天使様、兄のお披露目会で素知らぬ顔をする
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ソリュス月(6月)に入り、ロドエル魔導学院での前期の学園生活が終わり、夏季休暇へと突入した。
グレイスフィールド家の面々は、母エレナの研究機材や、使用人たちの大移動を伴い、壮大な車列で帰領するのだった。
エルグレア城に到着し、家族水入らずの温かい時間を過ごす中、王都での「前祝い」でレオンから手作りの魔道具『ポータブル冷温器』をプレゼントされた兄たちは、相変わらずの両極端な反応を見せていた。
「おお……!なんと涼やかな風か!領地の厳しい夏の日差しも、レオンの愛が込められたこの風の前には、心地よい春の陽だまりに等しい!」
長兄のアデルは、常に冷温器を首から下げ、涼しい風を浴びながら感動の涙を流している。「トイレの個室以外は離れん」という宣言通り、領地に戻ってからも、ことあるごとにレオンの後ろを影のようについて回る過保護ぶりだ。
一方、次兄のユリウスは、自室の机に広げた白紙の羊皮紙に向かって、羽ペンを猛烈な勢いで走らせていた。
「この純度100パーセントのミスリル土台に、極小の熱交換魔法陣……。これをもう少し安価な魔伝導鉱石で代用して量産化できれば……。ポルトス侯爵領の商人と組んで、まずは王都の貴族向けに『携帯用避暑魔道具』として高値で売り出す。……これは、そろばんに次ぐ、金貨の山になるぞ……!」
彼の瞳は、完全に商人のそれになっていた。
レオンは、冷たい麦茶を飲みながら、そんな兄たちの様子を微笑ましく見守っていた。
「二人とも、気に入ってくれてよかった。ユリ兄様、あんまり無理して計画立てないでね」
「おう。レオン、お前は本当に金のなる木だな。今回の特許料も、たんまり弾んでやるからな」
「アデル兄様も、ずっと冷たい風を当ててると、お腹冷やしちゃいますよ?」
「レオンの愛でお腹を壊すなら、それもまた本望だ!」
「……ええと、はい」
相変わらずの兄たちに、レオンは苦笑するしかなかった。
◇
そして、数日後。グレイスフィールド城の大広間は、絢爛豪華な装飾と、美しい音楽、そして色とりどりのドレスや礼服に身を包んだ貴族たちで埋め尽くされていた。
今日は、次男ユリウスの13歳を祝う、お披露目パーティーの日である。アルセリオス王国において、13歳は社交界への本格的なデビューであり、婚約者探しの意味も込められた重要な節目だ。特に、最近「そろばん事業」の立役者として、その天才的な商才を遺憾なく発揮しているグレイスフィールド家の次男ともなれば、領内外の貴族たちがこぞって娘を売り込もうと押し寄せるのは火を見るより明らかだった。
「ユリウス様!本日はおめでとうございます。わたくし、隣領の……」
「ユリウス様、よろしければ後ほど、わたくしと一曲……」
「……あー、どうも。ありがとう」
パーティーの主役であるユリウスは、案の定、香水の匂いをぷんぷんさせた令嬢たちに幾重にも取り囲まれ、完全に辟易していた。完璧な笑顔で令嬢たちをあしらう長兄アデルとは違い、ユリウスは退屈や面倒くささがすぐに顔に出るタイプだ。
(あー……つまんねー。抜け出したい。誰か代わりにこの群れのお相手をしてくれないかな……)
ふと、ユリウスが逃げ道を求めて視線を彷徨わせると、大広間の少し外れ、料理が並べられたテーブルの近くで、楽しそうに談笑している弟の姿が目に入った。今日のレオンは、仕立ての良い純白の礼服に身を包み、まさに天から舞い降りた天使のような輝きを放っている。その手には、クロノが作った特製の一口サイズのケーキの皿が握られていた。
