国際法人7(解決編)
大嶋さんは、現在67歳。
60歳定年時に、センター長役職を解かれ、その後は嘱託社員で、後継管理者たちの補佐や相談役に回り、人手不足の配送業務や貨物の取扱作業を支援したりして貢献していただき、65歳の契約終了後もシニアパートとして再雇用(正確には再々雇用)され、『第4チルドセンター』の作業者として勤めている。
立場的には、一線から身を引いていただいてはいるんだけど、その圧倒的な知識と経験は、今でもとても頼りにされている存在だ。
割と冷徹に立ち回っていた粂川さんだけど、大嶋(元)センター長が現れてからは、どこか落ち着きのない様子を見せ始めた。
私は、大嶋さんにこれまでの経緯を簡単に説明した。
「要するに『国際法人』出向の説明をしたときの雰囲気の問題、というわけだな」
大嶋さんは、そこで勢いのよい咳払いをした。
粂川さんは、首筋から肩までを、それに合わせてキュッと細くした。
「普通にマジメに話したつもりが、厳しめに聞こえたんだね」
「普通に……って……大嶋さん」
粂川さんは、反抗的なしかめっ面をして、大嶋さんに言い返した。
「同意せんと殺すぞ、くらいの勢いでしたがな」
「オレのことを知らんヤツやったら、そう思うかも知れんけど、オレとクメさんの付き合いは、不本意でも長いからね。
オレが本気でクメさんを殺そうとしたかどうかなんて、わかっていそうな気がするんだが」
「そんなのは理由にならんでしょ。
私が脅されてると感じたのは事実なんやから。
あの時に関わった社員たちから証言を集めりゃ、アンタがどんだけ暴れん坊やったか証明できるで」
「オレの記憶では、クメさん、割と乗り気で話を聴いてくれていたと覚えとるんやけど」
「アンタの記憶なんか……そんな曖昧なモンが通用しますかいな」
「クメさんが乗り気だったという具体的な証拠がありゃエエんやな」
「私は、ハナから乗り気やないて……」
「雨森課長」
粂川さんの反論を遮って、大嶋さんが大声で私を呼んだ。
「保存してある書類の中に、『申込書』と『社員リスト』があるはずなんやけど、『第4チルドセンター』の全員の分を用意していただけますか」
私は、そそくさと談話室の隅に置かれた書類箱に向かった。
予め、三住さんに運び入れてもらっていたのだよ。
役に立ちそうで良かった。
『申込書』と『社員リスト』は、同じ束にされていて、その中に『第4チルドセンター』の束があった。
リストに、『42名分』と手書きされているのが目に付いた。
私はそれをテーブルの上に置くと、大嶋さんは飛びつくように書類の束を解体した。
「この『申込書』は、出向を希望する者を確認するための書類で、『社員リスト』は、その説明を行った日付が記入されてる。
説明した対象者は、60歳未満の厚生年金被保険者全員。
説明に要した期間は、2月19日から2月22日の4日間。
ほら、クメさんは、2月21日に説明したことになってるよ」
大嶋さんの日焼けして筋肉ゴリゴリの右手人さし指が、リスト上の粂川さんの名前を示した。
「そして『申込書』を提出してくれた社員に対してのみ、その後に『出向協定書』が渡されることになるんだけど、クメさんの『申込書』の日付を見て」
今度は『申込書』っと………
あ!
