ドラゴンスレイヤーと詠唱化05
終わったのがわかったのか、僕たちを運んだ龍が空で旋回していた。
そして、龍には狭い渓谷を降りて、僕たちのところに来た。
『龍の血を飲め。さすれば体力は回復する』
先頭の龍はいった。
『シオンの手は戻らないのですか?』
『それは長老に聞かねばならない。だが、期待するな。再生の魔法はあったが、今では失われている』
『そうですか……』
導師の落胆ぶりは異常だった。
ひざを落として、涙を流したからだ。
僕は足元の龍の血をすくって飲んだ。
「導師。まだ終わっていません。回復してください」
導師の視線が僕に刺さる。
「……お前は平気なのか?」
「いえ、覚悟をしていただけです。戦いとは相手を壊すのが、本質を考えています」
「だからといって、納得できないだろう?」
導師の言葉は弱かった。
「僕は傭兵になると思っていました。だから、体と命を失うのは当然と思っています。生き残ったのがうれしいですよ」
僕は笑ってみせた。
「そんな覚悟で臨んでいたのか?」
「はい。そうですよ」
僕にとっては当たり前だった。
一度、死んだ反動なのか、死は身近であり、死ぬ時は死ぬと思っている。
「すまん。私の考えは甘かった。すまない……」
導師はひざをついたまま、僕の左腕を離さず泣いていた。
僕は導師に何もいえず、ただ泣くのを見るしかなかった。
『すまないが、早く龍の血を飲んで欲しい。それから空き瓶があれば、血を入れるように』
『龍の血は人族に何の効果があるんですか?』
僕は疑問に思ったことをきいた。
『不老長寿になる。龍が人族に狙われる理由だ』
龍の言葉に納得した。龍は人族にとって有意義な存在だ。うろこや牙だけで強い防具や武器になる。そればかりか、血を飲めば不老長寿になる。欲しがる人間は多いようだ。
「すまない。まだ小さいのに寄りかかってしまった。私は私のするべきことをする」
導師は覚悟を決めたようだ。以前のような迷いはない。
だが、その前にやることがある。僕は導師が歩きだそうとしたのを止めて、龍の血を飲むようにいった。
僕は空間魔術でポーションを取り出す。そして、中身を捨てて空き瓶にする。そして、龍の血を入れる。僕は全てのポーションのビンに龍の血を入れた。
迎えの龍は呪われた龍のいた渓谷の一部を破壊した。
後腐れがないようにしたらしい。残っている龍の血を欲しがって争う可能性があるからだ。
亡骸は先に別の龍が掴んで運んでいた。そして、龍の墓場に埋葬するらしい。殺されて呪いが解けたので、今は普通の龍と同じようだ。
僕と導師は龍の手に乗って、龍の浮島に行った。
いつものように龍たちに囲まれる。そして、僕たちは長老に報告をした。
『小さき子にはすまないことをした』
長老は僕に謝った。
その代わりなのか、再生の魔術の書物をもらった。これはなくなった体を再生する方法を書かれているらしい。だが、今では失われた魔術の書物だった。
僕は受け取って開いたが、何が書かれているのかわからなかった。
「シオン。私にそれをくれ」
僕には読めないので導師に渡した。
導師の目は泣いていない。そればかりか希望に燃えているようでもあった。
その後はいつも通り、龍の手で正門に帰り、宰相と話して王に報告する。
「大儀であった」
王の労いの言葉を聞いて家に帰った。
僕はノーラに着替えを手伝ってもらった。そして、着替えるとベットに飛び込んだ。
今日一日は大変だった。僕はその日を振り返ることなく眠った。
翌日は朝から風呂に入った。恥ずかしいが、ノーラに手伝ってもらって体を洗った。
そして、龍の血を洗い流すと、さっぱりして終わった感覚がした。
「シオンは腕を失って喪失感はないのか?」
朝食の席で導師にきかれた。
「少しはありますけど、仕方ないかと。それより、義手を作ってくれませんか? 片手がないので、自分では作れません」
「そうだな。すぐに作る」
導師は不意に僕の頭をなでた。
朝食が終わって部屋に帰ろうとするとノーラに声をかけられた。
「シオン様。お着物にしみ込んだ龍の血を飲んでいいですか?」
ノーラがどこで龍の血の情報をもらったのはわからない。だが、止める理由はなかった。
「いいよ。そんなに不老長寿になりたかったの?」
「もちろんです。女の子はいつまでも若々しくいたいものです」
ノーラは嬉しそうにいった。
「そうなんだ。カリーヌ様とレティシア様は喜ぶかな?」
「もちろんです。ですが、まだ、気は早いかと。大人になってからの方がいいと思いますよ」
僕はそういうものかと思うが、どうも龍の血は危ないと直感が働いた。導師に相談をするべきと思った。
僕は導師の書斎に行き、ドアをノックする。
「入れ」
導師の言葉を聞いて中に入った。
「すまんが、まだ、義手はできていない」
導師は気を落としてすまなそうにいった。
つい先ほど頼んだことである。導師が謝るのは間違いだ。
「いえ、龍の血の話です。龍の血は不老長寿の効用があります。それを僕はビンに二十本以上持っています。どうしたら、いいですか?」
導師は驚いた顔をした。
そんなに驚くことなのか疑問に思った。
導師は両肘をテーブルについて考え込んだ。
僕は導師の返事を待った。
しばらくして、導師は顔を上げた。
「それは大切な人のために使え。少なくとも大人になってからにしろ。今は封印するように」
導師は僕を納得させるかのようにゆっくりといった。
「わかりました。でも、ノーラは龍の血を気付いています。服に染み込んだ血をもらってもよいかときかれました」
導師は驚いていた。
そして、立ち上がると、僕を置いて書斎から出ていった。
僕は後を追う。
導師は厨房でノーラとマーシアを捕まえていた。
「血に染まった服はどうした」
導師の声は怖かった。
「それなら、ロドリグさんが家宝にすると持っていきました」
ノーラは泣きそうな声でいった。
「ノーラは血を飲んだのか?」
「まだです」
導師は二人を離すとベルで執事を呼んだ。
執事のロドリグは早足で現れた。
「厨房に呼ばれる理由は何でしょうか?」
執事は理解できていないようだ。
「龍の血で染まった服のことだ。どうした?」
「それなら、額に入れて飾ろうと思います。大業を成した記念です」
執事はいつもながら穏やかだった。
「そうか。それは他人の手が届かないところに飾ってくれ。盗まれたくない」
「わかりました。そのようにはからいます」
導師はその言葉を聞いて執事を送り出した。
「ノーラ。龍の血は忘れろ。あれは危険なものだからな。体質が合わなければ命を落とす。私でも飲むのをためらったからな」
導師はウソをいった。
導師は血を飲んでいる。ゆえに老化はしない。十年後にはバレるのが、簡単に想像できた。
「そうなんですか? でも、試したいです」
ノーラはあきらめていないようだ。
「死にたいのなら止めはせん」
そういわれると、ノーラはあきらめたのか肩を落としていた。
「そういうことだ。勝手に血を飲もうとするなよ」
導師はメイドの二人にいった。そして、僕の手を取って厨房から去った。
僕は人の欲の深さを知った気がした。