そして、そのレオンの左右には、見知った顔が二人、ぴったりと張り付いていた。一人は、「レオンの友人」として招かれた、ブラウン伯爵家の三男、フェリックス。気さくなフェリックスをユリウスが気に入っていて、招待したのだ。もう一人は、レオンを「俺の女神」と盛大に勘違いしている、ヴァインベルク伯爵家の嫡男、マグナス。寄子の伯爵家の子息なので呼ばないわけにはいかない。
「レオン!このケーキ、すっげー美味いな!王都で食った肉じゃがも良かったけど、やっぱレオンの家の料理は最高だぜ!」
フェリックスが、遠慮なくケーキを口に放り込みながら笑う。
「ふふ、でしょ?クロノさんが頑張って作ってくれたんだ。たくさん食べてね!」
レオンがフェリックスに気さくに返すと、隣にいたマグナスが、バチバチと火花を散らすような視線をフェリックスに向けた。
「おい、ブラウン子息!レオン様に向かって、その馴れ馴れしい口の利き方はなんだ!もっと敬意を払わんか!」
マグナスは、日々の猛特訓の成果か、以前にも増して精悍な顔つきでフェリックスを睨みつける。
「ああん?俺とレオンは学園でのマブダチだぞ。お前こそ、いつまでも『女神』だの何だのと、暑苦しいんだよ、脳筋!」
「の、脳筋だと!? 俺は文武両道の騎士となるべく、勉学にも励んでいる!」
「うるせー!魔法比べ(魔法持久力競争)でレオンに負けてたじゃねーか!」
「まあまあ、二人とも。せっかくのパーティーなんだから、喧嘩しないで……」
レオンが間に入ってなだめると、マグナスは途端に顔を真っ赤にして
「は、はい!レオン様がそう仰るなら!」
と直立不動になる。
その様子を遠巻きに眺めていたユリウスの口元に、悪い、本当に悪い悪戯っ子の笑みが浮かんだ。
(……面白そうなオモチャが揃ってるじゃないか)
ユリウスは、一人で肉食令嬢たちを捌ききれないと思い、呼びつけて(招待して)いた男に声をかける。隣で、難しい顔をしてグラスを傾けている人物。黒髪に銀縁眼鏡。宰相子息にして、ユリウスの学園での相棒、ルキウス・オーレリアンである。せっかく生贄になってもらう為に呼んだにも関わらず、その仕事を放棄して、ひたすら、レオンの姿を追っていた。
「おい、委員長」
ユリウスは、ルキウスの耳元で、悪魔のように囁いた。
「こんなところで油断してていいのか? お前が守るべき『姫』が、他の男たちに取られそうだぞ」
「……なっ!」
ルキウスの肩がビクッと跳ねる。
「見ろよ。あのヴァインベルクの猪野郎、レオンにやたらと近づいてるだろ。フェリックスの奴も、気安く馴れ馴れしい。……病弱な末娘の身代わりとして、孤独な『男装』の重荷を背負う悲劇の令嬢。その秘密を知る『真の理解者たるナイト』は、お前じゃなかったのか?」
「……っ!!」
ユリウスが以前についた「レオンは男装の令嬢」という真っ赤な嘘を、ルキウスはいまだに、そして誰よりも深く信じ込んでいる。ユリウスの巧みな扇動の言葉が、ルキウスの心の中にある「使命感」と「騎士道精神」に、盛大な油を注いだ。
「……感謝する、相棒。私は、ナイトとしての責務を果たす!」
ルキウスは、眼鏡をクイッと中指で押し上げると、修羅のような気迫を纏って、レオンたちの輪へと向かって歩き出した。
「くくっ……いってらー」
ユリウスは、安全圏からその後の展開を特等席で見物することにした。
(これで、あいつらが騒動起こしてくれたら、俺の周りには平穏が訪れるだろ……)
◇
「レオン様!次はこの料理を取ってきましょうか!」
マグナスが鼻息荒く提案しているところに、氷のように冷たい声が割って入った。
「その必要はない。レオン様のエスコートは、この私が引き受けよう」
「ル、ルキウス様?」
「おい、眼鏡!横からしゃしゃり出てくるな!レオン様をお守りするのは、このマグナスだ!」