2月21日になってる。
これは、説明をした当日だね。
他のヒトを見比べてみると、だいたい説明日から1週間くらい経過した日に提出されてるようだ。
「クメさんの申込みが誰よりも一番早かった。
ついでに、もう一つ言っておくと、『出向協定書』の締結日も比較してみてよ」
粂川さんの締結日は3月11日、他のヒトは、だいたい3月13日から3月20日くらいかな。
中には、出向開始日の4月1日より後に出してるヒトもいる。
でも、これでわかるのは、粂川さんは他の誰よりも積極的に『国際法人』への出向を希望していた、ということだね。
「クメさんが、オレに脅されて、イヤイヤ署名したという雰囲気と矛盾があるんだけどね」
粂川さんは、それっきり黙りこんでしまった。
しばらく近辺の状況などの世間話をぽつりぽつりと交わし、面談の閉会に合わせて、先ほどのお孫さんに玄関まで迎えに来てもらった。
私たちは去っていく自動車の背後が小さくなって見えなくなるまで見送った。
「あのヒトは………」
と、函崎氏が呟いた。
「知ってる方ですか?」
私は、すかさずそこを突いてみた。
「……いや……独り言だったんですが……雨森さんの前では油断大敵ですねえ」
聞こえよがしに思えたけどね。
私の前で隠し事はできないぜ。
「たぶん、あの運転していた女性は、S県の労働組合同友会の幹部の1人だと思います」
「粂川さんのお孫さんだと言ってました」
「そうですか……そんな名前ではありませんが……」
『ユニオン』だね。
三住さんと一緒に仕事をしていた頃、ユニオンとの団体交渉に何度か立ち会ったことがある。
もしかして、粂川さんは『斥候』だったのかもしれない。
これが、会社との金銭的な示談成立に持ちこんで、何らかの成果を与えてしまっていたら、その後に団体で結束して、押し入ってくる算段だったのかもしれない。
もしも、ゼロ円で終わらせられなかったら……
背景にいる粂川さん以外の41人が結束して、示談に臨んできたら……
粂川さんが主張した満額まではいかないにしても、数千万円規模の金銭要求に応えなければならない事態に陥っていたかも………
まあ、私の想像だけどね。
「雨森課長」
ドスの効いた大嶋さんの声がした。
「これで、オレもお役目御免だね」
「おかげで助かりました」
「あんな古い書類を、よく取ってあったもんだ。
あれのおかげだよ」
「日付記入が徹底されていました。
大嶋さんの丁寧な仕事に助けられたんです」
「あれね………」
大嶋さんは、少し照れくさそうにした。
「全員の面接に、三住さんが立ち会ってくれたんだよ。
三住さんが、その辺の対応にキビしくてね。
日付なんか、オレは全然抜かしてたんだ」
そうか……三住さんだったのか………
協定書や契約書のようなヒトとヒトとの取り決めに関わるものは、至極、丁寧に取り扱うこと、は、三住さんに教えてもらった教訓だ。
三住さんが20年も経過した先の交渉事の展開を、どこまで想定していたかはわからないが、丁寧な仕事の在り方が、会社を危機から救ってくれたことは、肝に銘じておく必要があるね。
職責上の立場は逆転してしまったけど、三住さんは今でも私の師匠だね。
「じゃあ帰るわ」
大嶋さんは言って、大きな闊歩で玄関口からマイカーが停めてある駐車場まで歩いていった。
「じゃあ、ボクもこれで」
函崎氏も、駅に向かって歩み始めたが、数歩して立ち止まり、私の方を振り返った。
「雨森さんはね」
函崎氏が何か言い始めたので、真剣に耳を傾けた。
「ボクの憧れのヒトなんです」
?
マジメに構えてたのに、何を言い出すかと思えば……
私は、少しの間、沈黙して、こう返した。
「えっと……そういう風に言われた私は、どう対応したら良いのでしょうか?」
函崎氏は笑顔で右手を挙げ、
「それでは、次の定例会で」
と言って、背を向けて、駅の方面へ行ってしまった。
おいおいおいおいおいおい
そこで行くんかーい!
放ったらかしにされた私は、どうすれば良いのさ。
「フッフッフ」
私の背後から、その声が聞こえた。
振り向けば、仲ちゃんが立っていた。
「見てしまったぞ、聞いてしまったぞ、雨ちゃんさんよ」
雨ちゃんさんって……二重敬称になってるよ……って、いやいや問題はそこじゃない!
