天使様、聖女の称号をなすりつける
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ユリウスの13歳を祝うお披露目パーティーから数日が過ぎ、エルグレア城に少しの落ち着きが戻ってきた頃。グレイスフィールド侯爵家の面々は、再び慌ただしい出発の準備に追われていた。
「いやあ、楽しみだな!南の海なんて、俺、本でしか見たことないぜ」
「僕もです、ユリ兄様!海って、どれくらい大きいんでしょうね!」
珍しく興奮気味のユリウスと、目をキラキラと輝かせるレオン。
今回の彼らの目的地は、グレイスフィールド領から遥か南に位置する貿易都市、「南の財布」ことポルトス侯爵領である。
事の発端は、数日前の父マルクの言葉だった。
「三領地同盟である「リーヴェン・ガーデン」の親睦を深めるため、そしてポルトス侯爵からの再三にわたる熱烈な招待に応えるため、家族で南の領地へ赴くことにする」
それは表向きの理由であり、本音は
「たまには家族水入らずで、羽を伸ばせるバカンスがしたい」
という、多忙を極める領主としての、そして、領にひとりぼっちで仕事に励む父(夫)としての、切実な願いであった。
「レオン、日焼け止めはしっかり塗ったかい?南の太陽は容赦なく君の柔肌を焼くからね。帽子も忘れないようにね!」
「アデル兄様、大袈裟ですよ。ちゃんと母様にもらったクリームを塗りましたから大丈夫です」
過保護を極める長兄アデルのチェックを受けながら、一行は数台の豪奢な馬車に乗り込み、領地を出発したのだった。
◇
『芸術の都』リリアン侯爵領を通過し、さらに南へ。馬車に揺られること一週間。徐々に気候は暖かさを増し、窓から吹き込む風には、じんわりとした湿気と、今まで嗅いだことのない塩の香りが混じり始めた。
「あっ!父様、母様!海です!海が見えました!」
窓に張り付いていたレオンが、歓声を上げた。
「うおっ、本当だ!なんだあれ、水がどこまでも続いてるぞ!」
「……美しい。だが、あの日差しの強さはやはり我が天使には危険だ!」
初めて見る広大な海に、三兄弟は三者三様の反応を示す。レオンの足元では、子犬サイズになった使い魔のモリィが『なんか美味しそうなしょっぱい匂いがするー!』と尻尾を振っていた。
やがて馬車は、活気溢れる巨大な港町へと滑り込んだ。アルセリオス王国唯一の貿易港を持つポルトス侯爵領は、様々な人種と文化が入り乱れ、活気に満ちている。石造りの街並みは白く輝き、港には巨大な客船や交易船が何隻も停泊していた。
「すごい……!うちの領地とは全然違う空気だね」
そして、海沿いに進み、港を見下すような丘に建てられた城に到着すると、豪奢な衣装に身を包んだメディチ・フォン・ポルトス侯爵が、満面の、いや、神を崇めるような笑みで出迎えた。
「おおお! お待ちしておりましたぞ、マルク殿!そして……我が心の師、レオン様!!」
「ご、ご無沙汰しております、ポルトス様」
「あの日、貴方様から賜った『三方良し』の教えと『損益計算書』のおかげで、我が領の利益は前年比三割増しでございます!さあさあ、どうか最高の歓待を受けてくだされ!」
メディチ侯爵はマルクを差し置いてレオンの小さな手を両手で握りしめ、ぶんぶんと上下に振った。その後ろで、マルクがそっと胃のあたりを押さえたのは言うまでもない。
◇
ポルトス侯爵領での滞在は、まさに夢のようなバカンスだった。
メディチ侯爵は、レオンの発案した「そろばん」を用いた新たな物流管理の仕組みについて、発明者であるユリウスと意気投合。二人は応接室にこもり、13歳と大の大人とは思えぬ白熱した商談(という名の悪巧み)を繰り広げていたり……
一方、マルクとエレナは、「少しだけ港の視察に行ってくる。子供たちは留守番をしているように」と言い残し、どう見ても夫婦水入らずのデートへと出かけていったり……
そして、アデル、レオン、ユリウスの三人は、ポルトス侯爵が手配してくれた豪華な小船に乗り込み、海釣りを楽しむことになった。
「それっ!」
レオンが釣り糸を垂らすと、すぐに強い引きがあった。
「わあ!アデル兄様、ユリ兄様!お魚釣れたよ!見て見て!」
「おお、見事だレオン!だが気をつけるんだ、海の魚は獰猛かもしれない!私が代わりに針を外そう!」
「兄さん、過保護すぎだろ。……おっ、俺のにもかかったぞ。風魔法で一気に引き上げてやる」
バシャァッ!と海面を割って現れたのは、見たこともない奇妙な形をした海の魔魚たちだ。
『わーい!お魚ー!食べてもいい?』
モリィが船の甲板で跳ね回る。
「ダメだよモリィ、生だと心配だから、美味しくお料理してもらってからね」