マグナスが、ルキウスの前に立ち塞がった。
「ふん。相変わらず頭の悪い猪だな。君のような粗野な男が側にいては、レオン様の繊細なお心が傷つく。悲しき運命を背負うレオン様を、その秘密の裏側から完璧な知識と力で支える。レオン様に相応しい『真のナイト』は、この私だ!」
ルキウスは、自分だけが秘密を知っているという絶対的な優越感を込めて宣言した。
「なんだと!?レオン様を想う俺の愛(忠誠心)を愚弄するか!」
「いいや俺だ! 私こそが真の理解者だ!」
二人の美少年が、レオンを挟んでバチバチと激しい火花を散らす。そのただならぬ雰囲気に、周囲の貴族たちも「何事だ?」とざわめき始める。
「うゎ……!ルキウス様も、マグナス様も、落ち着いてください!パーティーの席で喧嘩なんて……」
レオンが、いつものように「和江おばあちゃんの仲裁スキル」を発動しようと前に出ようとすると……
フェリックスが、レオンの肩をガシッと掴んで、耳元で小声で言った。
「おい、レオン。やめとけ」
「えっ、フェリックス?」
「あいつら、お前のことを本気で『自分の姫』かなんかだと思って争ってやがるんだ。ここでどっちかの肩を持ったり、間に立って仲裁なんかしてみろ。それこそ『二人の姫』としての立場を認めることになるぞ。……いいのか?」
「…………!!」
フェリックスの鋭すぎる(そして的確な)忠告に、レオンの背筋にゾクリと悪寒が走る。
(ひ、姫……!? そうだ、マグナス様は僕を女神だと思ってるし、ルキウス様も何かと僕を『守る』って言ってくれるけど……)
ここでレオンが「喧嘩はやめて!」なんて悲劇のヒロインみたいな真似をすれば、二人の勘違いはさらに深まり、取り返しのつかない泥沼の三角関係(しかも全員男)が確定してしまう。カッコいい男を目指すレオンにとって、それは死よりも恐ろしい事態だった。
(ごめん、二人とも……! でも、僕のアイデンティティの方が大事だ……!)
「……わかった。見なかったことにする」
レオンは、スッと目を逸らし、手に持っていたケーキを無言で口に放り込んだ。究極の自己保身による、スルー(傍観)の選択である。
「おっ、さすがレオン。分かってるじゃねーか!」
ホクホクと楽しそうなフェリックスは、レオンに他人のふりをされていることにも気がついていない二人のナイトを煽り出した。
「おい、お前ら!お互い、口で言って分かり合えねーなら、拳で語り合うしかねーだろ!」
「望むところだ!表に出ろ、眼鏡!」
「良かろう。私の完璧な魔法で、君のその猪突猛進な脳髄を冷やしてやる!」
ヒートアップした二人は、ついに大広間を飛び出し、庭園へと向かってしまった。
◇
夏の夜風が吹き抜ける、エルグレア城の庭園。パーティーの喧騒から離れた芝生の上で、二人の少年による「熱い勝負」の火蓋が切って落とされた。
「おおおおおっ!『スマッシュ』!」
マグナスが、木剣(庭に落ちていた手頃な木の枝)に闘気を込め、大地を蹴って突進する。
「遅い。『アイス・シールド』!」
ルキウスが冷静に印を結び、目の前に分厚い氷の壁を展開する。
ガァンッ!という重い衝撃音が響き、氷の盾にヒビが入る。
「ちぃっ、力だけは一人前だな……!『アイス・エッジ』!」
ルキウスの指先から放たれた無数の氷の刃が、マグナスを襲う。
「そんなもの! 弾き落としてやる!」
マグナスは、凄まじい反射神経と剣気で、氷の刃を次々と叩き落としていく。
魔法と剣技。規律と本能。対極に位置する二人の実力は、完全に伯仲していた。マグナスは、レオンへの想いを糧に、限界を超えた身体能力を引き出している。ルキウスは、レオンを守る騎士としての使命感で、完璧な魔法制御を維持している。
((レオン様(姫)に相応しいのは、俺(私)だ!!))
