天使様、魔道士ギルド長と話をする
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ルチアと母エレナが誘拐されたという最悪の事態。その確信を得た三兄弟と使い魔のモリィは、夜の魔道士ギルド本部「ルーンの塔」の最上階、ギルド長室へと乗り込んでいた。
重厚な木製の扉の向こうでは、無数の魔導ランプと淡く光るクリスタルが部屋を真昼のように照らしている。執務机の奥には、かつて初等部一年生の研究発表会で大興奮していたあの白髭の老人――魔道士ギルドのギルド長が、険しい顔で座っていた。その傍らには、有能そうな眼鏡をかけた女性の秘書が控えている。
「こんな夜更けに、侯爵家のご子息たちが揃って押し掛けてくるとは。ユリウス君、そしてアデル殿に、レオン君……ただ事ではないようじゃな」
ギルド長は、三兄弟が纏うただならぬ気迫、とりわけアデルから立ち上る青白い炎のような魔力の揺らぎを感じ取り、深く息を吐いた。
「夜分遅くに申し訳ありません、ギルド長」
アデルが、怒りを必死に抑え込みながらも、貴族としての礼を失わずに口を開いた。
「我が母、エレナ・フォン・グレイスフィールドと、同伴していたメイドのルチアが、夕刻にこのギルドを出た後、行方不明となっております。門番の証言では、手配された馬車ではなく、怪しげな辻馬車に乗せられたと。我々は、何者かによる誘拐だと確信しております」
「なんと……クリムゾン級のエレナ殿が攫われたと申すか!?」
ギルド長は驚愕に目を見張った。エレナの実力はギルド内でもトップクラスだ。彼女を不意打ちで連れ去るなど、並大抵の者には不可能である。
「ギルド長。俺たちは犯人の目星がついている」
ユリウスが、冷徹な声で一歩前に出た。
「ヘイムダール侯爵領の連中だ。以前、学院の天象儀の間でルチアを攫おうとした魔術師も、ヘイムダールの紋章をつけていた」
「ヘイムダール侯爵家……ラズヴェリ卿のところか……」
ギルド長の顔がさらに険しくなる。レオンも、その名前には強い警戒心を抱いていた。
「ギルド長様、ヘイムダールの魔道士たちについて、何か知っていることはありませんか?彼らはなぜ、ルチアの『魔力圧縮』を狙うのでしょうか?」
レオンが真っ直ぐな瞳で尋ねると、ギルド長は重苦しい溜息をつき、傍らの秘書に目配せをした。
秘書は手元の資料を整えながら、静かな声で説明を始めた。
「……ヘイムダール侯爵領は、領地全体が巨大な魔導研究施設のような場所です。あそこを治めるラズヴェリ・フォン・ヘイムダール侯爵は、魔導の探求に人生の全てを捧げた狂信的なお方。ヘイムダールの魔道士たちは、この魔道士ギルドには属しておりません。過去にギルド出身者でヘイムダールへ引き抜かれた者はおりますが、一度あちらへ渡れば、ギルドの監視の目は一切届かなくなります」
秘書は眼鏡の奥の瞳を細める。
「彼らは自領内の閉鎖された塔の中で、独自に魔導研究を行っています。国が禁術に指定しているような危険な魔法や、人道や倫理観を無視した魔術を研究しているという噂も絶えません。もし、エレナ様とルチアさんが攫われたのであれば、間違いなくその領内にある研究塔のどこかに監禁されているでしょう」
「危険な魔法……」
レオンはごくりと息を飲んだ。あの心優しいルチアや、いつも明るい母が、そんな恐ろしい場所で実験台にされているかもしれない。そう想像しただけで、レオンの小さな手がギリリと強く握り締められた。
「絶対に許さん……!今すぐ私がヘイムダール領を火の海にして、母上とルチアを助け出す!」
アデルの堪忍袋の緒が切れ、全身から凄まじい魔力の炎が吹き上がる。ギルド長室の書類が、熱風でバサバサと舞い散った。
「待つんじゃ、アデル殿!」
ギルド長が、杖をドンと床に突き立てて制止した。
「気持ちは分かるが、早まるな。まだヘイムダール侯爵の仕業と確定したわけではないんじゃぞ?明確な証拠もないまま、大貴族の領地に武力で乗り込めば、それこそ内乱や国家間の戦争にも発展しかねん。ここは一度冷静になり、王都隊に任せたほうがいい。ギルドからも、捜索の協力は惜しまんから」
大人の、そして組織のトップとしての極めて真っ当な意見。しかし、そんな悠長なことを言っていられる状況ではないことは、三兄弟が一番よく分かっていた。
「王都隊が動くのを待っていては、手遅れになってしまいます!」
レオンが声を荒げた。
「レオンの言う通りだ。王都隊が動く頃には、母さんたちはとっくに実験台にされてるぜ。だが……」
ユリウスは、激昂するアデルと焦るレオンを他所に、持ち前の天才的な頭脳をフル回転させ、悪魔のような冷たい笑みを浮かべてギルド長を見た。
「なあ、ギルド長。あんたも本当は、王都隊任せにする気なんてないんじゃないか?ヘイムダールの連中が、ギルドの目を盗んで一体どんな危険な研究をしているのか、現在の状況を探りたくてうずうずしてるんだろ?」
