貴族と仕事05
「魔術紋章の勉強に熱心です。それは他も同じように熱心になって欲しいです」
食事の席で家庭教師のギードはいった。
僕は紋章の勉強を最低限にするために頑張っているだけだ。辞書を二冊も暗記する気はない。
「そうかもな。だが、得意分野と不得意分野はある。不得意分野は最低限で構わない。だが、得意分野は伸ばしてくれ。それが生きていくための武器になる」
導師は静かに答えた。
「はい。わかりました。そのように取り計らいます」
「頼む」
食事の席ではノーラさえ静かだった。
「おやつー」
厨房で僕はノーラにねだった。
ノーラは食事の用意で忙しいのだろう。僕を見ながらも手は鍋をかき回していた。
「干し肉はありません」
ノーラはきっぱりと断った。
以前に干し肉を盗んだ前歴がある。だから、今でも怒っているようだ。
だが、僕は不服だった。
導師にはおやつを与えるようにノーラはいわれているからだ。
「だったら、干し芋があるでしょ?」
「ありません」
ノーラは顔を背けた。
「なら、何で、窓に芋が吊してあるの?」
「あれは作っている最中です」
ノーラは言葉は動揺していた。視線は逃げていた。
「でも、導師とか食べているとは聞いてないよ?」
「何のことやら」
「ノーラだけが食べていると考えると納得できるんだけど」
ノーラは顔を背けて僕から逃げている。
「使用人が、勝手に作って食べているとしたら問題だよね。それも、養子とはいえ公爵の子にあげないで一人で食べている。導師が怒っても仕方ないよね? では、さようなら」
僕はきびすを返した。
しかし、ノーラの手が肩を掴んで離さなかった。
「シオン君。私はまだ育ち盛りなんです。だから、おやつは必要なんです」
その声は言い訳にしては低く怖かった。おどしのようだった。
「でも、導師に断りもなく、おやつを作って食べているのはいけないことですよ?」
「半分。半分、分けますから黙っていてください。おやつを食べないと死んでしまうのです」
ノーラは泣き落としにかかった。
「いや。半分どころは普通に渡すのが使用人でしょう? 元々、ここにある食材は導師が買ったのですから。何で駆け引きをしているんですか?」
「私が解雇されたら、どこに行けばいいのかわかりません」
「いや。普通におやつを僕に与えればいいだけの話です。そんなにおやつを独り占めしたいんですか?」
「違うのよ。これは使用人としての矜持なの?」
ノーラの思考は崩壊を始めているようだ。
「理解できません」
僕は怖くても拒否した。
「わかりました。とっておきのおやつを出します。それで、黙ってください」
ノーラは食器の引き戸から干し肉を出した。そして、僕に名残惜しそうに渡した。
僕はノーラを軽蔑の目で見る。
ノーラはとってはとっておきのおやつのようだ。
「これ以上は勘弁してください」
ノーラのいいようだと、まだ、何かを隠しているようだ。
探してもいいが、今のノーラを刺激するのは怖かった。
「私も欲しいな」
導師が顔を出した。
「何で、導師が?」
僕はいった。
厨房に導師が現れることはない。普段は魔道具のベルを鳴らして呼ぶからだ。
ノーラは固まって動かない。思考は止まっているようだ。
「ちょっとうるさかったので来た。……まあ、ノーラも腹が減るのなら食べてもいいが、シオンにも出せよ。それと、今までいわなかったが、お茶の時間に甘いお菓子をくれ。紅茶だけでは寂しいからな」
「はい!」
ノーラは飛び上がるように返事をした。
「使用人として頑張らせてもらいます!」
ノーラは大声でいうと頭を下げていた。
導師は考えていた。使用人を増やそうか考えているようだ。
以前は導師一人だけだったので、問題はなかった。しかし、僕や家庭教師が増えて使用人の仕事の量が増えたようだ。
「メイドを雇おうと思う」
食事の席で導師はいった。
「私はクビですか?」
ノーラは泣きそうな声でいった。
「いや、お前の仕事が増えすぎている。もう一人メイドを雇おうと思っている」
導師の言葉にノーラは安心していた。
「近い内に一人増やすかもしれん。まだ、決まっていないが、そのつもりでいてくれ」
「はい」
ノーラだけは緊張していた。
同じメイドが来るのだ。同僚と仲良く仕事をできるか不安でもあるのかもしれない。
僕としても、家の中の雰囲気に変化があるのは簡単にわかった。
「初めまして。マーシア・ケアニーと申します。縁あってこちらで働かせてもらいます。よろしくお願いします」
マーシアは頭を下げた。
導師の友人の紹介らしい。それはノーラと一緒だ。しかし、別の友人の紹介らしい。
歳はノーラと同じぐらいだった。その歳には当たり前なのか同じように家事全般はできるようだ。
「執事はいないのですか?」
マーシアは導師にきいた。
「必要ないので雇っていない。私の家は私のわがままで回っている。それに慣れてくれ」
「はい。わかりました」
マーシアは顔色を変えることなく了承していた。
僕は厨房に行く。
そこには二人のメイドがクッキーを食べていた。
「ずるい。僕も欲しい」
マーシアはお菓子を僕の前に持ってきた。
「はい」
そして、僕にお菓子が入った菓子皿を渡された。
僕はマーシアを見る。表情に変化がない。ノーラと反対に感情を表さないようだ。
「……ありがとう」
僕は思ってもなかった反応にぎこちなく答えた。いつもなら、ノーラの弁明から始まるからだ。
「マーシアさんが来てから、お菓子が解禁されたので嬉しいです」
ノーラはのん気にいった。
「でも、危険。導師は使用人に緩すぎる。太る可能性が高い」
マーシアは淡々といった。
ノーラは心当たりがあるのか、息を詰まらせた。
僕はノーラのお腹を見る。服の下では大きくなっている可能性は高い。
「シオン君。女性のお腹を見ないでください。それに私は太っていません」
ノーラはプンプンと怒った。
「でも、時間の問題だと思う」
僕はいった。
「大丈夫です。これでも、気を付けています。だから、おやつを食べても問題ないのです」
ノーラに言葉には根拠がない。
その前にぼりぼりとお菓子を嬉しそうに頬張っている姿は、太った女性の食べ方と同じと思った。




