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ポンコツ女王の投資戦記  作者: 未知(いまだ・とも)


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第1話「つないだ指先」

王城の作戦室には、無慈悲な雨音だけが響いていた。


王族がくつろぐに相応しい、黄金と象牙色を基調にした豪華で煌びやかな室内。


だがその中央の卓上には、内装にそぐわぬ、青白く光り輝くホログラムの世界地図が広げられていた。


世界のどの企業に、どれだけ資金を動かし、どのように増減したか。


一見、戦略シミュレーションのように見えるインターフェイス。


それはゲームが得意な女王のために、投資をコンピューターゲームのように可視化したシステムだった。


しかし今、ホログラムのスクリーン上には、損失を示す赤く光った数字やチャートが浮かんでいる。


「どうしよう……」


女王は、青ざめた顔でつぶやいた。


自分で選んだ初めての投資先。


軍師と相談し、何度も迷いながら、彼女はようやく自分の判断で投資の世界に一歩を踏み出した。


だが、満を持して挑んだその一手は、冷酷なまでに『含み損』という現実を突きつけたのだった。


「……なんで」


女王は椅子から崩れ落ちるように膝をついた。


「私、ちゃんと考えたのに……。これなら大丈夫だって、思ったのに……」


声が震える。


損をした金額そのものも痛い。


でも、彼女の胸を締めつけたのは、自分の判断を信じられなくなる痛みだった。


目の前のマイナスの数字が、自分の愚かさを証明しているように見えた。

あの時の期待も、勇気も、全てが浅はかだったと告げているように思えた。


もしも時間が巻き戻せるなら——。


投資をしたことがある者なら、誰もが一度は抱いた苦い思いだろう。


「ねえ軍師」


「はい、お側におります」


「私、やっぱり投資には向いてないのかな……」


その心細げな言葉に、軍師はすぐには答えなかった。


黒と銀の装束をまとった軍師は、いつものように静かに佇んでいた。


左目には、銀縁のモノクル。

冷静で、端正で、どこかこの世のものではない美しさを持つ男性だった。


しかし、彼の外見は常に揺らぎを帯びている。

その体は生身ではなく、AIの描き出すホログラムなのだ。


「女王」


静かな声が、女王の心を落ち着かせるように室内に響く。


「投資とは、常に不確実性を伴うものです。

 正しい判断をしても、短期的に損失を抱えることはございます」


「そんなことはわかってるの……!」


女王は顔を上げた。


涙で視界が滲んでいた。


「私、頑張ったのよ。ちゃんと、逃げずに考えたのよ」


「存じております」


「でも駄目だった。……怖いの! 悔しいの!