「……ぬっ」
ギルド長は図星を突かれ、言葉に詰まった。ユリウスの言う通り、魔道士ギルドとしては、禁術の研究が行われているかもしれないヘイムダール領の内情を調査する口実を、喉から手が出るほど欲しかったのだ。
「なら、取引だ」
ユリウスは、13歳とは思えぬ貫禄で交渉を持ちかけた。
「ギルド長、あんたの権限で、魔道士ギルドの精鋭部隊を『ギルド員の誘拐捜査』という名目でヘイムダール領に派遣してくれ。俺もそれに同行する。これなら、ヘイムダール領内での研究調査がし放題だろ?」
ギルド長はしばらく顎の髭を撫でて唸っていたが、やがて観念したように深く頷いた。
「……よかろう。ユリウス君の慧眼には恐れ入るわい。すぐに腕利きの精鋭を数名招集し、緊急の捜査隊を編成しよう。お主も魔道士ギルドの正規メンバーじゃ。同行を許可する」
「よし。俺の役割は決まったな」
ユリウスが不敵に笑うと、アデルが前に出た。
「ならば、私は正面から王家の力を使おう。ただちに父上に急報を入れ、ジークハルト殿下とのコネクションも使い、王都隊の騎士団を動かして、王都周辺から街道にかけての検問と追跡の手配を迅速に行わせる。いくら辻馬車に偽装しようと、物理的な逃走経路は必ずあるはずだからな!」
「アデル兄様、ユリ兄様……!」
二人の兄の迅速な判断に、レオンの胸が熱くなる。
「じゃあ、僕とモリィは、直接匂いを辿って、その辻馬車の足取りを追います!」
レオンの宣言に、モリィも
『ボクの鼻に任せてよ!絶対見つけるから!』
と元気よく吠えた。
「なっ……!それはダメだ、レオン!」
アデルが血相を変えて反対した。
「君を一人で、いや一匹とで、そんな危険な追跡に行かせるわけにはいかない!相手はプロの誘拐犯だぞ!君に万が一のことがあれば、私は……私は……!」
アデルのブラコン・ストッパーが全開になる。
「アデル兄様!」
レオンは、兄の言葉を遮り、その大きな蒼い瞳でアデルを真っ直ぐに見つめ返した。
「僕だって、もう子供じゃありません!毎日、授業を受け、剣や魔法を学んで、いっぱい鍛錬してるんです!それに、モリィは世界樹の眷属ですよ。いざとなれば誰よりも強いです。僕を信じてください!」
「レオン……」
「アデル兄様、お願いします!僕にできることを、精一杯やりたいんです。母様とルチアを、どうしても助けたいんです!」
レオンの純粋で、しかし絶対に引かない強い意志。それは、かつて「ノブレス・オブリージュ」を実践すると誓った、あの日の覚悟と同じだった。アデルは、弟のその真っ直ぐな瞳に、かつての守られるだけだった幼い弟ではなく、一人の「カッコいい男」になりつつある少年の成長を見た。
「……分かった」
アデルは、苦渋の決断を下し、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「だが、絶対に無茶はしないと約束してくれ。少しでも危険を感じたら、すぐに私の……いや、ギルドの通信魔導具で連絡を入れるんだ。いいな?」
「はい!約束します、アデル兄様!」
レオンが天使の微笑みで元気よく頷くと、アデルはようやく少しだけ肩の力を抜き、懐から丁寧に畳まれた布を取り出した。
「匂いを追うなら、これを使うといい」
アデルが差し出したのは、上品な刺繍が施されたハンカチと、使い込まれた素朴なハンカチだった。
「母上がいつも使っている特製の薬草香が染み込んだハンカチだ。先ほど別邸でカミラから受け取ってきた。これなら、モリィの嗅覚でも確実に追えるはずだ」
(アデル兄様、さすがの準備の良さですね……!)
レオンはそのハンカチを受け取ると、モリィの鼻先に近づけた。
「モリィ、この匂い、覚えられる?」
モリィは、くんくんと鼻を鳴らし、何度か深く匂いを嗅ぎ込んだ。
『……うん!ばっちり覚えたよ!この薬草の匂いと、ルチアのお日様みたいな匂い。どっちも、ちゃんと分かる!』
モリィの目が、いつものおとぼけな光を消し、狩人としての鋭い輝きを帯びた。
「よし!絶対に母様とルチアを助け出そうね!」
レオンが力強く宣言すると、アデルとユリウスも深く頷いた。
「ああ。私たちの家族に手を出した愚か者どもに、グレイスフィールド家の恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでやろう」
アデルの背後に、再び地獄の業火が幻視される。
「さて、行くぜ、レオン、兄さん」
ユリウスが、ギルド証を片手にニヤリと笑った。
夜のルーンの塔の最上階から、三兄弟と一匹の使い魔は、それぞれの役割を胸に刻み、別々の道へと駆け出していった。
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