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天使様、天賦の王子に頼られる

読んでいただきありがとうございます!更新日は火・金・日予定です♩

 イルナ月(10月)の肌寒い風が、ロドエル魔導学院の石造りの校舎を吹き抜けていく。剣術大会から1月が過ぎたが、レオンの心には小さな、しかし確かな棘が刺さったままだった。


(エリアスのあの時の様子……やっぱり、普通じゃなかった)

 アデルとジークハルトの決勝戦の直後、エリアスが放った冷酷な言葉。

『アデル先輩も大したことないね。兄上に忖度して手を抜いたのかな』

 そして、その直後に見せた、激しい混乱と涙。自分の口から出た言葉に怯え、泣きじゃくっていたエリアスの姿を思い出すたび、レオンの胸はぎゅっと締め付けられた。


 その後のエリアスにおかしな様子はなく、穏やかな日々が過ぎていて、レオンの中でも、あれは幻だったのではと思い始めていた。


 ーーーある日の放課後。

「レオン!迎えに来たぞ!」

 教室の入り口で、まるで後光を背負っているかのように輝く長兄、アデルが手を振っていた。

「アデル兄様!」

「さあ、行こうか。今日は君に、少し付き合ってもらいたい場所があってね」


 アデルは、周囲の初等部の生徒たちが

「きゃー、アデル様よ」

「なんてお美しい兄弟なの……」

 とため息を漏らすのを完全に無視し、レオンの手を引いて歩き出した。

「付き合ってもらいたい場所って、どこですか?」

「高等部の、王族および特待生専用のサロンだ。……実は、ジークハルト殿下から、君も交えて三人でお茶をしたいとご指名があってね」

「ジークハルト殿下と?」

 レオンは目を丸くした。第一王子であり、アデルの最大のライバルにして、無二のブラコン親友である。

「ああ。殿下がわざわざ初等部の君を呼ぶなど、本来ならあり得ないことだが……まあ、理由は明白だろうな」

 アデルは少しだけ顔をしかめつつ、レオンをエスコートして高等部の校舎へと向かった。


 ◇


 高等部の奥に位置する専用サロンの個室は、豪華な調度品で彩られ、静寂が保たれた特別な空間だった。

「よく来てくれた、アデル。そして、レオン・フォン・グレイスフィールド」

 部屋の中央のソファで、白銀の剣を思わせる完璧な美貌の第一王子、ジークハルトが優雅に微笑んでいた。

「お招きいただき、光栄に存じます、殿下」

 レオンは、マナー教師カサンドラ直伝の、隙のない完璧な礼をとった。その可憐で礼儀正しい姿に、ジークハルトの瞳の奥が、一瞬だけ

(何という完成された愛らしさだ……!我が弟の親友に相応しい!)

 と熱を帯びたのを、レオンの「ブラコン感知センサー」はしっかりと捉えていた。


「堅苦しい挨拶は不要だ。今日は私的なお茶会だからね。さあ、座ってくれ。リリアン侯爵領から取り寄せた、珍しい茶葉と菓子を用意させてある」

 ジークハルトの勧めで、レオンとアデルは向かいのソファに腰を下ろした。テーブルの上には、繊細な砂糖細工が施されたクッキーや、果実のタルトが並べられている。

「ありがとうございます。とっても美味しそうですね」

 レオンがにっこりと笑うと、ジークハルトも満足げに頷いた。


 お茶が注がれ、しばらくは当たり障りのない学院の話題や、先日行われた剣術大会の感想などが交わされた。

「先日の大会、アデル兄様も殿下も、本当に素晴らしかったです!あんなにすごい魔法と剣のぶつかり合い、初めて見ました!」

「ふふ、ありがとう、レオン。アデルの炎は、相変わらず厄介極まりなかったがね」

「殿下の光の刃こそ、一歩間違えれば私の首が飛んでおりましたよ」

 涼しい顔で恐ろしいことを言い合う二人。


 和やかな時間が過ぎていく中、ジークハルトがふと、ティーカップを置く手を止め、その表情から「完璧な王太子」の余裕を消し去った。

「……さて。今日、君たち……特にレオンを呼んだのは、他でもない」

 ジークハルトの蒼い瞳が、真剣な色を帯びてレオンを真っ直ぐに見据える。

「私の弟、エリアスのことだ」

(やっぱり、エリアスのことか……)

 レオンは居住まいを正した。

「最近、エリアスの様子が……少し、おかしいのだ」


 ジークハルトは、痛みを堪えるように眉間を微かに寄せた。

「元々、私に対して引け目を感じていることは知っていた。私が近づけば萎縮し、言葉を交わすことすら緊張してしまうあの子の不器用さを、私は『仕方がない』と……いや、兄として情けない話だが、私自身がどう接していいか分からず、少し距離を置いてしまっていた」


