ドラゴンスレイヤーと詠唱化06
僕は導師に両腕を出していた。
義手のために採寸している。導師の手は優しく僕の手をなぞる。
「くすぐったいです」
僕は笑いそうになる。
「すぐに終わる」
その言葉は何度もきいた。
だが、導師はなでるのをやめなかった。特になくなった腕をなでていた。
「義手ができるまでは、午前の勉強以外は休みにする。しばらく休め」
導師はいった。
午後の無詠唱の魔術の家庭教師とダンスの練習。その後の槍の練習を休みにするようだ。
左手がない今ではダンスも槍も練習できない。休むのは仕方ないかもしれない。
導師は僕の右手を揉む。
「どうしたんですか?」
僕は導師にきいた。
「いや。こんなに小さくて柔らかいとは思いもしなかった」
そういいながらも揉む手は止めなかった。
「そういえば、導師にもらった黑い杖をチリにされました。申し訳ありません」
僕は希少な精神感応金属であるノクラヒロの杖を龍との戦いで失った。
「そんなこと、どうでもいい。買い替えればいいだけだ。お前の手とは違う」
「……はい」
僕は導師の心がわからない。なぜ、そんなに失った手にこだわるのかわからない。形あるものはいつか壊れるに。
「それより、王が褒賞を出してくれる。何がいい?」
「ノクラヒロの杖が欲しいです。あれは使い勝手がいいですから」
導師は微笑んだ。
「そうか。なら、そう頼もう」
「はい」
僕は嬉しかった。ノクラヒロの杖は高い。金貨が簡単に飛ぶ。だから、導師に買ってもらうには気が引ける。王からもらえるのなら嬉しい限りであった。
「うん。大体わかった。三日ほどかかる。それまでガマンしてくれ」
導師は僕の手を離すと立ち上がった。
「大丈夫です。その間は魔術の本でも読んでいますから」
導師は書斎の主人の席であるイスに座った。
「お前は変わらないな」
導師にいわれて思う。
僕は少しは変わった気がする。裏切られても信用できる人がいる。そして、僕の身を案じてくれる人がいる。前世では思いもしなかったことだ。前世ではどれほど両親に甘えていたのかわかった気がした。
僕はまだ身も心も大人になれない。それだけが嫌だった。
導師は三日で義手を完成させた。そして、目の下にクマを作っていた。寝ずに頑張ったようだ。
僕はそんなにして頑張ることはないと思ったが、導師の心は違うようだ。
導師は約束をちゃんと守った。その義理堅い性格に驚きと共に感謝した。
「ありがたく使わせてもらいます」
僕は嬉しかった。
「ああ。だが、違和感はあるだろう。今日一日着けて、ちょっとでも違和感を感じたら、いえ。調整する。……遠慮するなよ」
導師は僕の心を見透かしていた。
導師がいわなかったら、ガマンしていただろう。
「はい。良くても悪くても夕食の時に報告します」
僕の顔に苦笑いでゆがむのを感じた。
「そうしておくれ」
僕は義手の上からする手袋を着けた。
庭に出て槍を出して振ってみる。何度も型を繰り返す。
やはり、義手は馴染みそうもなかった。調整ができていない。
だが、今は導師を休ませたかった。
導師は疲れて寝ているからだ。
僕は鈍った体を元に戻すように槍を振り続けた。
夕食後に義手の調整をしてもらった。そして、いつも通りの生活に戻った。
午前は家庭教師に勉強を習い、午後はカリーヌの下に魔術の家庭教師とダンスの生徒になりに行った。
相変わらず、カリーヌの家はゆっくりと穏やかな空気に包まれていた。
庭のテラス席で紅茶とケーキをもらって食べていた。
「それで、シオンは龍に勝ったんでしょ?」
レティシアは怒るかのようにいった。
「そうですよ。自分の呪いで死にかけていました。ですが、龍は龍です。強かったですよ」
僕は紅茶の匂いを楽しんだ。また、新しい茶葉を持ってきたようだ。香りが違った。
