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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第37話 事後処理と捕虜の処遇

 灰色の煙幕が、森を抜ける冷たい風に煽られて徐々に千切れていく。


 硝煙とむせ返るような血の匂いが混ざり合う中、視界がゆっくりと開けていく――そこには、弓を引き絞ったまま硬直する二人の盗賊の姿があった。

 彼らの視線の先には、たった数秒前まで生きていたはずの仲間たちが、切断された肉塊となって転がっている。


「ひっ……あ、あああっ!」


 恐怖で完全に恐慌状態へ陥った一人が、引きつった叫び声を上げながら矢を放った。

 空気を裂いて飛来する一本の矢。

 かつての俺なら、その軌道を捉えることすら難しかっただろう。


 だが、現在の俺の視界では、その矢の動きはひどく緩慢だった。

 『敏捷』と『技量』の圧倒的なステータス補正がもたらす動体視力の向上。


 矢羽が回転する僅かなブレや、鉄の矢尻が風を切る軌道すらも、俺の脳は正確な一本の線として知覚していた。



 殺傷兵器が飛んできているというのに、俺は焦ることもなく、腰を捻り半歩だけ軸をずらし、下段から『疾風の剣』を軽く振り上げた。


 カキンッ、という乾いた金属音と共に、必殺のはずだった矢はいともたやすく弾き飛ばされ、力なく地面へ落ちる。


「ば、馬鹿な……矢を、剣で……ッ」


 絶望に顔を歪める弓兵たちへ向けて、俺は無造作に地面を蹴った。


 * * *


 『風のマント』が突風を孕み、瞬きする間に一人目の懐へ潜り込む。

 相手が腰の短剣へ手を伸ばすより早く、俺の刃は男の喉笛を正確に、そして浅く切り裂いた。


 致命傷――声帯と頸動脈の表面を削がれた男は、ゴボゴボと血の泡を吹きながらその場に崩れ落ちる。


 すぐさま身を翻し、もう一人の弓兵が震える手で二本目の矢をつがえようとする動作を視界に収めた。

 俺は躊躇なく白刃を一閃させ、男が構えていた木製の長弓を叩き斬った。


「あぎゃあああっ!?」


 武器と仲間を失い、戦意を喪失して地面に這いつくばる男の首筋へ、俺は静かに血濡れた剣先を突きつけた。


「降伏するか?」


 極限まで感情を排した、氷のように冷たい声で問いかける。

 男は股間を濡らしながら、何度も何度も首を縦に振り、完全に戦意を喪失して屈服した。


 これで、戦闘は完全に終了だ。


 * * *


 街道に、再び奇妙な静寂が舞い戻ってきた。

 聞こえるのは、風に揺れる木々のざわめきと、生き残った盗賊の荒い呼吸音だけ。


 俺は周囲の安全を完全に確認してから、【アイテムボックス】の中から太い麻縄を取り出した。


 馬車の陰から、青ざめた顔のルークが恐る恐る近づいてくる。


 俺たちは無言のまま協力し、戦意を失った弓兵と、先ほど馬から引きずり下ろして意識を刈り取った騎兵を、身動きが取れないように厳重に縛り上げた。


 縄をきつく締め上げながら、俺はふと疑問に思っていたことをルークに尋ねてみた。


「ルーク。こうして生け捕りにした盗賊というのは、一般的にどう扱うのが正解なんだ?」


「えっ……あ、はい。街道で襲撃してきた盗賊の身柄は、基本的にはそれを捕獲した者の『所有物』として扱われます」


 ルークは死体から目を逸らしながら、震える声でこの世界の法的なルールについて説明を始めた。


 彼の話によれば――捕らえた盗賊は、自分で直接奴隷商人に売り飛ばすことも可能だが、一般的な行商人や冒険者の対応は、最寄りの町の治安機関や騎士団に引き渡すのが通例だという。


