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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第一章

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第16話 焦燥と女神の加護

 古びた獣脂のランプが、部屋の澱んだ空気をじっとりと暖めている。

 卓上の中心で不規則に揺らめくオレンジ色の炎が、粗末な木組みの壁に俺たちの影を大きく、そしてどこか歪に引き伸ばしていた。


 今夜の夕食は、俺が薄暗い森から持ち帰ったホーンラビットの肉と、マリアの畑で採れた根菜を煮込んだシチューだ。


 獣肉特有の野性味のある脂の匂いと、素朴な塩気が混ざり合い、空腹の鼻腔を容赦なくくすぐってくる。


 コトコトと長時間煮込まれた肉は繊維の奥まで柔らかく、俺の胃袋を満たしてくれていた。


 平和な食卓の風景。

 どこにでもあるような、温かく穏やかな家族の団欒のような時間が、この小さな家の中には流れている。


(だが、この温るま湯に浸かり続けるわけにもいかないな)


 シチューを掬う木製スプーンの規則的な音を耳にしながら、俺の脳内は周囲の空気とは裏腹に、極めて冷徹に自身の現状を分析していた。


 俺はこの世界において、徹底的な回避と攻撃に特化した、いわば極端でピーキーなステータス構造をしている。


 『疾風の剣』による常時の斬撃付与と、『風のマント』をはじめとする装備による敏捷へのボーナス値。

 それらに頼り切ったヒット&アウェイの戦法は、ホーンラビットのような下級の魔物には完全な優位性を保つことができる。


 しかし、俺の基礎的な耐久力や防御力は心もとないと言っていい。

 もし相手の速度が俺の敏捷を上回り、ほんの僅かでも反応が遅れてかすり傷でも負えば、それは即座に致命傷へと直結する。


 レベルが4になり、要求される経験値が跳ね上がった。

 より多くの経験値と、自身の限界を引き上げるための新たなステージが、どうしても必要だった。


 * * *


 俺は木製のスプーンを皿に置き、情報を求める。


「マリアさん、一つお聞きしたいことがあります」


「はい、なんでしょうか、トオルさま?」


 マリアは優しげな微笑みを浮かべたまま、こちらに柔らかな顔を向ける。


「この村の周囲にいる魔物よりも、さらに強い魔物は存在しますか? いるとすれば、それはどこに?」


 その瞬間、カチャン、と。

 マリアの手から力なく滑り落ちたスプーンが、木皿に当たって鋭い音を立てた。


 彼女の深い琥珀色の瞳が見開かれ、そこにあった穏やかな親愛の光が、一瞬にして凍りつくような恐怖へと塗り替えられていく。


「強い……魔物、ですか……?」


 震える声。

 彼女の波打つ亜麻色の髪が、怯える小動物のように小刻みに揺れている。


 俺が危険な場所へ赴き、命を落とすかもしれないという想像が、彼女の顔から急激に血の気を奪っていた。


 これは純粋な同居人としての心配からくるものなのか、それとも俺の身を案じた彼女が『恐れ』を抱いたのか。


 その感情の出処がどこにあるにせよ、目の前の美しい未亡人が俺という存在に深く執着し、精神的に依存し始めているという事実が、俺の腹の底にある黒い支配欲を酷く満たしていくのを感じた。


「無茶はしないと約束します。すぐに挑戦するわけでもありません」


 俺は努めて穏やかな、しかし感情を交えない平坦な声で彼女を理詰めで宥める。


「ただ、これからのために知識として知っておきたいのです。話だけでも聞かせてくれませんか」


 俺の真剣な瞳に見つめられ、マリアは小さく息を飲んだ。

 彼女の胸元が大きく波打ち、薄い衣服越しにもその豊かな双眸が小刻みに震えているのがわかる。


「……わかりました。トオルさまが、どうしてもとおっしゃるなら」


 マリアは自身の豊かな胸に手を当て、狂った動悸を鎮めるようにゆっくりと語り始めた。


 * * *


「このオルト村には――いえ、この世界の全ての人の住まう地には『秩序と慈愛の女神』メルドリアス様の加護が存在します。そのため、村の境界線の内側に魔物が入ってくることはありません」


