国際法人3
当社の書庫は、本社1階の隅っこの方にあり、10坪程度の広さ、高さ5メートルくらいの天井に届く1メートル幅の高所棚が均等間隔に3列並んだ程度の容量がある。
現場からお下がりになった高所作業用の小型ピッカーが、部屋の角で、遠慮気味に、こちらに背を向けていた。
三住さんは、私たちに入口付近で待つように指示し、奥の方に入りこんでいった。
ヨイショ、と気合を入れているような声が数回聞こえてきた後、2才くらい(≒宅配便の120ケース)の段ボールケースを両手で抱えて、戻ってきた。
「私が持ちます」
函崎氏が気づかって三住さんに近づき、箱を受け取ろうとした瞬間に悲鳴を上げた。
「うわ……何…この重さ………」
函崎氏は、ケースを両手で持ったは良いが、一歩も足を前に出せずにいた。
「やっぱり、ボクが持つよ。気持ちだけ、ありがとう」
三住さんは、ヒョイと函崎氏からケースを取り上げた。
「そんなに重いものを、よく持ち上げますね」
函崎氏の声は、完全に裏返っていた。
こういうところが、私の師匠のオトロしいところなのだよ。
60歳過ぎてるけど、たぶん、筋力なら、私たちより断然強いと思う。
年配の物流マンあるあるな話なのかもしれないけどね。
応接室に戻り、古びた段ボールケースをテーブルの上に乗せて、いよいよご開帳〜となった。
まず目についたのは、見出しに『新たな福利厚生サービスのご紹介』と書かれた説明資料だった。
プレゼンアプリで作ってるものだね。
作成したのは、当時の総務課長かな。
三住さんは、悪策と認めたことに対しては、当然に協力はしなかっただろうからね。
始まって5枚くらいは、年金制度に関する不安とか不満とかネガティブな説明資料。
『厚生年金が崩壊して、将来は基礎年金のみになり、年金額が大幅に減少』
『◯◯ショックの影響で、年金運用に懸念あり』
『これからは、自分自身で資産運用する時代』
何かいろいろ書いてあるけど、当時の状況を表しているのかな。
20年くらい前なんで、私がまだ小学生で、美少女やってた頃だね。なんちて。
「当時の政府の不祥事が影響して、年金制度が槍玉に挙がってね」
と、三住さんが説明を始める。
「いろんな陰謀説が浮上して、政府への信頼が地に落ちた時代だったんだ。
そこへ、この福利厚生制度が舞いこんできた、というわけだよ」
「年金制度について、説明する資料がありますが」
函崎氏が何枚かを手に取って、少し不満そうに口を尖らせた。
「『積立金が消滅する』なんて、間違った説明になっています。
日本の年金制度は、現役世代が所得に応じて保険料を納付する賦課方式で、個別の『積立金』というものは、制度的に存在しません」
「わかってるヒトは、すぐに気づけるけど、わかってないヒトの方が、ほとんどだからね」
「これを作ったヒトは、年金制度を知らなかったのでしょうか?」
「わかってて、作ってたかもしれない。
不安がらせるのが目的ならね」
「説明資料では、年金保険料の支払額を下げられる、となっていますが、どんな制度だったんですか?」
「まず海外に、当社の関連法人を立ち上げた。
そこの代表は、現地に住んでいて、コンサルタントから依頼を受けたヒトだ。
業種は、当社と同じで、貨物取扱と倉庫管理に関連する事業。
当社の取締役は、一切の関わりを持たない。
つまり、出資者ではあるが、全くの別会社だ。
そこに、出向を希望する社員を募集する。
募集人員は200名ほどとリーフレットには記載があるが、実際には上限を設けていなかった。
最終的に出向希望者は、500名以上集まったよ」
「それは、外国籍にできる制度だったわけですね」
と、函崎氏。
三住さんは笑顔を見せる。
「社労士の函崎さんなら、よくご存知だと思うけど、『社会保障協定』の未加入国に法人を設けたんです。
配属先と居所は、その法人のある辺りに転居する設定となります。
でも、実際の居所は、現状の国内住所のままです。つまり、待機期間ですよ」
「出向の決定があるまで、ということですね」
と、函崎氏が訊ねた。
「そのとおり」と、三住さんは答えた。
「でも……わかるでしょ?
国際法人なんて『張りぼて』だからね。
そもそも会社は、出向させる気なんかないんだ。
みんな、普通にそれまでと同じ仕事をしてるだけだ」
「だとしたら……それは………」
私が言おうとしていた言葉に、函崎氏も便乗してきて、こう言い放った。
「詐欺じゃないですか!」
キレイにそろったね。
三住さんが驚いた顔をした。
「キミら、相性がいいね」
「そう思いますよね」
函崎氏が悪乗りして、追随した。
「私は、そう思ってるんですよ。
でも、雨森さんってば、認めてくれないんです」
何をぬかしておるんだろね、この男は。
私に何を認めてほしいのさ。
私はイヤそうに目を細めて、函崎氏を見た。
函崎氏は、相変わらず陽気な笑顔だったよ。