 もし彼らが指名手配されている賞金首であれば、相応の報奨金が支払われる。


 そうでない場合でも、彼らは犯罪奴隷として騎士団から奴隷商へ売却される。

 その後、国営の鉱山などに送られるため、捕獲者にはその売却益の一部が「手間賃」として還元されるらしい。


 * *


「犯罪を犯せば、最下級の奴隷として過酷な労働で使い潰されるわけか。シビアだが、合理的で無駄のないシステムだな」


 俺は縛り上げられた盗賊たちを見下ろし、淡々と事実を噛み砕いた。


 この異世界にも、人手を欲している過酷な肉体労働の現場は無数にある。

 労働力としての「奴隷」の需要は常に尽きないのだろう。


 捕らえた盗賊を自分で奴隷商に持ち込んで小銭を稼ぐこともできるが、その手間とリスクは現在の俺には見合わない。

 それよりも、これから拠点とする予定の「交易都市バザル」の騎士団に彼らを引き渡し、治安維持に貢献したという『実績』を作る方が遥かに有益だ。


 権力者側に良い印象を与え、コネクションの端緒たんしょを掴んでおくことは、今後の活動でプラスに働くかもしれない。


 俺は打算的な判断を下し、二人の盗賊を荷馬車の空いたスペースへ乱暴に放り込んだ。

 さらに、主を失って街道の脇で草を食んでいた三頭の乗騎も、手綱を拾い集めて馬車の後部へ繋ぎ止める。


 軍馬や乗用馬は、それだけでもかなりの資産価値がある。

 これも立派な戦利品だ。


 * * *


「トオルさん……さすがはオルト村の英雄ですね。見事なお手前でした。僕一人なら、間違いなくここで命と荷物を奪われていました」


 事後処理を終えて一息ついていると、ルークが深々と頭を下げてきた。

 その手には、丁寧に布で包まれた何かが握られている。


「これは、僕からのほんの気持ちです。命を救っていただいたお礼として、どうか受け取ってください」


 差し出された布を解くと、中から現れたのは――

 厚手で頑丈な作りの革製ブーツだった。


 魔獣の革をなめして作られているのか、表面にはうっすらと土属性の魔力が帯びているのを感じる。


 俺は受け取ると同時に、極めて自然な動作で【鑑定】のスキルを発動させた。


『大地のブーツ:装備者の足元を安定させ、耐久値に+3の補正を与える。長距離の移動でも疲労が蓄積しにくい』。


 俺はこれまで履いていた擦り切れた革のブーツを脱ぎ、さっそくその『大地のブーツ』へと装備を取り換えた。


 足を入れた瞬間、靴そのものが俺の足のサイズに合わせて微かに収縮し、完璧なフィット感をもたらした。

 足裏から大地に根を張るような、ずっしりとした安定感が伝わってくる。


 ステータスの『耐久』が上昇したことで、先ほどの戦闘で生じた僅かな筋肉の疲労感すらも、潮が引くように消え去っていくのが実感できた。


 ただの商人からの贈り物としては、明らかに採算度外視の高級な魔道具だった。


 * *


(クエスト達成の報酬……なのか?)


 俺は足元のブーツを見つめながら、システムが提示した『荷馬車を守れ』というクエストについて思考を巡らせる。


 システムが直接アイテムをドロップしたわけではない。

 だが、俺がクエストを達成した結果として、ルークからの「感謝の品」という現実の形で報酬が提示された。


 この世界のシステムは、人間の感情や行動すらも計算に組み込んで『報酬』を算出しているのだろうか。


 それとも、ただの偶然の一致に過ぎないのか。


 その答えはまだ出ないが、確かなのは、俺がまた一つ強力な装備を手に入れ、生存確率を引き上げたという事実だけだ。



「出発しようか、ルーク」


 俺が御者台に向かって声をかけると、ルークは力強く頷き、馬の手綱を握り直した。

 再び軋み音を立てて、荷馬車が動き出す。


 血の匂いが漂う惨劇の現場は、車輪が回るごとに少しずつ後方へ遠ざかっていった。


 * *


 青い空に太陽が輝き、地平線には白い雲が薄く散らばっている。

 街道の緩やかな丘を越えた先に、巨大な石造りの城壁に囲まれた街の輪郭が浮かび上がってくるのが見えた。


 クラスメイトたちが冒険者として活躍しているであろう舞台――

 『交易都市バザル』。


 俺は荷台のへりに寄りかかり、吹き抜ける風を浴びながら、冷たい探求心を胸の奥で静かに燃やし続けていた。

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