二人の熱い想いが激突し、庭園の芝生がえぐれ、氷の破片が夜空に舞い散る。周囲には、騒ぎを聞きつけてバルコニーや窓から見物する貴族たちの姿があった。最初は「子供の喧嘩か」と冷ややかな目で見ていた大人たちも、二人のあまりにも真剣で、そしてハイレベルな攻防に、次第に固唾を呑んで見守るようになっていた。
戦いは、30分近く続いた。だが、まだ身体の出来上がっていない子供の体力と魔力には、限界がある。
「はぁっ、はぁっ……!まだ、だ……!」
「くっ……魔力が、底を……!」
最後は、互いの渾身の一撃が交差し――。相打ちという形で、二人は同時に芝生の上へ大の字に倒れ込んだ。
「……ぜぇ、はぁ……」
「……っ、ふぅ……」
夏の夜空に、二人の荒い息遣いだけが響く。高級な礼服は泥と草の汁で汚れ、髪は乱れ、顔には擦り傷ができている。
しばらくの沈黙の後。マグナスが、空を見上げたまま、ふっと笑いを漏らした。
「……へへっ。お前、ただの頭の固いインテリ野郎かと思ってたが……なかなか、やるじゃねえか。その氷の魔法、すげえ威力だったぜ」
その言葉に、ルキウスもまた、眼鏡の奥で小さく笑った。
「……ふん。そっちこそ、ただの猪ではなかったようだな。あの防御を力でぶち破るとは、計算外だった」
二人は、ゆっくりと上体を起こした。そして、自然と視線が交わり、互いの健闘を称え合うように、泥だらけの手を伸ばし――ガシッ、と熱い握手を交わした。
「お前、良いヤツだな!ルキウス!」
「……マグナス。お前のその真っ直ぐさ、嫌いではない」
まるで、不良たちが河川敷で拳を交えた後に芽生えるような、熱く、そして爽やかな「男の友情」が、ここに成立した瞬間だった。二人は、互いの肩を組みながら、爽やかな笑顔を浮かべていた。
ーーーしかし。彼らは気づいていなかった。
バルコニーからその光景を見下ろしていた、一部の貴族の令嬢たちの様子が、明らかにおかしくなっていることに。
「……ああっ!見まして!?あの二人……!」
「ええ、ええ! 最初は一人の姫君を巡って争っていたはずの二人の美少年が、いつしか剣と魔法を交えるうちに、互いの魂に惹かれ合い……っ!」
「泥だらけの顔で笑い合い、肩を組む……!なんという、なんという尊い『関係性』ですの……!!」
令嬢たちの瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように、ギラギラと、そして別の意味で「腐った」輝きを放ち始めていたのだ。
バルコニーの片隅で、レオンはフェリックスと共に、その様子を眺めていた。
「おおー、なんかいい感じにまとまったな!」
「うん。喧嘩して仲良くなるなんて、まさに『青春だねぇ』!」
レオンは、自分を巡る争いだったことなどすっかり棚に上げ、おばあちゃんのようにほっこりとお茶をすすっていた。
そして、その全てを仕組んだ黒幕、ユリウスは。
「……よしよし。これで、あの忌まわしい『ユリウス×ルキウス』の噂も下火になるだろう。王都の腐女子どもの新たな標的は、あの筋肉と眼鏡のコンビだ」
ユリウスは、自身の身の安全(薬草園での壁ドン事件による貞操の危機的な噂からの脱却)が確保されたことに、心から安堵の息を漏らしていた。
◇
数ヶ月後。王都の貴族令嬢たちの間で、密かに、しかし爆発的な勢いで流通する「薄い本」があった。
ーーータイトルは、『氷の騎士と炎の猛将~秘密の庭園で交わる熱情~』。
表紙には、銀縁眼鏡のクールな騎士と、熱血漢の猛将が、意味ありげに視線を絡ませる姿が描かれている。その本が、一部の学園の女子生徒たちの間でバイブルとして崇め奉られることになった……。
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