「女神の加護……」


「ええ。町からこの村へと続く街道も、領主さまが女神さまに加護を求め、その加護のおかげで魔物は寄り付かないのです。ただ、加護は人間には及ばないため、先日のように盗賊は平気で襲ってきてしまいますが……」


 なるほど。ゲーム的なシステムで解釈すれば、村と街道は不可視の結界で守られた『安全地帯セーフエリア』として強固に設定されているわけだ。


 俺が毎日のように通っている薄暗い森は、その加護の境界線の外側に位置しているということになる。


「では、その加護から遠ざかるほど、強い魔物がいると?」


「はい。女神さまの加護がある場所から離れれば離れるほど、強力な魔物に遭遇する確率は跳ね上がります」


 マリアは不安げに長い睫毛を伏せ、テーブルの上で自身の両手を白くなるほどきつく握りしめた。


「この村の近くに出る魔物……ホーンラビットのような魔物であれば、村人たちがパーティを組んで戦えば、なんとか退けることもできます。ですが……」


 彼女は言葉を切り、意を決したように顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「それよりも一回り大きい、真に恐ろしい魔物となると、町から来た熟練の『冒険者パーティ』でなければ到底対抗できません。決して、一人で挑んでいい相手ではないのです」


 冒険者パーティ。

 徒党を組む強者たち。


 この過酷な異世界では、パーティを組み「群れる」ことこそが、生存戦略の最適解なのだろう。


(――となれば、俺もどうにかしてパーティを組む必要が出てくるか)


 今すぐではないが、冒険者としてこの世界を生きていく以上、チームを組んで役割分担した方がいい。


(アイテムボックス一つとっても、魔力の消費を考えれば、役割を担う人数は多いに越したことはない)


 問題は、俺が人と協調することが苦手なところにある。


(何しろ、学校ではずっとボッチだったんだ。圧倒的に経験が足りない)


 俺が足りないものをどう埋めるか考えていたその時、横からコクリ、コクリという可愛らしい音が聞こえてきた。


 見れば、ナンシーが木椅子の背もたれに深く寄りかかり、小さな頭を揺らしながら気持ちよさそうに船を漕いでいる。


 父親譲りの燃えるような赤いショートカットが、ランプの淡い光を浴びて温かく輝いていた。


 * * *


「あら、もうこんな時間……。ナンシー、お部屋で寝ましょうね」


 マリアが立ち上がり、平和の象徴のようなその小さな身体を、壊れ物を扱うように優しく抱き上げる。


「んぅ……マリア、ママー……トオル、おにーちゃん……」


 寝言をこぼすナンシーの背中をゆっくりと叩きながら、マリアは奥の寝室へと消えていった。

 一人取り残された食卓で、俺はすっかり冷めてしまった残りのシチューを胃に流し込み、深々と、重たい息を吐き出す。


 やがて、寝かしつけを終えたマリアが、床板を軋ませないように静かな足音を立てて戻ってきた。

 

 彼女はテーブルの上の空いた皿を無言で手に取ると、台所の水桶の前へと立ち、手際よく食器の片付けを始める。

 冷たい水が跳ねる音と、麻布で皿を拭う微かな摩擦音だけが、夜の静寂に包まれた室内に響き渡った。


 昼間、森で命のやり取りをしていた血生臭い感覚や、先程までの「強い魔物」という殺伐とした話題は、もうこの空間のどこにもない。

 あるのは、ランプの薄暗い光に満たされた密室の中で、美しい未亡人と俺が二人きりになっているという、圧倒的で逃げ場のない事実だけだ。


 背を向けて作業をするマリアの、腰からお尻にかけての柔らかく肉感的な曲線が、嫌でも俺の目に、脳裏に、暴力的に焼き付いてくる。


 彼女の体温で温められた空気と共に、甘く熟れたような女の匂いが、夜の冷気と混ざり合って俺の鼻腔を執拗にくすぐった。


 己の限界を超えるための、未知なる魔物狩り。

 そして、俺という存在に完全に気を許している目の前の無防備な女。


 俺の中で、張り詰めた弓の弦のような、静かで濃密な男女の緊張感がゆっくりと、しかし確実に限界点へと向かって高まっていた。

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