 それは、天賦の王子が初めて他人の前で漏らした、生々しい弱音だった。アデルも、黙ってその言葉に耳を傾けている。

「だが、最近のエリアスは、萎縮しているだけではないのだ。私とすれ違う時、あるいは視線が交わった時……」

 ジークハルトは、苦渋に満ちた声で絞り出した。

「私に対して、反抗的な……あるいは、明確な敵意を含んだような目を、向けてくる気がするのだ」

「え……敵意、ですか?」


 レオンは息を呑んだ。

「ああ。以前のあの子なら、私と目が合えば、怯えたように目を逸らしていた。だが今は、まるで私を……憎んでいるかのような、暗い炎を瞳の奥に宿していることがある。もちろん、すぐに元のエリアスに戻るのだが……あの冷たい視線が、私の心から離れないのだ」

 ジークハルトの言葉に、レオンの脳裏に剣術大会の観客席での出来事がフラッシュバックした。あの時のエリアスの、普段の温かい光を失い、深淵を覗き込むように濁っていた蒼い瞳。そして、人を嘲笑するような冷たい声。ジークハルトが感じた「敵意」は、間違いなくレオンが目撃したあの異変と同じものだった。


「……レオン。君は、初等部でエリアスと最も親しくしてくれている友人だ。どうか、教えてほしい。あの子に……エリアスに、一体何が起きているのだ?彼は、何か深く思い悩んでいることはないだろうか?私に対する不満を、口にしていなかっただろうか?」

 ジークハルトは、王太子のプライドなどかなぐり捨てて、すがるような目でレオンに問いかけた。

 レオンは、膝の上で小さな拳をぎゅっと握りしめた。

(エリアスは、そんな子じゃない……!)

 あの時、エリアスは泣きじゃくりながら謝っていた。

『ごめんなさい、本当にごめんなさい。どうしてあんな言葉が出たのか分からないんだ』と。

 あの涙は、絶対に本物だった。エリアスは、兄を憎んでなんかいない。彼自身もコントロールできない何かが、彼の心を侵食しているのだ。和江おばあちゃんの長い人生経験が、そう告げている。


「ジークハルト殿下」

 レオンは、しっかりとジークハルトの目を見つめ返した。

「エリアスは、殿下のことを憎んでなんかいません。むしろ、誰よりも殿下を尊敬して、憧れています」

「……だが、あの目は」

「もしかしたら、殿下と比べられるプレッシャーや、どうしても追いつけないもどかしさが、彼を苦しめているのかもしれません。……でも、エリアスは本当に優しくて、他人を傷つけるような言葉を本心から吐くような子じゃないんです。僕、この前……」


 レオンは、剣術大会での出来事を、少し言葉を選びながら話した。エリアスがアデルを侮辱するようなことを言ってしまったこと、しかし直後に、自分でもなぜそんなことを言ったのか分からないと、激しく取り乱して泣いていたことを。

(ここで「誰かに薬を盛られているかもしれない」なんて確証のないことは言えない。でも、あの時はどうかしてたと言っていたのを、僕は信じたい)

「エリアスは、涙目で泣いていました。僕のことも、アデル兄様のことも、そしてジークハルト殿下のことも、彼は絶対に悪く思っていません。だから……あの冷たい目や態度は、エリアスの本当の気持ちじゃないって、僕は信じています」


 レオンの瞳には、友を信じる強い決意の涙が微かに滲んでいた。

 その真っ直ぐな言葉を聞き、ジークハルトは大きく目を見開いた。そして、両手で自らの顔を覆い、深く、長く息を吐き出した。

「……そうか。あの子は、自分自身でも分からない感情の波に、一人で苦しんでいたのか……」

 顔を上げたジークハルトの表情には、弟の反抗的な態度に対する怒りや不快感は、微塵もなかった。あるのはただ、深い、底知れないほどの自己嫌悪と、弟を心底案じる痛切な愛情だけだった。

「兄である私が、あの子のプレッシャーを取り除いてやれず、あまつさえ、自分へ向けられた反抗的な目つきに怯え、こうして他人に助けを求めている……。私は、なんて不甲斐ない兄なのだ。王太子などと持て囃されながら、たった一人の弟の心すら救ってやれないとは……!」

 ジークハルトは、己を責めるように強く拳を握りしめた。

「エリアスが苦しんでいるなら、私が全てを捨ててでも助けてやらねばならないのに……!」


 その姿を見て、レオンの心の中で、ジークハルトに対する印象が少し変わった。

(ジークハルト殿下……本当に、心底エリアスのことが好きなんだな)

 以前は、「完璧な王太子の仮面が分厚すぎて、エリアスに本音が全く伝わっていない、コミュニケーション不全の困ったお兄さん」だと思っていた。しかし、今目の前にいるのは、ただ純粋に弟を愛し、弟の苦しみに胸を痛める、不器用で、でもとても優しい一人の「お兄ちゃん」だった。

(なんだ……アデル兄様と同じくらい、弟思いの良い人じゃないか)


 レオンは、ふわりと、心からの好感を持った「天使の微笑み」をジークハルトに向けた。

「殿下。エリアスは、きっと大丈夫です。殿下がそれほどまでに彼のことを想っているなら、いつか絶対に伝わります。僕も、エリアスの親友として、彼が笑顔でいられるように、全力でサポートしますから!」