 自分が、あまりに無知で無力だって思い知らされたみたいで……」


泣きながら女王は手を伸ばし、軍師の腕に縋ろうとした。


いつも傍にいて、冷静な声で応えてくれる。

そして優しく、時にちょっと意地悪く、女王に道を示してくれる。


だから、その存在に救われたかった。


「……あ」


けれど、女王の指は軍師の袖をすり抜けて空を切った。


その瞬間、女王の頬を涙が伝った。


「……っ」


触れられない。


どれだけ近くにいても。

どんなに求めても、この人には縋ることすらできない。


「ごめんなさい……あなたを責めたいわけじゃないの」


女王は両手で顔を覆った。


「でも、今だけでいいから……優しく抱きしめてほしかったの……」


軍師は、悲しく眉を顰めた。


それは決して、映像の乱れではない。

普段なら完璧に隠しているはずの感情の揺れだった。


しばしの沈黙の後——

軍師は静かな声で呟いた。


「陛下、これからお時間はございますか?」


「え?」


「そのご希望を叶える手段、私に心当たりがございます」


女王は泣き濡れた顔を上げた。


「希望を、叶える……?」


「はい。少々、危険を伴うかもしれません。

 さらに申し上げるなら、成功の保証もございません」


いつもの軍師なら、ここで


『そんな不確かなことに賭けるとは、正気の沙汰とは思えませんな』


と、皮肉のひとつも添えただろう。

しかし、彼の表情はひどく真剣だった。


「ですが、あなたがそれを望まれるなら」


軍師は女王の前にそっと膝をついた。


「今私は、あなたの悲しみに寄り添うことができる『体』が欲しいと、心の底から思いました」


 * * *


その日の夕刻、女王は軍師に導かれて、馬車で王都の外れにある一軒の館を訪れた。


雨は止まず、遠くでは稲光とともに雷も鳴っている。


「ここは……?」


女王の目の前には、蔦の絡まる古い石造りの館が建っていた。


窓には淡い琥珀色の灯りがともり、煙突からは細く白い煙が立ちのぼっている。


「私の古い知り合いの家でございます。

 さあ、濡れないうちに中へ」


馬車を降りると、女王が濡れないよう、軍師は従者にドレスの裾を持つように指示した。


重い木製の扉が、ギィ……とゆっくりと開かれた。

そこには、濃い紫色のフードを被った錬金術師がいた。


「……あら?」


だが、そこから発せられたのは、意外にも年若い女性の声だった。


フードを脱ぐと、肩に緩やかにかかる瑠璃色の髪。

青く澄んだ眼差しの、美しい少女が姿を現した。


彼女の名はイヴ。


国に仕える身でありながら、王城に常駐することを嫌い、この館に引きこもって研究することを好む、少々変わり者の錬金術師だった。


女王も、城内で彼女の姿を何度か見かけた程度で、直接話をするのはこれが初めてだ。


年若く見えるが、その瞳には長い年月を見つめてきた者だけが持つ、底知れない静けさと落ち着きが秘められている。


「これは女王陛下。珍しい人が来たものね」


「こ、こんばんは」


「王の背中に隠れて、恐る恐る私を見ていた子がねぇ……大きくなったものだわ」


イヴは女王を見るなり、泣き腫らした顔に気づいた。

次いで、彼女に従うホログラムの男に目を向けた。


そして彼の左目のモノクルに、ふと視線を止めた。


「そのモノクル! 貴方は……」


イヴの視線を受け、軍師は『秘密です』と言うかのように、そっと口元に指を立てた。


「私は女王の軍師でございます」


「……ふうん、そういうことね、わかったわ」


「え? 何? 二人だけの秘密??」


女王は、イヴと軍師を交互に見た。


「イヴ、あなた……この人のことを知っているの?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」


イヴは踵を返すと、館の奥へ歩き出した。


「私は、そのモノクルの本当の持ち主を知っているだけ」


 * * *


館の中は、書物や薬瓶、そして用途もわからないような奇妙な器具で埋め尽くされていた。


本棚には、古い革装丁の本が隙間なく並び、壁には乾燥した薬草や、星を見るための道具が吊るされている。


「で、こんな雨の中、女王陛下が何のご用?」


「実は……」


軍師は、事の次第を語って聞かせた。


「ふうん、体ねぇ……」


最後まで聞くと、イヴは目を輝かせた。


「それなら、私の長年の研究が役に立つ時かもしれないわ!