「……それで手を失ったと聞いたわ。……本当?」
カリーヌはおずおずときいてきた。
「はい。片手ですが。まあ、それで済んだので良かったです」
僕は手袋で隠している左手を見せた。
「良くないわよ!」
レティシアは怒鳴る。そして、立ち上がった。
「手を失って喜ぶ? そんなことできないわよ」
レティシアは本気で怒っていた。
「ですが、龍とは上位種ですよ。本来なら勝てない相手です」
僕はレティシアを見上げた。
「それでもよ」
「レティシアちゃん」
カリーヌの言葉が間に入った。
レティシアは顔を背けて勢いよく座った。
「シオン。手を見せて」
カリーヌは静かにいった。
僕は左手を出した。
カリーヌは優しい手つきで、僕の手を取って手袋を脱がした。
無骨な義手が現れた。
カリーヌは義手をほほに当てた。
「もっと、自分を大切にして。シオンは自分を捨てているように見えるの。だから、捨てないで。私たちは友達よ。だから、手だけといっても、失ったら悲しいわ」
カリーヌは泣いていた。
「ごめんなさい」
僕はこの二人には謝ってばかりだ。
僕は僕の気持ちをはっきり感じない。無視しているといっていい。だから、二人を傷つけた。僕の考えは浅はかだ。
だが、龍との戦いに無事で済ませる方法はなかった。だから、手を失ったのは間違えとは思っていない。
ただ、僕が僕の心を無視しているのが、二人には許せないようだった。
「ごめんなさい」
僕は二人に謝ることしかできなかった。
「……別に気にしてないわよ」
レティシアは怒っている。だが、いいたいことがあるらしい。
「再生の魔術があるらしいわね。ちまたで流行よ」
レティシアはほほを膨らませながらいった。
「それは導師が関係しているかと。龍の長から再生の魔術の本をもらいましたから」
「それなら、手は治るの?」
カリーヌは僕の手を握ったままいった。
「まだ、わかりません。失った魔術らしく、中身は読めない言葉で書かれていました。なので、欲しがった導師が持っています」
「そう。でも、希望はあるのよね?」
カリーヌは確かめるかのように僕にいった。
「可能性はありますが、導師がどうやって解読するのかわかりません。治るとしても時間がかかるかと」
「でも、大丈夫。ランプレヒト公爵なら期待に応えてくれるわ」
カリーヌは力なく微笑む。
「そうですね。期待して待ちます」
僕はカリーヌには笑っていて欲しかった。
「うん」
カリーヌは笑顔になった。
笑顔になったカリーヌと仏頂面のレティシアと別れて、城にある騎士団の練習場に顔を出した。
アドフルは待っていたのか、すぐに僕の前に来て片ひざをついた。
「この度のご活躍は聞き及んでいます。ですが、手をなくしたとウワサで聞きました。本当でしょうか?」
アドフルの声は真剣なものだった。
「はい。左手を失いました。今は義手です」
僕は紳士な姿に答えた。
「そうですか……。ちまたに再生の魔術の話を聞きます。ご存じですか?」
「はい。再生の魔術の本を龍族の長からもらいました。なので、導師が動いていると思います」
再生魔術の話がここまで伝わっているのは、導師は意図的に広げている可能性がある。だが、調べるすべは持っていない。
「それでしたら、手は治るのでしょうか?」
「まだ、わかりません。僕もその本を見ましたが読めませんでした。なので、復元するには時間がかかると思います」
「そうですか。力になれず、申し訳ありません」
「いえ。心配させてすみません。僕はもう大丈夫です。ですが、今日は義手の調整に付き合ってください。本気で打ち合うには違和感がありますから」
「はい。わかりました」
僕とアドフルは軽く打ち合って、その日の練習を終えた。