「レオン……」

 ジークハルトは、レオンの温かく、包み込むような笑顔に、張り詰めていた心がすっと解けていくのを感じた。

「ありがとう、レオン。君がエリアスの友人でいてくれて、本当に良かった。……君のその優しさに、本当に救われるような気持ちだ……」


 ジークハルトは、感動に瞳を潤ませ、レオンの手をそっと両手で包み込んだ。

「君の言う通りだ。私は兄として、エリアスを信じ、見守り続けよう。何かあれば、すぐに私に言ってくれ。君とエリアスのためなら、私は王家の力すら惜しみはしない」

「はい、殿下! 一緒にエリアスを支えましょう!」

 二人の間に、身分を超えた「エリアスを守護する会」の固い絆が結ばれようとしていた。温かく、感動的な空気がサロンを包み込む。


 ―――しかし。その感動的な空気を、絶対に許さない男が、すぐ隣にいた。


「…………殿下」

 地獄の底から這い上がってきたような、低く、冷たく、そしてドス黒いオーラを纏った声が響いた。ジークハルトとレオンがビクッとして振り返ると、そこには、完璧な笑顔を顔に貼り付けたまま、目が完全に据わっているアデルが立っていた。

「私の……いえ、我がグレイスフィールド家の宝であるレオンに、随分と気安くお触りになられるのですね。……その手、今すぐ離していただけますか?」

 アデルの声は敬語だったが、その背後には、まるで青白い業火のような魔力の揺らぎが見えた。


「ア、アデル兄様……?」

 レオンがオロオロする。

「あ、いや、すまない、アデル。つい感極まってしまって……」

 ジークハルトが慌ててレオンの手を離すが、アデルの嫉妬と怒りは収まらない。

「殿下がエリアス王子を案じるお気持ちは理解いたします。ええ、痛いほどに。ですが!だからといって、私の天使を頼り、あまつさえその清らかな手に触れて魅了されようなどと、言語道断!レオンは私の弟です!殿下の心の拠り所ではありません!」


 アデルは、レオンの肩をガシッと抱き寄せ、自分の胸に隠すように庇った。

「ほら、レオン、こんなところにあるお菓子など食べなくていい。寮に帰れば、もっと美味しいものを私が用意してやる。殿下のお茶など飲んでは、変な虫がついてしまうぞ!」

「あ、アデル兄様、殿下に失礼ですよ!それに、クッキーとっても美味しかったですし……!」

「レオン、君のその優しさは、私とユリウス……百歩譲って父上と母上のためだけに使いなさい!殿下、今日のところはこれで失礼いたします!これ以上、我が弟をあなたのブラコンの巻き添えにするのはお断りです!」

「待て、アデル! 私は純粋にレオンの言葉に感動しただけで、別に彼を奪おうなどと……!」

「問答無用!行くぞ、レオン!」

「わわっ、引っ張らないでください、兄様!殿下、ごちそうさまでした!また、エリアスと一緒に!」

 アデルは、ジークハルトの弁明を聞く耳も持たず、レオンを文字通り抱え上げるようにして、サロンから逃げるように退室してしまった。


 残されたジークハルトは、一人、ぽつんとソファに座ったまま、空になったティーカップを見つめていた。

「……まったく、相変わらずの男だ。自分の弟愛は棚に上げて、私が少しレオンに感謝しただけであの剣幕とは」

 ジークハルトは苦笑しつつも、その表情は先ほどまでの重苦しいものから、少しだけ晴れやかになっていた。

「だが……レオン。君の言葉には、本当に救われたよ。エリアスのこと、頼んだぞ」

 天賦の王子は、窓の外の青空を見上げ、愛する弟の無事を、静かに祈った。


 ◇


「アデル兄様、少し過保護すぎますよ。ジークハルト殿下は、エリアスのことを本当に心配していただけなのに」

 サロンからの帰り道、レオンは少し不満げに頬を膨らませた。

「過保護で結構!殿下のあの目は、明らかに君の愛らしさに絆されていた!エリアス王子の側近にとどまらず、君を王家に取り込もうとする下心が見え見えだったぞ!」

「そんなことありませんってば……」


 レオンは呆れながらも、心の中では、先ほどのジークハルトの言葉と、エリアスの異変について深く考えを巡らせていた。

(エリアスのあの不可解な感情の揺れ……ただのプレッシャーじゃない。何かが、彼の中で静かに進行している気がする……僕に何ができるか分からないけど……でも、絶対にエリアスを独りぼっちにはしない。彼が本当に辛い時、ちゃんと手を差し伸べられるように、しっかり見ていなくちゃ)


 秋の涼しい風が、レオンのピンクブロンドの髪を揺らす。レオンの周りに、少し不穏な影が見え隠れしている。しかし、天使様は決意の瞳で前を向き、大好きな兄と共に、夕暮れの校舎を歩いていくのだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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