 ……ついてきて」


イヴは早足になると、屋敷のひときわ奥にある、大きな木製の扉の前に立った。


彼女が手をかざすと、扉の上には光る魔法陣が浮かび上がり、カチリ、と鍵の開く音が響いた。


「ほう……魔術による施錠ですか」


「そうよ、この中には誰にも見せられない秘密があるの」


そう言うとイヴは、おもむろに扉を開けた。


 * * *


部屋の中央には、大きな錬金釜。

その奥の祭壇にも似た台の上には、人形のようなものが横たえられていた。


白く、つるりとした人型の素体。


女王は思わず足を止めた。


「……人?」


「いいえ。まだ人ではないわ」


イヴは古い書物を卓上に広げた。


「これはゴーレム製造法を元に、私が長年研究を重ねた有機錬成物よ。

 名付けて、……錬金素体アルケミック・ドール!」


「アルケミック・ドール……?」


「そう。土や岩ではなく、動物の灰、植物の繊維……細かい素材は企業秘密だけどね。

 そして賢者の石を組み入れたことで動く器よ」


「器……」


女王はそれを不思議そうに見つめた。


「そう。このままではただの器。

 ここまではできてたんだけど、なかなかこれに『魂』となって宿ってくれる人がいなくてね〜」


イヴは、チラリと軍師に視線を送った。


「……それに、軍師を入れるの?」


女王の声が震える。


イヴは頁をめくりながら、静かに答えた。


「そうよ」


女王は軍師を見た。


「彼はね、女王、貴女を心から守りたいという思いから、この世にとどまっている魂なの」


「へ? やっぱり幽霊みたいなもの?」


その言葉に、軍師の横顔がわずかに硬くなる。


イヴは続けた。


「彼の強い想いを、王城の中枢にあるAIが読み取った。

 そして解析し、姿と人格の輪郭を補った。

 だから彼は、ただの幽霊ではないし、AIが生み出したただのホログラム画像でもないの」


女王は息をするのも忘れて、軍師を見つめていた。


軍師はその視線を受けて、静かに笑った。


「幽霊やAIと呼ぶには、私は少々打算が強く、計算高すぎますかな」


いつもの軽口だった。


けれど、女王には分かった。

それは冗談の形をした、心の防壁だった。


「しかし、彼女の言葉に嘘偽りはございません」


軍師は真顔に戻り、女王に告げた。


「私はあなたを守りたいと願い、御前にいるのでございます」


女王の喉が詰まった。


イヴはそのやり取りを黙って見ていたが、やがて書物を閉じた。


「仮初の肉体を与えることはできるかもしれない。ただし、代償がいるわ」


「代償……」


女王は身構えた。


寿命か。

生贄か。

あるいは国の宝か。


イヴが差し出した皿の上に置かれていたのは、小さなナイフだった。


「その魂に縁のある者の血液。女王なら、その条件を満たしているわ」


「えっ?」


縁——。

それはどういう意味なのだろう、と、女王は考え、目の前の軍師を見た。


だが、彼はその問いに答えなかった。


イヴはナイフを構えながら、女王に迫る。


「女王様、貴女の血を少々頂きますが、よろしいですか?」


「……!」


女王は咄嗟に胸に手を当てた。

ナイフが胸に刺さる痛みを想像して、身をすくめる。


けれど、それが軍師の願いなら。


——彼に触れることができるようになるのなら。


女王は震える唇から、そっと言葉を紡ぎ出した。


「やるわ」


女王は意を決して、胸元を開いた。


「イヴさん、お願いします!」


イヴの唇が、わずかに笑みを形作った。


「あら、いい覚悟ね……」


そしてケラケラと笑った。


「でも、そんな大袈裟な物じゃなくていいの。

 指先をちょっぴり刺すだけだから、我慢してね」


「へ!?」


女王は慌てて胸元を掻き合わせた。


「な、なんだ、それくらいでよかったのね……」


そして額の冷や汗を拭いた。


 * * *


そんなやり取りの後、術式は始まった。


女王は床に描かれた契約の魔法陣の前に立つ。


陣の中央には、白い布に包まれた有機錬成人形。

その周囲には乾燥したコウモリの羽や香草、様々な灰や鉱物が供物のように並べられている。


そして最後に、女王の指先から採った血を含ませたガーゼが、人形の顔に被せられた。


イヴが告げる。


「最後に必要なのは、命令ではなく、承認よ」


「承認?」


「彼の魂を道具として呼ぶのではなく、ひとつの存在として人形の中に迎えるの」


女王は震える手を胸に当てた。


そして、軍師を見た。


ホログラムの輪郭は、今にも消えそうなほど淡くなっていた。


「軍師」


女王は言った。


「あなたは神に背いて、この地に留まることを選んだ」


軍師は黙って聞いていた。


「でもそれは、私のためだったのね。

 私を叱ってくれたのも、励ましてくれたのも、意地悪を言って笑わせてくれたのも、全部私のため……」


涙がこぼれる。


「だから私は、あなたに側にいてほしい」


女王は手を伸ばした。


「私の軍師として……私の隣に来て!」


最後の言葉が放たれた瞬間、術式が光を放った。


錬金釜が鳴動し、館全体が地響きのように震え出す。

すると、天井に新たな光の魔法陣が広がり、そこから生み出された金色の光が、絡み合い、白い人形へと流れ込み始めた。


「今よ!」


イヴは粉末にした羊の心臓を、錬金釜に振りかけた。

すると、


ドクン! 


と、錬金術で生み出された機械の心臓に魔力が流れ込み、鼓動を始める。


人形は完全に魂を取り込み、次第に、その魂に刻まれた姿形へと変化していった。


「……やったわ」


感慨深そうに、イヴがつぶやいた。


やがて、眩い光が収まった時。


魔法陣の中央には、見慣れた姿の軍師が立っていた。


青銀の髪。

黒と銀の装束。

左目のモノクル。


そして、確かに床を踏みしめる両足。


彼はもう、ホログラムではなかった。


女王は呆然と彼を見上げた。


「……軍師?」


彼は自分の手を見下ろしていた。

指を曲げ、開き、まるで世界に初めて触れる子供のように、ゆっくりと感覚を確かめている。


「これは……」


軍師は呟いた。


「ふむ、久しぶりに、肌が空気に触れる感覚がいたしますな」


「軍師……!」


女王が震える声で呼ぶと、彼は顔を上げた。


そして、女王に歩み寄った。


以前なら、どれだけ近づいてもそこに質量は感じなかった。

けれど今は違う。


靴音がする。

衣擦れの音がする。


軍師は女王の前で膝をついた。


「女王、お手を」


女王は息を呑み、恐る恐るその手に触れた。


肌を押し返す感触。


ほんのりと温かく、それはまるで生きた人の手のようだった。


「軍師……!」


そのぬくもりを感じ、女王は堪えきれずに泣いた。

軍師は、その手をしっかりと握り返した。


挿絵(By みてみん)


