 風評被害と合理的な解決策
約束の三日目の朝が訪れた。
――今日は盗賊を捕らえた報奨金を受け取る日だ。
『銀貨の止まり木』亭の防音性に優れた自室で身支度を整えた俺は、鍵を女将に預け、静かな職人街から朝の光が差し込む大通りへと繰り出した。
石畳の道を歩きながら、胸の内で冷徹に本日の予定を整理する。
まずは騎士団から発行された証明書を携え、指定された奴隷商会へ向かい、盗賊討伐と馬の押収に伴う報奨金を受け取ることだ。
懐の資金を増強させることは、この街で今後の選択肢を広げるための絶対的な前提条件だった。
* *
活気と熱気に溢れる市場を通り抜け、街の東側に位置する重厚な石造りの商会へと足を踏み入れる。
入り口で案内された簡素な応接室にて、騎士団の書類を提出すると、受付の男は慣れた手つきで書類の印章を確認し、素早く奥の金庫室へと引っ込んだ。
「こちらが規定の報酬となります。お確かめください」
重厚な木製のカウンターの上に置かれたのは、滑らかな革袋だった。
袋の口を緩め、内部に詰まった金属の輝きを目視する。
生け捕りにした盗賊たちの引き渡しの対価と、状態の良い軍馬たちの売却益。
手に入れたのは、金貨にして数枚、銀貨数十枚にも及ぶ、まとまった大金だった。
内訳を聞くと――
盗賊一人につき銀貨十枚。馬一頭につき金貨一枚。
盗賊二人と馬三頭で、金貨三枚と銀貨二十枚。
捕らえた盗賊を直接販売すれば買取は二十〜三十銀貨らしいので、ほぼ半額。
馬の方はそのままで、直売しても金貨三枚だった。
(中抜きがあるのかないのか、システムがよく分からんな)
ずっしりとした重みが革袋を通じて掌に伝わり、冷たい金属の感触が確かな安心感をもたらす。
アイテムボックスへと速やかに収め、手元の資産を再計算する。
これでオルト村を出た時以上の潤沢な資金が揃ったことになる。
経済的な基盤は、かなり整ったと言って良かった。
* * *
満足感を胸に秘めたまま、俺は次なる目的を果たそうと冒険者ギルドのバザル支部へと向かった。
朝の混雑が落ち着き始めたギルドの重厚な扉を押し開き、喧騒が残るホールを抜けて受付カウンターへと歩み寄る。
「あ……トオル様ですね」
対応した受付嬢は、俺の顔を見るなり、どこか申し訳なさそうな、気まずい表情を浮かべた。
「先日出していただいたパーティメンバーの募集の件ですが……大変申し上げにくいのですが、志願者は一人もおりません。――期限が過ぎましたので、今回の募集はこれで打ち切らせていただきます」
「……そうですか」
短く答えた俺に、受付嬢は庇うような言葉を続けようとしたが、その声を遮るようにして、背後から下品で粘着質な高笑いが響き渡った。
「ハハッ! 当たり前だろ! お前みたいな奴と組む物好きが、この街にいるわけねえだろ!」
振り返ると、そこには見覚えのある四人の男たちが立ち塞がっていた。
佐藤翔太、木村健一、西村、そして三木。
クラスメイトだった男子たちの顔には、隠しようもない露骨な嘲笑と、歪んだ優越感が浮かんでいた。
「残念だったな、常盤。俺たちがギルド中の冒険者に触れ回ってやったんだよ」
西村がニヤニヤと浅ましい笑みを浮かべながら、一歩前に出て俺を指差す。
「こいつはオルト村で仲間を捨て駒にして自分だけ生き残った酷い奴だってな。お前がどんなに良い条件で募集を出そうが、誰も応募なんてしてこねえよ。ひゃははははっ! ざまぁ!!」
「お前に殺されたクラスメイトが何人いると思ってる。仲間を犠牲にして良い装備を着込んで気取ってんじゃねーぞ!」
三木も同調し、吐き捨てるようにそう言い放った。
彼らの言動の根底にあるのは、己の無能さから目を背けるための身勝手な不満の解消であり、俺に対する理不尽な八つ当たりだった。
