国際法人4
『国際法人』を利用した福利厚生サービスの概要について、当時使用されていたプレゼン資料を使って、三住さんが説明を始めた。
「対象労働者には、在籍型出向の協定書を締結させたんだ。市村と国際法人の両方で雇用関係がある形ね」
資料では、対象労働者に対して、市村と国際法人それぞれが両方向矢印で繋がっている図が記載されていた。
「給与は、先ほどの賃金台帳で確認したけど、粂川さんの場合、月額給与がだいたい398,000円くらいで、市村から83,000円、国際法人から315,000円の割合で給与が支払われた。
ただし、給与所得としては、海外への転籍をすぐに行わず、待機としていることで、就業場所と住居地は、従前のままなので、全額が所得税の計算対象となった。
住民税も然り。納税は、1年遅れだけどね。
社会保険では、まず健康保険。
これも、給与全額が保険料計算の対象となる、ということで割引は無し。
では、雇用保険。
所得の大きい方に加入義務があるけど、海外法人だからね。
市村の給与のみが計算対象になるということで、割引が少しだけあった。
でも、保険料自体が少額だからね。
割引は、大したことはない。
労災保険。
本来なら、出向先の会社との指揮命令関係に変わるんで、労災保険などは出向先が負担するものだけど、相手企業が海外だからね。国内同様の補償を得られるかどうか未定ということで、例外的に市村を加入者にした。
まあ、意図的な待機で、就業場所が変わってないんで、当然といえば当然」
ここで、三住さんは私と函崎氏を、交互に見つめ、意図的な沈黙を挿入した。
紙芝居なんかで、噺家がストーリーへの惹きつけを演出するような感じね。
三住さんにとって、仕事上の経験は、全てドラマなんだろうな、って思う。
じつは、私にも、そういった気があると思うし、たぶん函崎氏も同じタイプだど思う。
話の性質が、喜劇でも、悲劇でも、ワクワクしちゃう感じ。
「さて、問題は、厚生年金保険だ」
よっ、待ってました。
と、函崎氏が言ったわけじゃないけど、眉毛がピクリと動いて、心の中でそんな掛け声をしたように感じたね。
「市村からの支給額83,000円に対してのみ、保険料計算の基礎になる。その標準報酬月額は、88,000円だ。
本来給与の398,000円では、標準報酬月額は410,000円。
現在の保険料率は18.3%だけど、当時はずっと低く仮に14.0%くらいだったとすると、本人と会社負担の折半だから7.0%、88,000円に対しての保険料額は6,160円。
でも、本来給与だと28,700円が保険料額になるところだ。
その差額の22,540円が浮いたという話になる」
「それが、本人に還付されたんですね」
私が訊ねると、三住さんは笑顔を苦笑に変えて、こう答えた。
「税理士のコンサルタント料として20%が徴収された残額18,032円が本人の取り分。
会社負担分も同じ計算ね。会社側のコストも下げられるんで、社長がGOを出したんだと思う。
社長は、社員のためになる制度だと主張してたよ。
私は、反対したよ。年金制度という国民資産を掠め取るような行為を会社ぐるみで行うなんて許せないと思ったんだ。
社長と税理士は『違法行為じゃない。合法だ』と主張。
私は『脱法行為』だと言ってやった。
当時、禁止薬物とされていない麻薬的効果を持つ薬物を『脱法ハーブ』と呼んでいたんで、そこから引用した。
脱法行為は、合法じゃない。
ね、函崎さん」
「仰るとおりです」
函崎氏がキリリとした顔で、賛同した。
「禁止事項として、明記されていない行為が合法だという弁明は、もはや旧世代の逃げ口上ですよ。
御社が取られた施策に対して失礼な言い方ですが、倫理観が欠如した行為と言わざるをえません」
三住さんは、ニッコリと笑って、函崎氏の言葉に頷いていた。
そっか………
三住さんが、係長職で留まっていたのは、そんな経緯で、社長に造反社員の印象を抱かせるきっかけになってしまったからかもしれない。
人事というのは、決裁者と価値観が同調する社員を優遇する傾向があるからね。
20年前、当時の市村輸送は、何よりも利益確保に必死になっていたのだと思う。
三住さんの正義感は、誠実さを基本方針とする会社の意に決して反したものではなかったのに……むしろ、会社のためをもっての意見具申だったはずなんだ。
社長も、経営者として、まだ若かったのだろう。
その時の感情で、組織構成から排除された1人の社員のことなど気にかけぬまま、後から反省する機会もなく、時が過ぎ去ってしまった。
「コンサルタント税理士は、同様の『脱法マネジメント』で、何社からも不正な利益を上げていたようだね。
でも、海外出向に係る大勢の待機社員が存在している異常さに司法が疑いを持つようになり、予想どおり、詐欺行為として拘束、起訴されたよ。
その後の制度廃止までの『なかったことにしよう』とする流れは、あっという間だったね。
証拠隠滅のため、関係書類の廃棄を進めてきたけど、私が阻止した。これが、それね」
三住さんは、関係書類が詰めこまれた段ボールケースの側面をパンと叩いた。
「いずれ、これらの記録書類が、会社を救うことになるからね」
んーー
会社に不利な記録を残しておくリスクに繋がると思うけど、そこは意味深な感じだね。
その意味は、もう少し話が進んでからわかるかな。