「私のために、お体に傷を付けてしまい……大変申し訳ございませんでした」


「うん、いいの……」


そしてしっかりと女王を見つめてから、胸に手を当て、深く頭を垂れた。


「私に再び体を与えてくださいまして、心より感謝いたします。

 ……今後はこの身が滅びるまで、あなたさまのお側に仕え、支えることを誓います」


そして軍師は、女王の指先にそっと口付けた。


「コホン!」


イヴは大きく咳払いをしてみせた。


「あー、はいはい! そういうのは二人だけの時に、存分にしなさいな」


「ご、ごめんなさい!」


慌てて手を離す女王に向かって、軍師は優しく微笑んだ。


「これは失礼いたしました。

 さあ、急いで傷の手当てをいたしましょう」


 * * *


数日後。


イヴの館に再び女王と軍師が訪れ、窓には賑やかな灯りがともっていた。


その中では、健康診断さながらに、イヴが軍師の体に刻まれた魔力回路を確認していた。


「——うん、安定しているわ」


一通り検査を終えたイヴは、満足げに頷いた。


「しばらくは無理をしなければ、問題なさそう」


「感謝いたします、イヴさま」


軍師は服を着ながら丁寧に礼をした。


カーテンの向こうでは、女王がソワソワしながら待っていた。


「……お疲れ様、検査は終わりよ」


「軍師、大丈夫だった?」


「ええ、おかげさまでこの体にもすっかり慣れました」


「よかった!」


軍師はイヴに微笑みかけた。


「あなたのおかげで、私は再びこの地に身を置くことができました」


「大げさね。私は術式を組んだだけよ」


「いいえ」


軍師は静かに目を閉じる。


「あなたは、私たちに再び希望をもたらしてくださったのです」


イヴは一瞬、言葉を失った。


それから、少しだけ視線を逸らす。


「……あなたって、昔から変わらないわね。

 そういう照れるようなこと平気で言って。あの頃も——」


イヴはそこで言葉を止めた。


「ごめん。今のあなたは、女王陛下の軍師だったわね」


呆れながら、イヴは手を差し出した。


錬金素体アルケミック・ドールは、大事に使ってね。

 壊れたら修理はしてあげられるけれど、永久保証ってわけじゃないからね」


「承知しました——ありがとうございます」


軍師はその手を取った。


握手。

ただそれだけのはずだった。


だがイヴの頬は、ほんのわずかに赤く染まった。


「思い出したわ……貴方、若い頃は随分と綺麗な見た目をしてたものね」


「はて、なんのことでしょう」


頬を赤らめて目を逸らすイヴに、軍師はとぼけてみせた。


「!?」


女王はそれを見逃さなかった。


「え? 何? また昔の話をしてるの?」


女王は、また自分だけが会話に置いていかれていることが気に食わなかった。


「なによー! 私にも教えて!」


「それはまたの機会にいたしましょう」


「もう、軍師ったら!」


「はい」


「あとで作戦室に来なさい!」


その様子を見て、イヴはくすくすと笑った。


軍師は一瞬だけ困ったように目を伏せ、それから恭しく頭を下げた。


「承知いたしました、我が君」


女王はふん、と顔を背けた。


「じゃ、帰るわよ!」


「御意」


軍師は、女王が差し出した手を恭しく取って歩き出した。


女王は、つないだその指先を、少しだけ強く握った。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!


錬金術師イヴ・キャラ設定:

王都の外れにある、石造りの古い館に住まう錬金術師。

見た目は若く美しい女性だが、本当の年齢は誰も知らない。

長年フィナンシア王家に仕え、国の繁栄のために錬金術を使うことを生業としているため、時間と資金に余裕がある。


その永遠とも言える長い時間を、自らの信じる錬金術の完成と美貌の維持に費やしているという。


 * * *


実はイヴさんは現実にいらっしゃいまして、私のXでのフレンドさんでもあります。

今回も、この作品に登場していただくことを快くお許しいただきましたので、ノリノリで書かせていただきました♪


ただし、錬金術で長寿設定、肩書きや館のデザインは私のオリジナルですので、実際のご本人とは違います。


イヴさんの素敵なアカウントはこちらですので、ぜひ遊びに行ってみてくださいね!


【イヴの錬金術】

https://x.com/eveevenoir223

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