青い空と青い海。潮風を浴びながらの釣りは、王都の学院や領地での生活とは全く違う、開放感に満ちた素晴らしい時間だった。
◇
滞在も終盤に差し掛かったある日の午後。港町では、海神に豊漁を感謝する盛大な夏祭りが開催されていた。
「わあ、すごい人ですね!」
レオンは、王都でエララ・リリアン侯爵から贈られたあの「花柄のズボン」に、涼しげな白いブラウスという、どこからどう見ても高貴で愛らしい(しかし本人は男の服だと思っている)装いで、祭りの喧騒の中を歩いていた。母エレンとメイドによって着せられたのだ。
「迷子にならないように、私の手から絶対に離れるなよ、レオン」
アデルが、周囲の群衆を威嚇するような視線で睨みつけながら、レオンの手をしっかりと握る。
「屋台がいっぱいあるな。おっ、イカの串焼きだってさ。美味そう」
ユリウスが、屋台の匂いにつられてフラフラと歩いていく。
祭りの熱気と、南国特有のジリジリと肌を焼くような猛暑。太陽は容赦なく照りつけ、風も生ぬるい。広場には、踊りや音楽を楽しむ人々がすし詰め状態になっていた。レオンたちが冷たい果実水を買って日陰で休んでいた、その時だった。
「……きゃあああっ!」
広場の中央で、悲鳴が上がる。
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
「こっちでも人が倒れたぞ!」
見れば、炎天下の中で踊っていた町民たちが、次々と顔を真っ赤にして地面に倒れ込んでいる。
「えっ……!?」
レオンは目を丸くした。倒れた人々は、激しく汗をかき、あるいは逆に全く汗をかかずに痙攣を起こしている者もいる。
(この症状……! 猛暑、多湿、そしてこの熱気……間違いない、『熱中症』だ!)
和江おばあちゃんが、毎年のように町内会の回覧板で注意喚起を呼びかけていた、あの恐ろしい夏の魔物である。この世界には熱中症という概念が薄く、「太陽神の怒り」や「魔力酔い」だと勘違いされ、適切な処置が行われないことが多い。
「アデル兄様、ユリ兄様!大変です、熱中症です!すぐに対処しないと、命に関わります!」
「熱中症!?よくわからないが、すぐに治癒院の者を……」
「待っていては間に合いません!僕がやります!」
レオンは、アデルの制止を振り切り、倒れている人々の元へと駆け出した。
「皆さん、落ち着いてください!倒れた人を、すぐに日陰に運んで!風通しを良くするために、首元や胸の服を緩めてください!」
鈴を転がすような、しかし不思議な威厳に満ちた声が広場に響く。パニックになっていた人々は、その神々しい少年の声に無意識に従い始めた。
「ユリ兄様!風と氷の魔法で、この広場に冷たい空気のドームを作ってください!」
「人使いが荒いな!……『アイス・フィールド』、『クール・ブリーズ』!」
ユリウスが即座に魔法を展開し、広場の一部に、まるでクーラーの効いた部屋のような『冷却ポイント』を作り出す。
「アデル兄様!水に、ほんの少しだけ塩と、砂糖を混ぜてください!ただの水じゃダメなんです!」
「え? し、塩と砂糖を……?わかった、近くの屋台から調達してくる!」
アデルが風のように駆け出し、瞬く間に大量の塩と砂糖、そして水を樽に汲んで戻ってきた。
レオンは、作られた塩水を水筒に汲むと、倒れている人々の口元にそっと流し込む。
「ゆっくり飲んでください。大丈夫、すぐに良くなりますからね」
そして、水魔法と風魔法を繊細に組み合わせる。
「水よ、細かな霧となって熱を奪え……『ミスト・クーラー』!」
レオンの手から、極めて微細な冷たい霧が放たれ、倒れている人々の首筋、脇の下、足の付け根といった太い血管が通る部分に的確に吹き付けられると、熱を持っていた彼らの体温が、急速に平熱へと戻っていく。
「あ……あぁ……」
「息が、楽に……」
倒れていた人々が、次々と意識を取り戻し、安堵の息を漏らした。
その光景を、周囲の群衆は息を呑んで見つめていた。炎天下の広場に、突如として現れた冷涼な空間。そして、その中心で、美しい花柄の衣装に身を包み、優しく微笑みながら『奇跡の水』を与え、霧の魔法で人々を癒やす、絶世の美少年。
「……おおお」
誰かが、その場に膝をついた。
「なんという美しさ、なんという慈悲深さだ……」
「あの花を纏ったお姿……間違いない、太陽神の怒りを鎮めにいらした、女神様だ!」
「いや、あのお方は、噂に聞く『聖女様』だ!!」
「「「聖女様! 聖女様バンザイ!!」」」
広場が、突如として熱狂的な宗教の集会のような様相を呈し始めた。
「……え?」
治療を終え、額の汗を拭っていたレオンは、周囲の異様な空気に気づき、ピシリと固まった。
(せ、聖女……!?またこれだ!!僕、男なのに!!)
