戦略級魔術師と養子02
夕食の席で導師にジスラン宅であった話をした。
「まあ、あいつの武器は情報だ。だから、自然とそういう教育になる。マネするなよ」
導師は簡潔に話を終わらせた。
「カリーヌ様のお願いはきいてもらえないんですか?」
僕はきいた。
「無理だ。あいつの家が存続できる理由だからだ。だから、子供の頼みはきけないな」
「そうですか……」
「お前が気に病む必要はない。それに貴族をやっていればわかる。情報の大切さが」
「はい……」
僕は沈黙した。
「……それより、貴族らしい公爵家を見た感想は?」
導師はにやけていた。
僕の感想が楽しみみたいだ。
「お茶の時間が多いですね。でも、くつろいでいるようで、バタバタしている感じがします」
「まあ、あの家の子は若いからな。元気だからだろう。だが、お茶が多いのは貴族らしいぞ。貴族は基本的にヒマを持て余しているからな」
「そうなのですか? 導師はいつも忙しそうですけど違いは何なのですか?」
「私はヒマな時間を研究に割いている。おしゃべりに使わないだけだよ。一生は短い。だから、趣味に打ち込んでいるのさ。お前は魔術を習って何をするつもりなんだ?」
導師は僕をそういうふうに見ているようだ。
「まだ、わかりません」
「そうか? お前には目的がある。それは前世の男が持っていた願望だ。知らないとはいわせないぞ」
「あの人にきいたんですか?」
「きいたが、答えてくれなかった。だが、何かをしたかったのはわかる。それと成就はできなかったようだ」
「……今はいいたくありません」
神様になりたいなどいえるわけがなかった。
導師はクスリと笑う。
「……まあ、いい。気が向いたら教えてくれ」
導師は簡単に引き下がった。
午前中は魔術の本を読んで過ごす。そして、昼食を食べるとカリーヌの下に行って魔術を教える。午後三時になると城に行ってアドフルに槍の稽古をつけてもらう。
そのサイクルが日常になった。
だが、その日は城から帰る道の雰囲気が違った。
夕陽の落ちるオレンジ色の光に黒い影が見えた。その影は僕に鋭い視線を投げていた。
僕はいつでも魔術を展開できるようにして歩いた。
ふと、背後に気配を感じた。
振り返ると大きな男が立っていた。
「なんだ。ガキはガキか」
男はあきれたようにいうと、僕の腹をすくうように殴りに来た。
僕は両腕で防御する。だが、拳の威力は殺しきれなかった。
体が宙に浮いた。
男は大柄なのに動きは速い。男は僕の横に体を動かす。
僕は宙に浮いたままだ。体を動かすことはできない。その代わり、ブレイクブレットの魔術を展開した。
僕の後頭部に痛みが走った。それと共に目の前が闇に染まった。
騒がしい音に僕は目を開けた。
前にある扉は薄く開いている。その隙間から男たちの騒ぐ声が聞こえた。
僕はことのいきさつを思い出す。
道を歩いていたら男に襲われた。そして、気絶させられた。そこまでは思い出せる。だが、汚い部屋にたどり着いた記憶はない。
手足を動かそうとしたが鉄の鎖で縛られていた。
どうやら、誘拐されたようだ。だが、僕を誘拐する目的がわからなかった。
「本当に公爵が金を出すと思うか?」
男の声が聞こえた。
「こいつを買うのに大金を払っている。今回も払う」
聞き知った男の声が聞こえた。
扉の隙間から男たちのを見る。五人ほど男が見えた。
その男の中に父がいた。身なりは変わらないが、表情はやさぐれていた。
「まあ、金を出さなくても隣国で奴隷として売ればいい。無詠唱の魔術師だ。きっと、大金になる」
父はそういってにやりと笑った。
久しぶりに見る父は変わっていた。母が生きていたら、きっと泣いていただろう。それほど、父は変わってしまった。
「おい。ガキが起きたようだぞ。顔を見にいかないのか?」
男がはやし立てた。
「必要ない」
父は僕をちらりと見て顔を背けた。そして、ワインらしき酒をあおった。
もう、父とは道を違えたようだ。もう、親子に戻ることはない。だが、それは奴隷として売られた時にわかっていたはずだった。
ドゴンと音が鳴った。何かが破裂したようだ。
男たちはあわてて武器を掴んだ。
全身装甲の何者かが入ってきた。
僕は火の弾を出して高温にした。そして、それで鎖を焼き切った。だが、両手は自由にならなかった。
父が僕がいる部屋に入ってきた。
僕はクラッシュ《粉砕》の魔術で横の壁に穴を開けた。そして、そこに飛び込んだ。
そこは裏路地だった。
人が二人いる。片方は騎士のようなかっこうをしている。そして、反対側は盗賊みたいだった。
僕は盗賊らしき男にブレイクブレットの魔術を放った。間違えた時の保険として威力は弱い。だが、盗賊らしき男は倒れた。
「坊主。大丈夫か?」
騎士らしき男の声に覚えがあった。
アドフルとの槍の稽古に参加したヒマな騎士だった。
「はい。ケガはありません」
僕は答えた
「今、鎖を解く」
騎士は僕の鎖に手をかけた。
「チッ」
舌打ちが聞こえた。
穴から顔を出していたのは父だった。だが、すぐに顔は隠れた。
騎士は鎖を解けないみたいだ。あきらめて僕を担いだ。そして、裏路地から逃げるように走った。
「隊長。目標を保護しました」
僕を担いだ騎士はいった。
「ご苦労。ここで待て」
隊長であるアドフルはいった。
「裏路地の囲いが薄くなりますが、いいのですか?」
騎士は僕を下ろしながらいった。
「今は保護が目的だ。掃除が目的ではない」
アドフルは答えた。
「わかりました」
騎士は答えた。
「ありがとうございます」
僕はアドフルに頭を下げた。
「礼はいらない。今回の行動は予定した仕事である」
「それって、僕が誘拐されるのがわかっていたのですか?」
僕は驚きながらもきいた。
「もちろん。いつも屋敷の行き帰りに尾行を付けていた。ヤツらが動くのを見越してな」
「それって、父が動くとわかっていたんですか?」
「団長は確信していた。だから、エサとなってもらった。すまないな」
「いえ。家庭のことは自分でケリを付けないとならないことです。他人の手をわずらわせるのは間違っています」
「……それは間違っている。オレたちは仕事をしているに過ぎない。お前の家庭の話に興味はない。だから、気にするな。それにオレたちを信用して欲しいぞ。盗賊ぐらい壊滅してみせる」
アドフルは頼もしかった。
「……はい。申し訳ありません」
僕のできることは謝ることしかなかった。
「それより、鎖を解いてもらえ。窮屈だろう」
僕は騎士に腕の鎖を解いてもらった。
しばらくして、鎧を着た騎士が駆けて来た。
「隊長。三人は捕まえました。ですが、四人ほど逃げられました」
「それなら、構わない。追いつめるのはこれからだ。ヤツらは必ずヤツの下に向かう。その時が本番だ」
アドフルの眠れない夜は続くようだった。




