貴族と仕事06
日々、勉強と稽古に勤しんでいると、簡単に時間は経過していく。
そんな中、ジスランに頼まれているスロットを作る約束はできていない。
スロットの機構と紋様がわからないからだ。木を削って試作しているがピンとこない。それに、刻む紋様も勉強中だった。
導師に相談しに書斎に向かった。
導師の書斎から家庭教師の二人が出てきた。何か導師と話していたらしい。
二人は僕を見ると頭を下げて通っていった。
僕は気を取り直して書斎のドアをノックした。
「入れ」
導師の声が聞こえた。
僕はドアを開けて中に入る。
「何か困ったことでもあるのか?」
開口一番に導師にいわれた。
「ええ。ジスランさんに頼まれている。スロットの作り方がわかりません。時計とか機械仕掛けに詳しい人はいませんか?」
僕は導師にきいた。
「うむ。ジスランの要望か……。紹介できる人間はいるが、紋章を覚えて応用できないと話にならない。その件は、年単位で考えてくれ。ジスランもわかっているはずだ。一度も、催促されてないだろう?」
「はい。ありません」
毎日のようにジスランの家で、カリーヌとダンスと無詠唱の魔術を教え合っているが、一度も催促はされていなかった。
「それより、遺跡が見つかった。そして、調査の依頼が入った。お前には付き合ってもらう」
「調査ですか? 何をするんですか?」
遺跡といわれて思い出したのはピラミッドだ。
王家の墓でも出たのだろうか?
「最初は魔道具によるトラップの解除と内部空間の調査。空気中に毒とかあったら問題だからな。まあ、ここまでは冒険者が行うため、私たちは確認になる。安全が確保された後は、内部を探索して収穫物の調査になる。ここまで来ると、各専門家の出番となる。私たちは魔道具や魔術が専門となる」
「遺跡とは危険ではないのですか?」
ピラミッドに入った人間が短い間に死んだというウワサがある。呪いと聞いたが、現代にない未知のウイルスのせいかもしれない。
「確かにそうだが、そこは本職の冒険家に任せてある。私たちが行く頃には危険の排除は終わっているはずだ」
「そうですか。それで、いつ行くんですか?」
「二週間後に旅立つ。それまでに旅の用意をしてくれ」
「……はい。ですが、何をすればいいのかわかりません」
僕はきいた。
「そうだったな。……やはり必要だな」
導師は椅子を座り直した。
「シオンは今の家をどう思う?」
導師は僕を真っすぐ見た。
「昔は家庭的でしたが、人数が少ないので問題なかったです。ですが、人が増えて混乱しているかと。感覚でですが……」
「お前でもそう感じるか……。やはり執事は必要だな」
導師が執事を必要とは思わなかった。導師は気楽にやりたいはずだ。だから、昔はメイドが一人だった。
だが、今のは僕と僕のために家庭教師が常駐している。人が増えすぎていた。
僕は導師を見た。
「そう心配するな。家を空けるんだ。留守番が必要だろう。それに、今まで我がままをいっていたのは、私の方だ。公爵のくせに執事もいない。今までが普通ではなかったんだ。……まあ、家庭教師にいわれるまではっきりとわからなかったんだ。家長としては失格だな」
導師の顔に影が差した。
先ほどの家庭教師の二人は苦言をいったようだ。
相手は導師とはいえ公爵だ。機嫌を損ねて辞めさせられる可能性はあった。それでも、進言したようだ。
「僕が来たから変わったんです。なので、導師のせいではないです」
僕はいった。
「気にするな。私はお前を気に入って招いたんだ。そして、その責任をちゃんと果たせていない。それが問題なんだ」
そういわれると僕は何もいえなかった。
「近々、執事を雇う。これは、メイドのマーシアを雇う時に一緒に紹介されたんだ。運が良ければすぐに来るだろう」
「……はい」
僕はそう答えるしかできなかった。
三日後、執事が来た。名前はロドリグ・ブノワといって、スーツを着こなしている。
執事といったら、こんなおじさんと思うような真面目そうで、身なりにスキはなかった。だが、少し太っているせいか印象は円い性格と思えた。
「初めまして、ロドリグ・ブノワと申します。公爵家に雇われるのは光栄であります。それにふさわしくなるように精進していく所存です」
僕は少し堅苦しいと感じた。
だが、こういう人が使用人を束ねるのだろう。自分にも他人にも厳しくないとならないようだ。
夕食は皆で食べた。しかし、執事だけは頑なに拒んだ。そして、食事風景を見ていた。
「急ですまない。みんなには私のわがままに振り回せなくなった。今後は私個人でなく公爵家に仕えて欲しい。だから、この食事が最後となる。すまんな」
導師は食事の席で皆に謝った。
「いえ。今までがお優しかったんです。嬉しかったのです」
ノーラは答えた。
「ありがとう」
導師は寂しそうに微笑んだ。
僕は家庭教師から学ぶ日々が続いていた。
カリーヌの魔術と僕のダンスの練習ために、ジスラン・ラ・ヴィアルドー公爵の家を訪れた。
カリーヌはどこから聞いたのかわからないが、遺跡の件を知っていた。
「今度の遺跡は大きいそうなの。滅んだ前の遺跡らしいわよ」
カリーヌは興奮していた。
「カリーヌ様は詳しいんですか?」
「ううん。お父様から聞き知ったぐらい。シオンもランプレヒト公爵と一緒に行くと聞いたわ」
もう知っている。カリーヌの父であるジスランの情報網は侮れない。
「はい。導師が呼ばれました」
「でも、変なのよね。ランプレヒト公爵は公爵なのよ。そんな危ない仕事をするはずがないのに」
「そういえば、そうですね。でも、導師は受けたようですよ。理由は聞いてませんが」
「ふーん。ランプレヒト公爵の考えはわからないわ。何で受けたのかしら?」
カリーヌは答えの出ない疑問に首をかしげた。
「僕にもわかりません」
僕は紅茶をすすった。
「二人とも、仕事の話なんかしないで遊びましょうよ。シオンのいる時間は短いのよ」
レティシアはいった。
「そう思うなら、ダンスの練習を手伝ってよ。私だけでは練習にならないわ。リズムが違う人とも合わせないとならないのよ」
カリーヌはレティシアにいった。
「わかっているわよ。なら、来週から手伝ってあげるわ」
「本当? 助かるわ」
カリーヌは喜んでいた。
僕はよくわからず二人を見ているだけだった。
執事が来てから家の様子が変わった。
食事は導師と僕の二人だけの食事になった。そして、それをメイドの二人が見守った。
家庭教師も一緒の食卓につくこともなく、他の部屋で食事をしているようだ。
何か家の中の秩序が整い出した。昔みたいに気軽に厨房に入り込むのも気が引ける。
家の中は風が吹くような寂しさがあった。
だが、慣れなければならないようだ。これが、本来ある貴族の家だから。