以前、自分の領地の城下町で横領犯を暴いた際にも「聖女」と勘違いされた黒歴史が、レオンの脳裏をよぎる。しかも今回は、他領の、これほど大勢の群衆の前である。
(まずい、このままじゃ本当に『ポルトスの聖女』として祀り上げられてしまう!アデル兄様やユリ兄様に、また変なからかわれ方をする!父様の胃痛がさらに加速する!)
レオンが冷や汗を流しながら後ずさろうとするとーーー
「ちょっと、あんた!!」
群衆をかき分けて、一人の少女がずかずかと進み出てきた。歳の頃はレオンと同じか、少し上くらいだろうか。平民の素朴な服を着ているが、燃えるような赤い髪に、エメラルドのような緑の瞳を持つ、驚くほど美しい少女だった。しかも、なぜか鬼の形相で、レオンに近づいてくる。
が、しかし、レオンにとって、彼女の登場はまさに「地獄に仏」だったのだ
(この子……可愛いし、女の子だ!いける!)
レオンは、手に持っていた塩水の入った水筒を、有無を言わさぬ勢いでその少女の胸にドンッと押し付ける。
「えっ? な、何よこれ!?」
「……さすがは、聖女様!!」
レオンは、ありったけの肺活量を使って、広場中に響き渡る声で叫んだ。
「貴女が事前に教えてくださった『塩水』と『冷却』の知恵のおかげで、皆さんの命が救われました!!僕はただ、貴女の指示に従っただけです!皆様、こちらの美しい少女こそが、真の『聖女様』です!!」
「はぇ!?」
少女が素っ頓狂な声を上げると、群衆の視線が、一斉にレオンから、水筒を持った赤い髪の少女へとスライドした。
「おおお……! あちらの少女が、真の聖女様!」
「なんと謙虚なお方なのだ!ありがとうございます、聖女様!!」
群衆の熱狂のベクトルが、見事に少女へと移り変わった瞬間だった。
「ちょっ!ちょっと、あんた!何言ってんのよ!?」
少女の慌てたような声が聞こえるが、熱狂する群衆の声にかき消されて全く届かない。
(よし、今だ!!)
「風よ、僕を運べ……『ゲイル(疾風)』!」
レオンは、少女が群衆に囲まれている隙に、風魔法を足元に展開し、文字通り脱兎のごとく、ものすごいスピードで広場から逃走した。
「おい、レオン! どこへ行く!」
「あはははは!あいつ、聖女の称号を見事になすりつけて逃げたぞ!待てよレオン!」
状況を理解したアデルとユリウスも、慌ててレオンの後を追って走り出す。
「ちょっ、待ちなさいよ!あんた、名前は!?話があんのよ!!!」
広場の中心で、赤い髪の少女の悲痛な絶叫が響き渡るが、もはや後の祭りであった。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
港から遠く離れた裏路地に逃げ込んだレオンは、膝に手をついて荒い息を吐いていた。
「まったく、足の速い奴だな」
「レオン、無事か!?急に走り出すから、誘拐犯に追われてるのかとヒヤヒヤしたぞ!」
追いかけてきたユリウスとアデルが、呆れたように、そして心配そうに駆け寄ってくる。
「……大丈夫、です……。身の危険を、感じたので……」
レオンは息を整えながら、壁に寄りかかった。
(なんとか、最悪の事態(聖女認定)は免れた……。あの子には悪いことをしちゃったけど、聖女だもんね……悪い気はしないよね!大丈夫!…なはず…)
少女に対する罪悪感でいっぱいで、必死に言い訳を探しているレオンーーー心の中で見知らぬ少女に手を合わせながら、レオンは大きく息を吐き出した。
そして、残された少女は、レオンに押し付けられた熱中症患者の後処理を見事やり遂げ、「ポルトスの聖女」として名を上げていくのだった。
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