「今のを、どう説明してくれるのか楽しみですなあ。
うふふのふ」
「私は……えっと……あヤツのことは……その………」
ええい、しどろもどろしてんじゃねえよ→私。
仲ちゃんの思う壺だぞ。
「雨ちゃんはね」
仲ちゃんが私に近づき、両手を握る。
「頭良いし、ベッピンさんなんだから、もっと自信持っていいんだよ。
あのイケメン社労士は、ずっと前から雨ちゃんのファンだったからね」
ううう……そう言われた私は、リアクションの最適解が得られずにいるのだよ。
どうすれば良いのだ………
「まあ、積もる話は」
仲ちゃんは、私の右腕にすがりつくように、ぴったり寄り添った。
「おいしい肉でも食べながら聞かせてもらおうかなあ」
ということで、その夜は、半ば強引に、私の出資による女子2人の焼肉パーチーとなった。
* * *
さて、事件の締め括りは、上司報告だね。
私の場合は、社長報告だけど。
無事に解決できたことについては、社長も満足してくれたようだ。
ユニオンが今後、どう動いてくるかはわからないけどね。
新たな突っ込み処を開拓してくるかもしれないけど、そうなったら、その時に覚悟を決めよう。
でも、今回の件は、私の思う所があるので、これだけは、社長に確認しておこう。
「市村も、過去にいろいろあったんですね」
私が言うと、社長は小さなため息をもらした後に、こう言った。
「キミたちが入社したあたりは、経営基盤も安定していた頃だったが、それまでは苦しい状況が、ずっと続いていたんだよ」
私は、冷静に社長の言葉を受け止めた。
「やれることは、何でもやってやろうと思った。
もちろん、法令違反になること以外の話だけどね」
「今回、問題に上がった『国際法人』については、どうお考えになって、判断されたんですか?」
「コンサルタントには、法令違反ではない、と諭された。
それだけだよ」
社長は、淡々と、そう答えた。
「社内には、制度に対して、反対の声を上げていたヒトもいました。
それよりも、コンサルタントを採用した、というわけですね」
「三住さんのことを言ってるんだね」
社長に言われて、私の胸の奥に小さな波が立った。
「三住さんは、制度の違法性を明確に説明できなかった。
私に対して、反対意見があるなら、その根拠をはっきりさせてほしかった」
『脱法行為』に対する違法性の説明か………
それは、今の私でも難しいね。
橋を渡りかけてるヒトに、改めて慎重さを伝えようとしても、「今さら言うな!」って跳ね除けてしまうヒトの方が多いだろうからね。
社長にとって、専門家であるコンサルタントが『真』で、単なる社員の三住さんは『偽』の扱いにされたのは、上の立場にいるヒトの偏見だと思う。
「今も、同じ考えですか?」
「まさか」
社長は即答し、ニッコリと笑顔を見せた。
「私だって、反省はするよ。
その件は、経営者として、大きな教訓になったんだ」
「ならば!」
私は、声を張り上げた。
社長は、驚いた顔をしたが、構わず、そのまま話を続けた。
「三住さんは、私に仕事を教えてくれた恩師です。
今回の事件も、三住さんのおかげで、無事に解決できたんです。
三住さんは、課長職、いや部長職だって、こなせるくらいの技量のヒトなのに……正当な評価をされなかったのは、なぜですか?」
熱くなってるね、私。
すごく悔しい感情が溜まってるんだ。
納得できない部分に対する不満を社長にぶつけてる。
これ、本当はやっちゃいけないことだよね。
私のキャリアも、これで頭打ちかな。
社長は、じっと私を見つめていた。
「キミは、私が、三住さんを過小評価してると思ってるんだね。
だとしたら、それは大きな勘違いだ。
キミは、三住さんがいくら給料をもらってるか、知っているのかな?」
「知りません」
これは正直な返答。
給与計算を担当している時でも、身内は関わったことがない。
「ずっと係長を務めてもらったんだけどね、課長のキミと変わらない待遇を特別に認めてる」
「そうなんですか」
これは、少し驚き。
役職と給与等級の不合理を一切認めない会社だと思ってたからね。
「現場に近い立場で仕事がしたいという三住さんの希望でね。
部長や課長職だと、どうしても身軽さに欠けるから、係長職が一番良い、ってことらしい」
そうか………
そうだったんだね………
どうやら、私が誤解していたようだね。
「出過ぎた態度を取ってしまって、大変失礼いたしました。申しわけございません」
私の謝罪を、社長は笑顔で受け止めてくれた。
「三住さんには、長い間、会社を危機から救ってくれた恩がある。
それを忘れたりしないよ。
そして、何より感謝してるのはね、キミという人材を育て上げてくれたことだ」
社長に、そのように正面切って言われた私は、返す言葉を失ってしまったよ。
ああ、函崎氏に『憧れのヒト』って言われた、あの時と同じだ。
何だろね。
みんなに私をおとなしくさせる方法、攻略されてんじゃね?