事実を歪曲して悪評を広め、他人の足を引っ張ることでしか自尊心を保てない――醜い小者たちの生存戦略。
俺は苛立ちすら覚えず、ただ冷え切った視線で彼らの顔を見つめた。
「……そうか」
俺の発した言葉は、それだけだった。
感情を一切交えない低く平坦な一言に、勝ち誇っていた四人は一瞬だけ肩を透かされたような顔を見せた。
激高して怒り狂うか、狼狽して懇願してくるかを期待していた彼らにとって、俺の徹底した無関心は予想外だったのだろう。
俺は彼らに二度と視線を向けることなく、そのまま静かにギルドの出口へと向かって歩き出した。
背後で何やら負け惜しみのような怒号が聞こえた気がしたが、意識の枠外へと聞き流した。
* * *
宿屋の自室へ戻り、鍵をかけてベッドの縁に腰を下ろす。
一人になった室内で、俺は静かに「ステータス」と呟いた。
目の前に展開された半透明のパネル。
自身のステータス画面をじっくりと確認していくと、案の定、称号の欄に新たな文字列が刻み込まれていた。
【オルト村の英雄】のすぐ隣に、くっきりと浮かび上がる【バザルの卑劣漢】という不名誉な称号。
(噂や周囲の認識が、世界のシステムによって自動的に称号として定義されるわけか……)
俺は怒るどころか、この異世界のシステムの徹底した容赦のなさに、どこか感心すらしていた。
真実がどうであるかは関係ない。
『周囲の大多数がその人間をどう評価しているか』が客観的な数値や称号として固定化される。
これは社会的な信用を失った者に対する、極めて合理的で厳しいペナルティだ。
(報酬に多少色を付けたところで、この悪評がある以上、真っ当な冒険者を雇うのは不可能に近いな)
金を積めば一時的に人は釣れるかもしれないが、悪評を持つリーダーに対して雇われる側が抱くのは軽蔑と不信感だけだ。
土壇場での裏切りや、背後からの刺殺のリスクを抱えながら冒険を続けるなど、合理的な選択とは口が裂けても言えない。
ならば、どうするべきか。
思考を巡らせる。
バザルを捨てて別の街へと移動するか?
――いや、バザルは交易の要衝であり、ダンジョンや各種インフラが最も整っている。悪評一つでこの利便性を捨てるのは時期尚早だ。
ソロでの活動を突き通すか?
――前回の死にかけた経験からもわかる通り、ソロでの探索は許容できるリスクの範囲を超えている。
では、どうすれば『裏切らず』『風評被害を気にせず』『俺の命令に絶対服従する』戦力を確保できるか?
答えは、最初から一つしかなかった。
* *
「……金で買える絶対的な忠誠、か」
俺はベッドから立ち上がり、革の胸当てのバックルを締め直した。
異世界といえば奴隷――
そして、異世界の奴隷に付き物なのは契約の魔術だ。
奴隷であれば、主人の世間の評判など一切関係がない。
絶対的な主従関係によって縛られた存在は、裏切りのリスクを極限まで低減させてくれる。
俺は迷うことなく宿を出て、先ほど報奨金を受け取ったばかりの奴隷商会へと再び足を向けた。
重厚な扉をくぐり、受付の男に直接告げる。
「戦闘用の奴隷を買いに来た。予算はある」
俺の用件を聞いた受付は――。
「……承知いたしました。お客様、奥の特別応接室へご案内いたします」
通常の商品が見せられる平場ではなく、高級感溢れる調度品で飾られた二階の個室へと通される。
静寂が支配する部屋で待つこと数分、重厚な絨毯を踏みしめる靴音が近づいてきた。
扉が開き、入ってきたのは一人の男だった。
たっぷりと肉のついた体格に、上質な絹の服を着崩した中年。
指にはめられた宝石の指輪を光らせ、強欲さと冷徹な鑑定眼を同時に宿した瞳が、俺をじろりと見つめてくる。
奴隷商会オーナー、ドノヴァン。
この街の裏と表を仕切る巨大な商人のトップが、ゆっくりと巨体をソファーに沈め、唇の端を吊り上げた。




